砂州地形とシロサケの産卵環境について ·...

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砂州地形とシロサケの産卵環境について 矢野 雅昭 矢部 浩規 ** 林田 寿文 *** 1.はじめに 北海道の河川には、冷水性のサケ科魚類が生息して いる。その中で最も馴染みのあるシロサケ(Oncorhyn- chus keta)の捕獲量は、北海道が日本の3/4を占めてい 1) 。シロサケの捕獲量は、1960年までは全国で3~ 5百万尾であったが、人工孵化放流技術の革新により 1975年以降から北海道を中心に増加し、近年は全国で 5~6千万尾が漁獲されている 2) 。しかし、今後も人 工孵化放流を続けていくことにより、遺伝的多様性の 喪失が懸念されている 3) 。遺伝的多様性は一度失われ ると回復できない場合が多く、予防的な視点が必要で あるといわれている 4) 。そのため、数少ない野生個体 群の維持増大のため、産卵環境に配慮した河川整備の 必要性が指摘されている 3, 5) シロサケは尾びれで河床に深い窪みをつくり、そこ に産卵し、直前部の砂利を掘って被覆することが知ら れている 6) 。また、卵の孵化には、積算温度で480℃、 浮上には900 ~ 1,000℃が必要とされている 2) 。産卵 環境としては、浸透流が湧出傾向であることや 7) 、河 川水よりも河床内水温が高い個所であることが知られ ている 7, 8) 。河床材料も産卵環境に重要なことが知ら れており、既往研究では河床材料の粒径が0.5 ~3cm を中心とした砂利 6) 、50%粒径が1~4cm 程度 9) あることが確認されている。さらに Kondolf ら 9) は、 サケ科魚類の既往研究を取りまとめ、産卵床として利 用できる河床材料の礫径(50%粒径)は、体長の1/10程 度までと述べている。河床材料と浸透流の関係として、 Yamada・Nakamura 10) は、サクラマスの発眼卵を用 いた人工産卵床実験により、河床材料に細粒分が多い と浸透流が減少し、生存率が低下することを述べてい る。また、鈴木 8) は、瀬-淵構造、分流等がある地形 や、河川の屈曲度が大きいほど産卵床数が多いことを 述べ、河川地形と浸透流の関係を指摘している。河床 地形である瀬-淵は、河川の蛇行、砂州地形、渓流域 のステップ&プールに起因する様々な形態がある。現 在のシロサケの産卵床が確認される多くの個所は、中 流域の河道改修が及んだ個所だと考えられ、瀬-淵の 図-1 現地調査個所(Google earthに追記) 主な成因は砂州地形であると考えられる。溝口ら 11) は、河床面と河床内の圧力差や河床内水温を調査し、 交互砂州の入れ替わり部の上流で河川水が浸透し、下 流で湧出することを述べている。また、河川水が河床 内を浸透することにより、地温の影響を受け、湧水の 温度が秋や冬でも河川水より高いことを述べている 12) このように砂州地形は、河床内水温の安定や、浸透流 の発生に影響し、シロサケの産卵環境に寄与している ことが考えられる。 本稿は、砂州地形での物理環境(地形、河床材料、 河床内水温、浸透流)と、シロサケ産卵床分布との関 係について、現地調査をした結果を取りまとめたもの である。 2.方法 調査河川は、北海道の札幌市内を流れる豊平川とし た( 図-1)。 豊 平 川 は 流 路 延 長72.5km、 流 域 面 積 902km 2 の道央を流れる石狩川の一次支川で、毎年シ ロサケの産卵が確認される河川である。調査区間は石 狩川との合流点をKP0.0(上流方向を正、単位km)と して、KP11.8 ~ 13.05の区間とした。なお、調査区間 の平均河床勾配は約1/420である。 現地調査は、地形調査として2011年11月3~ 14日 に、KP11.8 ~ 13.05の延長1.25km の横断測量を行った。 横断測量は縦断間隔10m で、合計126測線行った(技術資料 寒地土木研究所月報 №710 2012年7月 23

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Page 1: 砂州地形とシロサケの産卵環境について · 河床材料調査、河床内水温調査、河川水温調査および 浸透流調査を行った(図-3,5,6)。これらの調査

砂州地形とシロサケの産卵環境について

矢野 雅昭* 矢部 浩規** 林田 寿文***

1.はじめに

 北海道の河川には、冷水性のサケ科魚類が生息している。その中で最も馴染みのあるシロサケ(Oncorhyn-chus keta)の捕獲量は、北海道が日本の3/4を占めている1)。シロサケの捕獲量は、1960年までは全国で3~5百万尾であったが、人工孵化放流技術の革新により1975年以降から北海道を中心に増加し、近年は全国で5~6千万尾が漁獲されている2)。しかし、今後も人工孵化放流を続けていくことにより、遺伝的多様性の喪失が懸念されている3)。遺伝的多様性は一度失われると回復できない場合が多く、予防的な視点が必要であるといわれている4)。そのため、数少ない野生個体群の維持増大のため、産卵環境に配慮した河川整備の必要性が指摘されている3, 5)。 シロサケは尾びれで河床に深い窪みをつくり、そこに産卵し、直前部の砂利を掘って被覆することが知られている6)。また、卵の孵化には、積算温度で480℃、浮上には900 ~ 1,000℃が必要とされている2)。産卵環境としては、浸透流が湧出傾向であることや7)、河川水よりも河床内水温が高い個所であることが知られている7, 8)。河床材料も産卵環境に重要なことが知られており、既往研究では河床材料の粒径が0.5 ~3cmを中心とした砂利6)、50%粒径が1~4cm 程度9)であることが確認されている。さらに Kondolf ら9)は、サケ科魚類の既往研究を取りまとめ、産卵床として利用できる河床材料の礫径(50%粒径)は、体長の1/10程度までと述べている。河床材料と浸透流の関係として、Yamada・Nakamura10)は、サクラマスの発眼卵を用いた人工産卵床実験により、河床材料に細粒分が多いと浸透流が減少し、生存率が低下することを述べている。また、鈴木8)は、瀬-淵構造、分流等がある地形や、河川の屈曲度が大きいほど産卵床数が多いことを述べ、河川地形と浸透流の関係を指摘している。河床地形である瀬-淵は、河川の蛇行、砂州地形、渓流域のステップ&プールに起因する様々な形態がある。現在のシロサケの産卵床が確認される多くの個所は、中流域の河道改修が及んだ個所だと考えられ、瀬-淵の

図-1 現地調査個所(Google earth に追記)

主な成因は砂州地形であると考えられる。溝口ら11) は、河床面と河床内の圧力差や河床内水温を調査し、交互砂州の入れ替わり部の上流で河川水が浸透し、下流で湧出することを述べている。また、河川水が河床内を浸透することにより、地温の影響を受け、湧水の温度が秋や冬でも河川水より高いことを述べている12)。このように砂州地形は、河床内水温の安定や、浸透流の発生に影響し、シロサケの産卵環境に寄与していることが考えられる。 本稿は、砂州地形での物理環境(地形、河床材料、河床内水温、浸透流)と、シロサケ産卵床分布との関係について、現地調査をした結果を取りまとめたものである。

2.方法

 調査河川は、北海道の札幌市内を流れる豊平川とした(図-1)。豊平川は流路延長72.5km、流域面積902km2の道央を流れる石狩川の一次支川で、毎年シロサケの産卵が確認される河川である。調査区間は石狩川との合流点を KP0.0(上流方向を正、単位 km)として、KP11.8 ~ 13.05の区間とした。なお、調査区間の平均河床勾配は約1/420である。 現地調査は、地形調査として2011年11月3~ 14日に、KP11.8 ~ 13.05の延長1.25km の横断測量を行った。横断測量は縦断間隔10m で、合計126測線行った(図

技術資料

寒地土木研究所月報 №710 2012年7月 23

Page 2: 砂州地形とシロサケの産卵環境について · 河床材料調査、河床内水温調査、河川水温調査および 浸透流調査を行った(図-3,5,6)。これらの調査

図-2 地形調査 横断測線(豊平川 KP11.80 ~ 13.05)

図-3 砂州 Bでの物理環境調査地点

図-4 浸透流調査模式図

-2)。また、地形調査により確認された KP12.0 ~12.25の砂州(以降、砂州 B)において、水深・流速調査、河床材料調査、河床内水温調査、河川水温調査および浸透流調査を行った(図-3, 5, 6)。これらの調査は、縦断間隔20m で横断測量線上において行い、主流路を等分するように1測線あたり4~5地点調査した(図-3)。なお、水深が1m 以上の深い個所や、流速が1m/s を超えるような個所は、調査が困難なことから実施していない。水深調査は12月7日に行った。流速調査は12月12, 13日に行い、各地点の6割水深で計測を行った。河床材料調査は、12月20, 21日に行い、河床下30cm 程度までの河床材料を、ネット付ジョレンとスコップを用いて採取した。採取した河床材料の粒度分析は、径10cm 未満については、ふるい分け分析を、径10cm 以上については、現地で礫径を計測し、これらを粒径加積曲線に取りまとめた。なお、ふるい分け分析の最小ふるい目は0.25mm とした。河床内水温調査、河川水温調査は、2011年12月7日に行い、河床内水温は水温計を河床内に20cm 程度貫入して計測し、同地点で河川水温を計測した。浸透流調査は、2011年12月7, 8日に行い、Baxter ら12)が考案したピエゾメータと透水落下試験により調査した(図-4)。産卵床位置調査は、10月20日、11月16日、12月13日にKP11.8 ~ 13.05の調査区間全線で3回行い、現地で確認された産卵床の位置を GPS で記録した。 これらの現地調査により計測された値は、QGIS13)

を用いて、三角形分割補間法により、調査点間の値を補間して図化した。

3.結果

 地形調査の結果、調査区間に3個所の砂州が確認された。また、地形調査結果に確認された産卵床位置をプロットすると10, 11月に確認された産卵床を中心に、砂州の前縁線近傍に位置していることが確認された(図-5, 6)。KP12.0 ~ 12.25に確認された砂州 Bにおける水深、流速、河床材料、河床内水温と河川水温の差および浸透流の調査結果を図-7~ 11に示す。なお、白塗りの個所は、現地の水深・流速の条件により、調査が困難で実施できなかった個所である。水深調査の結果(図-7)、砂州頂部の水深が浅く、前縁線の下流と砂州の直上流が水深の深い淵状になっていることが確認される。また、流速調査の結果(図-8)、砂州頂部で流速が遅く、前縁線で流速が速いことが確認され、左岸の砂州直上流の淵状の個所から右岸下流

に向かって、流れの速い澪筋状の個所が確認される。河床材料調査結果から算出した、50%粒径の分布を図

-9に示す。図-9より、砂州頂部において粒径が小さく、前縁線、淵状、澪筋状の個所において粒径が大きいことが確認される。河床内水温調査と河川水温調査の結果から算出した水温差を図-10に示す。図-10

より、前縁線では河川水よりも河床内水温の方が、0.5 ~ 3.7℃程度高いことが確認される。なお、調査時の河川水温は砂州 B の調査区間で概ね4.0℃前後であ

24 寒地土木研究所月報 №710 2012年7月

Page 3: 砂州地形とシロサケの産卵環境について · 河床材料調査、河床内水温調査、河川水温調査および 浸透流調査を行った(図-3,5,6)。これらの調査

B

B

B

B

B

A

C

図-5 地形調査結果および産卵床位置

図-6 砂州 Bでの地形調査結果および産卵床位置

図-7 砂州 Bでの水深分布と産卵床位置

図-8 砂州 Bでの流速分布と産卵床位置

図-9 砂州 Bでの50%粒径分布と産卵床位置

寒地土木研究所月報 №710 2012年7月 25

Page 4: 砂州地形とシロサケの産卵環境について · 河床材料調査、河床内水温調査、河川水温調査および 浸透流調査を行った(図-3,5,6)。これらの調査

った。浸透流調査結果(図-11)、砂州頂部で浸透傾向、前縁線で若干の湧出傾向であることが確認される。

4.考察

 地形調査と産卵床調査の結果より、10, 11月の調査時に確認された産卵床は、前縁線近傍に確認された(図

-5, 6)。また、この砂州の前縁線では河床材料のD50が大きいことや、河床内水温の方が河川水温よりも高く(図-10)、浸透流が若干の湧出傾向(図-11)であることが確認された。溝口ら11)は、交互砂州の入れ替わり部の上流で河川水が浸透し、地熱の影響を受けて、交互砂州の入れ替わり部の下流で湧出するため、秋や冬において河川水よりも高い温度であることを述べている。本調査個所においても、河川水が砂州頂部から浸透し、地熱の影響を受けた比較的水温の高い伏流水が、砂州の前縁線から生じていることが考えられる。また、浸透流は透水係数と動水勾配の積で表され

るが、砂州の前縁線上下流には標高差があり、前縁線近傍では、動水勾配が大きくなることが考えられる。また、例えば Terzaghi の式14)によれば、透水係数は有効径の10%粒径に比例するとされており、前縁線近傍では河床材料の粒径が大きいことから(図-9)、透水係数も大きいことが考えられる。これらのことから、前縁線では浸透流が発生しやすいことが考えられる。鈴木15)は、9月下旬~ 11月中旬に産卵するシロサケを前期群、11月下旬~1月上旬に産卵するものを後期群と分類している。そして、前期群の個体は、河川水由来の伏流水が湧出する個所を利用し、後期群は、地下水が湧出する個所を利用することを述べている15)。本調査において10, 11月の前期群の産卵床が、砂州の前縁線近傍に確認された原因として、砂州地形により、河川水由来の高い水温の伏流水が前縁線から発生しており、これが産卵環境に寄与していたことが考えられる。

5.まとめ

 豊平川における河床内水温調査と浸透流調査等の結果から、砂州頂部で河川水が浸透し、地温の影響を受け、前縁線から河川水よりも高い温度の湧水が発生していることが考えられた。この砂州の前縁線では、多くの産卵床が確認されており、砂州地形による伏流水の発生などが産卵環境に寄与していることが考えられた。

参考文献

1) (独)水産総合研究センター北海道区水産研究所HP: http://salmon.fra.affrc.go.jp/index.html

2) 野川秀樹:さけます類の人工ふ化放流に関する技術小史(序説),Journal of Fisheries Technology,3(1),pp1-8,2010.

3) 帰山雅秀・眞山紘:野生産サケの復活をめざして,Tech.Rep.Hokkaido salmon Hatchery(165):41 52,1996

4) 谷口順彦:魚類集団の遺伝的多様性の保全と利用に関する研究,日本水産学会,73(3),pp408-420,2007

5) 帰山雅秀:日本系サケ資源の現状と今後の資源管理のあり方,さけ・ます資源管理センターニュース,No.1,pp4-7,1998.3

6) 佐野誠三:北日本産サケ属の生態と蕃殖について,

B

B

図-10 砂州 Bでの水温差(河床内―河川水)分布と

産卵床位置          

図-11 砂州 Bでの浸透流分布と産卵床位置

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and the surv iva l ra te o f masu sa lmon(Oncorhynchus masou)embryos, Landscape and Ecological Engineering, 5, 2009.7

11) 溝口敦子・谷口義則・鷲見哲也・音田慎一郎・青木一展・飯田涼介:複断面河道における低水路幅の違いが砂州物理環境および魚類生息環境へ及ぼす影響,河川技術論文集,第17巻,2011.7

12) Baxter,C., Hauer, F.R and Woessner,WW : Measur ing Groundwater -Stream Water Exchange: new Techniques for Installing Minipiezometers and Estimating Hydraulic Conductibity, Transactions of the American Fisheries Society, 132, pp493-502. 2003

13) QGIS HP, http://www.qgis.org/14) 水理公式集 , 土木学会 ,1999.15) 鈴木俊哉:自然再生産を利用したサケ資源保全へ

の取り組み,SALMON 情報, No.2, (独)水産総合研究センター,2008.1

北海道さけ・ます・ふ化場研究業績,第152号,1955

7) Geist ,R.D. , Hanrahan,P.T. , Arntzen,V.E. , McMichael ,A .G . , Murray ,J .C . , Chien ,Y . : Physicochemical characteristics of the hyporheic zone affect red site selection of chum and fall Chinook salmon Columbia River, Report to B o n n e v i l l e P o w e r A d m i n i s t r a t i o n , No.00000652,(2001).

8) 鈴木俊哉:遊楽部川におけるサケの自然産卵環境調査,SALMON 情報,No.4, (独)水産総合研究センター, 1999.9

9) Kondolf,G.M., Michael,J.S., Wolman,M.G. : the sizes of Salmonid spawning gravels,water resource research, vol.29, no.7 pp2275-2285, July 1993

10) Yamada,H., Nakamura,F. : Effects of fine sediment accumulation on the redd environment

矢野 雅昭*

YANO Masaaki

寒地土木研究所寒地水圏研究グループ水環境保全チーム研究員

林田 寿文***

HAYASHIDA Kazufumi

寒地土木研究所寒地水圏研究グループ水環境保全チーム研究員技術士(建設)

矢部 浩規**

YABE Hiroki

寒地土木研究所寒地水圏研究グループ水環境保全チーム総括主任研究員博士(工学)

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