高難度物質変換反応の開発を指向した 精密制御反応...

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高難度物質変換反応の開発を指向した 精密制御反応場の創出 文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(平成 27-31 年度) 領域略称名「精密制御反応場」 領域番号 2702 http://precisely-designed-catalyst.jp/ News Letter Vol. 3 March, 2016 Precisely Designed Catalysts 目次: (1) 研究紹介 二酸化炭素有効利用に向けた触媒開発 東京大学・工学系研究科•教授 A01 班 野崎 京子 タンパク質キャビティーを反応場として駆使する 新触媒の創成 大阪大学・工学研究科•教授 A03 班 高史 (2) トピックス 業績、報道、活動等の紹介

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高難度物質変換反応の開発を指向した

精密制御反応場の創出

文部科学省科学研究費補助金

新学術領域研究(平成 27-31 年度)

領域略称名「精密制御反応場」

領域番号 2702 http://precisely-designed-catalyst.jp/

News Letter Vol. 3 March, 2016

Precisely Designed Catalysts

目次: (1) 研究紹介

• 二酸化炭素有効利用に向けた触媒開発

東京大学・工学系研究科•教授

A01 班 野崎 京子

• タンパク質キャビティーを反応場として駆使する 新触媒の創成

大阪大学・工学研究科•教授

A03 班 林 高史

(2) トピックス

• 業績、報道、活動等の紹介

「精密制御反応場」

News Letter Vol. 3

1

二酸化炭素有効利用に向けた触媒開発

東京大学大学院工学系研究科・教授

A01 班 野崎 京子

[email protected]

1.緒言

二酸化炭素は炭素化合物の燃焼最終生成物であり、熱力学的に安定な、不活性な化合物で

ある。一方で、二酸化炭素は安価で豊富な炭素資源であり、その有効利用は科学的興味に留

まらず社会的にも大きなインパクトをもつ。

われわれは、これまで二酸化炭素を有効利用するための触媒反応として、

(i)二酸化炭素の水素化によるギ酸合成、(ii)エポキシドと二酸化炭素の交互共重合による脂

肪族ポリカルボナート合成、(iii)ブタジエン

と二酸化炭素の共重合によるポリマー合成の

三つの課題に取り組んできた。本稿ではこれら

について概要を述べるとともに、これらの反応

の高効率化とさらに高難度な反応達成のため

に、精密制御反応場に期待する役割について論

じる。

2-(i) 二酸化炭素の水素化によるギ酸合成

われわれは 2009 年、PNP ピンサー配位子

をもつ Ir 触媒を用いて KOH 共存下で二酸化

炭素を水素化し、極めて高効率にギ酸のカリ

ウム塩を得る反応を開発した 1。触媒回転数

は 350 万回におよび、この値はこれまでに報

告されている中で最高値である。しかし、生

成物であるギ酸を蒸留で回収するためには

アミンなどの有機塩基の使用が好ましい 2。

われわれは、これまでに、PNP 配位子のピリ

ジン窒素のパラ位にメトキシ基を導入する

と活性が向上することをみつけた 3。今後、さらに配位子の電子供与性を向上させることと、

隣接基関与による反応場を利用して遷移状態を安定化することを検討したい。

NP PIr

RR R

HR H

H

Ir(III)/PNPD = H, OMe

H2 + CO2 + base HCO2 + H•base

XP PIrR R

HR H

H

FG

strongerelectron donation

TSstabilization

D

「精密制御反応場」

News Letter Vol. 3

2

2-(ii) エポキシドと二酸化炭素の交互共重合による脂肪族ポリカルボナート合成

われわれは 1999 年から、二酸化炭素とエポキシドを共重合させる新規触媒の開発に取り組

んでいる。これまでに分子内にブレンステッド酸部位をもつ Co 錯体を開発し、反応の高効率

化に成功した 4。また、Ti や Ge などの4価の金属や、3価の鉄が触媒となることを示した 5,6。

一方、2007 年 Lee らは、Co/サレン錯体にアンモ

ニウム基を複数結合させた錯体が、プロピレンオ

キシドと二酸化炭素の交互共重合に高い活性を示

すことを報告している 7。しかしこの配位子は合

成が多段階にわたり、スケールアップが難しい。

他方、A04 班の真島らは、図に示す亜鉛クラスタ

ーを合成し、中心の金属Mが異なる種々の錯体が

エポキシドと二酸化炭素の共重合活性を示すこと

を明らかにしている。今後はサレン部分に高い触

媒活性が知られている金属を用い、隣接する中心

のMが、Lee らのアンモニウム基と同様のカチオ

ンとしての作用を示すことを期待する。

2-(iii)オレフィンと二酸化炭素の共重合

われわれは 2014 年、ブタジエンと二酸化炭素から生成するラクトン

のラジカル重合により、二酸化炭素を 29wt%含むポリマーの合成を報

告した 8。本研究ではオレフィン類と二酸化炭素の直接共重合に向け、

オレフィン重合触媒の近傍に、二酸化炭素の挿入を助ける反応場(右

図のプロトン性水素またはルイス酸M)を配置し、オレフィン挿入の

鍵遷移状態を安定化することに挑戦したい。

3.参考文献

(1) Tanaka, R.; Yamashita, M.; Nozaki, K.. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 14168. (2) Tanaka, R.; Yamashita, M.; L. W. Chung, Morokuma, K.; Nozaki, K..Organometallics,2011, 30, 6742. (3) Aoki, W.; Wattanabinin, N.; Kusumoto, S.; Nozaki, K. Bull. Chem. Soc. Jpn., in press. (4) Nakano, K.; Kamada, T.; Nozaki, K. Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 7274. (5) Nakano, K.; Kobayashi, K.; Nozaki, K. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 10720. (6) Nakano, K.; Kobayashi, K.; Ohkawara, T.; Imoto, H.; Nozaki, K. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 8456. (7) Noh, E. K.; Na, S. J.; Sujith, S.; Kim, S. W.; Lee.,B. Y. J. Am. Chem. Soc., 2007, 129, 8082. (8) Nakano, R.; Ito, S.; Nozaki, K. Nature Chem., 2014, 6, 325.

N N

N

N

O

O

N

NO

O

O

OZn

Zn Zn

M

3+ 3OAc-

本研究提案:Zn→Co,Cr

「精密制御反応場」

News Letter Vol. 3

3

タンパク質キャビティーを反応場として駆使する

新触媒の創製 大阪大学大学院工学研究科・教授

A03 班 林 高史

E-mail: [email protected]

1.はじめに

生体内での生合成や代謝反応の多くは酵素が介在し、基質選択性と生成物の立体制御を伴い

ながら温和な条件下で速やかに進行している。酵素が優れた触媒である主な要因は、長い年

月の進化を経て最適化された活性中心とその周辺近傍の精密な分子構造が形成する反応場を

有することにある。したがって、化学者が新しい触媒を構築する際には、酵素の精巧な反応

場を参考にすることも極めて有意義であると考えられる。そこで、我々のグループでは、タ

ンパク質の空孔に非天然金属錯体を挿入した新しい反応場を構築し、天然の金属酵素の活性

を凌駕する人工生体触媒の構築や、天然では見られない有機反応を触媒する新しい金属酵素

の開発に着手した。 2.ハイブリッド触媒

有用な空孔を有するタンパク質として、我々はヘムタンパク質のアポ体(ヘムを除去した

タンパク質)に焦点をあてている。ヘムタンパク質は補欠分子であるヘム(ポルフィリン鉄

錯体)とタンパク質が結合して機能を発揮する生体分子である。このヘムの多くはプロトヘ

ム IX (heme b)であり、配位結合を含む非共有結合でタンパク質と安定な複合体を形成してい

る。したがって、ヘムタンパク質を酸処理することにより、ヘムを除去したアポ体を入手す

ることが可能である。得られたアポ体が安定であれば、ヘムポケットにはユニークな空孔が

存在し、そこに適した金属錯体を導入することが可能である。あるいは、アポ体そのものは

ホロ体のような3次構造をとらない場合でも、ヘムと類似の構造を有する金属錯体を添加す

ることにより、タンパク質のリフォールディングが生じ、天然のヘムタンパク質に近い3次

構造を非天然の金属錯体(補欠分子)と共に形成する(Figure 1参照)。 この手法を駆使して、

これまでに我々は様々なヘム類縁体をアポタンパク質に挿入して、機能性ハイブリッド触媒

やデバイスの創製を試みている。

本稿では、一つの例として

nitrobindin (NB)と呼ばれるヘム

タンパク質に着目し、生成物の

立体制御に関わるタンパク質反

応場の有用性について論じる。

Figure 1. Preparation of an artificial metalloenzyme using an apoprotein after the removal of the heme cofactor from a hemoprotein.

「精密制御反応場」

News Letter Vol. 3

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3.ニトロバインディンを用いたハイブリッド触媒の作製

NBは βバレル構造を有し、生体内ではバレル内に存在するヘムが一酸化窒素を結合する役

割を演じている。一方、アポ体も β バレル構造を安定に維持しているため、我々はこのタン

パク質の空孔に金属錯体を挿入し、新しい生体触媒として利用することに着手した。また、

この NB を用いるもう一つのメリットは、アミノ酸配列の中にシステインが含まれていない

ことである。我々はβバレル内側に遺伝子工学的手法を用いてシステインを導入し、金属錯

体の導入部位として利用した。今回は紙面の都合上、Rh錯体を有する NBにおけるアセチレ

ンの重合反応の立体制御の成果についてのみ紹介したい(Figure 2)。

4.ハイブリッド触媒をもちいた重合反応の立体制御

通常、phenylacetyleneは、Rh触媒を用いることにより cis体のポリマーが得られる。我々は、

マレイミド基を側鎖に導入した Cp配位子を有する Rh錯体を、NBの 96番目を Cysに置換し

た NB(Q96C)変異体と反応させることで、Rh 錯体をβバレル空孔内に装着したハイブリッド

生体触媒を作製した。本来 Rh錯体を触媒として用いた際のポリマーの trasn/cisの比が 7:93 と

なる重合反応において、ハイブリッド触媒を用いると、trans/cisの比は 54:46に変化した。こ

れは、Rh触媒を含むタンパク質の反応場によって、基質であるアセチレンの活性種への接近

方向が規制されたことが一因と考えられる。この知見をもとに、さらに反応場を形成するβ

バレル空孔周辺の幾つかのアミノ酸を順次別のアミノ酸に置換することを試み(Figure 3参照)、

合計 10種類以上の NB変異体を調製し、それぞれ Rh錯体を導入して、ポリマーの立体選択

性を評価した。その結果、NB(H76L/Q96C/H158L)および

NB(F44W/H76L/Q96C/H158L)において、trasn/cis の比は、

それぞれ 77:23、82:18となり、transポリマーが優先して

生成する触媒を得ることが可能となった。このように、

タンパク質マトリクスを用いることで、従来の触媒では

得られにくい生成物の立体規則性の制御を達成した。 5.参考文献

(1) Fukumoto, K.; Onoda, A.; Mizohata, E.; Bocola, M.; Inoue, T.; Schwaneberg, U.; Hayashi, T. ChemCatChem 2014, 6, 1229–1235.

Figure 2. (a) Molecular structure of wild-type nitrobindin. (b) Preparation of the Rh-complex linked hybrid catalyst which promotes the polymerization of phenylacetylene.

Figure 3. β-barrel structure of the Rh-complex linked NB and several representative amino acid residues.

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◆トピックス

【業績、報道、活動等の紹介】

論文表紙掲載:

•林 高史氏(A03 班、阪大院工・教授)らの論文(Dalton Trans., 2016, 45, 3277-3284)

が表紙に選ばれました(左上図)。

•西林仁昭氏(A01 班、東大院工•教授)らの論文(ChemCatChem 2016, 8, 1028-1032)が Cover

Picture に選ばれました(右上図)。

•石原一彰氏(A04 班、名大院工•教授)らの論文(Angew. Chem. Int. Ed., 2016, 55, 413-417)

が Cover Picture に選ばれました(左下図)。

•石原一彰氏(A04 班、名大院工•教授)らの論文(Angew. Chem. Int. Ed., 2016, 55, 4021-4025)

が Back Cover に選ばれました(右下図)。

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記事掲載:

•野崎京子氏(A01 班、東大院工•教授)らの研究内容が科学機器(Scientific Instruments)

2015 年 12 月号の「科学の峰々No.86 有機合成化学と材料開発の可能性」にて紹介されまし

た。

学会、雑誌、ジャーナル等でのハイライト記事: •野崎京子氏(A01 班、東大院工•教授)らの研究成果(J. Am. Chem. Soc. 2015, 137,

10934-10937)が ACS Selects Virtual Issue にてハイライトされました。

•西林仁昭氏(A01 班、東大院工•教授)らの研究成果(ChemCatChem 2016, 8, 1028-1032)

および研究室が Cover Profiles で紹介されました(DOI:10.1002/cctc.201600175)(左図)

•松永茂樹氏(A02 班、北大院薬•教授)らの研究成果(J. Am. Chem. Soc. 2015, 137,

15418-15421)が SYNFACT 誌の Synfact of the month(issue 03/2016)に選出され、表紙掲載

および記事紹介されました(右図)。

「精密制御反応場」

News Letter Vol. 3

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受賞、表彰:

•野崎京子氏(A01 班、東大院工•教授)が 2015 年アメリカ化学会 Polymeric Material: Science

and Engineering Division, Arthur K. Doolittle Award を受賞しました。

http://pmse.sites.acs.org/dolittleaward.htm

•石原一彰氏(A04班、名大院工•教授)が平成27年度(2015年度)有機合成化学協会賞(学

術的)を受賞しました。

http://www.ssocj.jp/award/2015/Kazuaki_Ishihara.pdf

•西林仁昭氏(A01班、東大院工•教授)が平成27年度(2015年度)有機合成化学協会企業冠

賞「日産化学•有機合成新反応/手法賞」を受賞しました。

http://www.ssocj.jp/award/company/2015/Yoshiaki_Nishibayashi.pdf

学会運営:

•The 19th International Annual Symposium on Computational Science and

Engineering (ANSCSE19)

International advisory board, J. Hasegawa, (A03班、 北大触媒研•教授)

June 17-19, 2015, Ubon Ratchathani University, Ubon Ratchathani, Thailand

•Pacifichem 2015, Activation and Transformation of Small Molecules Mediated by Early

Transition Metal Complexes (INOR # 170),

Session Co-Organizer, K. Mashima(A04班、 阪大院基礎工•教授)

December 15-20, 2015, Honolulu, Hawaii, USA

•Pacifichem 2015, Novel Heme Proteins and Model Systems (INOR # 305),

Session Co-Organizer, T. Hayashi(A03班、 阪大院工•教授)

December 15-20, 2015, Honolulu, Hawaii, USA

•Pacifichem 2015, Catalytic Multicomponent, Tandem and Cascade Reactions (ORG #455),

Session Co-Organizer, K. Nozaki(A01 班、 東大院工•教授)

December 15-20, 2015, Honolulu, Hawaii, USA

•Pacifichem 2015, Cooperative Cocatalysis with Two Different Metals (ORGN #270)

Session Co-Organizer, Y. Nakao(A01班、 京大院工•教授)

December 15-20, 2015, Honolulu, Hawaii, USA

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•Pacifichem 2015, Recent Progress in Molecular Theory for Excited-state Electronic

Structure and Dynamics (# 142),

Corresponding Session Organizer, J. Hasegawa(A03班、 北大触媒研•教授)

December 15-20, 2015, Honolulu, Hawaii, USA

•The Pure and Applied Chemistry International Conference 2016 (PACCON2016), Scientific

Committee, J. Hasegawa(A03班、 北大触媒研•教授)

February 9-11, 2016, Bangkok, Thailand

アウトリーチ活動:

•野崎京子氏(A01班、東大院工•教授)が化学生命工学専攻公開講座にて講演を行いました。

(2016.01.24)。

発行・企画編集 新学術領域研究「精密制御反応場」http://precisely-designed-catalyst.jp/

連 絡 先 領域代表 真島 和志 ([email protected]

広報担当 松永 茂樹([email protected]