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1 茨城キリスト教大学 文学部文化交流学科 2017 年度 卒業研究 日本語の教科書と実際の日本語との差異 ―「~ません」と「~ないです」、「やる」と「あげる」を中心に― 角田 恵梨華 <目次> 1 はじめに 2 教科書調査 ―『みんなの日本語 初級』より― 3 先行研究と仮説 3.1 「~ません」と「~ないです」について 3.2 「やる」と「あげる」について 4 「~ません」と「~ないです」の分析 4.1 「~ません」の分析 4.1.1 「~ません(文末)」 4.1.2 「~ません+終助詞」 (a) 「~ません+よね」 (b) 「~ません+よ」 (c) 「~ません+ね」 (d) 「~ません+か」 (e) 「~ません+その他の終助詞」 4.2 「~ないです」の分析 4.2.1 「~ないです(文末)」 4.2.2 「~ないです+終助詞」 (a) 「ないです+よね」 (b) 「~ないです+よ」 (c) 「~ないです+ね」 (d) 「~ないです+か」 (e) 「~ないです+その他の終助詞」 4.3 「~ません」と「~ないです」の分析結果 5 「やる」と「あげる」の分析 5.1 授受表現「やる」の分析 5.2 授受表現「あげる」の分析 5.3 授受表現「やる」と「あげる」の分析結果 6 結論 参考文献

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茨城キリスト教大学 文学部文化交流学科

2017年度 卒業研究

日本語の教科書と実際の日本語との差異

―「~ません」と「~ないです」、「やる」と「あげる」を中心に―

角田 恵梨華

<目次>

1 はじめに

2 教科書調査 ―『みんなの日本語 初級』より―

3 先行研究と仮説

3.1 「~ません」と「~ないです」について

3.2 「やる」と「あげる」について

4 「~ません」と「~ないです」の分析

4.1 「~ません」の分析

4.1.1 「~ません(文末)」

4.1.2 「~ません+終助詞」

(a) 「~ません+よね」

(b) 「~ません+よ」

(c) 「~ません+ね」

(d) 「~ません+か」

(e) 「~ません+その他の終助詞」

4.2 「~ないです」の分析

4.2.1 「~ないです(文末)」

4.2.2 「~ないです+終助詞」

(a) 「ないです+よね」

(b) 「~ないです+よ」

(c) 「~ないです+ね」

(d) 「~ないです+か」

(e) 「~ないです+その他の終助詞」

4.3 「~ません」と「~ないです」の分析結果

5 「やる」と「あげる」の分析

5.1 授受表現「やる」の分析

5.2 授受表現「あげる」の分析

5.3 授受表現「やる」と「あげる」の分析結果

6 結論

参考文献

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1 はじめに

日本語の教科書研究をしてみたいと思った動機は、以前、ゼミにおいて日本語の教科書

について分析をし、更に詳しく調べてみたいと思ったためである。分析をしていく中で、

日本語の教科書において、母語話者からすると違和感を覚える文法が多々存在することが

判明した。その違和感の正体や、教科書と実際の場面で使用する文法には、どの程度の差

があるのか明らかにしたいと考え、研究のテーマに選んだ。

2 教科書調査 ―『みんなの日本語 初級』より―

まず、どの程度の違和感がある文が存在しているかを調べるため、実際に日本語教育の

場でも使用されている日本語の教科書を調査した。今回の調査で使用したのは『みんなの

日本語 初級Ⅰ』と『みんなの日本語 初級Ⅱ』(以下、それぞれ「みん日Ⅰ・Ⅱ」と省略)

である。以下に、みん日Ⅰ・みん日Ⅱにおいて、個人的に違和感を覚える文を抜き出した。

【みん日Ⅰ】

p.6 学生じゃ(では)ありません / p.27 お国はどちらですか / p.40 何なん

で東京

へ行きますか(※車や電車でなど、理由でなく手段を問うもの) / p.74 時間があり

ませんから、読みません。 / p.81 テニスが好きですから / p.90 (スペイン語

をどのくらい勉強したか問い、3ヶ月という答えを聞いて)3か月だけですか。上手ですね。

【みん日Ⅱ】

p.29 エアコンがついていますから、消してください。 / p.130 わたしは息子に紙

飛行機を作ってやりました。

上記の文は、どことなく違和感を覚えるもの、日常会話では使わないのではないかと考

えたもの、実際には別の言葉を用いるのではないかと感じたものである(違和感のある部

分に下線を引いた)。

上記にあげたものの中で、特に、みん日Ⅰの「~ありません」(p.6,p.74)といった文は、

実際には「~ないです」や「~ないので」といった形で使う事が多いのではないかと違和

感を覚えた。また、みん日Ⅱの「~してやる」(p.130)という文は息子に対してのもので

あるが、以後のページにて『わたしは(まご/き/ねこ)に(お菓子/水/えさ)をやり

ました』という文があり、人間と動植物が同列で扱われていることにも違和感を覚えた。

よって今回は、「やる・してやる」「あげる・してあげる」、「~ません」「~ないです」に

注目し、調査を進めていくことにした。

3 先行研究と仮説

本章では、前述した「~ません」と「~ないです」、「やる」と「あげる」の先行研究か

ら分かる事について述べる。また、それに基づいた仮説についても述べていく。

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3.1 「~ません」と「~ないです」について

現代日本語の述語形態に関して、多くの文法書や教科書が以下のような変化表を掲げて

いる。まず、この分野で最も基礎的な、重要文献と思われる田野村(1994)についてまとめ

る。以下の表は田野村(1994)を参考にして作成した。

(1)コピュラ表現1

肯定形 否定形

普通体 本{だ/である} 本で(は)ない

丁寧体 本です 本で(は)ありません

(2)存在表現

肯定形 否定形

普通体 (机が)ある (机が)ない

丁寧体 (机が)あります (机が)ありません

(3)動詞

肯定形 否定形

普通体 読む 読まない

丁寧体 読みます 読みません

上記の変化表において、丁寧体の否定形は「ありません」という形だが、現実には「な

いです」という形も用いられる。過去の言い方にも「(では)なかったです」という形が用

いられる。「~ません」という形が多く、「~ないです」の形が少ないのは、日本人の文法

的記述における一種の習慣となっており、この背景には表現の成立順序やそれに基づく規

範意識があると推測できるが、記述的文法であろうとするならば、現実の用法を見もせず

結論を下すのは問題であると田野村(1994)は述べた。また、外国人向け教科書の場合につ

いても、教授・学習上の配慮から文法を単純化して提示している事情があるかと想像でき

るが、現実によく使われる形を省いていいとは言えず、現に、外国人の書いた日本語の教

科書には「~ないです」形も併記されているものが多いとしている。

田野村(1994)では、以上のような考えから、「~ません」と「~ないです」が現実にどの

ように選択されているか、大規模な言語資料調査を通して実態を探っている。

田野村(1994)の新聞記事における丁寧体の述語否定形の選択に関する計量的調査による

と、統計を全体的に見て「ありません」や「動詞+ません」の使用は 8割~9割であり、「な

いです」の使用はあまり見られないようだ。これは、新聞記事など公の場では「ありませ

ん」の方が畏まった言い方となり多く使用され、反対に使用が少ない「ないです」は砕け

1 コピュラは「Pは Qである(だ)」という命題の「である(だ)」に相当し、Pと Qを結合

するもの。日本語文の場合、名詞文や形容動詞文の「である(だ)」をコピュラという。

[大鹿薫久](日本語文法学会『日本語文法事典』大修館書店 p.235-237)

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た印象であるという根拠となる。

コピュラ表現と存在表現のどちらも含む「ありません」と「ないです」の後続文脈別に

みていくと、文末の言い切りでは、「ありません」が 98.7%と圧倒的に多く、接続助詞が続

く場合も「ありません」が総合で 87.7%と優勢となる。しかし、終助詞が続く場合は形勢

が逆転し、「ないです」の用例が多くなっており、用例数の多かった「か」「よ」「ね」の場

合の総合は 58.0%になり、用例全体の観点から見ても 88.8%を占める。なぜ終助詞に限っ

て「ないです」の比率が上昇するのかという理由は明らかにはならないが、この現象が、「大

きいです」という形は不自然だが「大きいですね」のように終助詞がついた場合は自然だ

という事実と共通するものであると推察されている。

さらに詳しく、「ありません」「ないです」に接続助詞が続く場合、すなわち、「ありませ

んが~」のように表現が続く場合と、「ありませんが」「ありませんがね」といったように

そこで文が終わる場合は、どの接続助詞においても、接続助詞のあとに主節が続く場合と、

文がそこで終わる場合とを比べると、後者の「ないです」の比率が高い。主節を持たない

ということは、本来あるはずの表現を欠いた不完全な表現とも言えるため、言葉遣いに配

慮を要するような状況では相対的に使われにくいと考えられる。したがって、不完全な表

現において「ないです」の使用率が上がるという事実は、「ないです」の形がくだけた文体

の表現である根拠をより強固なものにする。終助詞の「か」が続く場合、意思や勧誘を表

現する場合だけ「ないですか」の用例が目立って少ない。未来の行動に関する意向などを

問題にするような場合には「ないです」は使われにくく、そのために「~(よ)うではな

いですか」や「~しないですか」が不自然になるといったことがあるのかもしれないとし

ている。

次に、「動詞(連用形)+ません」と「動詞(未然形)+ないです」について統計をみて

いくと、比率としては、「動詞+ません」98.4%、「動詞+ないです」1.6%となり、「動詞

+ないです」の比率の低さが顕著である。「ません」には「おりません」「ございません」「致

しません」「申しません」などほぼ使われないものも含まれるが、それを除いても比率は変

化しない。

後続文脈別の用例分布から見た「動詞+ないです」の比率は、終助詞が続く時でもかな

り低い。これは、終助詞「か」「ね」「よ」が続く時は形成が逆転していて、「ないです」の

用例数の方が多くなる「ありません」対「ないです」の場合と対照的な結果となっている。

以上のことから、田野村(1994)は、新聞、つまり公的な場においては「~ないです」

という形は砕けた印象が強く、「~ません」の形の方が改まった言い方という認識が強いと

いう使用実態が判明したとしている。

これらを踏まえた上で、本格的な調査の前のパイロット調査として、ゼミ内で指導教員

の協力のもと、「~ません」と「~ないです」の使い分け方の簡単なアンケートをした。ア

ンケート項目は以下の通りである。

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次の空欄に、<>で示した述語を「丁寧語(丁寧体、polite form)の否定の形」に変えて

入れよ。

①A:あの人は学生ですか。

B:( )。先生ですよ。 <学生だ>

②A:○○のイルミネーション、どんな感じ?

B:ぜんぜん( )。 <きれいだ>

③A:新しく駅前にできたラーメン屋、どうですか?おいしいですか?

B:いいえ、あまり( )よ。 <おいしい>

④A:明日、大学に来ますか?

B:いいえ、( )。 <来る>

⑤A:ふだん納豆食べますか。

B:うーん、私はあまり( )ね。 <食べる>

アンケート項目の①コピュラ表現、②ナ形容詞、③イ形容詞、④動詞(未来、終助詞な

し)、⑤動詞(習慣、終助詞あり)から、「~ません」と「~ないです」どちらを使用する

かを問うものである。

ゼミ内の学生(3年次、4年次)12人でアンケートを行った結果は以下の通りである。

①学生では(じゃ)ありません :11人 / 学生では(じゃ)ないです : 1人

②きれいでは(じゃ)ありません: 8人 / きれいでは(じゃ)ないです: 4人

③おいしくありませんよ : 0人 / おいしくないですよ :12人

④来ません :11人 / 来ないです : 1人

⑤食べませんね : 2人 / 食べないですね :10人

①、②、④については田野村(1994)の分析通り「~ません」の方を選択する人のが多か

った。しかし、終助詞がつく③と⑤については、「~ないです」の方が圧倒的に多く選択さ

れている。③については先行文献中と同じく「~ないです+ね」の方が自然だと思える要

因で選択されたのではないかと考えられる。しかし、⑤は田野村(1994)では 1 割程度かつ

終助詞がついても比率の低かった「動詞+ないです」の形だが、12人中 10人が「~ないで

すね」の方を選択している。これは田野村(1994)では得られなかった結果である。このア

ンケート結果から、「動詞+ないです」というのは日常的な場面で使われる事が多く、また

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習慣的な動作によく使用されるのではないか、という仮説と、動詞文においても終助詞の

有無が「~ません」と「~ないです」の使用選択に関係するのではないか、という仮説を

立てる。

3.2 「やる」と「あげる」について

話し手が授受どちらの側かという事が文でなく動詞によって明らかになるものを「授受

表現」と言い、「あげる」は三種類ある授受表現のうちのひとつである。どれも動詞だけで、

話し手(一人称)が「受」の側にいるか、いないかが分かる。以下、村田(1994)を参考に

した表である。

授受動詞 ①あげる……話し手が「受」の側にいない

②くれる……話し手が「受」の側にいる

③もらう……話し手が「受」の側にいる

①「あげる」には「やる」と謙譲語「さしあげる」、②「くれる」には尊敬語「くださる」、

③「もらう」には謙譲語「いただく」と同じ意味を表す動詞がある。

①さしあげる ― あげる ― やる

②くださる ― くれる

③いただく ― もらう

同じく村田(1994)を参考にした上記から分かるように、話し手が「受」の側にいない場

合(①あげるの場合)にだけ、動詞が三重になっていることが分かる。

「やる・あげる」の表記にはたびたびゆれがみられる。本来、動詞「あげる」は同等以

上に対して使うものであるが、犬に対してえさを「あげる」と使用される場合もある。こ

れに対して違和感を覚える人も多いが、さらに上に「さしあげる」があるからいいのでは

ないか、愛犬に「やる」とは言いにくいといった意見もある。また、「やる」に関しては、

殺人や強姦を表す乱暴な言葉であるため、「授」の意味に使うべきではないという意見もあ

る。

このようなゆれが生じる原因について、村田(1994)は二つ述べている。まず第一は、こ

とばの使い分けが出来ない場合である。「やる」「あげる」の問題は敬語や丁寧さにかかわ

るため、「受」の側(犬など)に直接話しかける場合とそうでない場合とで使い分けが必要

となる。また、「受」の側が「授」の側である話し手と同等か、同等以上か以下か、話し手

と聞き手の関係はどうか、などの状況も使い分けの判断基準になり、言葉の使い分けの必

要を感じるか否かが「犬にえさをあげる」等文章への抵抗の有無をわける。本来であれば、

直接犬に話しかける場合(「ポチ、ご飯をあげるね」)とそうでない場合(「いつも私がペッ

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トの犬にえさをやっています」)とで使い分けが必要である。それはちょうど、直接母親に

話しかける場合は「おかあさん」といい、そうでない場合は「母」ということと同じであ

るという。したがって、もしこのような使い分けの必要性を感じない場合、「やる」と「あ

げる」の使い分けができなくなると村田(1994)は述べている。第二は、発言が乱暴な感じ

になるのを避けようとする場合である。「やる」「あげる」に「してあげる」が加わり複雑

になるのは、話し手が「受」という消極的な立場でなく、「授」という積極的な側にいるこ

とに原因があり、自分の行動について控えめに語ろうとすると、より丁寧な形を目指すこ

とになる。「犬にえさをあげる」には、犬をおとしめたくない気持ちより、自分の発言が乱

暴になるのを避けたい気持ちが強く現れていると考えることができる、と論じられている。

また、これら二つの理由が複合的に左右すると、例えば、新聞の同一記事内であっても、

書き手が中立的立場にいるかそうでないかで「やる」や「あげる」がゆれる場合がある。

「あげる」の補助動詞として「してあげる」の使い方に注目すると、発言が乱暴な感じ

になるのを避けようとする場合の実態が明瞭になる。村田(1994)では料理番組(「お塩をい

れてあげる」「胡椒をひとふりしてあげましょう」)と化粧品の対面販売(「このナイトクリ

ームをお顔全体につけてあげてください」)の例があげられているが、これらから言葉の丁

寧と客への敬意は一体ではなくなり、この場合は本来あるはずであった客への敬意は置き

去りになっていることがわかる。体の一部が当人から離れ「してあげる」相手として独立

し、敬意を丁寧さにすりかえた用法として使われはじめており、今後廃れることもないと

も述べられている。一度「してあげる」を使うと、二度目からは補助動詞「あげる」をは

ぶくとむきだしになったように感じてしまう。「してあげる」の用法には、そのむきだしを

さける包装紙的役割があると考えられる。

このようにゆれが生じやすい「やる」と「あげる」だが、ゆれない場合もある。まずは、

「受」の側が故人である場合である。この場合は相手への敬意や故人であるなどの事情か

ら「あげる」のみが適切であると判断され使用される。また「線香をあげる」についても、

相手への敬意がいくら高くとも「さしあげる」は使用されない。霊前・仏前・神前すべて

に共通で「そなえる」には謙譲語の「おそなえする」があるが、「あげる」系列はこの一語

しかないことも理由となる。

上記のことから、「やる」と「あげる」のゆれには、使用する側の心情的理由が大きく作

用することが分かった。よって、日本語の教科書においての「やる・してやる」「あげる・

してあげる」は、配慮や尊敬すべき相手との関係がおざなりとなっているため、母語話者

からすると違和感を覚える文脈になっている点もあるのではないかと考えられる。

また、前節の「~ません」「~ないです」同様に、本調査の前のパイロット調査としてゼ

ミ内で「やる」と「あげる」の使い分け方の簡単なアンケートをした。アンケート項目は

以下の通りである。

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次の場合、「あげる」と「やる」どちらを使うか?(あるいは、他の動詞か?)

①草に肥料を( )。

②花に水を( )。

③金魚にえさを( )。

④犬にドックフードを( )。

⑤小さい子どもにお菓子を( )。

⑥妹にお小遣いを( )。

⑦友だちに写真を( )。

⑧草に肥料をまいて( )。

⑨花に水をかけて( )。

⑩金魚の水槽の水を替えて( )。

⑪犬にドックフードを買って( )。

⑫小さい子どもにお菓子を買って( )。

⑬妹にセーターを編んで( )。

⑭友だちの写真を撮って( )。

アンケートは、①~⑦が動詞単独用法、⑧~⑭が動詞テ形に続く場合となっている。ま

た、①~⑦、⑧~⑭で与える対象が何か(植物、動物、人)が異なっており、それぞれの

場合で「やる」と「あげる」どちらを使用するか問うものである。

ゼミ内の学生(3 年次、4年次)12人でアンケートを行った結果は以下の通りである。

①やる:5人 / あげる:2人 / その他(まく):5人

②やる:3人 / あげる:9人

③やる:5人 / あげる:7人

④やる:0人 / あげる:12人

⑤やる:0人 / あげる:12人

⑥やる:0人 / あげる:12人

⑦やる:0人 / あげる:12人

⑧やる:2人 / あげる:10人

⑨やる:2人 / あげる:10人

⑩やる:1人 / あげる:11人

⑪やる:1人 / あげる:11人

⑫やる:1人 / あげる:11人

⑬やる:0人 / あげる:11人

⑭やる:0人 / あげる:12人

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①から⑦までは単純にその文脈で「やる」と「あげる」どちらかを使うかを調べ、⑧か

ら⑭では助詞「て」がつく場合には「やる」と「あげる」どちらを使うかを調べる問いで

ある。まず①から⑦までの結果をみていくと、同じ植物の場合でも①の草ではやる、②の

花では「あげる」の方が多く選ばれている。③の金魚の場合は「やる」を選ぶ人もいたが、

④以降は全員が「あげる」を選んでいる。⑧から⑭では全てにおいて「あげる」の方が多

数派である。アンケート結果から、受の対象が花や動物、家族や友人、子どもにおいては

「あげる」が選択されやすいことが分かった。また、助詞「て」がつくと受の対象が何で

あれ「あげる」が選択されることも分かった。このことから、現在の日常において、花や

動物においても「やる」よりも「あげる」の方が違和感がないものとして多く使用されて

いるのではないか、という仮説を立てる。

4 「~ません」と「~ないです」の分析

国立国語研究所『現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)』を用いてデータを収集し

た。日常的な使用例を探すため、検索は「ブログ」に限定している。検索結果のデータは、

エクセルにて数式 randを利用しランダム表示にして上から 15件を調査した。「~ません」

と「~ないです」は「非過去・文末(終助詞なし)」と「非過去・終助詞あり」に分けて分

析をした。

4.1 「~ません」の分析

「~ません」の全体の用例数は 9712例であった。分析においては「~ませんが、」「~ま

せんけど、」「~ませんし、」など、文中に「~ません」が来るものは除外している。

4.1.1 「~ません(文末)」

ブログの場合、必ずしも「。」が文末とは限らないため、「~ません」のあとに「。」「.」

「!」など何らかの補助記号が直後に来るという条件を文末として検索をした。用例数は

7923例である。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

すみません、すいません :13.3%(2例)

あり+ません :20.0%(3例)

動詞+ません :53.3%(8例)

「すみません、すいません」という謝罪の表現が含まれているが、『全く関係ありません。』

や『言うまでもありません・・・』といった形で使われていた「あり+ません」が 2割、『暑

くて寝れません』や『多くの人の心を掴んで放しません』といった「動詞+ません」が 5

割を占める結果となった。

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4.1.2 「~ません+終助詞」

「~ません」のあとに付く終助詞については、「よね」「よ」「ね」「か」の 4 つと、それ

以外の「その他の終助詞」に分けて分析した。「~ません」に終助詞がつく用例数は 1789

例である。

(a) 「~ません+よね」

終助詞「よね」が付く「~ません」の用例数は 84例であり、終助詞が付く「~ません」

のうち、4.6%を占めている。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

あり+ません+よね:13.3%(2例)

い+ません+よね:13.3%(2例)

し+ません+よね:20.0%(3例)

なり+ません+よね: 6.7%(1例)

動詞+ません+よね:46.6%(7例)

『~しなければなりませんよね?』という形は 6.7%と一番少なく、『縁起でもありません

よね…』など「あり+ません+よね」という形と、『理解されていませんよね。』など「い

+ません+よね」の形が 1 割ずつ、『通用しませんよね。』など「し+ません+よね」の形

が 2割、「動詞+ません+よね」が一番多くの割合を占める結果となった。

(b) 「~ません+よ」

終助詞「よ」が付く「~ません」の用例数は 259 例であり、終助詞が付く「~ません」

のうち、14.4%を占めている。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

あり+ません+よ:13.3%(3例)

い+ません+よ:20.0%(3例)

なり+ません+よ: 6.7%(1例)

動詞+ません+よ:53.3%(8例)

『シャレになりませんよ』の「なり+ません+よ」が一番低い 6.7%で、『実物の姿を確認

したことすらありませんよ。』など「あり+ません+よ」の形が 1 割、『僕はそんなことを

言っていませんよ~~!!』や『あんなに近づいたことはございませんよ。』など「い+ま

せん+よ」の形が 2 割、『ゆっくりと走れませんよ』や『勿論、1度に、食べませんよ。』

など「動詞+ません+よ」が 5割を占めるという結果となった。

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(c) 「~ません+ね」

終助詞「ね」が付く「~ません」の用例数は 732 例であり、終助詞がつく「~ません」

のうち、40.9%を占めている。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

あり+ません+ね:13.3%( 2例)

いけ+ません+ね: 6.7%( 1例)

なり+ません+ね:13.3%( 2例)

動詞+ません+ね:66.7%(10例)

『気付かなくちゃいけませんね^^;』の「いけ+ません+ね」の形が 6.7%と一番低く、『あ

まり喜ばしいものではありませんね。』など「あり+ません+ね」の形、『チャンスを生か

せず追加点なりませんね~。。。』など「なり+ません+ね」の形がそれぞれ 1 割ずつ、「動

詞+ません+ね」が一番多く 6割を占めるという結果となった。

(d) 「~ません+か」

終助詞「か」が付く「~ません」の用例数は 596例であり、終助詞が付く「~ません」の

うち、33.3%を占めている。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

あり+ません+か:20.0%(3例)

し+ません+か:13.3%(2例)

して+ません+か: 6.7%(1例)

み+ません+か:20.0%(3例)

動詞+ません+か:40.0%(6例)

『ジョッキで顔を隠そうとしてませんか~?』の「して+ません+か」が 6.7%と一番低

く、『お時間のとれる方はご一緒しませんか』などの「し+ません+か」の形が 1 割、『つ

ぶれたままで放置されているではありませんか。』、『青一色じゃ能がありませんか?』など

「あり+ません+か」の形と、『一緒に美濃柴犬を育ててみませんか?』、『皆さんも一緒に

集めてみませんか』など「み+ません+か」の形がそれぞれ 2割ずつ、『皆僕の事忘れてま

せんか!?』『そうだとは思いませんか』など「動詞+ません+か」の形が 4割を占める結

果となった。

(e) 「~ません+その他の終助詞」

(a)~(d)以外の終助詞が付く「~ません」の用例数は 118 例であり、終助詞が付く「~

ません」のうち、6.5%を占めている。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

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いけ+ません+その他:20.0%( 3例)

動詞+ません+その他:80.0%(12例)

『何をするにもブーたれる始末。いけませんな!』や『いや~,性格がねじ曲がっている

といけませんな~』などの「いけ+ません+その他の終助詞」が 2割であり、『利権を得る

ことができませんもの。』など「動詞+ません+その他の終助詞」が 8割という結果となっ

た。「~ません」のあとについた終助詞は、「な(ぁ/~)」、「わ」、「もの」、「ぞ(い)」で

あった。

4.2 「~ないです」の分析

「~ないです」の用例数は 2017 例である。

4.2.1 「~ないです(文末)」

ブログの場合、必ずしも「。」が文末とは限らないため、「~ないです」のあとに「。」「.」

「!」など何らかの補助記号が直後に来るという条件を文末として検索をした。「~ないで

す(文末)」の総例数は 640 例である。

(「~では」「~じゃ」等なし)ないです:13.3%( 2例)

では+ないです: 6.7%( 1例)

しか+ないです: 6.7%( 1例)

動詞+ないです:73.3%(11例)

『でも理由はそれだけではないです。』、『編集作業してちょっとでも容量空けるしかない

です((*^_^*))』という例の「では+ないです」「しか+ないです」という形がそれ

ぞれ 6%で、「~では」「~じゃ」等が付かない「ないです」が 1 割、『相手は決して悪くな

いです』など「動詞+ないです」という形が 7 割と一番多い結果であった。

4.2.2 「~ないです+終助詞」

「~ないです」のあとに付く終助詞についても「~ません」の時と同様に、「よね」「よ」

「ね」「か」の 4 つと、それ以外の「その他の終助詞」に分けて分析した。「~ないです」

に終助詞がつく用例数は 1377例であった。

(a) 「~ないです+よね」

終助詞「よね」が付く「~ないです」の用例数は 157 例であり、終助詞が付く「~ない

です」のうち、11.4%を占めている。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

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じゃ+ないです+よね:20.0%(3例)

は+ないです+よね:13.3%(2例)

わけ+ないです+よね: 6.7%(1例)

~て+ないです+よね: 6.7%(1例)

動詞+ないです+よね:53.3%(8例)

『日本の首相で四十代ってないですよね』のような「~て+ないです+よね」という形

と、『見つかるわけないですよね?』のような「は+ないです+よね」という形が 6.7%と少

ない。『使わない手はないですよね。』など「は+ないです+よね」という形が1割、「これ

は純正の色じゃないですよね~~』『きっと、人がいっぱいで、家具どころじゃないですよ

ね?』など「じゃ+ないです+よね」という形が 2割、『たったの百円と云えども、やっぱ

り分からない物は買わないですよねー(>_<)』など「動詞+ないです+よね」という形

が 5割と多くの割合を占めている。

(b) 「~ないです+よ」

終助詞「よ」が付く「~ないです」の用例数は 173 例であり、終助詞が付く「~ないで

す」のうち、12.5%を占めている。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

じゃ+ないです+よ:20.0%(3例)

しか+ないです+よ: 6.6%(1例)

わけ+ないです+よ: 6.7%(1例)

なら+ないです+よ: 6.7%(1例)

いけ+ないです+よ: 6.7%(1例)

ありえ+ないです+よ: 6.7%(1例)

動詞+ないです+よ:46.7%(7例)

「~しかない」や「なるようにしかならない」、「やってはいけない」「ありえない」の丁

寧系に終助詞「よ」が付いたと考えられるものがそれぞれ 6.7%ずつ、「~じゃないです」に

終助詞「よ」がついた形が 2割と形式化した表現が全体的に多いが、『いやぁ~、飽きない

ですよ。』、『そんなん持ってないし、持ってても貸さないですよ(笑)』などの「動詞+な

いです+よ」の形も 4割強を占めている。

(c) 「~ないです+ね」

終助詞「ね」が付く「~ないです」の用例数は 448 例であり、終助詞が付く「~ないで

す」のうち、32.5%を占めている。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

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(「~では」「~じゃ」等なし)ないです+ね:26.6%(4例)

も+ないです+ね:20.0%(3例)

では+ないです+ね:20.0%(3例)

しょうが+ないです+ね: 6.7%(1例)

動詞+ないです+ね:26.6%(4例)

「しょうがない」という表現が僅かに含まれている。『ムリもないですね☆』、『これは黒

ではないですね。』など「も+ないです+ね」「では+ないです+ね」が 20.0%を占めるが、

「~では」や「~じゃ」などが付かない「ないです+ね」と「動詞+ないです+ね」が同

率で 2割強と一番多い結果となった。

(d) 「~ないです+か」

終助詞「か」が付く「~ないです」の用例数は 547 例であり、終助詞が付く「~ないで

す」のうち、39.7%を占めている。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

(「~では」「~じゃ」等なし)ないです+か: 6.6%(1例)

じゃ+ないです+か:53.3%(8例)

では+ないです+か:20.0%(3例)

動詞+ないです+か:20.0%(3例)

「~では」「~じゃ」等が付かない「ないです+か」は 6.6%と低い。「~じゃ+ないです

+か」という形が半数を占めるが、「では+ないです+か」と「動詞+ないです+か」もそ

れぞれ 2割を占める。

(e) 「~ないです+その他の終助詞」

(a)~(b)以外の終助詞が付く「~ないです」の用例数は 52例であり、終助詞が付く「~

ないです」のうち、3.7%を占めている。以下が、そのうちの 15例を分析した結果である。

じゃ+ないです+その他: 6.6%( 1例)

が+ないです+その他: 6.6%( 1例)

よろしく+ないです+その他: 6.6%( 1例)

しか+ないです+その他: 6.6%( 1例)

動詞+ないです+その他:73.3%(11例)

「~じゃない」や「よろしくない」、「~しかない」や「~がない」という表現の丁寧系

に終助詞が付いたものが 1例ずつ含まれている。『楽しいことが少しくらいないと、乗り切

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れないですものね~( ̄▽ ̄)』、『相当怪しいかったに違いないですなぁ。(原文ママ)』な

どの「動詞+ないです+その他の終助詞」が一番多く 7割を占めている。

「~ないです」の後に付いた終助詞は「わ」、「な(あ/ぁ)」、「もの」、「もん」であった。

4.3 「~ません」と「~ないです」の分析結果

まず、全体の用例数から比較していく。「~ません」は 9712例で、「~ないです」は 2017

例となり、割合にすると「~ません」が 82.8%、「~ないです」は 17.2%となる。先行研究

と同じく、「~ません」が 8割と非常に多くの割合を占めており、調査対象を日常的な使用

法がみられるであろうブログにしても、「~ません」の使用率が高い事が分かる。

次に、「~ません」と「~ないです」の文末で終わるものと終助詞が付くものについてみ

ていくと、次のような結果となった。

全用例数 : 11729例

「ません(文末)」 :67.6%( 7923例)

「ません+終助詞」 :15.3%( 1789例)

「ないです(文末)」 : 5.5%( 640例)

「ないです+終助詞」 :11.7%( 1377例)

「~ません(文末)」は 7923例、「~ません+終助詞」は 1789例、「~ないです(文末)」

は 640例、「~ないです+終助詞」は 1377例となっている。割合にすると、「~ません(文

末)」は 67.6%、「~ません+終助詞」は 15.3%、「~ないです(文末)」は 5.5%、「~ないで

す+終助詞」は 11.7%となる。「~ません」の場合は文末で終わる場合と終助詞が続く割合

とで比べると、文末で終わる割合の方が高い。しかし、「~ないです」に関しては文末で終

わる場合よりも終助詞が続く場合の方が割合が高くなっている。こちらも先行研究と同様

の結果が出ており、ブログの調査結果でも『皆様のかなり過去の記事までジックリ拝見さ

せていただいております。いやぁ〜、飽きないですよ。』、『なんか、つまんないカードが妙

に多くないですか?』など「~ないです+終助詞」の形が文末で終わるものより割合が高

くなるというのは、「~ないです」が砕けた表現として使用されているという更なる裏付け

となるのではないだろうか。

ここまでは先行文献とおおよそ同じ結果となった。しかし、「動詞+ないです」の結果に

は違いが見られる。先行文献通りならば「動詞+ないです」の形はほとんどみられない結

果となるはずだが、今回の調査では「~ないです」が文末で終わる場合も終助詞が続く場

合とどちらにも「動詞+ないです」の使用例がみられる。更に、「~ないです(文末)」と

「ないです」に終助詞の「よね」、「よ」、「ね」「よね、よ、ね、か以外の終助詞」が付く場

合、それぞれの一番高い割合の部分を占めている。これは、ブログ記事のような日常的な

場面であると「動詞+ないです」の形が使用されやすくなることを示すと言える。また、

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例文には『たったの百円と云えども、やっぱり解らない物は買わないですよねー(>_<)』

『そんなん持って無いし、持ってても貸さないですよ』、『さすがに洋服って、ネットでは

なかなか買わないですね。』など、習慣的な動作と言える動詞とともに「~ないです」が使

用されているものも見受けられた。動詞が述語の場合で、表される動作が「未来」か「習

慣」かの割合は、「動詞+ません」と「動詞+ないです」の合計 95 例中、ほとんどが「未

来」か「習慣」か分けにくい例であったものの、「未来」が 1.1%(3 例)、「習慣」が 7.4%

(7例)となった。そのうち、「動詞+ません」では「未来」が 3例、「習慣」が 4例であり、

「動詞+ないです」では「習慣」が 3例であった。「動詞+ないです」では「未来」の用例

が見当たらないことから、「習慣」となる動作とともに使用されやすいのではないだろうか。

ゼミ内で行ったアンケートをもとにした仮説のように、公的な場より日常的な場では「動

詞+ないです」の使用が顕著となり、また習慣的な動作である動詞とともに「~ないです」

が使用されている実態が掴めた。

5 「やる」と「あげる」の分析

国立国語研究所『現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)』を用いてデータを収集し

た。日常的な使用例を探すため、検索は「ブログ」に限定している。検索結果のデータは、

エクセルにて数式 rand を利用しランダム表示にして上から 150 例を抽出した。「やる」と

「あげる」に関しては、動詞単独の用法では「やる」は圧倒的に「する」の意味の場合(宿

題をやる、など)となるので、授受表現が出やすくなるよう、直前に助詞の「て」ががつ

くという条件で検索しているが、それでも 150 例の中に授受表現ではない表現があったた

め、その表現を除外した数で分析した。

5.1 授受表現「やる」の分析

「~てやる」の用例数は 1185 例である。「~てやる」の場合は「仕事を会社に行ってや

った」など、何かをした・何かをするという場合の「~てやる」が多く、授受表現として

見受けられるものは 150例中 85例となった。以下はその 85例の分析結果であり、「誰」が

「何」に対して使用しているのかを調べたものである。

話し手 が 人 に対して使用しているもの:61.2%(52例)

聞き手 が 人 に対して使用しているもの: 1.1%( 1例)

第三者 が 人 に対して使用しているもの:28.2%(14例)

話し手 が 物 に対して使用しているもの:14.1%(12例)

話し手 が 動物 に対して使用しているもの: 2.3%( 2例)

第三者 が 動物 に対して使用しているもの: 3.5%( 3例)

話し手 が 植物 に対して使用しているもの: 1.1%( 1例)

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例① 【話し手が人(家族/子ども)に対して使用】

『唯はこのところ咳がひどく、まだ熱はないものの幼稚園では風邪が随分はやっているそ

うで、A子は心配顔。…(中略)…体がだるいのか、2冊ほど絵本を読んでやったらあっ

さり寝入ってしまった。』

例② 【話し手が人(友人)に対して使用】

『いつもいつも有難うwwこんなのでよければ貰ってやってください← これからもよろ

しくな∀』

例③ 【話し手が人(自分)に対して使用】

『実に地道な作業だ。自分を褒めてやりたい』

例④ 【話し手が人(第三者)に対して使用】

『気がむいたら、クリックしてやってください☆』

例⑤ 【聞き手が人(話し手)に対して使用】

『例えば「平気で遅刻して謝らない同僚がいたので頭にきた」と話すと、許してやる勇気

が必要と逆に攻められました。』

例⑥ 【第三者が人(第三者)に対して使用】

『香港のサービスレベルには、とうてい及びませんが北京人のような、物を「売ってやっ

てる」、タクシーも…(中略)…』

例⑦ 【話し手が物に対して使用】

『DH用にセッティングしてあるので、タイヤ、ブレーキなどが若干重いですが、空気圧

を高めにしてやれば4Xコースで遊ぶくらいには、対応できます。』

例⑧ 【話し手が動物に対して使用】

『表彰台に立つ私の周りにオーブがたくさん写っている! 描いてやった猫たちが応援に

来てくれているのだと思います。』

例⑨ 【第三者が動物に対して使用】

『そうかあ、この方はねこの世話をするのが楽しいんだ。フードや水は当然のこととして、

トイレ掃除をしたり、ブラッシングをしてやったり、…(中略)…』

例⑩ 【話し手が植物に対して使用】

『育てながら楽しんで来た虹色スミレ・リカちゃんの子や孫が最盛期を迎えました♪#去年

の8月に自家採取の種を蒔き、暑い間は涼しくしてやりました。十一月には咲く子が現わ

れ、十二月には人前に出せるようになりました(笑)』

分析全体の割合としては、話し手(一人称)側が人に対して使用しているものが一番多

くの割合を占めている。基本的に人に対して「~てやる」を使用することが多いが、物、

動物、植物に使用している例も見られた。

人に対して「~てやる」を使用しているものをみると、話し手側が「~てやる」を使用

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しているものが 61.2%と一番高い。物に対しては話し手側が使用するもののみの結果となり

14.1%となった。動物に対して使用する例は少ないながら話し手、第三者が「~てやる」を

使用する例が見つかっている。植物に関しては、話し手が使用している例が 1 例見つかっ

た。

「~てやる」対象が人の場合、全体的に第三者に向けて使用しているものが多かった。

僅かに例①のように子ども、例②のように友人に使用している例もあった。また、例③の

ように、話し手が自分に対して「~てやる」といった表現を使用している場合もあった。

5.2 授受表現「あげる」の分析

「~てあげる」の用例数は 1108例である。「~てあげる」の場合は、「条件として挙げら

れる」や「衣を付けて揚げて」などといった例も含まれていたため、それを除外した 141

例で分析をした。「~てやる」の時と同様に、「誰」が「何」に対して「~てあげる」を使

用しているかを調査した。

話し手 が 人 に対して使用しているもの:51.8%(73例)

聞き手 が 人 に対して使用しているもの: 6.3%( 9例)

第三者 が 人 に対して使用しているもの:24.1%(34例)

話し手 が 物 に対して使用しているもの: 6.4%( 9例)

話し手 が 動物 に対して使用しているもの: 9.2%(13例)

第三者 が 動物 に対して使用しているもの: 0.7%( 1例)

話し手 が 植物 に対して使用しているもの: 1.4%( 2例)

例⑪ 【話し手が人(家族/子ども)に対して使用】

『お鍋が温まったらお芋を投入〜! ここからは母がしました。 やりたがったけれど、す

ごく鍋が熱くなってたし・・・・・ あ〜〜でも真ん中に1個のせるくらいやらせ(て)あげ

ればよかったなww ごめんよ〜〜〜』

例⑫ 【話し手が人(自分)に対して使用】

『昨日、今日はメンテナンス日。 たまには体の手入れをしてあげないといけません。』

例⑬ 【聞き手が人(話し手)に対して使用】

『でも、タクシーって、待ってる時間も、料金に加算されちゃうんだよね。 なので 「嬉

しいですが、待ってる時間も料金が加算されちゃうんで・・・」 と丁重に断ったら、おじ

さんが、「サービスで待っててあげるよ」そう、言って下さいました。』

例⑭ 【第三者が人(第三者)に対して使用】

『あと、あなたのお友達で、今まで言えなかったけど髭のある子にぃこのタイミングこの

タイミングで教えてあげて〜♪』

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例⑮ 【話し手が物に対して使用】

『バットのグリップ もうすぐ 公式戦だからね 直してあげなきゃ・・・』

例⑯ 【話し手が動物に対して使用】

『Macに向かっていると猫は拗ねておこたに潜ってしまいました。 お詫びに子守唄を歌

ってあげようと思います』

例⑰ 【第三者が動物に対して使用】

『生後3か月を野犬として育ったために元々人に懐きにくく、斜面での恐怖、カメラのラ

イトやフラッシュを当てられたことなど当時の体験がトラウマ(心の傷)として残る。 と

記事にあります。 確かにそうですね。 ↑ でも職員さんには慣れている・・・。 やっ

ぱりどれだけ家族として愛情をかけてあげるかだと思います。』

例⑱ 【話し手が植物に対して使用】

『このバラは・・・勝手に命名「My友」。 先日の花は終わりましたが、今4つの花が咲

き、4つの蕾があります。 名札には「バラ」しか書いてなく・・・と記事にしていたら、

1コメめの方に、名前のない花には名前をつけましょう♪とコメント頂きまして・・・名

札作ったので、他の名なしさんが決まったら、ラミネートして立ててあげましょう。』

分析全体の割合としては、話し手が人に対して使用しているものがほとんどを占めてい

る。しかし、話し手が動物に対して使用しているものが 9.2%と、「~てやる」の場合よりも

僅かながらに増えている。基本的には人に対して使用されていることが多いが、「~てあげ

る」の対象が物、動物、植物である例も見られる。

人に対して「~てあげる」を使用しているものをみると、話し手側が使用しているもの

が 51.1%と一番高い。物に関しては「~てやる」よりは少ない割合数となり、話し手が使用

しているものが 6.4%だが、第三者が使用している例も見られた。動物では話し手側が使用

しているものが 9.2%と全体の 10%に近い割合となっている。植物に関しては「~てやる」

同様少ないが話し手が使用するものが 1.4%であった。

「~てあげる」対象が人の場合、話し手が使用する「~てあげる」の対象は基本的には

①のように家族や子ども(家族以外)に向けてのものが多かった。第三者が「~てあげる」

を使用する場合は第三者に向けてのものが増加した。また、「~てやる」場合と同様に話し

手が自分に対して「~てあげる」と使用する例⑫があり、「~てやる」より若干数が多く見

受けられた。

5.3 授受表現「やる」と「あげる」の分析結果

用例数から比較していくと、「~てやる」が 1185 例、「~てあげる」が 1108 例であり、

一見すると「やる」の方が多いようにみえる。しかし、「やる」の場合は 150例のうち授受

表現と思しきものは 85 例と、授受表現の用例数が 56.7%程度にまで減っている。150 例中

141 例(94.0%)が授受表現だった「~てあげる」とは大きな差である。よって、結果的に

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は授受表現の「あげる」の方が使用率が高いと考えられる。

次に授受表現が使われる対象について比較をしていくと、「やる」の場合も「あげる」の

場合も人に対して使用している例が多いが、「やる」の場合は例④や例⑥のように第三者に

向けて、「あげる」の場合は例⑪のように家族や家族以外の子どもに向けて使用されること

が多いようだ。「誰々が誰々に~をしてやっていた」と状況を語る場合は「やる」が使用さ

れることが多い。話し手が家族(子ども)に対して使用しているという同じ例の中でも、

例⑪のような「~てあげる」の例は比較的多く見られるが、例①のような「~てやる」を

使う例は極めて少なく、かつ、その例①もゼミ内の学生(3年次、4年次)12人に聞いたと

ころ全員が違和感を覚える使用例としてあげた。この事からみても、自分が親しい相手に

何かをする場合には「~てあげる」が使用されやすいのではないだろうかと考えることが

できる。それとは対照的に、例⑥のような第三者が人(第三者)に対して使用する場合は

「~てやる」の例も比較的多く見られた。

人に対して使用されている例と比べると少ないが、物や動植物に対しても「やる」と「あ

げる」の使用例が見つかっている。物に関しては「やる」の使用率の方が高い結果となっ

ている。しかし、動物に関してとなると「あげる」の使用率の方が若干高くなっている。

未だ従来の「やる」の使用もみられる中で「あげる」の方が使用率が上がっているという

事実は、動物に授受表現の「あげる」を使用することに関して違和感が無くなりつつある

根拠となるのではないか。植物に関しては用例数が少ないが、「やる」を使用しているもの

が 1例で、「あげる」を使用しているものが 2例であった。例⑩と例⑱をみると、どちらも

植物に対する愛着が見受けられる文章である中、「あげる」が使用されているということは、

動物と同じように植物に対しても授受表現「あげる」を使用されることが増えているので

はないかと思われる。

「やる」と「あげる」どちらの場合でも、例③と例⑫のように話し手が話し手(自分)

に対して、つまりは自分自身に対して授受表現を使用している例がみられる。「あげる」の

方が自分に対して使用しているものが若干多かったため、村田(1994)にあった、自分自身

でさえも「してあげる」相手として独立した事に近しい例ではないかと考えられる。

このように、人に対する表現としても動植物に対する表現としても「あげる」が違和感

の無いものとして選択されつつあることが実証された。

6 結論

外国人向け日本語の教科書から、母語話者からすると違和感の覚える文を抜き出し、そ

こから特に気になった「~ません」と「~ないです」、「やる」と「あげる」に絞り分析し

ていくことで、現代における日常的な使用実態が見えてきた。

「~ません」と「~ないです」については、全体的にみて「~ません」の使用率が高く、

文末で終わる場合と終助詞が続く場合では「~ません」は文末で終わるものが多いが、「な

いです」に関しては終助詞が続く場合の方が多くなるという、先行研究と同じ結果が得ら

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れた。しかし、「動詞+ないです」に関しては比較的多く見られるという、先行研究とは異

なる結果が得られた。このことにより、公的な場より日常的な場では「動詞+ないです」

の使用が顕著となり、また習慣的な動作である動詞とともに「~ないです」が使用されや

すいのではないか、という仮説を実証するに至った。

「やる」と「あげる」については、「あげる」の方が全体的にみて多く使用されていると

考える事ができ、受の対象が人の場合で、「やる」は家族など親しい関係にない他人、つま

り、第三者に、「あげる」は家族など親しい間柄の人に向けて使用されやすいことが分かっ

た。また、物や動植物に関しても少ないながら「あげる」のを使用している例がみられ、

受の対象が物や動植物でも「あげる」を使用することが違和感の無い表現として成立しつ

つあるのではないかと考えられる。

教科書においてよく使用される「~ません」や「やる」の場合より、日常的には「~な

いです」や「あげる」の方が多く使用されることが分かった。特に「あげる」の場合では、

相手への配慮的な面が強調される事から考えて「やる」を使用すると乱暴な印象にとられ

かねない表現へと変わりつつある。本研究が日本語の使用実態の変遷の実証となった。こ

の調査結果が日本語教育の役に立てばと思う。

<参考文献>

スリーエーネットワーク(2016[2012])『みんなの日本語 初級Ⅰ 第2版』

スリーエーネットワーク(2016[2013])『みんなの日本語 初級Ⅱ 第2版』

田野村忠温(1994)『丁寧体の述語否定形の選択に関する計量的調査:「~ません」と「~な

いです」(言語編)』 大阪外国語大学論集 11,51-66. 大阪外国語大学

村田美穂子(1994)『「やる・してやる」と「あげる・してあげる」』 国文学解釈と鑑賞

59,77-84. 至文堂

<使用したコーパス>

国立国語研究所 『現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)』オンライン版「中納言」

https://chunagon.ninjal.ac.jp/ (閲覧日:2017年 10月 7日)