教育相談「わかば教室」における発達障害児への漢...

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教育相談「わかば教室」における発達障害児への漢字の書字支援 43 * 福島大学人間発達文化学類  本研究は平成24年度教育相談「わかば教室」の概要と,本教室に参加している発達障害あるいは その疑いのある通常学級在籍の小学生を対象として実施した学習支援システムe支援による漢字の 書字支援に関する予備研究から得られた課題を明らかにすることを目的としている。わかば教室は 平成24年度の1年間で,69回,のべ131名の参加者を対象に開催し,漢字の読字・書字,算数などの 学業に関する支援とおもに母親を対象とした相談支援を行ってきた。また,漢字の書字支援では, 通常の書き取り課題による支援の他に子ども自身が漢字の書字問題を作る課題も実施してみた。参 加者の漢字の問題作成に対する意欲は高かったが,作成するためには,参加者自身が部首の名前を 知っていること,学校での通常の授業に合わせるためには,参加者はローマ字入力ができること, 学習支援システムe支援の入力作業のさらなる手順の単純化の必要性などの課題が明らかになった。 〔キーワード〕発達障害児  教育相談「わかば教室」 子どもが作る漢字の書字問題 教育相談「わかば教室」における発達障害児への漢字の書字支援 鶴 巻 正 子* Ⅰ はじめに 教育相談「わかば教室」(以下,わかば教室)は, 平 成13年 9 月 に 筆 者 がADHD(Attention Deficit/ Hyperactivity Disorder,注意欠陥多動性障害)の児 童生徒を対象とした文字の読み書きを研究するフィー ルドとして始めた教室である。研究フィールドである ため保護者にはあらかじめ研究結果の公表に関する了 承を文書によって得るとともに,必要に応じて福島大 学倫理審査を受けてきている。また,当初は「教育相 談」の名称を用いていたが,当時在学していた教育学 研究科大学院生のアドバイスを受け,平成21年度から 教育相談「わかば教室」と称している。相談開始当時 は,参加児にはADHDの診断を受けていることを求 めていたが,現在はADHDやPDD(Pervasive Devel- opmental Disorders,広汎性発達障害),高機能自閉 症,LD(Learning Disabilities,学習書害)など発達 障害の診断及びその疑いがある子ども達を受け入れて いる。在籍学級は通常学級とともに,特別支援学級及 び通級の児童生徒も参加している。平成13年度以降, わかば教室では子どもには個別指導を,保護者には相 談支援を同時間帯に行っている。この方式は開始当初 より変更なく一貫して行ってきた支援方法である。な お,平成23年度は東日本大震災の影響から9月まで休 室とし平成23年10月から再開した。 ところで,平成24年12月に文部科学省から公表され た「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特 別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結 果について」によると,知的発達に遅れはないもの の学習面又は行動面で著しい困難を示すとされた児 童生徒の割合が推定値6.5%(95%信頼区間 6.2% ~6.8%)を示し,前回(平成14年)実施された結果 6.3%よりわずかながら割合が高くなっている。また, その推定値6.5%の児童生徒のうち現在いずれかの支 援がなされているものが推定値55.1%(同52.8%~ 57.4%),過去いずれかの支援がなされていたものが 推定値3.1%(同2.5~3.9%)だった反面,支援を何 も受けていない児童生徒が推定値で38.6%(同36.4% ~40.9%)存在しているという結果が明らかになった。 通常の学級に在籍している児童生徒のうちなんらかの 教育的ニーズがあるにもかかわらず約4割の子ども達 は過去も現在も支援を受ける機会がなかった現実が浮 き彫りとなった。 現在も支援を受けている,あるいは過去に受けてい た児童生徒への支援は,学校教育場面においては,日 常生活上の介助,学習支援,社会性への支援,学習活 動・教室移動等の場面における介助,児童生徒本人の 健康安全の確保,学校行事場面における介助,周囲の 児童の障害理解と促進など広範囲にわたるのが通常で ある(吉原・都築,2010)。大学は機関の存在目的, 時間,スタッフ,場所,予算など様々な制約からこの ような日常的な支援をするのは通常,困難である。大 学での支援教室の例として香川大学教育学部特別支援 教室「すばる教室」をあげることができる。平成15年 度から香川県内の通常の学級に在籍している幼児から 中学生のうち,LD,ADHD,高機能自閉症のある子 ども及びその疑いのある子どもを対象に個別指導(教 科指導,対人関係ほか)を実施し,その保護者と担任 に対して相談支援を行っている(馬場・田中・船橋・ 冨田・藤尾,2007)。 このような支援教室に対し,わかば教室は学生ス タッフの協力を得ながら筆者一人で運営している教室 であり,予算,時間,専門スタッフのいずれも確保が

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教育相談「わかば教室」における発達障害児への漢字の書字支援 43

* 福島大学人間発達文化学類 

 本研究は平成24年度教育相談「わかば教室」の概要と,本教室に参加している発達障害あるいはその疑いのある通常学級在籍の小学生を対象として実施した学習支援システムe支援による漢字の書字支援に関する予備研究から得られた課題を明らかにすることを目的としている。わかば教室は平成24年度の1年間で,69回,のべ131名の参加者を対象に開催し,漢字の読字・書字,算数などの学業に関する支援とおもに母親を対象とした相談支援を行ってきた。また,漢字の書字支援では,通常の書き取り課題による支援の他に子ども自身が漢字の書字問題を作る課題も実施してみた。参加者の漢字の問題作成に対する意欲は高かったが,作成するためには,参加者自身が部首の名前を知っていること,学校での通常の授業に合わせるためには,参加者はローマ字入力ができること,学習支援システムe支援の入力作業のさらなる手順の単純化の必要性などの課題が明らかになった。〔キーワード〕発達障害児  教育相談「わかば教室」  子どもが作る漢字の書字問題

教育相談「わかば教室」における発達障害児への漢字の書字支援

鶴 巻 正 子*

Ⅰ はじめに 教育相談「わかば教室」(以下,わかば教室)は,平成13年9月に筆者がADHD(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder,注意欠陥多動性障害)の児童生徒を対象とした文字の読み書きを研究するフィールドとして始めた教室である。研究フィールドであるため保護者にはあらかじめ研究結果の公表に関する了承を文書によって得るとともに,必要に応じて福島大学倫理審査を受けてきている。また,当初は「教育相談」の名称を用いていたが,当時在学していた教育学研究科大学院生のアドバイスを受け,平成21年度から教育相談「わかば教室」と称している。相談開始当時は,参加児にはADHDの診断を受けていることを求めていたが,現在はADHDやPDD(Pervasive Devel-opmental Disorders,広汎性発達障害),高機能自閉症,LD(Learning Disabilities,学習書害)など発達障害の診断及びその疑いがある子ども達を受け入れている。在籍学級は通常学級とともに,特別支援学級及び通級の児童生徒も参加している。平成13年度以降,わかば教室では子どもには個別指導を,保護者には相談支援を同時間帯に行っている。この方式は開始当初より変更なく一貫して行ってきた支援方法である。なお,平成23年度は東日本大震災の影響から9月まで休室とし平成23年10月から再開した。 ところで,平成24年12月に文部科学省から公表された「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」によると,知的発達に遅れはないものの学習面又は行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の割合が推定値6.5%(95%信頼区間 6.2%~6.8%)を示し,前回(平成14年)実施された結果

6.3%よりわずかながら割合が高くなっている。また,その推定値6.5%の児童生徒のうち現在いずれかの支援がなされているものが推定値55.1%(同52.8%~57.4%),過去いずれかの支援がなされていたものが推定値3.1%(同2.5~3.9%)だった反面,支援を何も受けていない児童生徒が推定値で38.6%(同36.4%~40.9%)存在しているという結果が明らかになった。通常の学級に在籍している児童生徒のうちなんらかの教育的ニーズがあるにもかかわらず約4割の子ども達は過去も現在も支援を受ける機会がなかった現実が浮き彫りとなった。 現在も支援を受けている,あるいは過去に受けていた児童生徒への支援は,学校教育場面においては,日常生活上の介助,学習支援,社会性への支援,学習活動・教室移動等の場面における介助,児童生徒本人の健康安全の確保,学校行事場面における介助,周囲の児童の障害理解と促進など広範囲にわたるのが通常である(吉原・都築,2010)。大学は機関の存在目的,時間,スタッフ,場所,予算など様々な制約からこのような日常的な支援をするのは通常,困難である。大学での支援教室の例として香川大学教育学部特別支援教室「すばる教室」をあげることができる。平成15年度から香川県内の通常の学級に在籍している幼児から中学生のうち,LD,ADHD,高機能自閉症のある子ども及びその疑いのある子どもを対象に個別指導(教科指導,対人関係ほか)を実施し,その保護者と担任に対して相談支援を行っている(馬場・田中・船橋・冨田・藤尾,2007)。 このような支援教室に対し,わかば教室は学生スタッフの協力を得ながら筆者一人で運営している教室であり,予算,時間,専門スタッフのいずれも確保が

2013-744 福島大学総合教育研究センター紀要第15号

困難な現状にある。そこで,わかば教室では開始当初より,発達障害児の読み・書きを中心とした学業支援に活動範囲を限定して行ってきた。本稿では,わかば教室を開室してから12年が過ぎたことから,平成24年度の活動に焦点をあてその概要を報告することを第1の目的としている。 また,板書の書き写しや手本の視写が苦手,漢字や書字や計算問題などの反復練習が困難,手先に不器用さがみられるなどの実態から学習が定着しにくいと判断されてきた子どもたちへの支援法の一つとして,パソコンを活用し応用行動分析学の理論に基づく構成見本合わせ課題(structured response matching to sample, CRMTS)を用いたひらがなの書字指導(菅佐原・阿部・山本,2006)や漢字の書字指導(菅佐原・山本,2008;鶴巻,2005)が行われてきた。これらの課題は指導者もしくは実験者が作成した課題に参加者が従事する方式をとっている。本研究はプログラム参加者である発達障害の子ども達が自身で問題を作成するとともに,自分以外の子ども達が作成した課題にも従事できるような漢字の書字支援プログラムを開発し,その実施が可能かどうか予備研究を行い,実施上の課題を明らかにすることを第2の目的としている。

Ⅱ わかば教室の概要1.わかば教室の参加者 ⑴ 参加者 わかば教室は,前述のようにADHDやPDD,高機能自閉症,LDなど発達障害の診断及びその疑いがある小・中学生を対象としている。特に読み書き,算数を中心とした学業に課題を抱える子ども達が参加している。保護者からの希望に応じて受け入れ,小学生以上の子ども達が保護者とともに通ってくることを参加要件としている。なお,小学生であればきょうだいでの参加も認めている。保護者はおもに母親を対象としているが,個別支援の場であることから父親や祖父母が参加することも可能である。 ⑵ 参加手続き 参加希望の保護者には次のような手順により参加手続きをとるように依頼している。・1回目:保護者を対象として説明の時間をとり,そのなかで,子どもの支援とともにその結果を学会報告や論文,卒業研究・修士論文として公表することを説明して,それに対して文書で了承を得る。

・2回目:学業支援が中心となるため,保護者と参加児が一緒にきて,子ども本人の参加の意思確認を行う。また,担当スタッフとなる学生の性別や学年をはじめ,参加者及び保護者とスタッフの相性を確認する。

2.開催曜日と時間 毎週土曜日をわかば教室の開催日としている。保護

者の希望と学生スタッフの都合があえば祝祭日に行うこともある。一回あたり1.5時間か2時間で個別指導を行う。参加者は隔週で参加するので1か月に2回程度参加可能であるが,参加児の学校行事(運動会,学習発表会,土曜参観等)や家庭の都合,夏季休業による学生の不参加,筆者・院生の学会参加等の理由で月に1回の参加(実施)になることもある。また,前日や当日に比較的大きな地震があった場合には念のため開催中止としてきた。開始時刻は10時,13時,15時30分で,一日に最大3組の参加を予定している。3.場所 参加者への指導場所は福島大学人間発達文化学類特別支援クラス教員の研究室等を使用する。きょうだいで参加の場合には個別に指導を行う。母親も参加児とは異なる部屋を使用した。4.おもな活動内容と担当者 ⑴ 参加者(担当:学生スタッフ,筆者) 各参加者の実態に応じて学習支援の内容を選択する。おもな内容は以下のとおりで,漢字の学習と算数の学習は0.5時間から1時間,その他の活動は0.5時間以内で行う。実施順序は各参加者の状況に応じて学生スタッフと筆者が決める。・漢字の学習(読み,書き)・算数の学習(計算,図形)・集中力の向上(例:開始・終了時の「会」,折り紙)・語彙(例:なぞなぞ) ⑵ 母親(担当:筆者) 学業,学校での生活,各種検査結果,進路などについて相談を受けることが多い。5.記録 終了後に毎回,学生スタッフが参加者ごとにファイルに記録を書き,その後筆者がそのファイルを確認する。母親教室の記録はノートにとるが,スタッフで共有した方がよい内容は筆者がファイルに追記する。記録ファイルは筆者の管理のもと,スタッフだけが共有できる方法で保管している。6.学生スタッフ 特別支援教育を専攻する学類生,大学院生がスタッフとして参加する。なお,事前に個人情報の扱いに関するレクチャーを行うが,相談時間内にスタッフの姿勢や言葉遣い,学業支援の方法などで気づいたことがあれば終了後に学生に個別に指導する。7.わかば教室以外に開催している幼児期の子どもの ための教室 わかば教室は小中学生を対象としているので,その前段階の幼児期にある子ども達と母親を対象とした教室として次の2つを開催している。 ⑴ 「つばさ教室」 発達障害及びその疑いのある幼児を対象として,平成14年4月から「つばさ教室」を開いている(平成19

教育相談「わかば教室」における発達障害児への漢字の書字支援 45

年度の活動については,昼田・村田・鶴巻・松崎(2008)を参照)。このつばさ教室は6名以下の少人数で年に10回程度,一回1時間30分ずつ,療育とペアレント・トレーニングを同時間帯に行っている。 ⑵ 「すくすく教室」 平成24年7月からは,成長とともに発達障害に類似した症状を見せる子ども達の存在が明らかとなっている低体重で生まれた幼児と母親を対象とした「すくすく教室」を開催している(詳細は以下を参照:高谷・原野・佐藤・高橋・氏家・石井・河原田・鶴巻,(2013);原野・高谷・佐藤・高橋・氏家・石井・河原田・鶴巻;(2013))。すくすく教室は,一回1時間ずつ,幼児教室と母親教室を同時間帯に開催している。平成24年度は参加希望のあった6名を対象として,1年間のフィードバックも含め7回開催した。平成25年度は出生時の体重別に2クラス開催する。

Ⅲ 平成24年度の活動概要1.開催回数とのべ参加者数 表1は,平成24年4月から平成25年3月までの開催回数とのべ参加者数を月別にまとめたものである。1か月に2~5回の土曜日に開催し,1日に1~3組を受け入れたため開催回数は参加組数と同じである。また,平成24年度の参加者は小学校2年生から5年生までの児童5組9名であった。したがって,平均すると1か月あたり各児童は1~2回の参加であった。

2.参加スタッフ おもに大学院生3名,学類4年生3名が交代で参加児の教材を準備して個別指導を行った。3.場所 「Ⅱ わかば教室の概要」と同様。4.おもな活動内容と担当者 「Ⅱ わかば教室の概要」と同様。

5.記録 「Ⅱ わかば教室の概要」と同様。6.平成24年度を振り返って 参加者の人数と実施回数が増えるにしたがって,担当スタッフも筆者も参加者の教育的ニーズの整理が十分にできず混乱することがあった。教員経験のある社会人スタッフとともによりシステマティックな個別の指導計画の作成,記録の整理を工夫し,さらに効果的なわかば教室の運営と支援ができるものと思われる。

Ⅳ 漢字の書字支援1.学習支援システムe支援の概要 漢字の学習に困難を示す児童生徒が活用できることを目指して開発してきた漢字の読字・書字支援システムで,鶴巻・吉田・安斎・片岡(2003)の改良版である。本システムは「管理者用」と「子ども用」に分かれている。以下に,それぞれの構成とおもな内容を記載する。また本報告の最後に表2に対応する画像の一部を図3から図14として掲載する。

2.本システムの特徴 通常,発達障害のある子ども達への学習支援は,実態の把握と短期目標の設定,それに基づく教材作成と実施,振り返りにより行われてきた。教材の用意は指導者が準備し,子ども達に提供される。本研究ではこれまで提供された問題を教材とした学習支援とともに,子ども自身が,自分の苦手な分野である漢字書字の問題を自ら作るための方策をとるようにしている。したがって簡単なドラッグ&ドロップにより子ども自身が漢字の書字問題を容易につくることができるようにしている。3.構成反応見本合わせ(CRMTS) Mackay & Sidman(1984)は3名の重度の精神遅滞の10代の青年に対し,6つの色を表す単語(red, blue, yellow, green, orange, black)についてアナグラムネーミング(文字綴り)の指導を行った。また,Dube, McDonald, McIlvane, & Mackay(1991)は,この文字綴りを獲得させるためにコンピューターを用いた構成見本合わせ課題の開発を行った。2名の精神遅滞の成人(24歳,27歳)を参加者として,選択さ

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表1 平成24年度のわかば教室    -開催回数とのべ参加者数-

表2 「管理者用」及び「子ども用」のページ構成と   そのおもな内容

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せたい選択刺激を点滅させたり,あるいは左から右の順序で文字を選択させるために見本刺激の色を徐々に濃くしたりするなど,構成見本合わせ課題にフェイディング手続きを併用し,参加者に2文字から5文字までの無意味単語のスペリングを獲得させることができた。この実験では,ディスプレイ上に示された文字プールの10個の選択刺激から,アルファベットをある特定の順序で1つずつ選択させることにより文字綴りを獲得させることが目的であった。典型的な見本合わせ課題の正反応基準が,ある見本刺激と「同じ特性がある」あるいは「関連する性質のある」選択刺激との1対1対応であるのに対し,構成見本合わせ課題は,①ある見本刺激に対応する選択刺激の数が2つ以上の複数となる,②その選択順序が正しいという2つの条件を満たすことが必要とされる。菅佐原ほか(2006)は3音節で構成された拗音のひらがな単語を刺激とし,鶴巻(2005)は偏と旁で構成される小学校4・5年生の配当漢字を刺激として構成見本あわせ課題を用いることにより,脳性麻痺や発達障害のある小学生に拗音の入ったひらがな単語や漢字の書字を獲得させている。本研究における子ども自身による漢字の書字問題作成のシステムもこの構成反応見本合わせ課題を用いている。4.刺激資料 本システムでは小学校6年間の配当漢字(1,006字)のうち小学校1年生の配当漢字80字を除く926字のうち,偏・旁,かんむり・あしなどに分解することが可能な漢字を刺激として漢字の書字問題を作成することができる。小学校1年生に配当された漢字は2年生以降で漢字の部首等になるものが多いため,あえて部分に分けずに学習する方法をとることにした。参加児の実態に応じて指導の対象にはするが,本システムでは刺激としては扱わない。5.実施方法 実施はおおよそ以下の方式で行う。 ⑴ 手書きによる問題作成 参加者にはできるだけ回数多く漢字の書字の機会を作るため,まず,問題文を手書きで用紙に記入させる。用紙は,すでに問題となる漢字が選択されている書式A(図1)と問題とする漢字も自分で選択する書式B

(図2)の2種類を用意した。 この用紙にはヒントを書くスペースを作り,その部分には偏の名前など左右に分けた漢字の組み合わせをする際にヒントとなる事項を書かせるようにした。あわせて,問題文を作成する本人が偏やかんむりの名前を覚えられるようにした。 ⑵ 学習支援システムe支援への入力 入力方法が小学生には複雑なため指導者が横について入力を支援する。 ⑶ CRMTSによる自作問題の確認

 ⑷ CRMTSによる他者作成問題の確認 ⑸ テスト問題 CRMTSで実施した自作問題と他書作成問題に出された漢字を実際に書くことができるか,図2を用いてテスト問題として書かせる。6.予備研究の結果と考察 上記5.実施方法⑴から⑶に基づき予備的研究を行った。 ⑴ 参加者 わかば教室に参加している小学校4年生以上の児童3名が予備研究に参加した(表3)。学年は予備研究参加時点である。3名とも通常学級に在籍している。

 ⑵ 刺激資料 参加者の学年を考慮し4年生の漢字のうち,偏と旁から構成される漢字を刺激とした。 書式Aに用いた漢字は以下の10字のうちの8字である。なお参加者は3名とも問題となる漢字の共通点(偏と旁により構成されている漢字)が分かるとその時点で学習への意欲が減退する可能性があるため,ダミーとして「笑」「街」の2字を入れた(表4)。

 表5は各参加者が書式Bの用紙に選択した漢字10字とその漢字を使って作った問題文である。

表3 参加者のプロフィール

( )

A

B

C

表4 指導者が選んだ書式Aの問題A

表5 参加者が書式Bの問題として選んだ漢字一覧B

A 2

2

B

(10 )

C

A 34 2

教育相談「わかば教室」における発達障害児への漢字の書字支援 47

 書式Aのあとに書式Bによって問題文を作成させてダミーを見せてしまったせいか,偏と旁以外の組み合わせの漢字を選択する傾向が高かった。また,参加者はそれぞれ最近見たDVDや映画,家族旅行先など身近な話題にそって問題文を作成する傾向がみられた。熟語を並べた参加者Aには文章を作るよう指示したが最後まで熟語のままであった。 ⑶ 結果 3名の参加者とも手書きによる問題作成A・Bともに意欲的に取り組み書くことができた。ふだんは空欄のある課題資料を提示するだけで「嫌だ」「なんでぇ」のような不満が噴出するが今回は4年生の漢字の一覧表を見ながら問題文を作っていた。次回のわかば教室でパソコンを使って問題文を入力するので下書きをして欲しいという教示の効果が大きかったと推察される。 この問題文を記入した次のわかば教室(参加者によって1週間後と2週間後)において,学習支援システムe支援を用いて問題を作成させた。すでに「Ⅳ 漢字の書字支援」に記述した手順のうち【子ども用】1)により問題を作成させる予定であったが,実際は

【管理者用】2)を行いて入力させ,それを【管理者用】3)の問題集に追加して【子ども用】2)を実施した。 実施には17.3型ディスプレイ(富士通モバイルワークステーションCELSIUS H910)とマウスを使用した。各参加者ともマウスを使用することはできたが,ローマ字入力で躓いてしまった。学校ではローマ字入力を用いていることから仮名入力は用いず,急遽,ローマ字一覧を用意して,1文字ずつひらがなをローマ字に変換し,アルファベットを拾いながら問題文を入力した。時間がかかり各参加者とも1~3問の入力であった。しかし,その後の書けるかどうかの「たしかめ」の書字にも抵抗なく取り組み,「おもしろかった」「意外にいいね」などの感想を述べていた。また,【子ども用】2)にある正誤反応に対するフィードバックに対しても,自分ならこのようなイラストにしたいなど絵をかき出すなど積極的に感想が述べられた。 ⑷ 今後の課題 参加者3名による予備研究の結果,次のような課題が明らかとなった。1)漢字の一覧表の提示 指導対象とする学年の漢字一覧表を問題候補のヒントとして準備し見せたが,参加者はその漢字一覧(160字~200字)をみて抵抗を示した。一覧表の漢字を100字程度の2組に分けるか,今回は偏と旁の漢字に関する問題を作るなど指導者の意図が明確になるように漢字を分類した一覧表を用意する必要があった。2)ダミーの存在 例として提示した手書きによる問題作成の書式Aは参加児童の漢字選択に混乱をきたしたようであった。しかし,指導者の意図が明確に伝わってしまうと参加

者の学習への意欲が下がることも各児童の実態から予想されるため,そのバランスをとりながらダミーを入れていくことの必要性が明らかとなった。3)ローマ字入力 3人ともローマ字は既習事項であったが身についていなかったため,ローマ字の一覧表も必要であった。一つずつ文字を探すと時間がかかるため,ローマ字読みの事前の指導が課題である。4)部首 この学習支援システムe支援は,問題となる漢字やCRMTSの選択刺激を選択する画面が部首毎に分けられている。つまり問題文を作ったりヒント文を作成したりするためには部首が分からないと漢字が選択できない。参加者はパソコンを使った漢字問題を作りたいという意欲は高いが,そのためには部首を知ることが必要になる。参加者の強い意欲を活用して,部首を学ぶ機会を作っていくことも必要になるであろう。5)実施方法の複雑さ 学習支援システムe支援は何度も修正を繰り返し参加児童が使用できるように工夫してきたが,指導者のサポートを要した。今後はサポートの度合いに関する基準を作成し実施することが必要になるであろう。

Ⅴ さいごに 参加者の漢字の問題作成に対する意欲は高かったが,作成するためには,参加者自身が部首の名前を知っていること,ローマ字入力ができること,学習支援システムe支援の入力作業のさらなる手順の単純化が必要であることなど予備研究を行うことで課題が明らかになった。わかば教室は平成25年度も継続して行っている。学業的支援を必要とする小・中学生を対象として支援を広げるとともに,今後はシステマティックな個別の指導計画の作成や記録の効果的な整理などがわかば教室の運営をよりよくするために必要なことであろう。

謝辞:わかば教室の運営及び本研究の推進にあたり,快くご協力をいただいた参加者のみなさんとご家族に心より感謝申し上げます。また,高橋純一さん(現国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的障害研究部日本学術振興会特別研究員(PD),玉木宏樹さん(現福島大学大学院人間発達文化研究科2年),米沢祐子さん(同)はじめ,福島大学人間発達文化学類人間発達専攻特別支援クラス所属の学生のみなさんからも多大なご協力をいただきました。心より感謝申し上げます。付記:本研究は福島大学倫理審査承認を受けている。また,JSPS科研費(挑戦的萌芽研究,23653311)及び平成24年度福島大学展開研究資金の助成を受けた。

2013-748 福島大学総合教育研究センター紀要第15号

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図1 手書きによる問題作成用紙(書式A)

図2 手書きによる問題作成用紙(書式B)

教育相談「わかば教室」における発達障害児への漢字の書字支援 49

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図3 管理者ログイン

図4 問題の管理

図5 問題の管理(問題にする漢字の選択)

図6 問題の管理:問題文とヒントの入力

図7 問題の管理:CRMTSの選択刺激の作成と貼り付け

図8 問題集(セッション)の管理

2013-750 福島大学総合教育研究センター紀要第15号

図9 子ども用入り口(問題集の学年)

図10 子ども用入り口

図11 問題をつくる:問題セッションの一部(1試行)

図12 問題をとく:解答の方法

図13 正反応へのフィードバック

図14 誤反応へのフィードバック