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Title 自然科学の魅力を全ての人に Author(s) 前野, 昌弘 Citation 琉球大学大学教育センター報 = University Education Center Bulltein(19): 117-119 Issue Date 2016-09 URL http://hdl.handle.net/20.500.12000/40973 Rights

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Title 自然科学の魅力を全ての人に

Author(s) 前野, 昌弘

Citation 琉球大学大学教育センター報 = University Education CenterBulltein(19): 117-119

Issue Date 2016-09

URL http://hdl.handle.net/20.500.12000/40973

Rights

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自然科学の魅力を全ての人に

「時間と空間」担当 前野 昌弘(理学部)

「時間と空間」という授業で、2年連続でプロフェッサー・オブ・ザ・イヤーを受賞することがで

きました。この授業の内容と、どのような点に留意して授業を行ったについて報告するとともに、自

然科学系の授業を文系学生向けに開講することの意義について記したいと思います。

幸いなことに、この授業「時間と空間」の内容はかなり詳細に web に残しています。

「時間と空間」講義録 2014 年度(2013 年度の講義録もここからリンクされている)

http://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/~maeno/timeandspace2014/

にありますので、本文を見て興味を持たれた方は御参照く

ださるとありがたく思います。

この授業では、「時間と空間」というタイトルから生起さ

れる内容ならなんでもよいという考え方で広い範囲で題材

を選びました。結果として、「鏡の中では左右が逆に見える

のはなぜ?」のような素朴な疑問から、「タイムマシンがで

きたらどんなことができる?」という空想的考察、さらに

は相対性理論の基礎や「ヒッグス粒子ってなに?」のよう

な専門的トピックスまでを網羅する授業内容になりました。

この授業は自然科学系科目ですが、文系の学生でも履修

できるようにという主旨で開講されています。文系の学生

の多くは残念ながら「数式アレルギー」をもっているので、

理学部で行っているような授業をやると間違いなく多くの

学生が寝てしまいます(試験も悲惨なことになるでしょう!)。理学部の授業ならそこで妥協せず、

ガンガンと数式を展開していかなくてはいけないところですが、(実際そうやってますが)、「時間と

空間」では数式を使わなくても自然を理解することができるという方向で講義を行いました。

そのためにまず使ったのは、動画などのインタラクティブコンテンツです。上に示した講義録 web

上でも多くのアニメーション教材(もちろん、実際に授業でも使ったもの)を公開しています。

物理現象は数式よりまず「動き」で理解すべきものであり、理系学生のみに対する授業でもできる

限り「動き」を見せて理解させるようにしています(理系学生に対してはさらにその現象を数式で考

えることができるようになることを要求しているわけですが)。

図 慣性の法則を説明するためのアニメーション

図 鏡の中の左と右?

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たとえば第2講では天動説と地動説の説明のために惑星の運動のアニメーションを見せました。第

3講では慣性の法則とガリレイ変換(式で説明しようとすると結構たいへん)を説明するために、電

車の中と外で同じ運動を見るとどう見えるかを示すアニメーションを見せながら説明を行いました

(これらアニメーションなどは全て自作です)。コンピュータで見せるだけではなく、実際に走った

り動いたり物を投げたりという、身体を使った動きも多用して理解してもらえるようにしました。

直接この授業とは関係ありませんが、理学部物理系の授業ではさらに教材をインストールした

android タブレットを授業中に貸し出しての授業も行っています。この点に興味のある方は物理系の

ページ(http://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/)の「物理シミュレーションによる視覚化を用いたイン

タラクティブな授業展開」のページを参照してください。

物理などの自然科学を専門的に学ぶときは、物理現象などを「目に見える」形で理解したうえで、

それを数式などに落とし込んでいき理解し、さらに自分で自由に使えるようになることが必要です。

この「時間と空間」では数式に落とし込む部分の作業は省略し、いかに「目に見える」形で理解させ

るかを目標としました。結果として、文系の受講生にもわかるレベルの話になったと同時に、受講し

ていた理工系の学生にも「なるほど(これまで数式で理解していた現象は)こんなふうに図で理解す

ることもできるのか」とわかってもらうという効果を生みました。今後も理系学生相手でも文系学生

相手でも「見える、動かせる」教材を開発して授業に使っていきたいと考えています。今後小中高校

でも IT 技術を使った教材は増えていくと思いますが「計算しない理科」はそのような教材が開く未

来の一つの姿かもしれません。

この授業の最後には簡単な問題を出して解いてもらい、同時に授業の感想もしくは質問を書いても

らうことにしていました。次回の授業の最初は、その前の週の問題の答え合わせと、感想のうちユニ

ークなものを披露し、寄せられた質問のうちいくつかに答えるということから始めました。理学部で

も同様のシステムを採用していますが、理学部での講義しているときと違い、感想が様々に分かれる

(たとえば、「わからん」と「面白い」の両極端が出現する)のは興味深い現象でした。

こんなふうに全員からの声を拾ったことで、思っていた以上に自然科学的常識を知らない人が多い

んだなぁ、ということがわかったことは(面白がっていては少し失礼になるのですが)とても面白い

ことでした。

たとえば落体の法則の話をしたときは「重い物の方が速く落ちるとばかり思っていました」という

感想が多く来て、アリストテレス時代の常識から脱してなかった人がたくさんいることがわかりまし

た。このような「初等教育で獲得しているべき概念」を持たないまま大学生になってしまっている人

が結構いるわけです(逆に文系的常識が欠如した理系学生もきっといるでしょう)。

科学的事実を非常に単純な捉え方で捉えているものも多くいました。たとえば、地球の半径の測り

方の話をしたときは「地球が完全な球でないと始めて知りました」のような感想がありました。ちょ

っと考えてみれば、むしろ「完全な球」という特殊な状態を自然現象でできあがるとは考え難いので

すが、おそらくはこれら学生さんはこれまでは深く考えることなく「学校で『球』って教わったから

完全な球なんだろう」という程度に、「単純化した知識」を頭に入れていたのではないでしょうか。

この「ちょっと考えてみれば」という機会を持たせて、世界が単純ではないことに気づかせることも

重要です。

科学的知識が足りないこと、物事を単純に捉えすぎていること。これらは「文系だからいいでしょ」

で済ますわけにはいかない問題を含んでいて、巷に非科学的なインチキ商品が蔓延する原因でもあり

ます。たとえば、「タイムマシンに乗って未来から来たと言っている人がいましたが、彼の理論は科

学的に正しいのでしょうか?」とか、「量子力学で死後の世界が存在すると証明されたと聞きました

が違うんですか?」などと質問してくるように、おかしな本やインターネット等で流布されているデ

マを自力では真偽判定することもできないらしい学生がいます。こういうのに騙されたりしない人間

を作り出すことは大学の使命の一つであるはずで、文系学生も含めて全ての琉大生に、自然科学の意

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義と精神を伝える授業の存在は重要だと考えています。

自然科学の意義と精神を伝えるという目的のために、この授

業では量子力学や相対性理論など、高校までの範囲では出会え

ない科学、さらにはヒッグス粒子などの最先端科学にもできる

限り触れることができるように授業内容を工夫しました。

自然科学の面白さの一つに「常識」だと思っていたものが覆

されていく痛快感があります。たとえば相対性理論なら人の立

場によって時間経過が違う「ウラシマ効果」の話などを(やは

りアニメーションを使って)説明したり、「ブラックホールがあ

るとどう見えるか」のシミュレーションを見せるなどの授業を

行いましたが、驚いてもらうと同時に「科学は人間の認識を広

げていくものだ」ということを受講生に実感してもらうことが

できたのではないかと思います。

以上を心がけつつ、半年間の授業を行った結果として、最後の講義においては、

・日常気にもかけていなかった現象を「なんで?」と疑問を持つようになりました。

・この講義で世界に対するスケールが広がった。

・宇宙やタイムマシンや4次元や、大きすぎて想像するのは難しかったけど面白かったです。

・科学的に証明されているのになんだか信じられないような話が授業を通じてたくさん聞けてよかっ

たです。

のような感想をもらえました。

数式アレルギーであったり、あまり理科が得意でなかった受講生にも「面白かった」と言ってもら

えたのだけでも嬉しいことですが、何より「疑問を持つようになりました」「世界に対するスケール

が広がった」のような感想が多く見られたことは大変嬉しいことでした。

文系学生も含めた広い範囲の受講生に、自然科学の面白さと不思議さに触れるとともに、自然現象

に疑問を持つ機会と、難しそうに思えることにも挑戦して頭を使ってもらう機会を与えることができ

たという点でこの授業を担当して本当によかったと思います。

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