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Page 1: OECD 経済審査報告書 日本...2 主要な事実 主要な提言 経済成長を支える 25年ぶりの引き締まった労働場の下でも、賃金 上昇率は鈍いままである。最低賃金対中位賃金比率

OECD 経済審査報告書

日本

April 2017年

概要

www.oecd.org/eco/surveys/economic-survey-japan.htm

Page 2: OECD 経済審査報告書 日本...2 主要な事実 主要な提言 経済成長を支える 25年ぶりの引き締まった労働場の下でも、賃金 上昇率は鈍いままである。最低賃金対中位賃金比率

この概要は、『OECD 対日経済審査報告書 2017 年版』の一部である。本報告書は、加盟

国の経済状況を審査する OECD の経済開発検討委員会(EDRC)の責任で発行されている。

この概要、及び概要に含まれる地図は、いかなる領域の地位・主権、国際的な国境およ

び境界、及び領域、都市または地域の名称を毀損するものではありません。

OECD 対日経済審査報告書© OECD 2017

自らの利用に供するため、OECD の出版物は、複写、ダウンロード、印刷することができ

ます。また、出典として適切に OECD を引用し、著作権が保護される限り、OECD の出版

物、データベース、マルチメディア製品の抜粋を、自らの文書、プレゼンテーション、

ブログ、ウェブサイト、教材に含めることができます。公的または商業目的での利用、

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主な結論

経済成長は加速

日本の一人当たり実質経済成長率は加速

出典: OECD Economic Outlook: Statistics and Projections.

過去4年間で日本の一人当たり実質経済成長率は、OECD 平均

と同程度の速さで成長した。労働力不足の高まりと歴史的に

高水準の企業収益の下、高成長は、雇用創出と賃金上昇によ

り支えられてきた。経済対策も 2016-17 年の成長を支えて

いる。しかし、人口減少による成長見込みの弱さから、国内

の設備投資は抑制されてきた。基調的な物価上昇率は、いま

だゼロ近辺である。成長率は高まってきたが、日本が2つの

主要な課題、つまり歴史的に高水準な政府債務残高比率と生

産年齢人口の加速度的減少を克服するためには、更なる取組

みが必要である。一人当たり実質経済成長率を維持し、債務

残高比率を低下傾向にするためには、アベノミクスの3本の

矢すべてをうまく実施することが不可欠である。

企業間の労働生産性格差により、包摂的な成長は抑制されている

製造業とサービス業の生産性格差は拡大

出典: Japan Industrial Productivity Database 2015.

主要な構造改革はアベノミクスの第3の矢の一部として実施

されてきたが、労働生産性は、依然、OECD 諸国の上位半数の

国の平均値から約 1/4 下回っている。企業の参入、退出に係

る障害により、革新的な新たな企業の数は抑制され、労働と

資本は生産性の低い活動に閉じ込められている。サービス業

と製造業の間、先端企業と遅れた企業間の生産性格差は拡大

し、賃金格差、所得格差の一因となっている。労働市場の二

極化は、さらに固定化が進んできており、非正規労働者は今

や雇用の 38%を占め、相対的貧困率を高めている。 二極化

は、とりわけ女性に影響し、非正規雇用者の賃金の低さ、訓

練をほとんど受けられないことから、格差を拡大し、生産性

上昇を抑制している。

政府債務は対 GDP 比で増加を続けている

政府の歳入は、歳出増加に追いついてこなかった

出典: OECD Economic Outlook: Statistics and Projections.

2014 年の消費税率引上げと歳出抑制により、2014-15 年の基

礎的財政赤字は縮小した。それにもかかわらず、政府債務残

高比率は上昇経路にあり、政府の見通しは基礎的財政赤字が

2024 年度まで継続するかもしれないことを示している。国債

利回りは現在ゼロ近辺だが、その上昇は財政の持続可能性に

とってリスクである。急速な人口高齢化により、世代間の公

平への懸念を引き起こしている、これまででも十分大きい高

齢者への移転が増加し、歳出は上昇圧力にさらされている。

医療支出は今や OECD 諸国で8番目に多いが、介護負担も一

因である。非常に低い付加価値税率と個人所得税収が比較的

少ないことから、税収は OECD 平均を下回っている。

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主要な事実 主要な提言

経済成長を支える

25 年ぶりの引き締まった労働市場の下でも、賃金

上昇率は鈍いままである。最低賃金対中位賃金比率

は、OECD 諸国中、最も低い国の一つである。

最低賃金を中位賃金の半分の水準に向けて引き上げ

るべき。企業の未払い残業を減らすべき。

2016年に消費者物価上昇率(総合)はゼロ近辺に

低下し、インフレ期待を低下させ、賃金上昇見込み

にマイナスの影響を与えている。

コストとリスクについて考慮しつつ、物価上昇率が

2%目標を安定的に上回るまで、予定通り、金融緩

和を維持すべき。

包摂的成長を促進する ため、雇用と生産性を高める

女性の労働参加率は上昇しているが、保育の不足、

長時間労働、大きな男女間の賃金格差を反映し、

(15-64歳の)女性の就業率は、男性よりも 17パ

ーセンテージ・ポイント低い。

子育ての受け皿を増やすとともに、残業時間の義務

的な上限により、ワークライフバランスを改善する

ことにより、女性の労働参加への障壁を取り除くべ

き。

企業間の生産性と賃金格差が、日本は比較的大き

く、また拡大してきた。日本の企業の開・廃業率

は、他の先進国をずっと下回っており、起業家の数

が少ない。

企業と大学の研究開発の連携を強化することによ

り、中小企業の生産性を高める。

個人保証の利用を減らすことにより、生き残れない

会社(non-viable firm)の退出を容易にする。

個人破産制度の厳格性を緩和することで、経営破た

んした起業家の再挑戦を奨励する。

日本の新興企業は、規模を拡大し規模の経済を達成

しようとするより、小さいままであろうとする傾向

がある。

市場の力を強化する信用保証制度の改革を実施する

とともに、中小企業向けの融資に対する公的な保証

の減少傾向を維持する。

正規労働者と非正規労働者の間の大きな賃金格差

は、賃金格差、相対的貧困、大きな男女間賃金格差

の主な原因である。非正規労働者への訓練がわずか

なことで、生産性上昇は鈍化している。

正規労働者への雇用保護を緩和し、非正規雇用者へ

の社会保険適用、職業訓練を拡大することにより、

労働市場の二極化を打破すべき。

財政の持続可能性を達成する

日本の政府粗債務残高は、未知の領域に上昇を続

け、2016 年に、OECD諸国で最も高い対 GDP比

219%に達しており、財政の信認を失うリスクを高

めている。

財政の持続可能性への信認を強めるため、具体的な

歳出削減策、増税策を含む、より詳細な中期的な財

政健全化の道筋にコミットすべき。

税負担は OECD 平均を下回っており、歳出の増加に

追いついてこなかった。税・移転の仕組みが生産年

齢人口の所得格差と相対的貧困に及ぼす影響は比較

的小さい。

消費税率を徐々に引き上げる。

勤労所得控除を導入することにより、公平性を高め

る。

年金給付は、マクロ経済スライドを適用できなかっ

たため増加してきた。国民年金の納付率、とりわけ

若者の間で低下している。

できる限り速やかにマクロ経済スライドを完全実施

すべき。

年金支給開始年齢を 65歳以上に引き上げるべき。

日本の在院日数は OECD諸国平均のほぼ4倍長く、

日本の一人当たり薬剤費支出はかなり高い。

病院での長期療養を減らし、重症度の低い人への介

護保険の適用範囲を縮小し、ジェネリック医薬品の

使用を増やすべき。

グリーン成長を促進する

日本は、温室効果ガス排出量を 2013年比で 26%削

減することを目指している。

環境関連税を活用し、温室効果ガス排出をさらに削

減するため、エネルギーの効率化、低炭素エネルギ

ー源の使用を促進する。

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評価と提言

2013 年に、日本は、20 年来の低成長を克服するため、大胆な金融政策、機動的な財政

政策、そして成長戦略という3本の矢からなるアベノミクスを立ち上げた。 アベノミクスは即

座にポジティブな効果をもたらした(表1)。人口面の向かい風が強まっているにもかかわらず、

構造改革のおかげもあり、実質経済成長率は、過去4年間の平均で 1.1%とほぼ倍増した (表

2)。一人当たりで見ると、実質経済成長率はほぼ OECD 平均と一致した。名目経済成長率は、

1997 年から 2012 年の間の減少のあと、物価上昇に支えられ、過去4年間の平均で 2.1%増加し

た。2014 年以降、コア物価上昇率はゼロ%を越えており、これは、1995 年から 98年以来、最も

長い期間である。これにより、政府の基礎的財政赤字は、2012 年の 7.5%から 2015 年の 3.1%

に低下した。

表1. アベノミクスにより、経済成長率、物価上昇率は高まった

平均変化率(%)

名目経済

成長率

物価上昇率

(GDP デフ

レーター)

実質経済

成長率

一人当たり

実質経済

成長率

生産年齢人

口 1一人当

たり実質経

済成長率

米国

一人当たり

実質経済

成長率

OECD 諸国一

人当たり実

質経済

成長率

1997-2012年 -0.5 -1.1 0.6 0.5 1.2 1.3 1.3

2012-16年 2.1 0.9 1.1 1.2 2.3 1.3 1.3

目標 2 3.0 1.0 2.0 .. .. .. ..

1. 15-64歳人口。

2. 2013年 1月の日本政府と日本銀行の合意に基づく。

出典: OECD Economic Outlook :Statistics and Projections (Database).

経済成長は加速したが、日本の抱える課題は依然大きい。日本の一人当たり収入は、

1990 年代初頭は OECD 諸国の上位半数の水準に一致していたが、労働投入の低下と労働生産性の

低さを反映し、今では 19%下回っている(図1)。人口高齢化と度重なる経済刺激策により、

歳出は増加し、一般政府の粗債務残高は 1992年の対 GDP比 68%から 2016 年に 219%にまで高ま

り、OECD 諸国が記録した中で最も高い水準となっている(パネル B)。政府純債務残高も OECD

平均よりもずっと高い水準である (パネル C)。2020 年度に基礎的財政収支を黒字化するとい

う政府目標が達成されるとしても、更なる財政健全化がなければ、2060 年には政府粗債務残高

は対 GDP 比 600%を越えるだろう(Fiscal System Council, 2015)。最後に、コア物価上昇率

は、ゼロ%近辺まで低下している(パネル D)。

本報告書における主なメッセージは、アベノミクスの3本の矢すべてをうまく実施する

ことが、包摂的な成長を促進し、債務残高比率を下げていくために必要ということである:

生産性を高め、成長をより包摂的なものとする大胆な構造改革

歳入の着実な増加策と組み合わせられた歳出抑制策

2%の物価上昇目標が安定的に達成されるまで続けるべき拡張的金融政策

政府は、「成長と分配の好循環」を基礎とする、一億総活躍社会の推進計画を 2016 年

に立ち上げた。このためには、強固で、持続的な生産性上昇を生み出す生産性の基礎を拡張し、

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社会全体に公正にその繁栄の果実が分配される、包摂的な成長につなげる必要がある。実際、生

産性を高める政策と包摂的な成長を促進する政策の間には相乗作用がある。

表2. 日本再興戦略における 10 の改革

改革 目的 これまでの取組

1. コーポレートガバナン

スの強化: 持続的に企業

価値を向上させる。

コーポレートガバナンス強化、上

場企業や金融機関を支える経営の

改善及びファンダメンタルズの強

化を通じて、持続的に企業価値を

向上させる。

2014 年初に JPX 日経インデックス 400、スチュ

ワードシップ・コードが導入された。スチュワ

ードシップ・コードは、200 超の機関投資家に

受け入れられた。「原則を実施するか、実施し

ない場合は、その理由を説明するか」の手法の

下で上場企業に少なくとも2名以上の独立社外

取締役を置くことを求めているコーポレートガ

バナンス・コードは 2000 以上の上場企業に適

用されている。

2. 公的・準公的資金の運

用等の見直し

公的・準公的資金の運用等につい

て、有識者会議の提言などを踏ま

え、改革を着実に実施。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は

2014 年に株式投資割合を増やすことを決め

た。GPIF のガバナンス体制改革は 2016 年に法

定された。

3. ベンチャーの加速: 起

業にやさしい環境を作

る。

「ベンチャー創造の好循環」(ベ

ンチャーの資金提供と事業創造の

好循環)を形成し、世界で勝てる

ベンチャーを創出する。

エンジェル税制を、よりユーザーが使いやすい

ものとした。2014 年にクラウドファンディン

グを促進するための措置を開始した。

4. 法人税改革: すべての

企業のビジネス環境を改

善する。

法人実効税率を国際的にそん色な

い水準に改革することにより、日

本の立地競争力を強化する。

2016 年度の税制改正により、国・地方合わせ

た法人実効税率は 2015 年度の 32.11%から

2016 年度の 29.97%に引き下げられ、さらに

2018年度に 29.74%に引き下げられる。

5. 科学技術イノベーショ

ンの推進と「ロボット革

命」: 日本を技術の先端

国にする。

科学技術イノベーションを推進

し、革新的な技術シーズをビジネ

スに結びつける仕組みを構築す

る。

効果的な研究開発を促進するため、さまざまな

省庁で管理されていた科学技術予算が、総合科

学技術・イノベーション会議に集約された。

6. 女性の労働参加、登用

の促進

子育て中の女性が働ける環境整

備、女性の職場での登用を促進す

るための環境整備を行う。

約 30 万人分の放課後児童クラブの受け皿を拡

大しているところであり、また待機児童を減ら

すため、2013-17 年度の間、約 50 万人分の保

育の受け皿を新たに確保している。これらの施

策により、2012 年末から、女性雇用は 4.0 パ

ーセンテージ・ ポイント増えている。

7. 柔軟な働き方の実現:

人材プールを改善する。

労働時間でなく成果で評価される

創造的な働き方を導入する。職務

等を限定した「多様な正社員」モ

デルケースを普及・拡大する。透

明かつグローバルにも通用する労

働紛争解決システムを構築する。

補助金を雇用調整助成金から労働移動支援助成

金にシフトしている。働き過ぎ防止のための取

組を強化した。

8. 海外の優秀な人材をひ

きつける: 外国人労働者

が活躍する社会へ。

高度外国人材が日本で活躍できる

環境を整備する。外国人技能実習

制度を抜本的に見直す。

政府は、永住権の申請に必要な在留期間を現在

の5年から大幅に減らす『日本版高度外国人材

グリーンカード』を導入することとしている。

外国人技能実習生は、実習期間を3年間から5

年間に延長できるようになる。

9. 攻めの農林水産業の展

農林水産業を成長産業化し、農業

・農村の所得倍増を目指す。企業

農家が政府の定める生産数量目標の配分による

のではなく、需要に応じて米を生産することを

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のノウハウを活用するとともに、

企業の農業への参入を加速させ

る。

可能にするため、2018 年度までの5年間に主

食用米の行政による生産数量目標の配分を廃止

する。農業生産法人による農地所有の要件が緩

和され、農業協同組合は改革された。

10. 健康産業と高水準の

サービス: 健康産業の活

性化と質の高いヘルスケ

アサービスの提供。

効率的で質の高いサービス提供体

制の確立、保険給付対象範囲の整

理等により、社会保障制度の持続

可能性の確保と、健康産業の活性

化を図る。

公的医療保険でカバーされていない新たな治療

を患者がより迅速に受けられるように、新たな

保健医療制度が導入された。医療分野の研究開

発の司令塔機関が新たに創設された。

出典: 日本政府.

図1. 日本は低成長、高まる政府債務残高、デフレに直面している

1. 一人当たり GDP は、2010 年の物価と購買力平価により換算されている。労働生産性は、時間当たり GDP である。 労働投入は

一人当たり総労働時間である。

2. 2016年は OECDによる推計。

3. OECDの定義によるものであり、食料とエネルギーを除く。1997年と 2014年の消費税率引上げの影響を除いている。

出典: OECD (2017c); OECD Economic Outlook: Statistics and Projections (データベース).

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そのような政策は、多くの強い面がある日本の幸福度を改善するだろう (図2)。失

業する可能性は、OECD 諸国の中で最低で、家計の純金融資産は最高水準である。日本の成人の

読解力、数的思考力は OECD 諸国の中で最も高く、身の安全性も同様である。しかし、日本人の

寿命は世界で最も長い水準だが、OECD 諸国の平均で成人の 69%が健康だと感じているのに対し、

日本の成人は 35%しかそう感じていない。また、日本は、住宅条件、ワークライフバランスの

点数が低い。雇用者の 22%は、週 49 時間以上働いている。 主観的な幸福度では、日本は OECD

平均をずっと下回っている。幸福度は、現在、OECD 平均と近い環境の質が改善することによっ

ても高まるだろう(Box3)。

図2. 日本の幸福度は強弱交錯 1

1. 幸福度のそれぞれの側面は、OECD Better Life Index の1~4つの指標によって測定されている。標準化された指標は、均等

なウェイトで平均をとっている。指標は、次の公式に基づいて、10(最も良い)から0(最も悪い)の間の数字で標準化して

いる:(当該国の指標の値 - 最小値)/(最大値 - 最小値)×10

出典: OECD (2016), OECD Better Life Index, www.oecdbetterlifeindex.org.

最近のマクロ経済状況と短期経済見通し

実質賃金上昇により個人消費が伸びたこともあり、2016 年の経済成長率は、潜在成長

率を越える 1.0%となった(図3)。しかし、過去 25 年間で最も引き締まった労働市場にもか

かわらず、賃金上昇は驚くほど無反応のままである。終身雇用の関係で、労働移動は少ないこと

から、賃金の労働市場引き締まりへの反応は遅くなる傾向がある。さらに、賃金交渉は、物価上

昇期待ではなく、過去の物価上昇を長らく反映してきた。賃金上昇は緩慢であるが、原油価格の

低下もあり、消費者物価上昇率がマイナス域に落ち込んだことにより、消費者の購買力は高まっ

た (図4)。 エネルギーと食品を除いた消費者物価でさえ、物価上昇率は現在ゼロ近辺である。

高まり続ける労働不足の中で(パネル C)、2016 年春以降、非正規労働者数の顕著な増加を主な

理由として(パネル B)、1997 年以来最大となる雇用者数の1%増加により、家計所得も高まっ

た。顕在化しつつある設備の不足も、歴史的に高水準の企業収益(パネル D)、多額の現金保有、

法人税率引下げ、2016 年後半の輸出の回復といった要因(パネル E)とともに設備投資を下支え

している。輸出の増加は、中国を含むアジア諸国、及び米国向けが主導した(パネル F)。

2016 年の前半は、合計で対 GDP 比 0.8%規模となる、2015 年度補正予算及び 2016 年度

第一次補正予算により、下支えされた。10 月には、2016-17 年度に渡る 7.5 兆円(対 GDP 比

1.5%)規模の経済対策が国会で成立した。経済の停滞は縮小し、基礎的財政赤字が大きいまま

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となるものの、2016 年の3つの補正予算、2017 年初頭に成立した 2016 年度第三次補正予算、

2017 年に予定されていた消費税率引上げ延期により、2016 年から 17 年にかけての財政政策のス

タンスはやや拡張的になると見込まれる。

図3. 主なマクロ経済指標

1. 従業員 30人以上の事業所、季節調整値。

2. 帰属家賃を除く消費者物価により実質化。

3. 雇用人員 DI、は雇用人員が「過剰」答えた会社の構成比から「不足」と答えた会社の構成比を引いて算出。生産・営業用設備

DI は、生産・営業用設備が「不足」と答えた会社の構成比から「過剰」と答えた会社の構成比を引いて算出。負値は、労働力、

設備の不足を意味している。2017年第1四半期の値は、2016年 12月調査における先行きの値。

4. 経常利益は、全産業(金融業、保険業を除く)、季節調整済系列。

5. 国民経済計算ベース.

6. 53の貿易相手国との貿易額によりウェイト付けして算出。消費者物価によりにより実質化。図で下方向の動きが円高を示す。

7. 中国、NIEs、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンを含む。

出典: Ministry of Health, Labor and Welfare; Bank of Japan; Ministry of Finance; OECD Economic Outlook: Statistics and Projections (データベース).

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図4. 2014年から消費者物価は低下してきた

消費税率引上げの影響を除く 1

1. 2014 年4月に消費税は5%から8%に上げられた。この税率引上げは日本銀行と内閣府の推計によると物価を2パーセンテー

ジ・ポイント高めた。

2. OECDの定義によるものであり、食料とエネルギーを除く。

出典: OECD Economic Outlook: Statistics and Projections (データベース); Bank of Japan

経済予測とリスク

経済成長率は 2017 年に 1.2%、2018 年は 0.8%となり、消費者物価上昇率は 2018 年に

1.1%に高まると予測する(表3)。2017-18 年は、物価上昇率が賃金上昇率を上回ることによ

り、実質賃金上昇が弱まるが、貯蓄率が 2013 年以前の水準に低下することにより、個人消費は

下支えされると見込まれる。国際貿易の幾分の好転と昨年 10 月以来の円安方向の動きにより、

輸出の回復は続くと見込まれる(図5)。また、高水準の企業収益と現金保有に支えられながら、

この輸出の回復により、民間設備投資は支えられよう。2020 年の東京オリンピック関連の建設

により一部打ち消されるだろうが、経済対策の影響が薄れるにつれ、公共投資の下方トレンドは

再開するだろう。

図5. 2016 年の円高方向の動きから反転

1. 53の貿易相手国との貿易額によりウェイト付けして算出。消費者物価によりにより実質化。

2. 2017年1月、2月の平均値。

出典: OECD (2017c); OECD Economic Outlook: Statistics and Projections (データベース); Bank of Japan。

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表3. 短期経済見通し 1

2013 2014 2015 2016 2017 2018

需要とアウトプット

GDP 2.0 0.3 1.2 1.0 1.2 0.8

消費

民間最終消費支出 2.4 -0.9 -0.4 0.4 0.7 0.7

政府最終消費支出 1.5 0.5 1.6 1.5 0.3 -0.2

総固定資本形成 4.9 2.9 0.1 1.0 2.6 0.5

公的固定資本形成 2 6.7 0.7 -2.2 -3.0 0.2 -6.1

民間住宅 8.0 -4.3 -1.6 5.6 2.4 1.2

民間企業設備 3.7 5.2 1.2 1.4 3.4 2.4

最終需要 2.8 0.3 0.1 0.8 1.0 0.5

在庫投資 3 -0.4 0.1 0.6 -0.3 -0.2 0.0

国内需要 2.4 0.4 0.7 0.5 0.8 0.5

財貨・サービス輸出 0.8 9.3 3.0 1.2 4.2 2.9

財貨・サービス輸入 3.3 8.3 0.1 -1.7 2.0 1.4

純輸出 3 -0.4 0.0 0.5 0.5 0.4 0.3

インフレと稼働率

世界貿易成長率 3.4 3.9 2.6 1.9 2.9 3.2

原油価格(スポット取引、ブレント原

油、 $) 105.8 97.6 53.8 44.1 55.0 55.0

GDP デフレーター -0.3 1.7 2.0 0.3 0.3 0.9

名目 GDP 1.7 2.1 3.3 1.3 1.5 1.7

CPI 0.4 2.7 0.8 -0.1 0.9 1.1

CPI4 0.4 1.2 0.3 -0.1 0.9 1.1

コア CPI4 -0.1 0.6 0.6 0.4 0.6 1.1

失業率 4.0 3.6 3.4 3.1 3.0 2.9

他の項目

一般政府財政収支 5 -7.6 -5.4 -3.5 -4.8 -5.3 -4.6

一般政府基礎的財政収支 5 -7.0 -4.9 -3.1 -4.5 -5.0 -4.3

政府粗債務残高 5 211.6 215.9 215.8 219.1 222.6 225.0

政府純債務残高 5,6 117.4 119.0 118.4 121.6 125.1 127.5

家計貯蓄率 (%) 0.3 -0.4 0.7 2.7 2.5 1.7

経常収支 (GDP比) 0.9 0.8 3.1 3.6 3.6 3.9

1. この予測は 2016年 Q4の四半期別 GDP速報(2次速報)までを考慮に入れ、予測期間の原油価格(ブレント原油)を1バレル

55ドル、1ドル 113.6 円として予測した。

2. 公的企業を含む。

3. GDP成長率への寄与度(パーセンテージ・ポイント)。

4. 2014年4月の消費税率の引上げの影響を除く。図3注1参照。コア CPIは OECDの定義によるものであり、食料とエネルギー

を除く。

5. 対 GDP比。

6. 政府純債務残高は政府総債務残高から政府資産を控除した額。

出典: OECD (2017c), OECD Economic Outlook: Statistics and Projections (データベース).

見通しのリスクは、上下両方向にバランスが取れている。短期的な主な懸念は、賃金上

昇のペースである。見通しよりも企業が賃金を早く引き上げれば、個人消費は強まろう。低賃金

の非正規労働者の割合が増えていることもあり、過去 25 年にわたり、実質賃金は労働生産性上

昇率に立ち遅れてきた(図6)。日本の 1990 年以来の労働生産性上昇率と賃金上昇率の剥離は、

OECD 平均の2倍以上である。政府は、企業の賃上げを促すための税制優遇策を導入し、2015 年

度には 90 600 社の企業が利用した。賃金を引き上げるため、政府は最低賃金をさらに引き上げ

るべきである。最低賃金は、過去4年間に名目で 10%近く引き上げられたが、依然、その水準

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10

は中位賃金の 40%と、OECD 諸国の中で最も低い水準にある (図7)。政府は、1 年に約3%ず

つ上げることを目標にしている。さらに、すべての残業について、労働者に対価が支払われるこ

とが、企業に求められるべきである。2016 年9月に、残業をした労働者の 38%は、残業代が支

払われていない (Research Institute for the Advancement of Living Standards, 2016)。

国内の下押しリスクは、消費者心理の改善が持続せず、個人消費の増加が抑えられるこ

とである。海外については、期待される世界貿易の回復が弱まるかもしれない。しかし、昨年

10 月以降、対ドルで9%減価している最近の円安方向の動きにより、企業収益と物価は押し上

げられ、そうしたリスクは緩和されるだろう。さらに、米国の金利引上げの世界の資本フローへ

の影響も不確実である。

図6. 日本は生産性上昇率と実質賃金上昇率の剥離が大きい

1990-2015 の間の年平均上昇率

出典: OECD (2017c), OECD Economic Outlook: Statistics and Projections (データベース).

図7. 日本の最低賃金は相対的に低い

2015年もしくは利用可能な最新年

出典: OECD (2017e), OECD Employment and Labour Market Statistics (データベース)

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マクロ経済指標、金融指標によると、経済成長の持続性、物価の安定、対外ポジション、

金融面の安定といった点の脆弱性はいずれも抑えられている(図8)。日本は予測という文脈で

は評価しがたい脆弱性に直面している(表4)。最も重要なのは、日本の前例のない高水準の政

府債務残高である。財政の持続性への信認が失われると、金融セクターや実体経済が不安定化し、

世界経済に大きな波及効果をもたらすだろう。特に 2016 年央以降の輸出主導の成長を考えると、

二つ目の脆弱性は高まる貿易保護主義である (Box1)。最後に、日本は地球上で最も地震活動

が活発な地域の一つに位置していることを考えると、自然災害のリスクは常に存在する。

.

図8. 2007年以降のマクロ経済・金融の脆弱性の推移

当該期までの長期平均(0)からの剥離指標。最大値をとって剥離したとき、最大の潜在的な脆弱性を表し(+1)、最

小値をとって剥離したとき、最小の潜在的な脆弱性を表す(-1)1。

1. それぞれの集計されたマクロ・金融脆弱性指標は、個別の標準化された指標を、単純平均をとり集計。Growth sustainability(成長の持続可能性)は、鉱工業生産指数、 総労働時間の生産年齢人口に対する比率(労働時間)、GDP 成長率と生産性上昇

率の差 (生産性ギャップ)、前回の景気の谷からの景気拡張の長さと強さを組み合わせた指標 (成長の持続期間)による。

Price stability(物価の安定)は、消費者物価の総合及びコアについて、次の公式により計算 (消費者物価):(消費者物

価(コア)上昇率 – 物価上昇目標)+ (消費者物価(総合)上昇率 –消費者物価(コア)上昇率)の絶対値。External position(対外ポジション)は、 実質実効為替レートで調整した平均単位労働コスト、実質実効為替レートで調整した消費者

物価(コスト競争力)、輸出財・サービスの相対価格(価格競争力)、経常収支対 GDP 比、対外純資産残高対 GDP 比による。

Net saving(純貯蓄)は、政府、家計、企業部門の純貯蓄対 GDP 比。Financial stability(金融の安定性)は、 金融機関の

不良債権比率(不良債権)と民間銀行貸出対 GDP比 (民間銀行貸出)による。

出典: OECD Economic Outlook Database; Thomson Reuters Datastream. OECD (2016) に基づき OECD計算。

表4. 主な脆弱な点

ショック 考えうる結果

日本の財政の持続可能性への信認が失われる。 実質金利の上昇により、金融セクター、実体経済

が不安定化し、世界経済に大きな波及効果をもた

らす。

主要な貿易相手国が貿易保護主義を高める。 輸出と民間設備投資が縮小し、グローバル・バリ

ューチェーンが阻害される。

地震、津波、台風などの自然災害 重大な生命の損失、経済活動の阻害、再建への多

大な費用の発生。

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Box 1. 日本の国際貿易の構造

世界の輸出入において、日本は4番目に規模の大きい国であり、2016 年に日本の輸出・輸入は、いずれも対 GDP

比 16%を占めている。日本の GDP に占める貿易の割合は OECD 平均の約半分であるが、これは日本(の国内)経済の

大きさを反映している。さらに、いくつかの OECD 諸国では 30%近いのに対し、日本の雇用のうち国際貿易に直接結

びついているものは約 12%に過ぎない。しかしながら、国際貿易は日本の経済発展に重要な役割を果たしてきた。近

年、日本はグローバル・バリューチェーンに益々組み込まれてきており、特にアジアにおいてそうである。

アジア諸国(中国、ASEAN 諸国、NIEs 諸国)は、日本の輸出入のいずれも約半分を占めている (表5)。日本

のグローバル・バリューチェーンへの参加は、特に中国の現地関連法人への中間財の輸出により促進されている

(OECD, 2016b)。最終財は主に米国、欧州に輸出される(METI, 2016)。

表5. 日本の主要な貿易相手国、 2015年

全体に占めるシェア(%)、金額ベース

輸入 輸出

中国 24.8 NIEs2 21.7

ASEAN 1 13.9 米国 20.1

中東 12.2 中国 17.5

EU 11.0 ASEAN1 12.0

米国 10.3 EU 10.6

NIEs2 9.2 中東 4.2

その他 18.6 その他 13.9

合計 100 合計 100

1. ASEANは、インドネシア、カンボジア、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス。シンガ

ポールは NIEsに含まれている。

2. NIEsは、韓国、台湾、香港、シンガポール。

出典: Ministry of Finance. 貿易統計を基に OECD作成。

日本は、その強い研究開発の基礎により、破壊的技術の発展を主導する国の一つとして、高付加価値商品の主要な

輸出国である(OECD, 2016e)。一般機械、電気機器、輸送用機器といった機械の輸出は、2015 年の輸出の 60%超を占

める(表6)。日本は資源に恵まれていないことから、輸入の3分の1以上は、原材料、鉱物性資源、食料品が占め

ている。

表6. 日本の国際貿易の商品構成、2015年

全体に占めるシェア(%)、金額ベース

輸入 輸出

食料品 8.9 0.8

原材料、鉱物性燃料 29.4 3.2

化学製品、鉄鋼、非鉄金属、繊維製品等 18.9 22.5

一般機械 9.0 19.1

電気機器 15.3 17.6

輸送用機器 4.0 24.0

その他 14.5 13.0

合計 100.0 100.0

出典: Ministry of Finance.

日本の情報関連財、自動車関連財、資本財・部品の輸出は、2016 年央から力強く回復している(図9)。それ

に対し、中間財の輸出の伸びは緩慢である。こうした傾向は、グローバル・バリューチェーンの成長鈍化の形跡とい

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う見方とも整合的である (World Bank, 2017b)。 グローバル・バリューチェーンは、とりわけ保護主義的な措置に脆

弱であり、こうした措置は海外の供給者だけでなく、国内の生産者に対しても不必要なコストを課すことになる。

2008 年の世界経済危機以降、G20 諸国において課された貿易制限的措置の数は、2016 年前半に 1 200 に上る (WTO-

OECD-UNCTAD, 2016)。保護主義のグローバル・バリューチェーンへの影響の大きさは、開かれた、予見可能で透明な

貿易や投資体制の重要性を示している。

図9. 実質輸出、財の種類別

3ヶ月移動平均

出典: Bank of Japan.

デフレからの脱却:長短金利操作付き量的・質的金融緩和とマイナス金利

2013 年に、日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%の目標を定め(表7)、『量

的・質的金融緩和』(QQE)を立ち上げ、マネタリーベースを3倍以上に拡大してきた(図 10)。

日本銀行のバランスシートは、対 GDP 比 88%と、米国、ユーロ圏よりもずっと高くなっている

(パネル B)。新たな政策は、規模、果断さ、熱意のいずれの観点からも、過去の日本銀行の量

的緩和と明確な違いがあった。量的・質的金融緩和は、金利、インフレ期待、ポートフォリオ・

リバランスの経路を通じ、物価と産出高に影響してきた(図 11)。

量的・質的金融緩和の導入以降、コア消費者物価上昇率(エネルギー・食料品除くベー

ス)は、2013 年第 1 四半期の前年比-0.7%から 2014 年第 1 四半期の前年比 0.9%まで即座に上

昇した。しかし、2014 年の消費税率引上げ後の需要の弱さ、原油や商品価格の低下、新興国経

済の成長鈍化により(Bank of Japan, 2016a)、物価上昇率は一部押し戻されている(図4)。イ

ンフレ期待は、いくつかの指標によると1%を下回っている。

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表7. 2013年以降の日本の主要な金融政策の出来事

2013年 1月 日本銀行が「できるだけ早期に」2%に達することを目標とする物価安定目標を定める。

3月 黒田東彦氏が日本銀行総裁に就任。

4月 日本銀行が「量的・質的金融緩和政策」を開始。当該政策は、年間 50兆円(対 GDP比

10%)のペースで国債を購入することにより、2014年末までにマネタリーベースを倍増す

ることを目標とする。

4月 「経済と物価情勢の展望(展望レポート)」の中で、生鮮食品を除く消費者物価上昇率は

2015 年度 1.9%と予測。

2014年 7月 「展望レポート」の中で、生鮮食品を除く消費者物価上昇率は 2015年度 1.9%を維持。

10 月 日本銀行は、国債購入のペースを年間 80兆円に加速。買入れ国債の平均残存年限を7年程

度から7-10年程度に延長。

2015年 1月 「展望レポート」の中で、生鮮食品を除く消費者物価上昇率は 2015年度 1.0%に引き下

げ、2%目標は 2016年度まで達成されない見込み。

10 月 「展望レポート」の中で、生鮮食品を除く消費者物価上昇率は 2016年度 1.4%に引き下

げ、2%目標は「2016年度後半ごろ」達成される見込み。

12 月 日本銀行は、2016年初から、買入れ国債の平均残存年限を7-10年程度から、7-12年

程度に拡大。

2016年 1月 「展望レポート」の中で、2%目標は「2017年度前半ごろ」達成される見込み。

1月 日本銀行は、マイナス金利-0.1%を導入。金融機関の中央銀行への当座預金残高の4%相

当に当初適用。

4月 「展望レポート」は、2%目標は 2017年度中に達成されると述べる。

7月 日本銀行は、政策金利と国債購入ペースは変えず、ETFの購入を年 3.3兆円(対 GDP比

0.7%)から、6兆円(対 GDP比 1.2%)に拡大し、米ドル貸出を 240億米ドルに倍増。

9月 金融政策の包括的検証により、日本銀行は、国債購入額ではなく、国債利回りを目標にす

る『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』を導入。新たな政策は、『オーバーシュート

型コミットメント』を含む。

10 月 「展望レポート」の中で、生鮮食品を除く消費者物価上昇率は 2017年度 1.5%、2018 年度

1.7%に引き下げ、2%目標は「2018年度ごろ」達成される見込み。

出典: Bank of Japan.

図 10. マネタリーベースは量的・質的金融緩和の下、急速に高まっている

出典: Bank of Japan; Thomson Reuters Datastream.

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図 11. 量的・質的金融緩和は、イールド・カーブを通じ、金利を押し下げた 1

1. 流通市場における実勢価格、半年複利金利。

出典: Ministry of Finance.

国債残高に占める日本銀行の保有シェアは、量的・質的金融緩和前の 12%から約 40%

にまで高まった。日本銀行が国債を継続的に購入する余地は、金融機関が「安全資産」を必要と

することから限られうる(Arslanalp and Botman, 2015)。こうしたなか、日本銀行は、「長短金

利操作付き量的・質的金融緩和」を導入し、2%の物価上昇目標達成に必要と日本銀行が考える

利回り曲線を得るために有用な枠組みとし、経済・金融情勢により柔軟に対応することを可能と

した(Bank of Japan, 2016b)。 新たな枠組みには2つの要素がある:

日本銀行は、10 年物国債利回りをゼロ%近辺に保つ。この目標水準をどれくらいの期

間維持するかは今後の経済活動、物価、金融市場の情勢による。

日本銀行は、物価上昇率が2%の目標を安定的に越えるまでマネタリーベースの拡大を

続ける「オーバーシュート型コミットメント」を導入した。これにより、物価上昇期待

を強めることを意図している。

日本銀行は、2016 年1月に、いくつかの欧州の中央銀行で既に用いられている政策で

あるマイナス金利-0.1%を銀行の超過準備に導入し、その政策枠組みにもう一つ道具立てを追加

した。マイナス金利導入以降、銀行の貸出態度はさらに緩和的なものとなり、利回り曲線は更に

低下した(図 11)。国債利回りの低下により、社債、貸出利回りに波及し、住宅投資の増加に

寄与した。資産価格の高騰、中央銀行が大規模な資産購入を行う市場セグメントにおける中央銀

行の資産市場支配、銀行の利ざやへの悪影響、事実上の不良債権の延命化、量的緩和の出口にお

ける課題といった非伝統的な金融緩和政策に伴う潜在的なコストと副作用については、Box2で

議論している。さらに、経済成長を高める効果的な構造改革、日本の財政への信認を維持するた

めの政策も重要である。

Box2に記載されている潜在的なコストと副作用を監視しつつ、2%の物価上昇目標を

達成することが最優先事項である。デフレは名目 GDP を低下させ、それにより政府債務残高比率

を高め、財政の持続可能性を脅かせる。デフレが経済成長にマイナスの影響を与えることもあり、

デフレ下で、債務残高比率を低下させることは非常に難しい。

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Box2. 非伝統的な金融緩和政策に伴う潜在的なコストと副作用

米国、日本、ユーロ圏、英国の政策金利は、世界同時不況後、ゼロ近辺に低下してきたが、主に量的緩和を通

じ、長期金利を押し下げることにより更なる緩和は行われてきた。さらに、多くの国でマイナス金利が導入されてい

る。高度に拡張的な金融政策はどの程度まで進むべきなのか、そうした政策をどのくらいの期間維持すべきなのか

は、限界的な利益とコストのバランスに左右される。多くの潜在的コスト、副作用が特定されうる (Rawdanowicz et

al., 2013):

過度のリスク・テイクは、将来、金融部門の不安定化リスクを高める資産価格高騰を招く可能性がある。

資産の大規模購入により、中央銀行が資産購入を行う市場セグメントにおいて、流動性が下がり、その他の

効率性損失が発生し、中央銀行の(価格)支配につながりうる。

マイナス金利により、銀行の貸出利ざやが減り、利益を減らし、貸出の伸びを抑制するかもしれない。

低金利により、事実上の不良債権を延命し、創造的破壊、生産性上昇を損なう可能性がある。

特に債券市場の不安定化や中央銀行の財務損失のリスクといった点で、資産購入によって緩和政策の出口は

課題となるかもしれない。

日本の潜在的なコストと副作用 の評価

資産価格の高騰:国債利回りは利回り曲線全般で低下したため、国債価格は大幅に上昇した (図 11)。2016 年

8月には、10 年物国債を含む、国債の 80%はマイナス利回りだった。2016 年9月の長短金利操作付き量的・質的金

融緩和の導入と世界経済の成長見通し高まりにより、残存期間9年以上の国債の長期利回りは、現在プラス域にあ

る。住宅用の土地価格は 1992 年から 16 年にかけ毎年低下したが、安定化してきている(図 12)。株価は、歴史的高

収益を反映して持ち直している(パネル B)。株価収益率は上昇しているが、現在は約 16 で、G7 諸国の中では最も低

い。日本銀行の ETF 購入は、株式への投資であり、株価にプラスの効果をもたらした。日本銀行は、現在、Nikkei225

を構成する 225 社のうち、54 社で最大株主に相当する ETF を保有している (Iwata et al., 2016)。2016 年9月に、

日本銀行は、東証一部上場会社すべてに投資する TOPIX ベースの ETF への投資をより重視することを決定した。他の

投資家同様、日本銀行保有分の議決権は ETF の資産運用会社に委任されている。日本銀行は、スチュワードシップ・

コードを遵守している ETF にのみ投資している。 最後に、社債利回りの低下は控えめである。

図 12. 日本の資産価格のトレンドは改善

1. 東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、茨城県)、大阪圏(大阪府、兵庫県、京都府、奈良県)、名古屋圏(愛知県、

三重県)である。

出典: Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism; Thomson Reuters Datastream.

中央銀行の資産市場支配: 日本銀行のバランスシートは急激に拡大しており(図10)、内国債の保有割合は、

量的・質的金融緩和開始前の12%から、OECD諸国中最も高い約40%に上昇している(図13)。民間業者間での取引が

減少することで、国債市場の流動性は低下した(Bank of Japan, 2016a)。2016年9月の長短金利操作付き量

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図 13. 日本銀行の内国債保有割合は高い

政府の国債発行額に対する中央銀行の保有割合、%、2016年9月

出典: OECD (2016g).

的・質的金融緩和政策の導入により、国債購入額ではなく国債利回りを目標にすることで、国債市場へのマイナス

の影響は抑制される可能性がある。新しい政策枠組みの下では、日本銀行は、以前よりも少ない国債購入で済むか

もしれないからである。

マイナス金利: 近年、銀行の資産収益率は危機以前の水準を下回っており、多くの銀行の株価収益率は、株式

コストを下回っている(IMF, 2016)。 しかし、マイナス金利の対象となる日銀当座預金の割合は約4%に過ぎない

ため、マイナス金利の直接的な負の影響は限定的である。その結果、日銀当座預金からの平均金利は依然プラスで

あり、銀行は引き続きプラスの金利収入を得ている(OECD、2016f)。2017年1月の日本の銀行部門の株価は、マイ

ナス金利が発表された時よりも8%高かった。金融機関の貸出残高は、2016年に2.2%増加し、2017年初にさらに加

速した。しかし、長期にわたる低金利、マイナス金利は、年金基金、及び危機以前、もしくは固定の名目リターン

を約束する生命保険契約を提供する金融機関にとっては、大きな課題となる可能性がある。長短金利操作付き量

的・質的金融緩和の採用により、超長期の金利が上昇しており、保険および年金商品の投資環境は改善してきてい

る。

事実上の不良債権の延命化: 日本の廃業率は、他の先進国と比較して低く(図21)、2001年以来、わずかにしか

低下していない。不良債権の延命化が顕著に進んでいることを示す証拠はない。

大規模な資産購入により、量的・質的金融緩和の出口が課題となる可能性がある:日本銀行の大量の国債保有に

より、量的・質的金融緩和からの出口が課題となる可能性がある。しかし、物価上昇率はゼロに近づき、出口戦略に

焦点を当てるのは時期尚早に見える。その時の経済状況や市場状況に出口戦略は依存する。今後について考えると、

日本の出口戦略の設計のために、他の主要先進国の量的緩和の出口の経験が役に立つかもしれない。 しかし、日本銀

行のバランスシートの対GDP比の大きさが、FRB、ECBのそれよりもずっと大きいことを考えると、日本銀行にとって出

口は大きな課題となるだろう。出口の金融機関への影響には不確実性がある。

結論

他の諸国と同様、量的緩和やマイナス金利といった非伝統的金融政策を利用することには、表8に要約されるよ

うな、潜在的なコストと副作用があるが、これらは、こうした政策のもたらす便益との間で比較衡量されるべきであ

る。

表8. 日本の金融政策に伴う潜在的なコストと副作用の概要

潜在的なコストと副作用 評価

過度のリスクテイクにより、資産価格が上昇する可能

金融緩和により国債利回りが低下したことにより、国債価格は大幅に

上昇している。株価は企業収益と並行して上昇する一方、住宅用の土

地価格は安定化しているように見える。

日本銀行の支配的役割により、国債市場に歪みが生じ

る可能性

国債購入額ではなく 10 年物国債の国債利回りに焦点を当てる、長短

金利操作付き量的・質的金融緩和への移行により、この点の懸念は抑

制される可能性がある。

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マイナス金利の銀行部門への影響 金融機関の収益性は低いが、引き続き日本銀行から利息収入を受け取

っており、金融機関の貸出成長率は堅調に推移している。年金基金、

生命保険会社への影響は懸念材料かもしれない。

事実上の不良債権の延命化につながる可能性 .企業の廃業率は低いが、2001 年以降、著しい低下は全く見られな

い。

資産購入により、量的・質的金融緩和からの出口が課

題となる可能性.

出口戦略は、出口に差し掛かったときの経済・金融面の状況によって

異なりうる。日本銀行は、2006 年の量的緩和からの出口を成功させた

経験がある。

高齢化の下、労働参加の障害を取り除く

(15-64 歳の)女性の就業率は、2012 年の 60.7%から 2015 年には 64.7%に高まり、OECD

平均の 58.6%を優に越えている。それでも、男女間の就業率の差が日本は大きく、女性は男性

よりも 17 パーセンテージ・ポイント低い。女性の就業率は上昇してきたが、パートタイム雇用

の増加により(一人当たりの)平均労働時間が減ったため、女性全体の総労働時間は変わってい

ない(図 14)。女性の雇用は、OECD 諸国で3番目に大きい 27%の男女間賃金格差に妨げられて

おり、また、2014 年度に、民間部門で経営責任のある雇用についている9%しか女性ではない。

2020 年までに女性が指導的地位の 30%を占めるという目標は達成できそうにない。雇用機会を

抑制している障害を取り除くことにより、女性がその能力を発揮することで、公正性、包摂的成

長を高めることができるだろう。政府の「ウーマノミクス」の取組の一部として、次の3つに取

り組むべきである。

1つ目は、主要な都市圏の子育て施設の不足を減らすべきである。政府は、この点の取

組を行っている (表9)。しかし、依然、日本の幼児教育・保育支出は、対 GDP 比 0.5%と欧

州のいくつかの国の半分以下である。次の課題に取り組むことにより、公立保育所は、民間保育

所により補完されるべきである。i) 民間企業及び非営利組織の参入を阻害する資金面、税制面

の不利益を緩和する、ii) 国の基準を超える基準を課し、新規参入を抑制している地方政府の規

制を見直す (Suzuki, 2014)、iii) 保育園で現状働いていない有資格者の職務復帰をさらに促進

すること等により、保育士不足に対処すべきである。

図 14. パートタイム雇用が増えたため、総労働時間は減少

出典: 内閣府.

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表9. 労働参加への障害を取り除くことに関する OECDの提言への取組状況

これまでの OECDの提言 実行、または計画された事項

手頃な価格で高品質な保育の利用可能性を高める。 2019年度末までに約30万人分の放課後児童クラブの受け皿を

拡大するとともに、待機児童を減らすため、2013-17年度の

間、約50万人分の保育の受け皿を新たに確保している。

家計の2番目の稼ぎ手の就労意欲をそぐ税・社会保障制度を

改革する。

家計の2番目の稼ぎ手の労働供給を増やすため、2018年に、

政府は、家計の主な稼ぎ手の所得に上限を設けつつ、配偶者

控除の適用に係る家計の2番目の稼ぎ手の所得上限を引き上

げる予定。

ワークライフバランスの改善を促進する. 政府は、働き方改革実現会議を設置し、2017年3月末までに

調査結果を発表する予定。

高齢者の労働条件を改善するため、企業が60歳定年を定める

権利をなくし、柔軟な雇用と賃金制度を奨励すべき。

65歳まで勤務を望むすべての労働者の雇用を維持することを

企業に求める2012年度の法改正は、2016年6月までに99.5%

の企業で実施された。

2つ目は、家計の中の2番目の稼ぎ手の働く意思決定に中立的なものとなるよう、税と

社会保障制度を改革すべきである。もし2番目の稼ぎ手の年収が 103 万円以下であれば、その収

入は税が免除され、また主な稼ぎ手は配偶者控除を適用できる。この控除は、主に高所得家計に

有利となっており、多くの女性にパートタイムで働く誘因を与えている。2018 年に、政府は、

主な稼ぎ手の年収 1220 万円以下に適用を制限しつつ、(2番目の稼ぎ手の)年収 150 万円まで

に所得上限を拡大する。長期的には、この所得上限の引上げによる効果も踏まえながら、この控

除は完全になくしていくべきである。

3つ目は、家庭責任を負う女性の雇用機会を抑制する長時間労働の文化を変え、ワーク

ライフバランスを改善すべきである。働き方改革実現会議は、2017 年3月末までに調査結果を

発表することとなっている。過去数十年間、正規雇用者の超過勤務時間数は、上昇トレンドにあ

る。実際問題として、企業経営者と労働組合は超過勤務時間を無制限として合意することもでき

る。政府は、労働者が過労死するリスクがあるレベルである1ヶ月の超過勤務時間が 100 時間を

越える職場の検査を行っている。政府は、超過勤務時間の拘束的な上限を導入すべきである。こ

れにより、女性の就労が容易になる上、OECD 諸国において女性の就労との間で正の相関が見ら

れる、出生率についても高まるだろう。労働者が超過勤務労働を長時間行わなくとも生活ができ

るよう、超過勤務の上限の議論は、労働生産性のさらなる強調と賃金上昇ととともに行われるべ

きである。法的上限により、未払い、未報告の超過勤務問題への対策も必要となろう。最後に、

仕事文化、習慣を変えていくため、政府はよいお手本となるべきである。

さらに包摂的な成長を促進するため、女性就労への障害を取り除くことにより、人口ト

レンドの経済的影響を緩和することができるだろう。実際、日本の経済的繁栄と人々の幸福は、

現在進行中の前例のない人口動態の変化にどのように対応するかに大きく左右される。日本の人

口は 2010年から 2050 年の間に 25%近く減少し、1億人を切ると予想されている (図 15)。同

時に、高齢者(65 歳以上)の比率は 2015 年の約 26%から、40%近くにまで高まり、OECD 諸国

中最も高い水準のままとなる見通しである。高齢者に対する生産年齢人口の比率は、2.3 から

1.3 にまで急減すると見られている。2011 年以来、有効求人倍率は1を超え、人手不足を報告す

る企業は急増しており、日本はすでに労働力不足に直面している (図3)。女性の労働参加率

が、2060 年までに男性の労働参加率に収束していくとすると、女性の労働参加率に変化がなか

った場合に比べ、労働力は 10%高くなり、一人当たり所得水準の維持に役立つだろう(図 16)。

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図 15. 日本の人口は減少、高齢化している

百万人

出典 OECD (2017b), OECD Demography and Population Statistics (データベース).

図 16. 女性雇用の増加により、迫り来る労働供給の不足を抑制することができるだろう

推定労働人口規模、生産年齢人口 (15-74歳)

1. ベースラインシナリオは、男女別、5歳刻みの年齢階層ごとに推計しており、労働市場参入・退出率が 2003-12 年の平均値で

一定とした場合。他の2つのシナリオにおいても、男性の労働参加率は同様に計算している。

出典: OECD (2017b), OECD Demography and Population Statistics (データベース)、OECD (2017e), OECD Employment and Labour Market Statistics (データベース)により、OECD推計。

高齢者雇用への障害を取り除くことも、人口による圧力を緩和するだろう。60-64 歳

層の就業率は、2004 年の 52%から 2015 年の 62%に高まった。それでも、50-55 歳層の 79%よ

りずっと低い。多くの会社は、急勾配の年功賃金プロファイルと正規労働者の解雇コストが高い

ことから、60 歳定年を今も課している。定年退職した人は非正規労働者として職場に残る権利

はあるが、それ以外の人は労働市場を退出している。日本の長い寿命を考えると、60 歳定年は

適切ではない。予定されている 65 歳への年金支給開始年齢引上げを加速し、それをさらに引上

げることにより、公的年金の持続性を改善するとともに、労働者がより長期に働くことを奨励で

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きるだろう。政府は、企業が定年を設定する権利をなくすべきであり、年齢ではなく能力に基づ

く柔軟な雇用と賃金システムへの移行を奨励すべきである。

さらなる外国人労働者の活用も労働力人口の減少を遅らせるだろう。日本の成長戦略は、

『外国人労働者が活躍する社会へ』という目標を設定している。外国人労働者数(外国人技能実

習生を含む)は、2013年の 70万人から、2016年に初めて 100万人を越えた。しかし、依然、外

国人労働者は労働力人口の 1.6%に過ぎず、OECD 諸国で最も低い水準にとどまっている。外国人

労働者数を増やすため、政府は永住権の申請に必要な在留期間を現在の5年から大幅に減らす

『日本版高度外国人材グリーンカード』を導入することとしている。また、外国人技能実習生は、

近く、実習期間を3年から5年に延長することができるようになる。最後に、自動化、さらなる

ロボットの利用により、労働力の低下を埋め合わせられるだろう。2015 年に政府は『ロボット

新戦略』を策定し、その戦略を実施するため『ロボット革命イニシアティブ協議会』を設置した。

OECD の調査によると、移民は、中長期的には財政、経済成長、労働市場に概して正の

効果をもたらすとの豊富な証拠を示している (OECD, 2016d)。移民は、税収や社会保障拠出を増

やし、働いている人口割合を高め、技能の差異や特定のボトルネックを埋めてくれる。しかし、

こうした利点は、移民の資質次第である。移民の経済的便益を実現するためには、日本語を習得

することも含め、新たな移民にかなりの教育投資が必要である。また、国ベースでの便益は別と

して、移民の地域への影響は様々であろう。いずれにせよ、人口構成を大幅に変えるような規模

の国際移民の受け入れは実行不可能だろう(OECD, 2016i)。

包摂的な成長を促進するため、生産性を高める

労働力の維持は重要であるが、労働生産性を高めることは、生活水準を高め、財政問題

に取り組むに当たっての鍵である。労働投入がマイナスであることから、政府の実質経済成長の

目標を達成するためには、生産性上昇率は2%を超えていなければならないだろう。しかし、日

本は、他の多くの OECD 諸国と同様、近年、生産性上昇率が鈍化してきている(図 17)。同時に、

日本の所得格差と相対的貧困は、OECD 平均を上回っている (図 18)。

図 17. 1980 年代以降、他の OECD 諸国と同様、日本の生産性上昇率は鈍化

出典: OECD (2017i), OECD Productivity Statistics (データベース).

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図 18. 日本の相対的貧困率は、高水準に高まっている

2014年、もしくは入手可能な最新年

注: 家計の人数で調整された「等価可処分所得の中央値」の半分に満たない所得しか得ていない人の総人口に占める割合。日本の

値は国民生活基礎調査(2012 年)に基づく。日本についてのもう一つの調査である全国消費実態調査によると、相対的貧困率

は 2009年の 10.1%から 2014年の 9.9%に低下した。

出典: OECD (2017g), OECD Income Distribution (データベース).

世界的な生産性の鈍化は、先端企業と遅れた企業の間の差の広がりと同時に起こってい

る。世界経済全体で見て、製造業の世界的な先端企業の労働生産性は、2001-13 年の年平均で

2.8%増加しているが、非先端企業は 0.6%に過ぎない(図 19、パネル A、左パネル)。格差は、

サービス業でさらに明白である(図 19、パネル B、左パネル)。日本においても、第 10 分位、

第4分位から第6分位、第1分位に属する企業間の労働生産性格差は、製造業、サービス業とも

大きく広がっている(図 19、右パネル)。この動きは、いくつかの補完的な要因を反映してい

る。i) 先端企業からその他の企業への技術や知識の伝播の減少、ii) パフォーマンスの悪い企

業が退出せず長く生き残り、非生産的な活動に資源を閉じ込めてしまうこと、iii) 高技能労働

者の特定企業へのさらなる集中、iv) 非先端企業が立ち遅れているかもしれない市場支配力やレ

ントシーキングの先端企業へのさらなる集中、といった点である。最後に、生産性の動きが日本

はずっと弱い。世界においては、先端企業、非先端企業ともに労働生産性は上昇しているが、日

本では、横ばいの製造業の第 10分位を除くすべての十分位で低下している。

企業間の生産性格差の拡大は、賃金格差につながる。90 パーセンタイルにある企業の

労働生産性と中位にある企業のそれとの格差は、2013 年の平均賃金所得の格差と正の相関があ

った(図 20)。日本の生産性格差は、OECD 平均よりもやや大きく、平均賃金格差はそれよりず

っと大きい。包摂的成長につながる強い生産性上昇を生み出すため、日本は生産性向上策をこれ

まで数多くとってきたが(表 10)、経済の生産的基盤拡大への課題に、依然直面している。強

い生産性上昇のためには、企業の退出政策の改善、起業家精神の奨励、中小企業政策の改善とい

った先端企業と遅れた企業の間の格差を縮める包括的政策パッケージが必要である。労働市場の

二極化の打破は、もう一つの主要な優先課題である。

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図 19. 過去数十年に、日本企業の生産性の格差は大きく広がった 1

1. 左パネルは世界経済全体を示しており、世界的なフロンティア企業は、各産業(2桁分類)の中で世界的に最も生産性(労働

者一人当たり付加価値)の高いトップ5%の企業の労働生産性の対数値の平均。フロンティアにない企業は、それ以外の企業

の労働生産性の対数値の平均。各産業(2桁分類)の値を製造業、サービス業で単純平均を取り、初年度の値をゼロとして標

準化した。右パネルは、それぞれ十分位の第1分位、第4から6分位、第 10分位に属する日本企業の労働生産性の対数値の各

年の単純平均。1996 年の値を標準化のため、0としている。データは、従業員が 50 人以上の企業のみ。図の線は、累積の成

長率を示す。0.3という値は、全期間を通じ 30%成長率が高まったということであり、-0.2は 20%低下したことを示している。

出典: Andrews et al. (2016); Berlingieri et al. (2017).

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図 20. 労働所得の格差は、企業間の生産性格差と正の相関がある

1. この図は、2013年の 90パーセンタイルにある企業の労働所得、労働生産性を中位にある企業のそれらと比較している。

出典: OECD (2016f).

表 10. 生産性を高めるための OECDの提言への取組状況

これまでの OECDの提言 実行、または計画された事項

コーポレート・ガバナンスを改善し、経営陣に対するプレッ

シャーを高め、収益性を高め、株主の利益を追求する。

200以上の機関投資家が日本版スチュワードシップ・コード

を採用している。東京証券取引所第一部上場企業のうち、独

立取締役が2人以上いる企業のシェアは、2014年の22%から

2016年の80%に上昇した。

生き残れる企業の事業再構築、生き残れない企業の退出を促

進するため、中小企業に対する政府の支援を減らす。

政府による中小企業向けの融資に対する信用保証の残高は、

対GDP比で2009年度の対GDP比7.3%から2015年度の5.2%に低

下した。当該期間中、融資額の100%をカバーする保証のシ

ェアは69%から40%に減少しており、また、政府は市場の力

を強化する更なる改革を計画している。

企業創出とイノベーションを促進するため、ベンチャーキャ

ピタル投資を活性化する。

2014年以降、民間企業は、政府がベンチャー事業を支援する

能力を有すると認定したファンドに投資すると、税制優遇の

適用ができる。

地域独占企業と新規参入企業との間の平等な競争の場を創出

するため、所有の分離を含め、電力部門の市場メカニズムを

改善、拡大する。

2016 年の小売電力市場の完全自由化により、約 400 社の新規

サプライヤーが市場参入した。 2015 年に電力部門を監督す

る独立した規制機関が設立され、2020 年度までに法的分離を

義務付ける法律が可決された。

学界、企業部門、政府系研究機関の連携を強化する。 政府は、2016 年に、企業・政府の資金提供により産学連携を

促進する『産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラ

ム』(OPERA)を開始した。

とりわけ、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、日EU経

済連携協定といった、高水準の貿易協定に参加する。

国会は、2016 年 12 月に TPP 協定を承認した。日本は、2017

年 1 月に、TPP 協定原署名国 12 カ国の中で最も早く、国内手

続を完了したことを寄託国へ通報した。日 EU 経済連携協定

の締結交渉は継続中である。

土地取引の障害をなくし、生産コストを削減するため、農地

の統合を促進する。

「農地バンク」は、2016年3月までに、101 000ヘクタール

(日本の農地の2%)を主業農家に賃借した。

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生産性の向上と、先端企業と遅れた企業の格差の縮小

企業の退出政策の向上

企業間の格差の拡大は、パフォーマンスの悪い企業が市場にいつまでも居残り、非生産

的な活動に資源を閉じ込めてしまうことにより、一部説明できる。2013 年には、少なくとも3

年間、金利支払いを行うのに十分な利益を上げられていないということで定義される、生き残れ

ない企業(non-viable firm)が日本には数多く存在した。そうした会社の生き残りにより、生

産性は低下し、市場を混雑したものにしている。日本では、2008 年から 13 年の間、こうした企

業の存在により、投資と雇用は、それぞれ累積で 2½%、¾%低下したと推計され、それによって

健全な企業の拡大は阻害されてきた(Adalet McGowan et al., 2016)。より最近になって、イン

タレスト・カバレッジ・レシオの総計は改善してきており、生き残れない企業は減ってきている

だろう。

生き残れない企業の存在は、他の先進国の約半分の水準に過ぎない日本の低い廃業率を

反映している(図 21)。 成長戦略においては、創業率、廃業率をいずれも約 10%に高めるとい

う目標を掲げている。日本の企業破産制度は非常に効率的である一方(World Bank, 2017)、個人

保証の幅広い利用と個人の破産制度の厳格性は、企業の退出の重大な障害となっている。中小企

業の約 60%は、経営者の個人保証に拠っており、このうち 10.5%が第三者による個人保証の提

供を受けている (Uesugi, 2010)。78%のケースで、個人保証の額は、経営者の資産を超過して

いる (Mitsubishi UFJ Consulting, 2010)。生き残れない企業の秩序ある退出は、債権者、債務

者の双方に対して法廷外での解決を促す『経営者保証に関するガイドライン』の活用を通じ、関

係者間の協調がさらに図られることにより促進されるだろう。政府系金融機関、民間金融機関の

双方とも、本ガイドラインをより活用すべきであるとともに、政府は、銀行に対して本ガイドラ

インについての情報を広めるべきである。

本ガイドラインは、中小企業が一定の条件を満たした場合、銀行が新規の融資契約の際

に、経営者による個人保証を求めるべきではないと定めている。これにより、融資慣行が改善し、

早期の退出や事業再生、経営者の再挑戦を制限する障害が取り除かれるだろう。2014 年に本ガ

イドラインが運用開始されて以降、政府系金融機関は、経営者保証に拠らない融資の割合を

15%から 2016 年9月までに 33%に高めており、民間銀行もその割合を 2015 年の 12%から 2016

年の 14%に高めている。今後も、個人保証に拠らない融資の割合は、さらに高められるべきで

ある。

既存の経営者保証については、本ガイドラインは、債権者、債務者の双方に対して法廷

外での解決を促している。しかし、2015 年度における、本ガイドラインの活用による経営者の

保証債務の整理は、民間金融機関においては 207 件、政府系金融機関においては 61 件にとどま

っており、より幅広く使われるべきである。経営者/債務者は会社を清算し自己破産に直面する

ことには消極的であることから、本ガイドラインをより効果的なものとするためには、債権者が、

早期に手続きを開始するためにより大きな役割を担うべきである。

生き残れない企業の退出促進は、当初、仕事を失った労働者の数を増加させる。しかし、

そうした増加は、もっと広い文脈の中で考えられるべきである。日本では、2014 年に 800 万人

(総労働者数の 17.3%)が新規に職を見つけ、710 万人が職を失っている (MHLW, 2015)。日本

の慢性的な労働不足は、職を失った人に再雇用の機会を増やすであろう。それでも、退出企業に

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図 21. 日本の企業の開・廃業率は、他の先進国よりも低い

出典: Ministry of Economy, Trade and Industry (2014).

雇用されていた労働者も含め、再雇用を容易にする政策は必要である。OECD の研究によると、

積極的労働市場政策は、他の職探しを行っている人に比べ、企業の退出により失職した人の支援

において、より効果的であることが示されている(Andrews and Saia, 2016)。さらに、創業支援

政策は、失職した人に新たな機会を生み出すために役立つだろう。

起業家精神と創業の促進

起業家精神の弱さは、開業率の低さの一つの要因である。実際、起業家数の就業者に占

める割合は、日本は OECD 諸国の中で最も低い国の一つである (図 22)。新たな企業は、イノ

ベーション、生産性向上に非常に役割を担う傾向がある(OECD, 2015b)。日本の起業に対する規

制上の障壁は、OECD 平均を下回っているが、免許制度・許可制度の複雑さにより、規制は依然

障害である(OECD, 2013a)。起業を高めるためには、そのイメージ改善も必要である。生産年齢

人口の3分の1未満しか、起業を良い職業選択とは見ておらず、これは OECD 諸国の中で最

図 22. 日本の起業家シェアは低く、特に女性の割合が低い

従業員のいる自営業者の就業者に占める割合

出典: OECD (2016g).

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も低い割合である。後ろ向きな受け止め方は、良い機会がある(7%、OECD 諸国中、最低)、

十分な能力がある(12%、OECD 諸国中、最低)、失敗への恐怖(55%、OECD 諸国中、2番目に

高い、Global Entrepreneurship Monitor, 2015)といった点を反映している。

起業への低い能力は、さらなる教育と訓練の必要性を示している。「学校教育は事業を

行うために必要なスキルとノウハウを提供してくれた」と思う日本人は、OECD 諸国の平均が 52%

であるのに対し、20%に過ぎず、OECD 諸国の中で最低である(OECD, 2013a)。起業家訓練へのア

クセスがあると答えた人も男性の 31%、女性の 18%に過ぎず、起業家訓練も重要である。さら

に、先に述べた個人破産制度の改革は、経営破たんした起業家に2度目の機会を与えるために不

可欠である。もう一つの障害は、資金調達が難しいことである。日本人男性のうち資金調達への

アクセスがあると答えた人の割合は、OECD 平均に合致しているが、女性の場合は平均を下回っ

ている。起業家が入手可能な資金調達手段の範囲、とりわけリスク資金の幅を広げるべきである。

2015 年に、ベンチャーキャピタル投資は、いくつかの OECD 諸国では、対 GDP 比 0.3%以上であ

るのに対し、日本は 0.02%に過ぎない。M&A 市場を発展させ、新規株式公開までの期間を短縮

することにより、ベンチャーキャピタル資金を高められるだろう。女性の起業への潜在力が未開

拓であることを考えると、創業支援政策は女性に注目すべきである。

中小企業政策の向上

企業間の生産性格差は、中小企業と大企業の間の生産性の大きな格差も反映している。

中小企業は、長らく、低い生産性、収益性に苦しんできた。 従業員 50 人未満の企業の労働生産

性の従業員 250 人以上の企業の労働生産性に対する比率は、OECD 平均を下回っている(図 23)。

中小企業の4分の3がサービス業にあることを考えると、中小企業部門の低生産性は、サービス

部門の弱さと関連している(2015 OECD Economic Survey of Japan)。資本金1億円未満の企業の

3分の2以上は、2014年度に赤字であった。

中小企業は政府から相当な支援を受けているが、経済状況の改善により、中小企業向け

の融資に対する公的な信用保証の残高は、ピーク時の 2009 年度の 35.9 兆円(対 GDP 比 7.3%)

から 2015 年度の 25.8 兆円に減少した。さらに、当該期間中に、融資額の 100%をカバーする保

証のシェアは、69%から 40%に低下した。100%保証は、銀行が当該融資を管理するインセンテ

ィブをほとんど残さないことから、市場の力を弱めてしまう。市場の力を強化するためのさらな

る改革が予定されている。その内容は、i) 信用保証を申請する銀行は、融資を行う中小企業に

対して、信用保証の付かない融資を供給することも必要になること、ii) 最大の 100%保証制度

である『セーフティネット5号』の保証割合を 80%に縮減することである。

信用保証を受けている中小企業向け融資は、徐々に他の OECD 諸国の水準に減らしてい

くべきであり、信用保証の保証割合は、銀行の積極的な信用リスクのモニタリングを促すよう、

縮小されていくべきである。公的支援は、成熟企業に対する支援よりも、資金アクセスを抑制す

る市場の失敗の是正に焦点を当てるべきである。中小企業は、業歴が長くなればなるほど、また、

規模が大きくなればなるほど、借入コストが低下することから、そうした市場の失敗は、若い、

また、小規模の企業に集中する。しかしながら、成熟企業や大企業についても、経済危機や自然

災害に対処するための支援は必要であろう。金融監督機関は、金融機関に対し、定期的に信用調

査を行うとともに、その結果を公表し、生き残れない企業の退出もしくは事業再生を促すよう、

求めるべきである。政府は、銀行に対して、中小企業への貸出条件緩和を求める圧力を減らすべ

きである。そのような圧力は、生き残れない企業の退出、より効率的な企業の成長を妨げる

Page 30: OECD 経済審査報告書 日本...2 主要な事実 主要な提言 経済成長を支える 25年ぶりの引き締まった労働場の下でも、賃金 上昇率は鈍いままである。最低賃金対中位賃金比率

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図 23. 日本の小企業の生産性は、大企業に比べて低い

2013年の従業員 50人未満の企業の雇用者一人当たり付加価値比率(対従業員 250人以上の企業= 100)

出典: OECD (2016a).

だろう。先に述べたとおり、企業退出に伴い職を失った労働者を助けるため、効果的な政策が必

要である。

減少はしたものの、日本の中小企業向け融資に対する公的な保証は、2015 年に、対 GDP

比 5.2%と非常に高水準である(図 24)。しかし、日本の中小企業は銀行融資に大きく依存して

おり、中小企業向け融資のうち、公的に保証されているものの割合で比較すると、米国の 12%、

韓国の 15%に対し、日本は約 11%である。高水準の公的支援は、企業の新規参入と革新的な企

業の拡大を制限することにより、資源配分を歪め、生き残れない企業を市場に残すことで、改革

を遅らせうる。中小企業への公的支援は他にもマイナスの副作用がありうる。一つ目は、市場ベ

ースの資金調達の発展を妨げることである。二つ目は、政府の資金援助が中小企業の業績改善に

つながったとする証拠がほとんどないことである(Ono and Uesugi, 2014; Lam and Shin, 2012)。

三つ目は、日本の成熟企業(社齢 10 年以上)と新規参入企業の従業員数で見たときに、他の

OECD 諸国に比べ、日本の中小企業はほとんど成長していなことであり (図 25)、これは中小企

業政策を反映したものであろう (Tsuruta, 2016)。革新的な中小企業の創業・発展、生き残れな

い企業の経営合理化は、生産性を高めるのに役立つだろう。同時に、中小企業は、地域経済で重

要な役割を果たしている。

図 24. 日本の中小企業への信用保証は非常に大きい

信用保証のストック、2015年、もしくは入手可能な最新年

出典: OECD (2017a).

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図 25. 日本の小企業は小さいままである傾向

出典: Criscuolo et al. (2014).

生産性上昇と包摂的成長の相乗効果を促進するその他の政策

コーポレートガバナンスの向上

日本企業は、欧州、米国の企業と比べ、自己資本利益率(ROE)が低いという特徴を長ら

く有している。より良いコーポレートガバナンスの仕組みにより、資本の配分、企業業績のモニ

タリングは改善し、高水準の民間の研究開発や人的資本をより良く活用できるだろう (Isaksson

and Çelik, 2013)。より良いコーポレートガバナンスは、生産性の低い活動の縮小や撤退、そし

て生産性の高い活動への資源の移転も促進するだろう。政府は、2014 年に、機関投資家向けに

スチュワードシップ・コードを導入し、2015 年に、上場企業向けにコーポレートガバナンス・

コードを導入した。スチュワードシップ・コードは、200 以上の機関投資家が参加し、コーポレ

ートガバナンス・コードに従って、2名以上の独立社外取締役を置く東京証券取引所に上場する

企業は、2014 年の 22%から 2016年の 80%に上昇した。

新たな枠組みの利益を実現するためには、企業部門、東京証券取引所、政府がその効果

的な実施を支援する必要がある。スチュワードシップ・コードがより成功を収めるためには、最

終の資産保有者が、適切な場合に、当該コードに参加することがさらに奨励されよう。年金積立

金管理運用独立行政法人(GPIF)は、圧倒的に最大の資産保有者であるが、自身がスチュワードシ

ップ・コードを受け入れるとともに、当該コードを受け入れているファンド・、マネージャーに

資産運用を委託している。他の公的年金基金及び企業年金連合会は当該コードに参加しているが、

非金融企業の年金基金は、これまで一つしか参加していない。コーポレートガバナンスの優先事

項としては、取締役会は「各取締役の自己評価なども参考にしつつ、取締役会全体の実効性につ

いて分析・評価を行う…べきである」という原則も適用しつつ、取締役会のパフォーマンスを改

善することである (TSE, 2016)。

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30

製品市場規制の改革の加速

より緩やかな製品市場規制 (PMR)は、マクロの生産性を高める傾向がある(Bouis et

al., 2011)。企業の負担を軽くし、規制の透明性を高める改革は、起業家精神と市場参入を支援

する。より制約のない規制により、革新的な新しい会社が成長に必要な資源を引き付けることを

可能にすることで、先端企業と遅れた企業との格差も小さくできる。2013 年の日本の製品市場

規制指数は、同年の OECD 平均をやや下回っているが、先端を行く国の指数をかなり上回ってい

る(図 26)。日本の規制改革の優先事項は、i) 高水準の既存企業への規制保護を削減する、ii) 新規参入企業への行政負荷を最も良い成果をあげている国の水準に低減する、iii) 規制手続き

の複雑さを低減することである。日本の 2016 年の成長戦略では3つの優先事項を挙げている-

国家戦略特区 (2015 OECD Economic Survey of Japan)、コーポレートガバナンス(上記参照)、

労働市場改革(以下参照)である。

図 26. 日本の製品市場規制は、OECD の最優良事例に近づける余地がある

1. OECD の製品市場規制 (PMR) 指標は、政策が競争を促進または阻害する程度を測定する包括的かつ国際比較可能な指標である。

研究成果によれば、指標は(経済の)実績と強い関連がある。700 以上の質問に基づくこの指標は、0(最も緩和的)から6

(最も厳格)までの範囲の値を取る。

出典: OECD (2017h), OECD Product Market Regulations Statistics (データベース)、 Koske et al. (2015).

イノベーション構造の向上

日本の研究開発投資は、2014 年に対 GDP 比 3.6%と OECD 諸国で3番目に高く、また企

業部門の投資が、その内4分の3を占めている。研究開発投資は主要な企業に集中しており、中

小企業のシェアは、OECD 諸国の約 40%に対し、6%に過ぎない(図 27)。2010 年から 12 年の

間、何らかのイノベーションを導入した日本の中小企業の割合(47%)は、スイス(76%)やド

イツ(67%)よりずっと低い (OECD, 2016e)。さらに、研究開発は製造業に集中しており、知識

集約、非集約双方で、サービス業の研究開発は、OECD 平均よりずっと低い(図 27)。したがっ

て、日本のイノベーションは、製造業とサービス業、大企業と小企業の間で、生産性及び賃金格

差を拡大する傾向がある。

さらに、99%の企業拠出の研究開発は企業が行っており、大学や政府研究機関との協調

の余地はほとんど残されていない。大学と企業部門間の研究開発協力は、企業間の生産性格差を

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31

縮小する(Andrews et al., 2015)。このような協力は、より小規模の企業に知識の源泉に直接接

する機会を提供するため、とりわけ中小企業やサービス業にとって重要である。つまり、大学と

企業間の研究開発協力を促進するための取組は、生産性、平等双方を高めるために不可欠である。

図 27. 研究開発投資は製造業の大企業に集中している

2013年

出典: OECD (2016h).

人的資本の向上

日本は、技能を磨くことに優れているが、経済成長や生産性向上に同程度重要な、仕事

でその技能を使うという点が不十分である。これは特に女性、とりわけ高い教育を受けた若い世

代の女性に当てはまる。日本の若い女性は、若い男性以上に(ISCED5-8 レベルの)高等教育学

位を取得しており、2013 年には 25-34 歳層の男性が 56%であるのに対し、女性の 61%が高等

教育を取得している。日本は、OECD の国際成人力調査(PIAAC)において、成人労働者の読解力と

数的思考力の双方で第1位になった。しかし、読解力の仕事上の使用ということでは平均程度、

数的思考力の利用では平均以下となっている。日本人労働者の約 10%は、持っている読解力以

下しか職務上利用しない仕事についている (OECD, 2016e)。

高い能力を持つ女性が、特に非正規労働者として、能力以下の仕事にたびたび着いてい

るということが一つの理由である。国際成人力調査は、当該調査に参加した国の平均の 20%に

対し、日本の女性は 32%と、最も資格過剰(overqualified)に陥る可能性が高いことを示して

いる (OECD, 2013c)。全体では、日本の労働者の約5分の1は、持っている技能と仕事に必要な

技能との間に不一致があると報告しており、これはデータが入手可能な OECD 諸国の標準に近い。

技能の不一致とマクロの生産性は、会社内の生産性への影響及び企業間の労働資源の配

分という2つの経路を通じて関連している。相対的に生産性の低い企業に熟練労働者を閉じ込め

ることにより、より生産性の高い企業が熟練労働者を引き付け、市場シェアを獲得することを困

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難にする。従って、技能の不一致は新たな革新的な会社の成長を遅らせ、全体の労働生産性を低

める。各産業の不一致の水準を OECD 諸国の最優良事例の水準に下げることにより、日本の労働

生産性全般を約4%引上げることができるだろう(Adalet-McGowan and Andrews, 2015)。

労働市場を改革する

労働市場の二極化は、日本の所得格差拡大の主要な原因である (MHLW, 2012)。非正規

雇用、つまり、有期雇用、パートタイム労働、そして派遣労働を包含する分類に属する労働者は、

1994 年に雇用者全体の 20.3%から、2016 年の 37.5%まで急上昇した。企業は、正規雇用者の解

雇が難しいことから、雇用の柔軟性を高めるため、また労働コストを減らすために、非正規雇用

者を増加させている。非正規雇用は女性に集中しており、2015 年に非正規雇用者の 68%は女性

である。働く女性の 56%は非正規雇用に就いている。労働市場が非正規雇用と正規雇用に分断

されていることが、女性雇用の障害となっている。さらに、非正規雇用者は、多くが一時的な雇

用であるという事実を反映して、正規雇用者よりも職業訓練や技能開発の機会が少ない。これに

より、生産性上昇は鈍化し、労働者間の生産性格差、賃金格差が広がっている (Aoyagi and

Ganelli, 2013)。

仕事の種類や教育達成度合いを調整後、フルタイムとパートタイム労働者の賃金格差は、

男性で 45%、女性で 31%となっている。正規の労働者が年功を重ねるに従って、賃金格差は拡

大する(図 28)。50-54 歳層では、正規雇用者の賃金は、非正規雇用者の賃金の2倍である。

働き手が1人の世帯のうち、夫が正規労働者であれば(相対的)貧困率は5%だが、夫が非正規

労働者だと貧困率は 35%である(Higuchi, 2013)。また、非正規労働者の低所得は、家族形成を

妨げ、出生率を低下させる。労働市場の二極化を打破するためには、労働者解雇に関する明確な

ルールを設けることを含め、正規雇用労働者の雇用保護を減らす、非正規労働者の社会保険の適

用範囲と職業訓練を拡大し、最低賃金を引き上げるといった包括的な戦略が必要である(OECD,

2015a)。雇用保護の改革の難しさを考えると、日本はイタリアの取った手法、つまり、新たな労

働者には単一の契約を導入する一方で、現存の雇用者の既存の権利は適用除外にするという手法

に従うべきである (OECD, 2017d)。

図 28. 正規労働者、非正規労働者間の賃金格差は大きい

正規雇用者の平均賃金に対する比率(%)1

1. 2015年6月の値で、残業代、ボーナスは除かれている。2014年に非正規雇用者の 31%しかボーナスを受け取っておらず、手

取り賃金の格差はさらに大きい。

出典: Ministry of Health, Labor and Welfare "Basic Survey on Wage Structure 2015".

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Box3. グリーン成長の課題

日本経済は、OECD諸国の平均よりもエネルギー集約的ではないが、その差は縮小している(図 29)。2011 年の

東日本大震災により、日本のエネルギーの約3分の1を供給してきた原発が停止したことで、それ以降、日本のエネ

ルギー構造は大きく変化した。原発から輸入石炭とガスに置き換えられたことで、2010〜14 年に温室効果ガス(GHG)

排出量は 12%増加し、GDP 当たり排出量は OECD平均を上回った。日本の約束草案は、2030年までに排出量を 2013年

比で 26%削減することを目標としている。日本のエネルギーミックスは、温室効果ガスの排出目標と整合的なものに

なっている。

排出量削減は、原子力、低炭素電源、原子力規制委員会に認められた原子力発電所の再開などに、かなりの程

度依存する。今日、商業運転中の原発は3基に留まっている。日本の原子力安全基準は、現在、世界で最も厳しいも

のとなっている(OECD、2016e)。原子力規制委員会は、23 基の原発について再稼動の可能性について審査中であ

る。 政府は、2011 年以前の目標の約半分の水準である 20-22%の電力を、最終的に原子力発電により発電する見通

しである。

日本の再生可能エネルギーの一次エネルギー総供給に占める割合は、1990年から 2015年の間、2%以下しか増

えておらず、5.3%と OECD 平均の約半分の水準である(パネル B)。この増加は、廃棄物の焼却からのエネルギー回

収によってもたらされており、太陽エネルギーまたは風力エネルギーはほとんど利用されていなかった。2012 年の固

定価格買取制度の導入は、再生可能エネルギーの発展にほとんど影響を与えておらず、この制度下での高価格による

長期固定契約は、消費者と政府に多大な金銭負担をもたらすリスクがある。また、再生可能エネルギーの見通しは、

進行中の電力部門改革にも左右される(2015 OECD Economic Survey of Japan)。

日本は、石油ショック後に達成した省エネルギーに匹敵する徹底した省エネルギーを目指している。その手段

の1つは、トップランナー基準の対象をさらに拡大することであり、これは、製造業と輸入業者にとっては強制性が

ある。 1998年に設立されたこのプログラムは、自動車、家電製品の目標を3年から 10年の期間にわたって設定し、

製造業者と輸入業者の競争と革新を促している。 2013 年に建設資材が制度に追加され、2013 年以降、9つの製品が

追加された。トップランナー制度は、2016年度から、コンビニエンスストアを含む流通部門に拡大された省エネベン

チマーク制度により補完される。省エネベンチマーク制度は、2017年度から、対象はホテルやデパートに拡大され、

2018年度には、すべての産業のエネルギー消費の 70%をカバーする。

日本では、極端なレベルの大気汚染にさらされることは、OECD 諸国の平均的な国よりも少ない(パネル C)。

それでも、PM2.5 にさらされることは OECD 諸国の平均よりも多い。全般的に改善しつつあるが、多くの OECD 諸国の

改善に比べて立ち遅れている。

廃棄物の発生量は OECD 諸国平均を大幅に下回っており、その差は 2000年以降広がっている(パネル D)。廃棄

物の約3分の1は 1990 年には埋立処分されたが、今はほぼ 100%がリサイクルまたは焼却されている。 他の廃棄物

の埋め立ても大幅に削減され、規制や広報キャンペーンにより、ほぼ半分がリサイクルされるに至っている(OECD,

2010)。

環境関連税も、温室効果ガス排出を削減し、また、公害を減らす等、他の重要な環境目標を達成するためにも

重要である。環境関連税は主にエネルギーと自動車に課せられており、税収は、1994 年から 2012 年の間、OECD 諸国

の平均に近い、対 GDP比約 1.7%で安定している(パネル E)。

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図 29. グリーン成長指標:日本

出典: OECD (2016c), Green Growth Indicators (データベース). より詳しいメタデータは、click here.

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政府債務残高比率を低下させる

日本の政府粗債務残高は、2015 年に対 GDP 比 216%に達している(図 30)。政府資産

が大きいことから、純債務残高はそれよりは大幅に低い。それでも、純債務残高は急上昇し、

2015 年に対 GDP 比 118%と OECD 諸国で3番目に高くなっている(パネル B)。2017 年に基礎的

財政赤字は対 GDP 比5%近くとなり、さらに債務残高を押し上げると見込まれる。中央銀行によ

る大規模な国債購入、いつまでも続くデフレ傾向、投資家のリスク回避行動とホーム・バイアス

を反映して低金利であり、高水準の債務の影響は現在のところ緩和されている。実際、2015 年

の政府のネットの金利負担は、OECD 諸国の平均が2%であるのに対し、対 GDP比でわずか 0.4%

であった (パネル C)。しかし、一旦、物価上昇率がその目標に達し、-中央銀行の国債購入が

段階的に廃止されると、国債市場の見通しは不透明である。

図 30. 日本の政府債務残高は OECD諸国の中で最も高いが、利子負担は少ない。

一般政府ベース、対 GDP比、2015年

出典: OECD (2017c), OECD Economic Outlook: Statistics and Projections (データベース).

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財政制度等審議会のシミュレーションは、2つのシナリオを示している。いずれのシナ

リオにおいても、2020 年度までに国、地方政府ベースで基礎的財政収支のわずかな黒字が仮定

され、2020 年度から 60 年度にわたり、歳入及び高齢化と関連しない歳出は、対 GDP 比一定と仮

定されている。高齢化と関連する歳出は、一人当たりの年齢別給付水準を考慮し、人口構造の変

化を考慮することで、2020 年度から 60 年度の間、対 GDP 比 24%から 31%に増加すると予測し

ている。一つ目のシナリオでは、2020 年度の基礎的財政収支均衡に続き、2020 年度以降、対

GDP 比 9¾%の収支改善を行うことで、政府債務残高は、2060 年度に対 GDP 比 105%に削減される

(図 31)。 二つ目のシナリオでは、2020 年度から 2060 年度の間、財政健全化の取組が行われ

ないため、政府債務残高比率は急増している。この結果は、大幅な財政健全化の取組が、財政の

持続可能性を確保するために必要であることを再確認している。政府は、歳入を増加させ、歳出

を抑制する施策を行ってきているが(表 11)、今後、多く取組が必要である。

図 31. 政府債務残高比率の長期シミュレーション

一般政府ベース、対 GDP比、年度ベース

注: 2024 年度までの名目経済成長率、実質経済成長率、長期金利は、内閣府『中長期の経済財政に関する試算』(2015 年 7 月公

表)の『経済再生ケース』に基づく。2024年度以降は、厚生労働省『2014年度年金財政検証』のいくつかのケースのうち一つ

を前提としている。シミュレーションは 93SNAに基づいている。

出典: Fiscal System Council (2015).

表 11. 財政健全化を達成するための OECDの提言への取組状況

これまでの OECDの提言 実行、または計画された事項

2020年度の基礎的財政黒字という目標達成のため、歳出を抑

制し、歳入を増やす詳細かつ具体的な計画を策定する。

主要な改革項目 80 項目を含む『経済・財政再生アクショ

ン・プログラム』を 2015 年 12 月に公表し、2016 年に改定し

た。

年金支給開始年齢を 65 歳以上に引き上げ、マクロ経済スラ

イドを完全に実施することにより、公的年金の持続性と世代

間の平等を確保する。

年金給付のマクロ経済スライドをキャリー・オーバーする制

度が 2018 年度から開始され、低インフレ下で調整できなか

ったスライド調整分が後年に加算される。

歳出増加を抑制するため、社会保障改革を行う。とりわけ、

医療、介護について、効率性を高める、平等への示唆を考慮

しつつ自己負担を引上げる。

2016 年に、政府は、医薬品や医療機器の保険償還価格の調

整のために医療技術評価(Health Technology Assessment)

を導入した。診断群分類包括評価(Diagnosis Procedure

Combination)制度を導入している病院は、2012 年の 1 505

から 2016年の 1 667に増加した。

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政府は、2020 年度までに国、地方政府の基礎的財政収支の黒字を目指す目標を掲げて

いる。しかし、政府の最新の推計によると、国、地方政府の基礎的財政赤字は 2024 年度まで継

続することが示されている(図 32)。ベースライン・シナリオによると、基礎的財政赤字は、

2025 年度に対 GDP 比 2.5%である。まず、財政健全化目標である 2020 年度までに国、地方政府

の基礎的財政収支の黒字達成が重要である。債務残高比率を安定化させるのに必要な基礎的財政

黒字の大きさは、債務水準に名目金利と名目経済成長率の差を掛け合わせたものと等しい。もし、

その差が 1980 年以降の平均と一致するとすると、日本は対 GDP 比で約 2.5%の基礎的財政黒字

が必要となる(表 12)。 2017年に一般政府ベースで対 GDP 比5%の基礎的財政収支赤字がある

ことから、2.5%の基礎的財政黒字を達成するために必要な財政健全化幅は、対 GDP 比で約

7½ %である。

そのような大規模な財政健全化は、経済成長が継続できるよう、徐々に健全化する着実

な道筋により、最もうまく達成できるだろう。10 年で対 GDP比 7½ %の改善を達成するためには、

毎年、対 GDP 比¾%のペースでの改善ということになるが、それは、i) 毎年、消費税率を1%ず

つ引上げ、対 GDP 比½%の歳入を増やす、ii) 所得税、法人税、相続税の課税ベースを拡大し、

対 GDP 比¼ %の歳入を増やす、iii) 歳出を対 GDP 比で一定にする、そのため歳出の増える高齢

関係支出を相殺する歳出削減が必要だろう。

図 32. 政府の見通しは、財政目標を達成できないことを示している

基礎的財政収支(国、地方政府ベース)、対 GDP比、年度ベース

注: 2018年度の目安は、消費税率の延期の影響を踏まえて見直し、対応することとされている。

出典: Cabinet Office (2016 、2017).

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表 12. 所要の財政健全化幅の計算の前提

債務残高比率を安定化させるため必要な基礎的財政収支改善幅、一般政府ベース、対 GDP比

年 (r-g)1の

平均値

政府

粗債務残高

比率 2

基礎的

財政収支

目標 3

2017 年

基礎的

財政赤字

所要

財政健全化幅 4

1980-2015 1.2

215.8

2.5

-5.0

7.5 1992-2015 1.7 3.8 8.8 1992-2002 2.8 6.1 11.1 2003-2015 0.8 1.7 6.7

年 (r-g)1の

平均値

政府

純債務残高

比率 2

基礎的

財政収支

目標 3

2017 年

基礎的

財政赤字

所要

財政健全化幅 4

1980-2015 2.1

118.4

2.5

-5.0

7.5 1992-2015 2.0 2.4 7.4 1992-2002 4.1 4.9 9.9 2003-2015 0.2 0.2 5.2

1. 政府粗債務に対して支払われた平均金利- 名目経済成長率の値(単位:%)。

2. 実績値が入手可能な最終年である 2015年の値。

3. (r-g)の平均値×政府粗債務残高比率。

4. 基礎的財政収支目標 - 2017 年基礎的財政赤字。

5. 政府純債務に対して支払われた平均金利- 名目経済成長率の値(単位:%)。

出典: OECD (2017c), OECD Economic Outlook: Statistics and Projections (データベース)、OECDの計算による。

政府の財政健全化計画の二つ目の目的は、2021 年度以降、政府債務残高比率を低下さ

せることである。以下のシミュレーションでは、粗債務残高を対 GDP 比 170%で安定化させるた

めに必要な基礎的財政収支の道筋を示している(図 33)。日本の粗債務と純債務の間の大きな

差により、これは、純債務が対 GDP 比 72% と、2015 年の OECD 諸国の平均の水準になることを

意味している。シミュレーションは、様々な(r-g)(名目金利と名目経済成長率の差)の下で、

毎年、対 GDP 比¾%の健全化を仮定している。

(r-g) が、(粗債務の方の)長期平均の約1%の場合: これは、名目金利3%、名目経

済成長率が 2012-16 年の2%に留まった場合に起き得る。このケースでは、基礎的財政

黒字は、2037 年に対 GDP 比 10% でピークに達し、2048 年までに粗債務残高は対 GDP 比

170%に低下する。

(r-g) が-0.5%の場合: これは、第三の矢の効果的な活用により、名目金利以上に名目

経済成長率を高めることにより達成可能だろう。このケースでは、基礎的財政黒字は

2031年に約5%でピークに達し、2042年に粗債務残高は対 GDP 比 170%に低下する。

(r-g) が2%の場合: これは、リスクプレミアムが上昇し、名目金利が4%、名目経済

成長率が2%のままという場合に起き得る。このケースでは、基礎的財政黒字は 2043 年

に約 14.5%でピークに達し、2054 年に粗債務残高は安定化する。

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図 33. 政府債務残高比率を低下、安定化するためには、持続的な財戦健全化が必要

健全化の道筋が異なる(r – g) (名目金利と名目経済成長率の差)の値ごとに示されている 1。

1. 財政健全化に伴い、-0.5の財政乗数を考慮した。これは、消費税引上げ、所得税率の引上げに関する乗数を-0.3~-0.5と推計

している浜田他(2015)と整合的である。

出典: OECDの計算による。

こうしたシミュレーションは説明のための実例であるが、そのメッセージは明確である。

現在の OECD 諸国平均近くの水準で純政府債務残高を安定化させるためには、少なくとも 10 年は、

大きな基礎的財政黒字を達成するための財政健全化の取組みが必要ということである。高成長は、

所要の財政健全化努力の規模を削減するだろうが、金利が高まればその規模は大きくなる。毎年、

½ %の健全化ペースでは、より長期の財政健全化が必要であり、債務残高比率が安定化するのに

も、より長期間が必要となる。

10 年もしくはそれ以上の期間、着実な財政健全化を行うためには、人々の支持に裏打

ちされた、政治的な意思、コミットメントが必要である。債務の持続可能性は、マーケットが持

続可能と信じるかどうかによる面がある。日本の財政の信認を維持するためには、具体的な歳出

抑制、歳入増加策を含む、より詳細かつ信頼のおける道筋を実行に移すことが不可欠である。そ

うしたコミットメントは、財政目標、歳出について、より強力な法的根拠を与えることを通じ、

財政政策の枠組を改善することで、強化できるだろう (IMF, 2009)。多くの OECD 諸国では、政

策形成を改善するために独立財政委員会があり、財政の問題点を明確にし、健全化に向けた人々

の意見の一致を構築するために役立っている(OECD, 2012)。このようなアプローチは、経済財政

諮問会議の強化とともに、日本にも役立つだろう。

包摂的な成長をしつつ、歳出増加を抑制する

日本の財政問題の原因は、1991 年に対 GDP 比 31%だった支出が 40%にまで高まってい

ることである(図 34)。1991 年以降、社会支出は、対 GDP 比 11%から 23%に急増し、OECD 諸

国の平均をやや上回っている。社会支出の約 80%は、年金、医療、介護への支出であり、OECD

諸国で2番目に高い割合となっている。人口高齢化により、2020-60 年にかけて、高齢

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40

図 34. 政府の収入は支出の増加に追いついてこなかった

出典: OECD (2017c), OECD Economic Outlook: Statistics and Projections (データベース).

図 35. 高齢関係社会支出はさらに増えていく見込み

注. 財政制度等審議会は、欧州委員会(2012)の方法に従い、現状の制度を前提として推計。高齢関係社会支出は、例えば年金の

ように、年齢とともに一人当たり支出が異なる制度と定義されている。

1. 公的年金支出は、厚生労働省『平成 26年財政検証』のケース Cに基づいている。

2. 生活保護制度の医療扶助は、“medical insurance”に含まれている。

3. 65歳以上人口の総人口に占める割合。

出典: Fiscal System Council (2015).

関連社会支出は、さらに対 GDP 比で7%高まると予測されている(図 35)。支出の増加を鈍化

させるため、多くの改革が必要である。

急速な人口高齢化に直面する下での歳出抑制策

現役世代から高齢者への移転は、かなり大きい。現役世代から 60 歳以上の人がいる世

帯への純移転の平均額は、2009 年に 190 万円 (16,700 米ドル) を越えており、これは当該世帯

の可処分所得の 40%を越えている(図 36)。60 歳未満の人が世帯主の世帯については、純移転

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は 110 万円のマイナスで、当該世帯の可処分所得の 18%となっており、最も重い負担は若い世

帯にかかっている。1994 年から 2009 年にかけて、税、社会保険料負担の可処分所得に対する割

合は、とりわけ現役世代において高まっている (パネル B、左図)。一方、社会保険による受益

は、65 歳以上の世代で大幅に増えている(パネル B、右図)。この移転により、世代間の不平等

は高水準となっている。1940 年生まれの人は、生涯所得の 16.4%の純受取を受けるのに対し、

2010 年生まれの人は、生涯所得の 12%を支払うことになる (パネル C)。

図 36. 税、移転制度は、所得を現役世代から高齢者に再分配している

1. 消費税負担を含む。

2. 全人口の平均。

3. 平均家計可処分所得に対する割合。

4. 夫が厚生年金、健康保険組合に加入し、妻が無職の世帯の場合。厚生年金保険料は、2017 年度の 18.3%以降も、2032 年度の

23.8%まで着実に増加し、以降その水準で固定されると仮定。その他の仮定としては、i) 年金の投資利回りは 2.5%、ii) 賃金上昇は2% 、iii) 物価上昇は1%、iv) 生涯所得は3億円。

出典: Hamada (2012); Maeda and Umeda (2013), Suzuki (2014).

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多額の移転により、高齢者の所得は大幅に高まっている。世帯人数を調整したベースで、

60 歳以上の人が世帯主の世帯の可処分所得は、2009 年に 60 歳未満の人が世帯主の世帯の 95%

である(図 37)。さらに、高齢者は相対的に多くの資産を保有している。60 歳以下の世帯主の

世帯の資産が、全人口ベースの平均家計可処分所得の 4.3 倍に過ぎないのに対し、60 歳以上の

人がいる世帯の資産は、10 倍近くある (パネル B)。社会移転と資産により、高齢者の消費は、

現役世代よりも高くなっている(パネル A)。医療や介護といった政府が提供する現物支給を含

む『現実最終消費』は、60 歳以上の人が世帯主の世帯のほうが、60 歳未満の人が世帯主の世帯

よりも 1/3 高くなっている。

図 37. 移転と保有資産により、高齢者の高水準の消費は支えられている

2009年

1. データは SNA 分布統計による。可処分所得は固定資本減耗を含む。消費は(家計最終消費支出、現実最終消費の両方とも)持

ち家の帰属家賃を含む。等価ベース(世帯人数の平方根で割った値)。

2. 全人口の平均。

3. 医療、介護、教育といった政府による現物給付を含む。

4. 平均家計可処分所得に対する割合。

出典: Hamada (2012).

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日本が、年金、医療、介護を、現在及び将来の高齢者に提供するという約束を守るため

には、財政の持続可能性を達成する必要がある。同時に、多くの独居で相対的貧困下にある高齢

者を保護することも重要である。社会的包摂の達成は、現役世代の生活状況にも依存する。法的

には義務があるが、基礎年金や国民健康保険に拠出する若者の数が大幅に減っているのは、金銭

面の困難と将来への悲観があることを示唆している。2016 年の調査によると、国の将来を楽観

している日本人は 21%に過ぎず、悲観の主要な理由としては、急速な少子高齢化への対処手段

がないと感じられていることであった (Geji, 2016)。以下のセクションで、社会的包摂と財政

健全化を達成するための政策の方向性を述べる。

医療、介護制度

医療支出(公的・民間)は、介護を含め、1990 年の対 GDP 比 5.7%から 2013 年に

10.8%に増加し、OECD 平均の 9.0%を越えている。増加要因は、高齢化と一人当たり費用の増加

が半分半分である。2020 年から 60 年にかけて、日本の医療・介護支出は、同じように急速な高

齢化に直面する欧州主要国よりも上昇すると見込まれている。日本の医療支出は、医薬品、外来、

入院、介護のいずれのカテゴリーについても、対 GDP 比で OECD 諸国平均を上回っており、節約

できる余地があることを示唆している。

日本の一人当たり薬剤費は、OECD 諸国平均を 47%上回っている。これを削減するため

には、ジェネリック医薬品の使用拡大が必要である。ジェネリック医薬品の数量ベースの薬剤市

場に占めるシェアは、日本では 34%であり、OECD 諸国平均の 50%を下回っている。ジェネリッ

ク医薬品を医療保険償還の標準とすることにより、ジェネリック医薬品を増加させるべきである。

日本は、病院の受診頻度が非常に高く、一人当たり年平均 12.8 回と、OECD 平均のほぼ

2倍である(表 13)。外来支出の抑制のためには、出来高払い(fee-for-service)から実績ベ

ースの報酬(pay-for-performance)に変えていく必要がある。 さらに、自己負担が低くなって

おり、民間ベースの支出は、OECD 諸国平均の 33%に対し、日本では外来医療費の 17%しかカバ

ーしていない。自己負担は、収入水準を考慮しつつも、とりわけ 70 歳以上の人について、入院、

外来とも引上げるべきである。現役世代の 30%に対し、多くが 10%しか支払っていないからで

ある。

表 13. 医療の国際比較は、日本に節約の余地があることを示している

2014年、もしくは利用可能な最新年

一人当たりの

一年間の病院

受診数

外来費用に

占める民間

支出の割合

(%)

平均在

院日数 1

急性期病床

の平均在院

日数 1

病院

病床数 2

急性期

病床数 2,3

長期療養

病床数 2,3

介護施設に

おける病床

数 2

日本 12.8 17.1 29.9 16.9 13.2 7.9 2.7 6.2

OECD 平

均 6.8 33.3 8.3 6.4 4.7 3.6 0.6 7.3

最 も 高

い国 14.9 54.9 29.9 16.9 13.2 7.9 4.2 12.8

最 も 低

い国 2.6 13.3 4.0 3.5 1.6 1.6 0.0 0.5

1. 単位、日。

2. 人口 1000人当たりの病床数。

3. 病院における病床数。

出典: OECD (2017f), OECD Health Statistics (データベース).

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2014 年の急性期病床の平均在院日数は 16.9 日と、OECD 諸国で最長となっている (表

13)。また、都道府県の病院病床数と入院受療率、平均在院日数、一人当たり医療支出は、相互

に強い関連がある(図 38)。したがって、まず、病院病床数を減らすことが重要である。また、

入院医療費は、標準的処置と特定の医療処置の費用を定めている日本の包括医療費支払い制度

(DPC)を改善することにより、減らすことができるだろう。当該制度が適用される病院及び医

療行為の範囲は拡大されるべきであり、費用は最も効率的な病院に基づいて定められるべきであ

る。

最優先事項は、介護を病院から切り離すことである。病院における介護は、平均在院日

数を 29.9 日と、OECD 平均の約4倍に高めている(表 13)。さらに、急性期病床に入院する患者

の約半数しか医療行為を受けておらず、残りの半数は日常生活の介助を受けているに過ぎない

(Tsutsui et al., 2015)。ずっと費用が高くなることを考えると、介護サービスを病院で提供す

ることは、非効率である。介護保険は、2000 年に導入された。介護支出は、2013 年に対 GDP 比

2.0%であったが、2060年には対 GDP比 6.1%に高まると予測されている。OECD 諸国平均の 12%

に対し、高齢者の約 18%が介護保険によって賄われる介護サービスを受けている。民間支出は、

2013 年に介護費用の 8.6%と、医療費の 15.7%の約半分である。重症度が低い高齢者への介護

保険の適用を縮小すべきであり、また制度の責任主体は、市町村から都道府県に移管すべきであ

る。さらに、自己負担率は引上げるべきである。

図 38. 病床数が増えるほど、平均在院日数は伸び、医療支出は増えている

2014年

出典: Cabinet Office, Visualization Database.

年金改革

2004 年の改革により、年金給付額が拠出者数、寿命により調整される『マクロ経済ス

ライド』が導入されたため、年金支出は、医療支出、介護支出よりも増加は緩やかと予測されて

いる(図 35)。しかし、『マクロ経済スライド』はこれまで一度しか適用されていない。マク

ロ経済スライド、物価スライドは、完全に実施されるべきである。支払い義務のある国民年金の

納付率は低く、2002 年以降、68%程度である。納付率が低いのは、若者、非正規雇用者である

(Oshio, 2013)。さらに、約3分の1の事業者は、法的に加入する必要がある雇用者向け年金保

険制度に加入していない 。

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厚生年金の受給開始年齢は、男性は 2025 年まで、女性は 2030 年に 65 歳まで引き上げ

られるものの、83.7 歳という平均寿命と比べると、支給開始年齢はかなり低いままである。支

給開始年齢の 65 歳への引上げを加速し、さらに引き上げることにより、年金の所得代替率を高

めるとともに (表 14)、世代間の平等を改善し、就労率を高めることで経済成長が高まるだろ

う。

表 14. 支給開始年齢引上げにより、所得代替率は大幅に上昇

ケース 1 実質 GDP成長率 支給開始年齢ごとの 2050年の所得代替率 2 (%)

2014-23年度 2024年度以降 65 歳 68歳 70歳

ケース C 1.1 0.9 51.0 63.9 72.5

ケース E 1.1 0.4 50.5 63.3 71.8

ケース G3 0.2 -0.2 42.0 52.8 60.0

ケース H4 0.2 -0.4 41.9 52.7 59.8

1. 表は、Ministry of Health, Labour and Welfare (2014) における8つのケースのうち、4つを示している。年金給付総額は

固定されており、(支給開始年齢の変化に応じて)代替率は変動している。

2. マクロ経済スライドの影響を考慮した年金給付額の、現役世代の手取り収入額に対する割合。2014 年度の所得代替率は、

62.7%。

3. 支給開始年齢 65歳の場合について、所得代替率は 2058年の値を示している。

4. 支給開始年齢 65歳の場合について、所得代替率は 2054年の値を示している。

出典: Ministry of Health, Labour and Welfare (2014); OECDの計算による。

生活保護改革

日本の税、給付制度による、現役世代の所得格差や相対的貧困への影響は限定的である

(2015 OECD Economic Survey of Japan)。社会保険制度も福祉に寄与しているが、主要な社会福

祉制度である生活保護制度は、相対的貧困にある人の一部、人口の 1.6%をカバーするに過ぎな

い。給付範囲が限定されているのは、資産や家族の扶養能力について厳格な支給基準があるため

である。生活保護の給付水準は、低所得世帯の消費水準(最低生活費)を下に定められている。

給付水準は OECD 諸国で最高水準にあり、給付範囲を拡大しながら給付額を減らすということが

考えられる。さらに、職に就くことによって、生活保護制度から抜ける人に対する実効税率の高

さが、就労意欲を弱めている。過去の OECD 対日経経済審査でも述べているとおり、貧困を減ら

し、雇用を増加させるための最優先事項は、勤労所得税額控除(EITC)であり、その導入により

ワーキング・プアの数を減らすことができるだろう。2人以上の労働者がいる家計の相対的貧困

率が、日本は OECD 諸国の中で2番目に高くなっている。

地方政府の歳出を抑制する

地方政府は、現在、財政健全化を中央政府と基調を合わせて行う必要がある。地方歳出

は、過去 20 年間、公共投資の減少が社会支出の増加で相殺され、名目ベースでほぼ同水準にあ

る。2014 年に、一人当たり歳出が最も多い都道府県は、最も少ない都道府県の 2.4 倍多く支出

しており、節約の余地があることを示唆している(図 39)。人口密度、高齢者比率の違いは、

歳出の差の一部を説明している (パネル B)。人口減少の加速により、人口密度が減り、高齢者

比率が上昇を続けることで、こうした要因はさらなる歳出圧力となるだろう。

地方政府の税収は、地方政府の歳出の約3分の1であり、使用料のようなそれ以外の地

方の歳入が、さらに歳入の3分の1を占めている。一人当たりの歳出が多い都道府県ほど、税収

は低くなっている。中央政府からの移転、とりわけ地方交付税がさらに地方歳出の3分の1を占

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めている(図 39, パネル A)。地方交付税は、一人当たり歳出が大きい都道府県ほど多く受け

取っている。1990 年以降、地方交付税の支払いのために中央政府が溜めた債務は約 80 兆円(対

GDP 比 16%)ある (MoF, 2015)。2030 年までに、地方交付税は 1.5 倍に増加すると見込まれて

いる (Cabinet Office, 2016c)。

図 39. 地方政府の歳出は、高齢化と人口密度の影響により、大きく異なる

1. その他は、地方債、貸出金償還金収入、繰入金、繰越金、使用料・手数料等を含む。

2. 東日本大震災の被災県(福島県、岩手県、宮城県)は、国庫支出金を財源とした基金からの繰入金がある。新潟県の「その

他」が高いのは、新潟県中越大震災復興基金からの貸付金元利収入のためである。

3. 左パネルの横軸を除き、軸は対数表示。

4. 65歳以上人口の全人口に対する割合。

5. 1ヘクタール当たり人口の値。

出典: Cabinet Office (2016); Cabinet Office, Visualization Database.

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地方政府レベルでさらなる財政健全化を行うためには、モラル・ハザードを抑制するた

め、財政上の困難に直面する地方政府への支援を減らす一方で、歳出上限といった財政ルールを

強化することによる更なる財政規律が求められる。金融市場は、公債市場の信用格付けを通じ、

地方政府の行動を規律付けるためにより重要な役割を果たすことが許容されるべきである。この

ためには、中央政府が地方政府への最後の貸し手として介入しないということをはっきり述べる

とともに、地方政府の未返済の債務残高と暗黙の債務が容易にわかるよう、十分な情報が確保さ

れる必要がある。効果的なソルベンシー規制も必要である。

学齢期にある児童生徒数が減っていることを考えると、地方政府が歳出を減らすことが

できる余地のある分野の一つに教育がある。児童生徒数の減少は、教師数の減少以上であり、小

中学校の教師一人当たりの児童生徒数は、OECD 平均近くまで低下している。この低下は、教育

の質改善のため、意図して行われた面もあるが、地方交付税において学校の統合へのインセンテ

ィブがないことも反映している。実際、学校統合による費用節約の効果は、主に、市町村ではな

く、国と都道府県に行くことになる(Honda, 2012)。2030 年までに、学齢期の児童生徒(5歳か

ら 14 歳の児童生徒数)はさらに4分の1減少し、学級サイズが小さい都道府県で最も大きく減

少することから、学校統合への余地がある。政府の調査結果は、適切な学級サイズの維持が、児

童生徒の学習に正の効果を与えることを示している(MEXT, 2015)。

他の OECD 諸国が対 GDP で 34%から 65%であるのに対し、日本は、公的資本ストックが

2013 年に対 GDP 比 107%に達しており、とりわけ大きい(図 40)。日本の追加的な公共投資に

よる限界的生産性は、マイナスと推計されている(Fournier, 2016)。公共投資は減っており、公

共インフラの老朽化により(表 15)、地方政府の財政的圧力となっている(パネル B)。地方政

府は、人口減少との関連で、維持管理費用を抑制するため、どのインフラを残すのか、慎重に選

ぶ必要がある。

図 40. 日本の公的資本ストックは、非常に大きい

注. 公共投資は、構造的基礎的財政支出に対する比率。資本ストックのデータは、IMF の Investment and Capital Stock Dataset

によっており、資本の減価償却率によって大きさは変化する。したがって、IMF のデータは、日本政府のデータと異なりうる。

出典: Fournier (2016).

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表 15. 公的資本の老朽化は、地方政府の課題となっている。

A. インフラの老朽化指標

インフラの種類 地方政府の割合 (%)

50 年を超える資産の割合(%)

2013年 2023年 2033 年

道路、橋(橋長2m以下) 90.0 18 43 67

トンネル 72.0 20 34 50

河川管理設備 92.6 25 43 64

下水道 100.0 2 9 24

港湾岸壁 (水深 4.5m以上) 100.0 8 32 58

B. 自治体の規模別の道路、公共施設、下水道に係る負担 1

市町村規模

一人当たり

道路延長

(m2)

将来の更新

費用 2

一人当たり

公共施設

面積(m2)

将来の更新

費用 2

一人当たり

下水道延長

(m)

将来の更新

費用 2

全国平均 32.0 194.5 3.2 243.6 3.6 283.1

主要都市 21.6 73.8 3.4 201.1 2.7 215.1

市 3 62.4 417.2 3.6 222.3 4.1 452.8

町 4 242.1 860.0 10.6 295.6 6.3 986.0

1. 推計値は、総務省が 111の市区町村に実施した調査結果に基づく。

2. 現在の更新額に対する割合(%)。

3. 人口5万人から 10万人。

4. 人口1万人以下。

出典: OECD (2016i).

インフラの維持費用は、コンパクトシティの推進により抑制されるべきである。日本の

『国土形成計画』は、土地規制をより効果的に活用することにより、コンパクトシティの形成を

目指している(OECD, 2016i)。日本は、都市機能と居住の立地誘導を進める「立地適正化計画制

度」を創設し、それによりインフラ支出の抑制を図ろうとしている (MLIT, 2016)。公的資本の

限界生産性の大きな地域差により、公共投資は、最もリターンが高いプロジェクトにさらに焦点

を当てていくべきである (Cabinet Office, 2014)。

地方公営企業は上下水道、公共交通等のサービスを提供しているが、その効率性を高め

ることも重要である。地方公営企業の支出規模は、地方政府の歳出規模の約5分の1であり

(OECD, 2016i)、主として、料金収入と地方政府からの移転により賄われている。地方公営企業

の管理する資産が老朽化し、より維持管理が必要になる一方、人口が減少するにつれ、料金収入

は低下し、その財政はさらに悪化するだろう(MIAC, 2016)。地方公営企業が規模の経済、利益を

達するためには 、既存設備の一部を廃止することで規模を縮小し、市町村をまたいだ地方公営

企業の合併を行うことが必要である。

包摂的かつ持続的な成長をしつつ、歳入を増やす

財政の持続可能性を確保するためには、歳入を増やすことも必要である。日本の税・社

会保険料負担は、対 GDP 比 32%であり、OECD 諸国平均の 34%を下回っている。社会保険料負担、

法人所得税、資産税の政府歳入全体に占める比率は OECD 平均を上回っているが、消費税と個人

所得税の割合は日本は目だって低くなっている(図 41)。

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図 41. 日本の消費税、個人所得税は相対的に低い

2014年、もしくはデータ入手可能な最新年、税収全体に占める割合、%

1. 社会保険料は、その他の給与所得への税が含まれる。

出典: OECD (2017j), OECD Tax Statistics (データベース).

消費税を引き上げる

消費税は、比較的安定した税収源であり、経済成長に対する悪影響も少ない (Arnold

et al., 2011)。さらに、高齢者のほうが多くの割合を負担するだろうから、消費税(付加価値

税)への依存度を引き上げれば、世代間の公平性も改善されよう。 つまり、消費税(付加価値

税)は、歳入増加策として最も適切な税である。日本の消費税の税率は、OECD 諸国中2番目に

低い8%であり、10%への税率引上げは、2度にわたって延期されている。もし、対 GDP 比

7½ %の基礎的財政収支の改善を消費税だけで達成しようとすれば、欧州の平均の 22%近辺まで

税率を引き上げなければならないだろう。

2019 年の消費税率 10%への引上げに際し、逆進性緩和のため、軽減税率が導入される。

しかし、所得の多い家計により多くの恩恵があるため、軽減税率は効率的ではない(OECD, 2014)。

もし軽減税率を導入するために失われる歳入を、勤労所得税額控除(EITC)のために使えば、給付

を低所得者により的をしぼって行えるだろう。2016 年に導入された社会保障・税番号制度の効

果的な実施は、所得についての透明性を高め、EITC の導入を容易にするだろう。

所得税を改革する

個人所得税収は、税収の 19%と、OECD 諸国平均の 24%と比べて低いが (図 41)、こ

れは個人所得の多くが課税されていないことによる。実際、2014 年度においては、特に給与や

公的年金に対する控除によって 260 兆円の個人所得のうち課税対象となっているのは半分以下で

ある。多くの所得控除は、高所得家計にとって有利になっている。雇用者と自営業者の間の公平

性に配慮しながら、課税対象所得の割合を増やしていくことにより、日本の累進的な税率は格差

の縮小により効果的なものになるだろう。

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さらに、キャピタルゲイン課税、配当課税を引き上げることも、税の累進性を高めるだ

ろう。実際、個人所得に対する実効税率は、所得が年間 5,000 万〜1 億円(440,000〜880,000 米

ドル)で最高の 28.7%に達し、その後 17.0%まで低下する(図 42)。この減少は、高所得者に

集中するキャピタルゲインに対する税率の低さを反映している。所得が 100 億円を超える層は、

キャピタルゲインが所得の 78.7%を占めている。キャピタルゲイン、配当、利子所得への税率

を 25%に引き上げることで、税収を増加させ、法人税率の引き下げを相殺することができよう

(Morinobu、2016)。相続税の強化も、歳入を増やし、社会的包摂を高めるだろう。2015 年に

相続税の課税ベースを拡大した後でも、亡くなった人の8%しか課税されていない。

図 42. 高所得者への個人所得税の実効税率は、キャピタルゲインへの税率が低いことにより、低くなっている。

2014年、総収入への比率

1. 個人所得税額を所得とキャピタルゲインを含む総所得で除して計算。データは申告所得税の納税者のもの(源泉所得は含まれ

ない)。

出典: National Tax Agency.

環境関連税の引き上げ

日本経済は、比較的高いエネルギー効率と温室効果ガス(GHG)排出量の低さにより、

特徴づけられてきた(Box3)。しかし、原子力発電所の運転停止により、2011 年以降の日本の

エネルギー構成における炭素強度(carbon intensity)は上昇した。日本の約束草案は、エネル

ギー効率の改善や、原子力や再生可能エネルギーなどの低炭素エネルギーの活用といった総合的

な取組により、2030 年までに排出量を 2013 年比で 26%削減することを目標としている。また、

環境関連税の引上げは、温室効果ガス排出量の削減や大気の質改善などの環境目標の達成に役立

ちつつ、歳入を増加させるだろう (2013 OECD Economic Survey of Japan)。日本はこの点の措

置を講じており、とりわけ、地球温暖化対策のための税として、既存の石油石炭税の税率を

2012 年、14 年、16 年と三段階で引き上げ、その税収は再生可能エネルギーや省エネルギー対策

のために充てることとした。しかし、2014 年には、環境関連税は対 GDP 比 1.5%に過ぎず、OECD

諸国の下から6番目で、平均よりもかなり低くなっており(図 43)、更なる歳入の余地がある

ことを示唆している。

Page 53: OECD 経済審査報告書 日本...2 主要な事実 主要な提言 経済成長を支える 25年ぶりの引き締まった労働場の下でも、賃金 上昇率は鈍いままである。最低賃金対中位賃金比率

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図 43. 日本の環境関連税は、OECD諸国平均よりずっと低い

対 GDP比、2014年

出典: OECD (2016j).

REFERENCES

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