高校生の英語学習に対する英語多読の効果 ·...

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多読とは何か クラッシェンの言語習得理論によると、「理解可能なインプット」が 外国語を学ぶ上で不可欠である。英語が外国語である日本では、この「 理解可能なインプット」を確保することはほとんどの生徒にとって困難 である。日本の学校の英語教科書は、文が短く、新しい語彙や文法を導 入するために作られているため、「理解可能なインプット」を生徒に与 えるためのものではない。また、島根県は、外国人が極めて少なく、イ ンバウンドの観光客が日本で最も低い県であるため、「理解可能はイン プット」を得ることは困難である。 このような地域で「理解可能なインプット」を確保するには、本を読 むことが最も適切である。多読では簡単な本、つまり学習者の中間言語 (interlanguage)より少し高いレベルの本をたくさん読むことができる 1 島根県立大学総合政策学部では2008年から1年生全員に対して英語多 読を実施しており、そのノウハウを培ってきた。本研究では、高校生に 対して英語多読を授業に導入し 高校生の英語学習意欲に効果をもた らすかどうかを調査する。 津和野高校との協力 島根県立津和野高校は、地域の少子高齢化を背景とする様々な問題を 抱えている。1学年の定員は80名であるが、近年は常に定員割れの状 態にある。そのため、教員数が減り多様な学習ニーズを満たすことがで きにくくなっている。また、競争率の低下によって学力の低下も起こっ てきている。このままの状態が続けば、近隣の高等学校との統合によ って、津和野町から高等学校が消えてしまう可能性がある。そのような 事態になれば津和野町の衰退は止めることができなくなってしまうだ ろう。 上記の問題を克服するために、津和野町では町営の塾を開設し、学力 向上による津和野高校の魅力化を目指している。町営塾には津和野高校 の生徒が全校の3分の1が通っている。津和野町では観光資源を生かし たまちづくりを行なっており、将来的には海外からの観光客を英語で案 内できるような高い英語力を持った生徒を育てることを目指しているこ とから、特に、英語力の向上が強く望まれている 大学COC事業「地域と大学の共育・共創・共生に向けた縁結びプラットフォーム」 第3回全域フォーラム 高校生の英語学習に対する英語多読の効果 結果 Results 多読プログラムの最終アンケート(2月) 生徒からのフィードバック 今回初めて英語の本を読みました。思ったことは、意味がわかれば英語 の本も面白いという事です。最初は意味が分からずに大変な事もありま したが、ちょっとずつ英語が分かるようになりました。 読むスピードが変わりました。いろんな本を読む事によって、表現の仕 方をたくさん学ぶことができました。日本昔話を英語にしてあったりし て読むのがとても楽しかったです。 模擬試験での長文が読みやすくなりました。前よりスラスラ読む事がで きました。またある程度の分の長さがあっても読もうという気が起こり ました。 英文を読んでくると読解力や単語力がついたと思った。英語の本を読 んで、本の面白さがさらに分かった。本を読むのが楽しくなった。 まだ英語の読解力が低いですが、授業を受ける前より少し読解力が上が った気がします。もう少し続けたいです。 多読プログラム実施前 (9月) 生徒からの希望: 英語の読解力を身につけたい 教科書などには載っていないような表現を学びたい 大まかな話と雰囲気を少しでも感じられるようになりたい よく使われる表現を読んで、そのキーワードを使えるようにしたい 楽しんで英語を読めるようになりたい 和訳を推測して読み取る力 英語が読めるようになりたい 英文に慣れて、読解力を身につけたい 英語の意味を理解する理解力・すらすら読めるようになること 中間フィードバック(12月) 今回の授業で、初めて英語の本を読むということをしました。最初は「本当に読めるのかなー?」と いう不安もありました。しかし読んでみると、意外と読めることがわかりました。この授業をしてい るおかげで英語の理解が速くなっているような気がします。少しずつ英語のテストでも高い点数が取 れるようになってきています。これからもこの授業で、英語の実力を上げていきたいと思います。 英語の多読を始めた時、すごく簡単で短い英語の絵本があることを初めて知り驚きました。簡単な英 語から入り、自分のペースで学習を進められるのですごく楽しいです。最初に少し上級向けの本をパ ラパラと見た時に、こんなに長い本が読めるわけがないと自分では思っていましたが、少しずつ量が 増え、また読むスピードが速くなっているのを実感しています。現在では、最初の頃に見た上級向け の本も、そのうち読めるようになると感じることができており、とても嬉しいです。 今まで英語の文を読むと言えば、文法事項がたくさん入った教科書ものばかりで堅苦しい英語ばかり でした。しかし、この授業はそうではなく、自分のレベルにあった物語を読むことができます。硬い 英語のイメージがこの授業を通すことによって、柔らかくて優しいイメージになりました この講座を受講し、学校で授業を受けていると、分かる単語が増えたり、多読の時に見た語句が教科 書でも出ていたりと知識の幅が少しずつ広がっている気がいる気がします。これからも多読を楽しみ ながら知識を増やしていきたいと思います。 僕は毎日、HAN-KOHにある絵本を読むのが楽しみの一つです。 多読プログラムの最終アンケート(2月) 考察 Discussion 本研究の方法 Methods ケイン・エレナ准教授 江口真理子教授 島根県立大学総合政策学部 英語で読むことは好き ですか Like Dislike あなたの英語読解能力は、学年平均に対 して、どのくらいだと思いますか 高い 普通 低い とても低い 毎週どれくらいの時間を英語の文を 読む事に費やしますか。 1時間以上 30分~1時間 10分~30分未満 10分未満 全く読まない 結果 (続) Results (cont.) 英語で読むことは好き ですか Like Dislike あなたの英語読解能力は、学年平均に対 して、どのくらいだと思いますか 高い 普通 低い とても低い 毎週どれくらいの時間を英語の分を読む事 に費やしますか。 1時間以上 30分~1時間 10分~30分未満 10分未満 全く読まない 9月にはほとんどの生徒は読解力をつけたいという希望があるにもかか わらず、学習時間は週に30分以下であった。また、英語を読む事があまり 好きではない生徒が多かったが、5ヶ月後、好きになった生徒が増えた。 英語読解力にも自信がついた。英語を読む時間も増え、全く読まない生徒 がいなくなった。12月には、生徒が英語を読む事が楽しくなったり、読 む時間が増えたというコメントがあった。2月には、生徒は学校のテスト や模擬試験で多読で習得したスキルや単語が役に立っている、読むスピー ドが上がり、英語が楽しくなったと答えた。 このような結果は世界中で見受けられるが、ほとんどの学習者は多読だ けではなく他の授業も受けているため、この結果の全てが多読に起因する とは判断しにくい。しかし豊田高専では、多読で300万語彙を読んだ生徒と 1年間留学した生徒のTOEICスコアが近いという発表がある 3 多読の効果的な導入方法としては、宿題として多読を課せられた学生よ りも、授業時間内に課せられた学生の方が3倍近い量を読んだという島根 県立大学の研究が参考になる 。高校まで教科書しか読んでいない生徒は、 多読本から自分の好きな本を選び、自分のレベルにあわせて読むことによ って、英語学習を楽しく続けられるようになる。 今後、県内の高校や中学校で多読プログラムの設置に協力したい。 2014年9月 浜田キャンパスで研究者と地域のニーズをマッチング 2015年1月 町営塾と懇談、本学の多読プログラムについての説明 2015年6月 町営塾を訪問、要望を聞く 2015年8月 多読用の本を購入、語彙を数え、シール貼り、カタログ作り 2015年9月 町営塾を訪問、本を設置、生徒に多読の説明とアンケート 2015年9月〜2016年3月 毎週多読のレッスン(町営塾の千葉先生の協力) Sustained Silent Readingの授業(生徒は授業中に読む) 2015年11月 生徒のフィードバックにより、もっと簡単な本を購入、配達 2015年12月 中間フィードバック 2016年2月 最終アンケートと集計 参考文献 1. Krashen, S. (2004). The Power of Reading. Insights from the Research. Portsmouth: Heinemann. 2. Reutzel, D.R., Jones, C.D., & Newman, T.H. (2010). Scaffolded Silent Reading: Improving the Conditions of Silent Reading Practice in Classrooms .In Hiebert & Reutzel (Eds.). Revisiting Silent Reading. Newark: International Reading Association. 3. Nishizawa. H. (2015). A million words: a milestone to EFL Learners’ER. Paper presented at JALT2015 Shizuoka, Japan. 4. Kane, E. (2008). Introducing SSR campus-wide, Extensive Reading in Japan. Vol. 1:1. 背景 Background to the project Email: el-kane@u-shimane.ac.jp

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Page 1: 高校生の英語学習に対する英語多読の効果 · 事態になれば津和野町の衰退は止めることができなくなってしまうだ ろう。 上記の問題を克服するために、津和野町では町営の塾を開設し、学力

多読とは何か  クラッシェンの言語習得理論によると、「理解可能なインプット」が外国語を学ぶ上で不可欠である。英語が外国語である日本では、この「理解可能なインプット」を確保することはほとんどの生徒にとって困難である。日本の学校の英語教科書は、文が短く、新しい語彙や文法を導入するために作られているため、「理解可能なインプット」を生徒に与えるためのものではない。また、島根県は、外国人が極めて少なく、インバウンドの観光客が日本で最も低い県であるため、「理解可能はインプット」を得ることは困難である。  このような地域で「理解可能なインプット」を確保するには、本を読むことが最も適切である。多読では簡単な本、つまり学習者の中間言語 (interlanguage)より少し高いレベルの本をたくさん読むことができる1。

 島根県立大学総合政策学部では2008年から1年生全員に対して英語多読を実施しており、そのノウハウを培ってきた。本研究では、高校生に対して英語多読を授業に導入し2、 高校生の英語学習意欲に効果をもたらすかどうかを調査する。

津和野高校との協力

 島根県立津和野高校は、地域の少子高齢化を背景とする様々な問題を抱えている。1学年の定員は80名であるが、近年は常に定員割れの状態にある。そのため、教員数が減り多様な学習ニーズを満たすことができにくくなっている。また、競争率の低下によって学力の低下も起こってきている。このままの状態が続けば、近隣の高等学校との統合によって、津和野町から高等学校が消えてしまう可能性がある。そのような事態になれば津和野町の衰退は止めることができなくなってしまうだろう。  上記の問題を克服するために、津和野町では町営の塾を開設し、学力向上による津和野高校の魅力化を目指している。町営塾には津和野高校の生徒が全校の3分の1が通っている。津和野町では観光資源を生かしたまちづくりを行なっており、将来的には海外からの観光客を英語で案内できるような高い英語力を持った生徒を育てることを目指していることから、特に、英語力の向上が強く望まれている

大学COC事業「地域と大学の共育・共創・共生に向けた縁結びプラットフォーム」第3回全域フォーラム

高校生の英語学習に対する英語多読の効果

結果 Results

多読プログラムの最終アンケート(2月) 生徒からのフィードバック •  今回初めて英語の本を読みました。思ったことは、意味がわかれば英語の本も面白いという事です。最初は意味が分からずに大変な事もありましたが、ちょっとずつ英語が分かるようになりました。

•  読むスピードが変わりました。いろんな本を読む事によって、表現の仕方をたくさん学ぶことができました。日本昔話を英語にしてあったりして読むのがとても楽しかったです。

•  模擬試験での長文が読みやすくなりました。前よりスラスラ読む事ができました。またある程度の分の長さがあっても読もうという気が起こりました。

•  英文を読んでくると読解力や単語力がついたと思った。英語の本を読んで、本の面白さがさらに分かった。本を読むのが楽しくなった。

•  まだ英語の読解力が低いですが、授業を受ける前より少し読解力が上がった気がします。もう少し続けたいです。

多読プログラム実施前 (9月)

生徒からの希望: •  英語の読解力を身につけたい •  教科書などには載っていないような表現を学びたい •  大まかな話と雰囲気を少しでも感じられるようになりたい •  よく使われる表現を読んで、そのキーワードを使えるようにしたい •  楽しんで英語を読めるようになりたい •  和訳を推測して読み取る力 •  英語が読めるようになりたい •  英文に慣れて、読解力を身につけたい •  英語の意味を理解する理解力・すらすら読めるようになること

中間フィードバック(12月) •  今回の授業で、初めて英語の本を読むということをしました。最初は「本当に読めるのかなー?」という不安もありました。しかし読んでみると、意外と読めることがわかりました。この授業をしているおかげで英語の理解が速くなっているような気がします。少しずつ英語のテストでも高い点数が取れるようになってきています。これからもこの授業で、英語の実力を上げていきたいと思います。 

•  英語の多読を始めた時、すごく簡単で短い英語の絵本があることを初めて知り驚きました。簡単な英語から入り、自分のペースで学習を進められるのですごく楽しいです。最初に少し上級向けの本をパラパラと見た時に、こんなに長い本が読めるわけがないと自分では思っていましたが、少しずつ量が増え、また読むスピードが速くなっているのを実感しています。現在では、最初の頃に見た上級向けの本も、そのうち読めるようになると感じることができており、とても嬉しいです。

•  今まで英語の文を読むと言えば、文法事項がたくさん入った教科書ものばかりで堅苦しい英語ばかりでした。しかし、この授業はそうではなく、自分のレベルにあった物語を読むことができます。硬い英語のイメージがこの授業を通すことによって、柔らかくて優しいイメージになりました

•  この講座を受講し、学校で授業を受けていると、分かる単語が増えたり、多読の時に見た語句が教科書でも出ていたりと知識の幅が少しずつ広がっている気がいる気がします。これからも多読を楽しみながら知識を増やしていきたいと思います。

•  僕は毎日、HAN-KOHにある絵本を読むのが楽しみの一つです。

多読プログラムの最終アンケート(2月)

 考察 Discussion

本研究の方法 Methods

ケイン・エレナ准教授 江口真理子教授

島根県立大学総合政策学部

英語で読むことは好き  ですか  

Like  

Dislike  

あなたの英語読解能力は、学年平均に対して、どのくらいだと思いますか  

 高い  

普通  

低い  

とても低い  

毎週どれくらいの時間を英語の文を読む事に費やしますか。  

1時間以上  

30分~1時間  

10分~30分未満  

10分未満  

全く読まない  

結果 (続) Results (cont.)

英語で読むことは好き  ですか  

Like  

Dislike  

あなたの英語読解能力は、学年平均に対して、どのくらいだと思いますか  

 高い  

普通  

低い  

とても低い  

毎週どれくらいの時間を英語の分を読む事に費やしますか。

1時間以上  

30分~1時間  

10分~30分未満  

10分未満  

全く読まない  

  9月にはほとんどの生徒は読解力をつけたいという希望があるにもかか

わらず、学習時間は週に30分以下であった。また、英語を読む事があまり

好きではない生徒が多かったが、5ヶ月後、好きになった生徒が増えた。

英語読解力にも自信がついた。英語を読む時間も増え、全く読まない生徒

がいなくなった。12月には、生徒が英語を読む事が楽しくなったり、読

む時間が増えたというコメントがあった。2月には、生徒は学校のテスト

や模擬試験で多読で習得したスキルや単語が役に立っている、読むスピー

ドが上がり、英語が楽しくなったと答えた。

  このような結果は世界中で見受けられるが、ほとんどの学習者は多読だ

けではなく他の授業も受けているため、この結果の全てが多読に起因する

とは判断しにくい。しかし豊田高専では、多読で300万語彙を読んだ生徒と

1年間留学した生徒のTOEICスコアが近いという発表がある3。

  多読の効果的な導入方法としては、宿題として多読を課せられた学生よ

りも、授業時間内に課せられた学生の方が3倍近い量を読んだという島根

県立大学の研究が参考になる4。高校まで教科書しか読んでいない生徒は、

多読本から自分の好きな本を選び、自分のレベルにあわせて読むことによ

って、英語学習を楽しく続けられるようになる。

 今後、県内の高校や中学校で多読プログラムの設置に協力したい。

2014年9月 浜田キャンパスで研究者と地域のニーズをマッチング

2015年1月 町営塾と懇談、本学の多読プログラムについての説明

2015年6月 町営塾を訪問、要望を聞く

2015年8月 多読用の本を購入、語彙を数え、シール貼り、カタログ作り

2015年9月 町営塾を訪問、本を設置、生徒に多読の説明とアンケート

2015年9月〜2016年3月 毎週多読のレッスン(町営塾の千葉先生の協力)

Sustained Silent Readingの授業(生徒は授業中に読む)

2015年11月 生徒のフィードバックにより、もっと簡単な本を購入、配達

2015年12月 中間フィードバック

2016年2月 最終アンケートと集計

参考文献 1.  Krashen, S. (2004). The Power of Reading. Insights from the Research. Portsmouth: Heinemann. 2.  Reutzel, D.R., Jones, C.D., & Newman, T.H. (2010). Scaffolded Silent Reading: Improving the Conditions of Silent

Reading Practice in Classrooms .In Hiebert & Reutzel (Eds.). Revisiting Silent Reading. Newark: International Reading Association.

3.  Nishizawa. H. (2015). A million words: a milestone to EFL Learners’ER. Paper presented at JALT2015 Shizuoka, Japan.

4.  Kane, E. (2008). Introducing SSR campus-wide, Extensive Reading in Japan. Vol. 1:1.

背景 Background to the project

Email: [email protected]