日皮会誌:96 (11), 1139-1142, 1986 (昭61)
成人型Staphylococcal Scalded Skin Syndrome (SSSS)の1例
佐々木弘美 河村 真理
要 旨
77歳,男性.左肩から項部に生じた帯状庖疹の経過
中,左側後頭部・項部・肩・胸部・上腕にかげ,弛緩
性膿庖,水庖および廉爛,痴皮等を混じるびまん性の
紅斑が生じ,広範囲にニコルスキー現象を認めた.前
胸部の閉鎖性膿庖等より,黄色ブ菌が培養され,培養
されたブ菌を新生存ネズミに注射すると,広範囲なニ
コルスキー現象が認められた.患者の水庖は組織学的
には,角層下水庖であり,表皮・真皮にぱ特に異常所
見ぱみられなかった.以上の結果よりssssと診断され
た.本症例における発症要因としては,帯状庖疹に帰
因する細胞性免疫能の低下が推定された.本症例は,
成人型ssssの確実例としては本邦第一例と思われ,さ
らに現在までに報告された15例のssssとの比較検討
を加えた.
はじめに
Staphylococcal scalded skin syndrome (ssss)は,
原則的には10歳以下,特に6歳以下の小児に発症する
疾患とされ,成人に発症することは極めて稀である.
今回,我々は帯状庖疹部の黄色ブドウ状球菌(黄色ブ
菌)による2次感染を,感染巣として発症したと思わ
れる成人型ssssを経験したので,現在まで報告された
成人型ssssと比較し,若干の考察を加え報告する.
症 例
患者:77歳,男性.
初診:昭和60年9月3日.
既往歴:昭和52年,胃潰瘍,昭和53年,腸閉塞の手
術をうけている.
現病歴:昭和60年8月28日左肩から項部に小水庖が
多発し,某医にて接触性皮膚炎の診断のもと,リソデ
ロソVG軟膏の外用と,ポララミソとグリチロソの内
昭和大学藤が丘病院皮膚科
Hiromi Sasaki, Mari Kawamura, Akiko Takaha-
shi, Iwao Takiuchi :A case of staphyloccal scald-
ed skin syndrome in an adult
昭和61年4月2日受付,昭和61年5月21日掲載決定
別刷請求先:(〒227)横浜市緑区藤が丘1 -30 昭和
大学藤が丘病院皮膚科
高橋 明子 滝内 石夫
服の治療を受げたが,9月2日より皮疹は周囲に拡大
し,腐爛,膿庖が多数生じてきたため,当科に紹介さ
れ入院となった.
現症:(図1, 2)左側後頭部・項部・肩・胸部・
上腕にかけ,びまん性に発赤し,弛緩性の膿庖,水庖,
腐爛,潰瘍等がおおむね集族性に混在した.左側項部
から肩部には,帯状庖疹病巣と思われる小水庖,膿苔
を付す潰瘍が集族して認められた.顔面では眼囲,鼻
翼周囲,口囲等に淡紅色の紅斑を認め,少数の廉爛平
痴皮が散在してみられた.ロ腔粘膜は正常であった.
下肢を除くいずれの部位においても,ニコルスキー現
象が陽性であった.
初診時臨床検査所見:表1に示したごとく, CRP
(舟),白血球の核の左方移動以外に著変なく,免疫グ
ロブリン値,細胞性免疫機能検査のいずれも正常で
あった.また,前胸部の閉鎖性眼庖の他,上腕,肩等
の腐爛部より,黄色ブ菌を培養した.培養された黄色
ブ菌を, Melish等の記載1)に従い,大豆trypticase
broth中で一晩培養し,培養液を新生仔ネズミに皮下
注射すると,約12時間後,ニコルスキー現象を生じた
(図3).成育ネズミに同様に注射して乱ニコルスキー
現象は陰性であった.この黄色ブ菌のphage型typing
図1 左側項部~肩にかけて,帯状庖疹病巣に混じて,
紅斑・腐爛・水庖・銀庖等が集族する.ばんそうこ
う部に一致してニコルスキー現象が認められる.
1140
図2 左前胸部の病巣.
佐々木弘美ほか
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は,群馬大学医学部薬剤耐性菌実験施設に依頼し施行
したところ, phage l ,IIIの混合群(29/52/52A/79/
80/42E/47/54/75/84)であった.
病理組織所見:入院3日後に,下腿のニコルスキー
現象陽性部より採取した.角層はほとんど剥離し,穎
粒層は多くの部で1~3層程度を残し残存して認めら
れた.有辣層には異常なく,真皮にも炎症性細胞浸潤
等は認められなかった(図4).
表1.初診時臨床検査所見
血液検査
WBC 5700
Seg 68%
Band 19%
Ly 10%
Mono 3%
RBC 453×104
Hb 13.9 mg/dl
Ht 40.7%
Plat 35.5×104/m�
臨床化学検査
TP
ALB
GLU
BUN
UA
CRNNZ
O
^
CQ
6.8 g/dl
3.9 g/dl
10.3 mg/dl
20.2 mg/dl
3.0 mg/dl
1.3mEqμ
141 mEq/l
101 mEq//
4.6mEq//
0.3mg/dl
T.T.T
Z.T.T.
CHO
GOT
GPT
LDH
ALP
血清検査
ぎにぽ
0.7K.U.
1.8 K.U.
187 mg/dl
25 Karmen
17Karmen
371 w.u
5.3 K-A.U
3+
993 mg/dl
145 mg/dl
57mg/dl
5.4 U/ml
148 mg/dl
細胞性免疫機能検査
T-cell
B-cell
52%
12%
DNCB感作成立
ッ反陽性
尿検査一 異常なし
経過:初診時ssssの他,薬剤性toxic epidermal
necrolysis(TEN)を疑い,ケフラール(750mg/日)
とともにペラメゾソを投与し,局所的にはケナコルト
AG軟膏を塗布した.3日後には下腿を除き全身性に
潮紅が生じ,顔面の潮紅,痴皮,廉爛も増加した.尚,
下腿にもニコルスキー現象が生じていた.この時点で,
帯状庖疹抗体価が128倍と上昇した.パラメソソの内服
は2日目より中止した.その後5日目より全身の潮紅,
湿潤性が減少し,著明な鱗屑が生じ,約1週間後に帯
状庖疹部を除き,疲痕を残すことなく略治した.
考 按
Melish等の報告1)以来, ssssと薬剤性TENの鑑別
診断には,黄色ブ菌が培養され,しかも培養された黄
色ブ菌を新生仔ネズミに注射すると, ssss患者にみら
れるような,広範囲な表皮の剥脱を生じることが必須
の条件となっている.最近, Falk等2)は,臨床像,細
菌培養の結果からssssと思われた症例が,皮膚の病理
組織の所見から,薬剤性TENと診断された症例を報
告し,臨床像,細菌培養,組織所見の3項目がssssの
確定診断のために必須条件であると記載している.こ
の組織所見の特徴は,表皮穎粒層での剥離の他,表皮・
真皮に細胞浸潤等のさしたる変化が認められないこと
と述べている.
Falk等の報告2)によると,成人型ssssは現在まで17
例が報告されている昿筆者らが詳細に調べた範囲で
ぞ
I I W I I
成人型ssssの1例
図4 下腿より採取した組織像(H-E染色).角質,および穎粒層は消失するが,有無
層,真皮には変化は認められない.
は,前記の3条件のうち2つ以上をほぼ満足すると思
われる症例は15例3)~17)を数えるのみであった.
平山18)は,本邦での成人例に該当すると思われる報
告は,2例みられるとしている.第1例19)は臨床的には
合致するようであるが,組織学的には表皮中層の裂隙
や,海綿状態を認めたり,真皮の深層に好酸球を認め
る点で本症に合致せず,さらに細菌培養陰性であり
ssssの確実例とは思われない.第2例は20)組織所見の
記載がないため判然としないが,なによりニコルス
キー現象が陰性であることより,やはり否定的であろ
うと思われた.最近,亀山等は21)“成人型ブ菌性中毒
性表皮壊死症”の診断のもとに,27歳,男子例を発表し,
討論の中でこの症例を, ssssと, staphylococcal scar-
latini form との中間型であろうと述べている.この症
例は,ロ囲辛服囲等以外に,応範囲なニコルスキー現
象が形成されなかった様に思われ,典型的なssssとは
異なっているかと推測される.しかし,糸球体腎炎経
過中に生じ,皮膚や咽頭から黄色ブ菌を培養している
点,広い意味でのssssといえる症例かと思われる.今
回の筆者らの症例は,前期の3条件を完全に満足し,
成人型ssssの確実例であるといえよう.
小児のssss患者は,殆んど全て健常な児童に生じ,
初発感染病巣も咽頭炎,中耳炎,結膜炎等軽微なもの
が多く22)黄色ブ菌が皮膚病巣より培養されているこ
とは少ない.一方,成人例の多くは,免疫抑制剤によ
る治療を受けている者3)12)15)や,慢性腎疾患3)8)ホジキ
ソ病12)15)白血病6)等の重篤な基礎疾患を有する者に発
1141
症している.また,成人例では大部分が,皮膚病巣よ
り黄色ブ菌が培養されており,皮膚病巣からの培養が
明らかに陰性と記載されている報告は,1例を数える
のみであった14)しかも遠隔部の感染巣は,肺炎5)10)11)
腎膿瘍11)敗血症4)6)7)11)12)14)~17)等の重篤な疾患が多い.
今回の症例は,治癒後6ヵ月を経過した現在も,当
初みられた帯状庖疹を除き,基礎疾患と思われるもの
は見出されていない.咽頭培養は陰性であり,帯状庖
疹巣病近くの膿庖より黄色ブ菌が培養され,かつ, ssss
発症時に最初に現われた潮紅は,通常の型に見られる
眼囲,ロ囲等の顔面ではなく帯状庖疹病巣周囲であっ
たこと等より,本症例における初発感染病巣は,帯状
庖疹部の2次感染であると思われる.尚,帯状庖疹に
関連して本症が発症したという報告はない.
成人に対して黄色ブ菌の産生するexforiative
toxinの作用が波及し難くなる理由について, Arbuth-
nott等23)は,①m害物質の産生,②表皮細胞の感受性
の低下,③免疫の3つを挙げ,このどれかであろうと
述べている.成人型ssssは前述の如く,免疫抑制療法
や,細胞性免疫能の低下をきたす重篤な基礎疾患を有
する患者に多く発症していることより,細胞性免疫能
の低下が,本症の発症に重大な役割を演じているもの
と考えられている.本症例で施行された細胞性免疫能
の検査は,全て正常範囲であり,また,帯状庖疹抗体
価は充分上昇していることより,少なくとも抗体産生
能は正常であったと思われる.しかしながら,しばし
ば帯状庖疹は,細胞性免疫能の低下した患者に発症す
1142 佐々木弘美ほか
ることが知られている.しかも,水痘一帯状庖疹ウイ
ルス自体が細胞性免疫能を低下させることも報告され
ている24)検査0上からは,本症例での細胞性免疫能の
低下は同定できなかったが, ssssの発症に細胞性免疫
能の低下が関与していることを,本症例も示唆してい
るものと思われた.
最後に, ssssから分離される黄色ブ菌は,本邦では
phage III群またはI,!II混合群が70.5%, II群が
20.5%,その他が9.0%と報告されている25)現在まで
文
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本論文の要旨は日本皮膚科学会第626回東京地方会(昭和
61年1月8日於横浜)において報告した.
稿を終えるにあたり黄色ブ菌のphage型typingをして
頂いた,群馬大学医学部薬剤耐性菌実験施設の大久保豊司
先生に深く謝意を表します.
献
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