水田の洪水調節機能増進による 新潟大学災害復興科...

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Ⅰ-6・2 1. 221213007 による する 潟大学 学センター 〔目 的〕 に一 わせて する「 んぼダム」 かつ 2005 より し, を確 しつつある. んぼダム ,それぞれ するこ により における 帯から ピーク 延を ある. するこ きるうえ, する オプション している. ,これま ている を対 に, ため ,および らか った る. 〔内 容〕 (1) 20 した した. し,かつ が確 きる んぼダム わせて し, った. (2) モデル した モデル った. セル」 モジュール」 によって,これま あった にした. によって られた データ した ,モデル が確 きた. モデルを して んぼダム して した. 〔結 果〕 域を対 して, マス した および 域スケール んぼダム った. した「 モデル」 によって した 60mm し,さらに, 大雨 における い, マス より 15cm た.対 け, った 12cm 65%を する た. また, した モデル いて, した った.そ 30 雨イベント 90きるこ らかに り,対 における んぼダム すこ きた. お, を対 および するこ に, 22 11 29 に「 んぼダム 」を し, た.

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様式Ⅰ-6・2 1.調査・試験・研究

助成番号 助成事業名 所属・助成事業者氏名

22-1213-007 水田の洪水調節機能増進による 治水機能補完効果に関する研究

新潟大学災害復興科学センター

吉川 夏樹

〔目 的〕 水田に一時的な雨水貯留機能を担わせて洪水調節機能を増強する「田んぼダム」と呼ばれ

る新たな補完的治水機能の能力評価と技術開発を先駆的かつ実践的に 2005年より開始し,基本的な技術を確立しつつある.田んぼダムとは,それぞれの水田耕区の排水口に落水量調整装置を設置することにより豪雨時における水田地帯からの流出量ピークの低減と遅延を狙う取組である.河川の洪水負荷の軽減に貢献することが期待できるうえ,地域治水施設を補完する重要なオプションとなる可能性を有している.本研究では,これまでの基本的な検討が完了している非圃場整備完了地域と比べて畦畔高が高く流出率の高い圃場整備完了地区を対象に,開発済みの技術の現地適用のための最適化,および現地適用の結果明らかとなった課題解決を図る. 〔内 容〕 (1) 落水調節装置の圃場整備完了地域への最適化 研究対象地は平成 20年に圃場整備が完了した上越市三和地区とした.本研究では,洪水緩

和効果を最大限に発揮し,かつ水田の安全性が確保できる田んぼダムの落水量調整装置を現地の水田排水構造に合わせて設計し,性能試験を行った. (2) 洪水緩和機能の評価モデルの拡張 河川への流出量の低減効果の評価を目的とした洪水緩和機能評価モデルの拡張を行った.

「地形適合セル」と「土地利用地目別流出量算定モジュール」の導入によって,これまで不可能であった浸水継続時間の算定を可能にした.現地調査によって得られた観測データの再現計算を実施した結果,モデルの妥当性が確認できた.同モデルを適用して田んぼダム技術の地域治水対策としての有効性を検証した. 〔結 果〕 上越市三和地区の錦川流域を対象として,現地排水マスの構造を利用した落水量調整板の設計および流域スケールでの田んぼダム効果の検証を行った.開発した「流出量算定モデル」によって計算した上で,落水量調整板の孔径を直径 60mmと決定し,さらに,想定外の大雨時における過剰湛水の回避を狙い,落水量調整板の天端を排水マス天端より 15cm低く設定した.対象地に試験区を設け,性能試験を行った結果,湛水深 12cmで水田落水量の約 65%を抑制する結果を得た. また,構築した低負荷で高精度な評価モデル用いて,上述の調整板の全水田への適用を想定した効果の検証を行った.その結果,再現期間 30年の降雨イベントの場合,下流市街地の床上浸水被害を約 90%軽減できることが明らかになり,対象地における田んぼダムの有効性を示すことができた.なお,本研究の結果を対象地農家および市街地住民に還元することを目的に,平成 22年 11月 29日に「田んぼダム報告会」を新潟県主催で開催し,取組の普及に努めた.

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1. はじめに

1.1 研究背景 わが国は急峻な地形により,河川は急勾配であり,雨水は短時間で下流に到達するため,

豪雨の際,急激に河川流量が増加し,洪水被害を受けやすい国土条件をもつ.さらに,近

年の気象変動によって,洪水の発生確率は高まっている.

気象庁は短期集中型降雨の発生頻度が増加傾向にあることを示しており(気象庁,2005)1),実際にここ数年,全国各地で洪水被害が頻発している.また,近年の急激な都市化や

農業基盤整備による農業排水の流下能力向上が洪水被害増加を招く要因の一つとなり,さ

らなる治水対策の必要性に迫られている.河川改修や治水施設の増強等の対応策が継続的

に実施されているものの,抜本的な対応は財政的・技術的に困難である. 国土交通省では

平成21年に「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」を発足させ,農地の活用を含め,幅広い治水対策案を立案している2).

こうした中,2002 年に新潟県村上市(旧神林村)では新たな洪水対策として,水田の洪

水緩和機能に着目し,意図的にその機能の増進を図る「田んぼダム」の取組が全国で初め

て実施された.田んぼダムとは,水田の流出孔を装置化することで,水田に降った雨水を

一時的に水田に貯留し,下流域の洪水被害を軽減する取組である.この取組は安価で即座

に実行可能である点に特徴があり,新たな治水対策として注目を集めている.

筆者らは,田んぼダムの技術的検証および技術開発を重点的に行うため「ティーム田ん

ぼダム」を結成し,全国に先駆けて,農地を活用した治水補完機能の高度化による技術的検

証および技術開発に着手した.「田んぼダム」は,水田の排水孔を装置化し,降雨ピーク時

の水田区画からの流出波形を人為的に平滑化することによって洪水緩和機能を予測可能な

水準で操作するものである.とりわけ溢水による経済損失の軽減が求められる市街地,畑

地,果樹園等の内水氾濫被害の抑制に有効である.広域に亘って広がる水田地帯を利用し

たこの取組は,高い効果が期待できるうえ,仕組みが単純で材料が安価であるため,即時

に実行可能であるという特徴をもち,今後の有力な地域治水対策となる可能性が筆者らの

先行研究で明らかになりつつある.

先行研究では現地観測および室内実験等を実施して,水田耕区からの流出機構を解明し3),流域スケールでの効果を現地観測及びシミュレーションによって検証した 4)- 5).

こうした技術的検証が功を奏し,現在,新潟県内の約 9,000ha で実施されているほか,

北海道,富山県,福井県でも新潟県の事例を参考に田んぼダムの導入が進んでいる.

さらに,新潟県では,農業農村整備長期計画の施策目標の一つに位置づけられており 6),

今後,さらなる普及が期待されている.2009 年度からは,申請者らが田んぼダムの技術的

な課題解決を担い,新潟県,新潟市,農協,土地改良区が一体となって,多面的に実現可

能性の検討を進めている.

1.2 研究の目的 近年では,労働生産性向上の観点から,1ha を標準区画とする大区画整備が行われるよ

うになったが,こうした整備が今後の基準となる.大規模水田区画では,田面の不陸に伴

う窪地貯留や田面水の流下距離が排水遅延をもたらす可能性があり,これが田んぼダムの

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上越市三和区

図 1.1 錦川流域の概要

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機能発現にも影響を与えることが予想される.今後,「ティーム田んぼダム」では,田んぼ

ダムの普及を支援する田んぼダムの効果予測手法を開発することを目標に掲げている.こ

の予測手法の開発には,サンプルとなる研究成果は数多く必要であり,今回の大区画水田

整備地区の研究もその一角を担う,重要な研究であるといえる.本研究では,こうした特

徴をもつ大区画整備地区における田んぼダムの洪水緩和機能を検証することを目的とする.

2. 研究概要 2.1 研究対象地概要

新潟県上越市三和区錦川流域(以下三和地区)7.6km2を対象とした.錦川流域は上越市

の東部に位置し,上流から下流まで緩やかな勾配をなす水田地帯である.流域の主な土地

利用は,水田 53%,畑地・転作田 19%,山地 14%,集落 10%,ため池 4%である.地区の

排水は中央部を南北に流れる準用河川の錦川に集まり,最下流部で 1 級河川の桑曽根川と

合流する.合流地点より 3km上流に布目池と呼ばれる池がある(写真 2.1,写真 2.2).か

つては農業用水用の溜池として使われていたが,現在は農村公園としての景観をとどめて

いる.錦川は用排水を兼ねた河川であり,ゴム引布袋製起伏取水堰などの堰が点在してい

る(写真 2.3).このため,集中豪雨があると,灌漑期には取水堰の上流側が湛水被害を

写真 2.1 布目池 写真 2.2 雨で増水する池付近の水路

写真 2.3 ゴム引布袋製起伏取水堰 写真 2.4 改修した最下流部の余水吐

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起こし,非灌漑期には下流部付近が洪水の被害を受けていた.

また,対象地区では,1994 年に始まった圃場整備事業によって,流域内の水田 230ha で,

1ha を標準区画とした大規模水田が整備された.同時に,灌漑排水事業で錦川の直線化改

修および農業用排水路の整備が行われた.しかし,財政悪化等の要因により,改修は錦川

の上流部のみに留まっており,下流部は未改修のままである.その結果,流下能力の高い

上流部から流下する雨水によって,下流部の洪水の危険度が高まった.

このため,上越市は,最下流部の 1 級河川の桑曽根川との合流地点にある取水堰の余水

吐を改修し(写真 2.4),最下流部付近の湛水被害を軽減させる措置をとった.しかし,下

流域のバッファとして機能する布目池の最大貯水容量は,流域の灌漑排水事業の計画流量

と比較して大幅に不足していることに加え,池直上の錦川の流下能力は上流部で整備した

河川の能力と比較して小さいため,特に布目池周辺での洪水危険度は依然として高い.

こうした背景から,神林村の田んぼダムの取組を参考に,対象地においてもこの取組を

導入する機運が高まり,2006 年の試験的導入に至った.

2.2 対象地区における田んぼダムの概要

2.2.1 対象地区の水田 前述のとおり,錦川流域上流部では圃場整備が実施され,標準区画面積 1ha の水田が整

備された.水田 1 区画に排水マスが 2 箇所設置されており,ここから田面水が排水される.

一部水田では,作業能率の向上を狙って,農作業機械が農道のどこからでも圃場に入れる

「農道ターン」を採用したため,排水路の管路化も行われている.

2.2.2 排水マスの構造 排水マスは,高さ 770mm,幅 440mm,奥行き 420mm で,コンクリート製二次製品であ

る.排水路側壁面には,口径 150mm の排水管が接続されている.本地区の排水マスの特

徴は,田面水位管理用の堰板を設置するための垂直な溝が 2 本あることである.落水量調

整にはこの溝を利用した.水田側の溝に土留め板兼田面水位管理堰板を設置し,水路側の

図 2.1 落水量調整方法

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溝に落水量調整板を設置する方法を採った(図 2.1).畦畔に合わせて排水マスを埋設すると,マス底面から田面までは約 400mm となる.田んぼダムの効果発現には,深い排水マ

スが適している.落水量調整板を低い位置に設定できるため,①低い田面水位では排水マ

スへの流入量がオリフィスからの流出量を上回らず,大雨時にのみ抑制機能が働くこと,

②田面水位が一定以上になると,抑制機能が働くが,オリフィスからの流出が田面水位に

影響されにくいことが理由である.調整板設置の容易さ,マスの寸法共に田んぼダムに適

した排水マスであるといえる.

2.2.3 落水量調整板の構造

落水量調整板は高さ 600mm,幅 400mm のコンクリート打設用の板を使用した.この板

の底辺から 120mm の位置に円形の落水孔を開けた.孔の口径は,落水量調整板の具備す

べき要件である大雨時のピーク流量を抑制すること,過剰湛水による畦畔越流の防止,孔

へのゴミ詰まりの回避という 3 つの条件を満たすよう,開発した「流出量算定モデル」に

よって計算した上で,直径 60mm とした.

なお,想定外の大雨時における過剰湛水の回避を狙い,落水量調整板の天端を排水マス

天端より 15cm 低く設定した.余水吐機能を持たせたのである.田面水位が調整板高を超

えると,越流して排水マスに流入する.現地試験区において性能試験を行った結果,湛水

深 12cmで水田落水量の 65%を抑制する結果を得た.

2.3 調査内容

河川および流域をモデル化し,効果検証を行うため,現地調査を行った.調査内容を図

2.2 に示す.

2.3.1 水位観測

地区内の河川・排水路,池,水田,畑地に,水位センサーを設置し,水位変動を常時観

測した.水位センサーはハイネット社製の圧力検知式センサー(HTV-020KP,HM910)を,

データ記録用のデータロガーにはヒオキ社製電圧ロガー(3635-55)を使用した.水位記録

間隔は 10 分間とした.観測期間は,通常湛水が開始する田植え後の 5 月中旬から刈り取り

直前の 9 月上旬までとした.

(1) 河川・排水路・池の水位観測 河川・排水路(11 ヶ所)の流量および布目池(1 ヶ所)のバッファ機能の把握を目的に

水位センサーを設置した.また,用水路からの余剰水の流量把握のためファームポンド(2

ヶ所)にも設置した.

(2) 土地利用からの流出量観測

田んぼダム実施水田,通常管理水田,山地,および畑地の降雨時における流出特性を把

握するため,それぞれに調査区域を設定し,水位センサーを設置した.水位センサーの観

測値を用いて流出量を算出した.流出量算出結果は,各土地利用の流出量算定モデルの再

現性検証に用いた.

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(3) 水田試験区

大西地区の水田に試験区 14.6ha を設定し,これを田んぼダム実施試験区(9.2ha)と通常

排水試験区(5.4ha)に分割し,それぞれの支線排水路に水位センサーを設置した.降雨時

における田面の水位変動を観測するため,田んぼダム実施水田 3 区画(各 1ha),通常排水

水田 2 区画(各 1ha)の計 5 区画の水田に水位センサーを設置した.両試験区は地形条件

の影響を排除するため,互いに隣接している.

水田からの流出量は,水田内の水位センサーに加え,各試験区の排水路に設置した水位

センサーによって把握した.なお,流量と水位の関係は,水田試験区上流のため池の水を

放流し,人為的に高水状態を創出し,水位流量曲線を作成した.この水位流量曲線を利用

水田 市街地転作田(畑) 山地

田んぼダム水田 通常管理水田

河川・排水路の流れ

流出量算定

降雨

流出量算定

流出量算定

流出量算定

② ②①

三和地区田んぼダムの実施方法

②と③

田面水位

河川水位と池の水位

②と③と⑦

流出量算定

③②

流れの計算

水田 市街地転作田(畑) 山地

田んぼダム水田 通常管理水田

河川・排水路の流れ

流出量算定

降雨

流出量算定

流出量算定

流出量算定

② ②①

三和地区田んぼダムの実施方法

②と③

田面水位

河川水位と池の水位

②と③と⑦

流出量算定

③②

流れの計算

①落水調整法の決定 ②水位観測 ③流量観測 ④雨量観測⑤測量 ⑥調整板の設置状況の確認 ⑦水田湛水排除試験

水田 市街地転作田(畑) 山地

田んぼダム水田 通常管理水田

河川・排水路の流れ

流出量算定

降雨

流出量算定

流出量算定

流出量算定

② ②①

三和地区田んぼダムの実施方法

②と③

田面水位

河川水位と池の水位

②と③と⑦

流出量算定

③②

流れの計算

水田 市街地転作田(畑) 山地

田んぼダム水田 通常管理水田

河川・排水路の流れ

流出量算定

降雨

流出量算定

流出量算定

流出量算定

② ②①

三和地区田んぼダムの実施方法

②と③

田面水位

河川水位と池の水位

②と③と⑦

流出量算定

③②

流れの計算

①落水調整法の決定 ②水位観測 ③流量観測 ④雨量観測⑤測量 ⑥調整板の設置状況の確認 ⑦水田湛水排除試験

図 2.2 調査内容

写真 2.5 転作田の流出量の観測 図 2.3 三角堰の概要

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して,降雨時の排水路水位から流出量を算出した.

(4) 畑地

水田試験区内にある転作田(1ha)の圃場排水出口に 60°三角堰と水位センサーを設置し

て,水位を観測した.以下の公式を用いて観測水位から流出量を求めた.60°三角堰を写真

2.5,水位センサーの設置状況を図 2.3 に示す. 25577.0 KhQ = [2.1]

ここに, 4300625.083Bh

K += [2.2]

Q:流量(m3/10min),h:越流水深(m),K:流量係数,B:セキ幅(m)である.

(5) 山地

錦川の最上流部は四ヶ村用水と接続している.平常時は,手動ゲートによって仕切られ

ており(写真 2.6),普段は流入がないが,大雨時に,山地からの雨水流入による用水路の

溢水を回避するため,ゲートが開放され,錦川に流入する.これが対象地における山地か

らの流量である.この流量を把握するため,錦川の最上流部に水位センサーを設置し,水

位を観測した(写真 2.7).流量と水位の関係は,四ヶ村用水の取水元である飯田川宮口頭

首工から通水断面の限界まで取水した上で,ゲートを開放し,人為的に高水状態を創出し,

水位流量曲線を作成した.この水位流量曲線の近似式から観測水位を流量に変換した.

2.3.2 流量観測

試験によって水位流量曲線を作成した試験区排水路および錦川最上流以外の河川・排水路

流量は,地元農家で構成される観測協力員の協力のもと,水位センサーを設置した各観測

地点において,降雨時に流量観測を行った(写真 2.8). しかし,今年度は大きな降雨が

少なく,測定は 2 回のみにとどまった.流速測定には,電磁流速計(横河電子機器株式会

社製 EM CURRENT METER ES7603)を使用した.

2.3.3 雨量観測

地区の降水量は,大西地区の試験区に設置した転倒マス雨量計によって観測した.雨量

計本体は Davis Instrument 社製 Rain collector II で,記録用のデータロガーは,ヒオキ社製

パルスロガー3639 である.降水量記録間隔は 10 分とした.

2.3.4 測量

排水路の流れを計算する 1 次元不定流解析に必要な水路底標高および水路断面形状を把

握するため,錦川最下流部および流域内全排水路において水準測量を行った.(写真 2.9) 2.3.5 調整板の設置状況の確認 流域内の水田全筆において調整板の設置設置状況を把握した.今年度は,田んぼダムの

試験的な取組導入であったため,調整板の設置率は 35%であった.

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2.3.6 水田湛水排除試験 湛水排除試験は,人為的に大雨時の湛水状態を創出することで,調整板の有無による水

田からの流出特性を把握するものである.

試験では,試験田の排水口をせき板で塞ぎ,用水をできるだけ湛水した後,堰板を取り

去り一斉放流した.5 箇所の試験水田を使用し,それぞれ調整板設置・不設置の条件で 1 回

ずつ行った.水位低下の過程は試験水田に設置した水位センサーで測定した.

写真 2.6 錦川最上流のゲート

写真 2.7 錦川最上流

写真 2.8 流量観測の様子 写真 2.9 水準測量の様子

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3. 内水氾濫解析モデルの構築

3.1 解析モデルの全体構成

解析モデルは,各土地利用地目からの流出量を計算する流出入量算定モジュール,排水

路の流れを計算する一次元不定流モジュールおよび氾濫水の伝播を計算する氾濫流モジュ

ールの 3 つのモジュールで構成した(図 3.1).解析の入力値は降雨イベントのみであり,

各モジュールが互いに連動しており,同一計算ステップの中で 3 つのモジュールの計算を

行っている.これにより,これまで用いてきた解析モデルでは表現できていなかった洪水

時の流出特性を考慮できることに加え,物理現象に忠実な氾濫解析が可能となる.本解析

モデルは,厳密な浸水域の算定が可能であるばかりでなく,氾濫水の減水過程も表現可能

なため,浸水継続時間の算定も可能であるという特徴をもつ.

解析対象領域は排水区域および計算点を配置するセルの 2 つのレベルで分割した(図

3.2).排水区域とは,一次元不定流モジュールにおける任意の距離(Δx)で分割した河川

および幹線・支線排水路網の各メッシュに横流入量として流入する区域を示す.一方,セ

ルとは,溢水後の氾濫水の空間的な伝播を表現するために分割した格子である.本研究で

は,氾濫水の伝播に影響を与える道路等の線的構造物,標高差,土地利用属性に基づいて

各セルの形状を任意多角形で表現する「地形適合型セル」を採用した.

セルは土地利用属性ごとに設定されており,水田,畑地(転作田を含む),市街地(集落

等の住区を含む),山地の 4 分類とした.それぞれのセルからの流出および排水路からの溢

水によるセルへの氾濫水の流入は,各セル内に仮定した末端排水路を通じて発生する.各

モジュールにおける計算方法の詳細を以下に示す.

3.2 各モジュールの構成

3.2.1 1 次元不定流モジュール

1 次元不定流モジュールでは,解析対象流域を構成する各土地利用セルからの流出入量を

横流入量とし,排水路の流況解析を行う.流域内の幹線・支線レベルの全排水路網を任意

の距離で水路メッシュに分割し,水路メッシュ毎の流量,流速および水位を算定する.

(1) 1 次元不定流解析の計算手順

1 次元不定流解析を行うにあたり,解析対象流域をモデル化した.流域の水路網を表現

した水路メッシュを作成し,各水路メッシュに水路断面データおよび水路標高データを入

力した.また,各土地利用からの流出量は流出孔モジュールにおいて算定された流出量を

横流入量として与えた.1 次元不定流解析のフローを図 3.3 に示す. ① 水路網のモデル系統図の作成

水路網は,排水路系統図および現地調査をもとに作成した.この水路網を任意の間隔で

水路メッシュに分割し,水路網のモデル系統図を作成した.水路メッシュ分割間隔はモデ

ル計算の安定性向上のため,モデル適用流域毎に適切な間隔を設定する必要がある.

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② 水路標高データの入力 解析に必要な水路底勾配を計算するため,各水路メッシュに標高値を与えた.水路の河

床標高は,排水路縦断図および現地調査によって取得した. ③ 水路断面データの入力

水路断面データを各水路メッシュに入力した.水路断面データは横断面図によって取得

した.ただし,複断面上部についての記載がない場合には,現地調査等によって取得した. ④ 各メッシュへの排水流入区域設定 水路モデル系統図および現地調査をもとに,各水路メッシュに流入する区域を設定する

(図 3.4).流出入量算定モジュールで算定された各セルの流出入量(qi)の内,この区域

内に位置するセルからの流出量の合計値を横流入量(qLATm)として,水路メッシュに入力

した.

qLATm = qi

i=1

n

∑ [3.1]

ここに,n:排水路メッシュ m に含まれるセルの数, qi:流出入量算定モジュールで算定

された流出入量である.

3.2.2 流出入量算定モジュール

降雨の流出は土地利用属性によって異なるため,流出入量算定モジュールでは,土地利

用属性毎に設定された各セルから排水路への降雨の流出入量を算定した. 各セルからの流出は,セル水位に応じてセル内に仮定した末端排水路を通じて排水区域

に接続する幹線・支線排水路メッシュに流入する.通常,末端排水路-支線排水路間には,ゲート等の通水に障害となる施設はなく,排水区域面積も排水路メッシュ間隔を充分小さ

く設定すれば,水位の伝播に要する時間は短いと考えられるため,末端排水路の水位は,

接続先の排水路メッシュの水位と一致すると仮定した.ここで用いる排水路メッシュ水位

は, 1 次元不定流解析モジュールにおいて算定された水位である.したがって,流出先排

図 3.1 モデルのフレーム 図 3.2 対象領域モデル化の概念

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水路メッシュの水位が上昇した場合,末端排水路の水位と各セルの水位を比較して,前者

が後者を上回る場合は,セル内に溢水が流入する.すなわち,末端排水路は,セル内の雨

水の流出入を制御するインターフェイスとして機能し,接続先排水路への横流入量は正の

値も負の値もとり得る.これらによって,洪水時の各土地利用セルからの流出特性を表現

することが可能となる. 流出入量は,土地利用属性毎に以下の方法で計算した. (1) 畑地および市街地

畑地,市街地の各セルの水位に応じた流出量(qF,qC)は,それぞれ以下のセキの公式

を利用して算出した(図 3.5). qF = EF BF hF

3 2, qC = EC BC hC3 2 [3.2]

ここに,E:流量係数,B:末端排水路延長,h:越流水深であり,添字 F,C はそれぞれ

畑地,市街地を示す.

末端排水路延長は,一定横断幅以上の末端水路を空中写真,現地調査等によって把握し

た.モデルでは,同じ土地利用属性のセルの水路存在密度は同程度であると仮定し,各セ

図 3.3 1次元不定流解析のフロー 図 3.4 各水路メッシュへの流入区域の概念

図 3.5 畑地・市街地セル-末端水路間の

流入出の概念 図 3.6 水田流出量算定モジュールの概要

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ルの面積に水路存在密度の平均値を乗じた延長を配置した.この方法は,後述のモデル適

用事例で対象とした地区で妥当性を確認した.

なお,流量係数(E)は,土地利用属性毎の流出の遅延を表す係数と定義し,実測流出

量に適合するように決定した.セル内水位(h)は次式によって表すことができる. dhF

dt= −

qF

AF

+ ER,dhC

dt= −

qF

AC

+ ER [3.3]

ここに, t:時間,A:セル面積,ER:有効降雨量である.流出入量(qF,qC)を与え,

水位(h)について,Runge-Kutta 法で逐次計算した.

(2) 通常排水水田 水田からの流出量は,流出孔サブモジュールと田面水位サブモジュールで構成される水

田流出量算定モジュールにより算出した.水田流出量算定モジュールの概要を図 3.6 に示

す. まず,流出孔サブモジュールでは流出孔諸元(流出孔の面積、形状)と初期田面水位を

入力値として水田から排水路への流出量を算定する.水田の流出量は,Simpson 法を用い

て毎回の算定でオリフィス式の積分を行う.田面水サブモジュールにおいて,田面水位の

変化の微分方程式を,Runge-Kutta 法を用い,流出後の田面水位を算出する.

(3) 田んぼダム水田 田んぼダムとは,水田の排水孔を装置化し,降雨ピーク時の水田からの流出量を抑制す

ることにより,水田地帯が本来もつ洪水緩和機能を人為的に高める取組である.田んぼダ

ムの中核装置は,落水量調整装置であり,この調整装置を水田の排水管に設置することの

みで田んぼダムによる洪水緩和効果が発現される.写真 3.1 に示すように,調整装置は水

田の圃場形態および排水形式によって様々な種類がある.しかし,これらすべての種類の

落水量調整装置の担う役割は,圃場に設置された排水管の断面積を,水田圃場面積に応じ

て縮小することである.すなわち,田んぼダムを実施するときと実施しない場合の流出機

構の違いは,排水管の孔径の大きさのみである. 以上のことから,田んぼダムの実施の有無による水田からの流出量の差異は,オリフィ

スの孔径を変えることのみで表現することができる.すなわち,水田流出孔のオリフィス

の孔径を縮小することで田んぼダム実施時の水田からの流出量を算出することができる. 3.2.3 氾濫流モジュール 内水氾濫解析の中心モジュールのひとつとなる平面的な流況解析は,平面 2 次元の浅水流問題として扱うのがもっとも合理的である.岩佐ら(1980)7)によりはじめて氾濫流況

の平面 2 次元的な数値解析が行われた.その後,市街地などの複雑な形状の境界適合の必要性が指摘されるようになり,福岡ら(1994,1998)8)- 9)は,一般座標に基づく解析方法

を提案した.構造格子型の一般座標では境界適合の自由度は必ずしも高くないうえ,格子

構成の負担は複雑になるほど大きくなる.この問題の解消とさらに自由度の高い境界適合

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のために川池ら(2002)10)や秋山ら(2002)11)は,非構造型格子を導入した解析法を提案

している.安田ら(2003)12)は格子分割の基本的な考え方を非構造型としながら,土地利

用や地形形状に合わせて能動的な格子分割を行う地形適合セルを提案し,計算の効率化と

精度維持の両立に成功している. こうした各手法の特徴を踏まえ,本研究の対象領域である低平農業地帯(流域下流部)

の地形特性への適合性および計算効率における優位性が高い安田らによる地形の記述方法

を採用した.氾濫流モジュールでは,流出入量算定モジュールで求めたセル水位を引き継

ぎ,セル間の氾濫水の伝播の計算を行う.洪水時の氾濫水の平面的な広がりを計算し,浸

水域および浸水継続時間を算定する. (1) 地形適合セルに基づく地形形状記述の特徴

(a)水平設置型調整板 (b)垂直設置型調整板

圃場整備済み水田用調整装置

(a)落水量調整キャップ 未圃場整備水田用調整装置

写真 3.1 落水量調整装置の種類

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氾濫流の計算において重視すべき地形形状に関する空間情報は,地盤の平均的な標高値

と氾濫水の広がりや伝播に影響を及ぼす可能性がある道路や鉄道などの連続した線状構造

物である.本研究で解析対象となる内水氾濫現象は,氾濫水量が外水氾濫現象に比べはる

かに少ないため,氾濫水の挙動が緩慢かつ低水深となる.とりわけ,低平農業地帯のよう

な地形起伏に乏しい流域では,道路や鉄道に加え,畦畔などの僅かな地形起伏が氾濫水の

浸水過程に大きな影響を与える.したがって,氾濫水の挙動をより高精度で表現するには,

氾濫流の伝播や拡散に影響を及ぼす微細な地形形状を計算に反映させる必要がある.

一般的に平面的な流況計算は,[3.4],[3.5],[3.6]に示す浅水理論式を基礎式として行

われることが多い.

連続方程式

0=∂∂+

∂∂+

∂∂

yN

xM

th

[3.4]

運動方程式

x方向: 01 =+∂∂+

∂∂+

∂∂+

∂∂

xbxhgh

yvM

xuM

tM τ

ρ [3.5]

y方向: 01 =+∂∂+

∂∂+

∂∂+

∂∂

ybyhgh

yvN

xuN

tN τ

ρ [3.6]

ここに,u,v:x,y 方向の流速,M,N:x,y 方向のフラックス(M=uh,N=vh),

τxb,τyb:方向の底面せん断応力

上記の浅水理論式を基礎式とした場合,通常広く用いられる地形形状の近似方法は,一

様な矩形格子により近似するデカルト座標系を用いる方法である.この方法は,格子サイ

ズを密にとるほど地形は詳細に近似される.したがって,その格子サイズは微細な地形形

状の考慮が可能な格子サイズに束縛されることになる.その結果,解析範囲が大きい場合

は,計算格子数が膨大となり,計算が困難になる.さらに,本来均平が保証されている水

田圃場にも多数の不要な計算格子を配置せざるを得ない.計算効率性という観点からは,

合理的な地形近似方法とはいえない. 解析領域である低平農業地帯の地形近似方法は,地形形状に適合した格子構成を可能と

しながら,計算効率性を高めるという条件を満たすことが求められる.こうした条件を満

たす近似方法として,地形形状の輪郭に合わせて自由に計算格子の構成が可能な地形適合

セルを導入した.地形適合セルは,矩形格子ではなく,道路などの線状構造物や地盤標高

の変化を考慮した任意多角形による自由なセル形状の設定が可能な点に大きな特徴がある.

同じ計算領域において異なる格子サイズおよび形状による格子分割が可能であることから,

地形形状の近似度を向上できるだけではなく,デカルト座標を用いた方法と比べ効率的な

格子分割が可能となり,格子数を大幅に減少させることができる.これによって,計算効

率性の向上につながる.こうした特徴を踏まえ,本モデルでは,集落などの氾濫水伝播に

影響を与える構造物が密集する箇所や地形勾配が相対的に大きな箇所において,計算点配

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置密度を高く,均平が保障されている水田区画(あるいは水田圃区)などで低く設定した. さらに,各セルの標高情報は,格子内の平均標高に加えて格子を構成する線分に個別に

も与える(図 3.7).このため,従来のデカルト座標に基づいた手法では,計算格子の空間解像度を高く設定しない限り考慮しづらかった線状構造物による流動への影響を,線分境

界によって反映させることができる.道路や畦畔などの線状境界の取り扱いに関しては,

その幅員および周囲の地盤高との高低差によって,セルの役割を果たす場合と,氾濫水の

伝播の障害と考える場合とに分類して考える必要がある.幅員が比較的広いうえ,その両

端に建築物が林立する道路の場合では,これをセルとして扱う.一方,畦畔などの幅員が

狭く,その高さが周囲の地盤より高い構造物の場合,格子を構成する辺にその幅員を無視

した線状境界として扱う.

(2) 氾濫流の計算方法 ① 地形適合セルに基づく氾濫流計算方法

地形適合セルを利用した計算が可能なように,上記の線形氾濫流計算式を以下のように

拡張する. 連続方程式

∂η∂t

=1

AK

qADJii=1

n

∑⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ [3.7]

運動方程式

∂qADJ

∂t+ ghl

∂η∂s

= −gnK qADJ qADJ

h7 3 [3.8]

ここに,qADJ:隣接セルからの流入量,nK:セルの粗度係数,η:氾濫水位,

AK:セル面積,l:セル辺長,s:隣接セルの重心間距離である.

連続方程式および運動方程式の変数の定義を図 3.8 に示す.線形氾濫式などに差分法を

適用して数値解を求める場合,その計算格子が等間隔に一様な矩形であれば,水位と流量

フラックスの計算点を等間隔に配置し,方向成分毎に計算を進めることができる.この場

合,必要な格子構成に関する情報は,その間隔が等間隔であることを定義する情報だけで

よい.

図 3.7 地形適合セルのデータ構造 図 3.8 運動量式(左)と連続式(右)

の変数定義

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一方,地形適合セルは各セルの形状が異なるため,図 3.9 に示したような,各セルごと

の辺長,重心間距離や隣接セルとの対応関係などを整理した構造化された格子構成に関す

る情報(以下,構造化データ)が必要になる. ② 構造化データの作成

地形適合セルによる計算には,セルの重心点,平均地盤標高,線分標高,隣接関係など

を整理した構造化データが必要となるが,この作成作業には多大な労力と時間を要する.

地形適合セルによる氾濫流解析モデルが開発された当時,解析領域(48km2)の標高情報

を取得する測量作業に約 1 ヶ月,さらに,各計算セルの隣接関係などの計算に必要となる

情報を整理する作業に約 1 ヶ月と,合計 2 ヶ月間を構造化データの作成のために費やさざ

るを得なかった.この構造化データの作成作業が本手法の普及の支障となっていた.

我々は,独自のアルゴリズムを開発して,GIS(ESRI 社 ArcGIS9.3)を用いてこの作業

を半自動化することに成功し,大幅な作業効率化を実現した.構造化データの作成フロー

を図 3.10 に示す.構造化データの作成に必要な入力情報は,解析領域の地形適合セルによ

るメッシュ化データ,レーザープロファイラデータ(以下,LP データ),農業水利施設お

よび農地の GIS データ,数値地図 2500(空間データ基盤)の道路区画 GIS データの 4 項目

である.

セルの標高情報取得には,国土交通省が整備した LPデータを利用する.LPデータとは,

GPS,IMU 搭載の航空機からレーザーを照射することによって計測される広範囲・高密度

(2m 四方に 1 点以上)の標高データであり,計測精度は,水平方向±30cm,鉛直方向±10cm

程度である.現在,国土交通省により,一部の山間地域を除き日本全域に広く LP データ

が整備されているため,これを利用することで測量作業に必要としていた労力が不要とな

った.

各計算セルのごとに設定する土地利用属性の入力基盤データとして,農林水産省の「水

土里情報利活用促進事業」により整備された農地の GIS データを使用した.

上記 4 つの情報を入力情報として,筆者らが構築した半自動化アルゴリズムを用いるこ

とで,後述でモデルを適用する錦川流域で,計 2 ヶ月要していた構造化データの作成作業

を,約半日にまで短縮することが可能となった.ただし,①解析領域の地形適合セルによ

るメッシュ化データの作成は,現在,手動で行っている.セルの分割作業は GIS を用いる

ことで,1,500ha 程の流域であれば半日で完了することができるものの,メッシュ化データ

図 3.9 構造化データの作成例 図 3.10 構造化データの作成フロー

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の自動生成手法の開発は今後の課題である.

③ 差分化

陽的差分スキームの Leap-Frog 法を適用し,[3.7]式および[3.8]式を以下のように差

分化する.ただし,摩擦項は計算の安定性を考慮し,[3.11]式に示すとおり陰的に解く.

ηik+1 2 = ηi

k −1 2 −ΔtA

qADJ i+1 2k

i=1

n

∑⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ [3.9]

( ) ( ) ( )frstlghfrqq k

ikii

ki

kiADJ

kiADJ −⎥⎦

⎤⎢⎣⎡ −

ΔΔ−−= ++

+++

++++ 11 2121

12121

21211

21 ηη [3.10]

fr =12

gn2 qADJ i+1 2k

h7 3( )li+1 2

Δt [3.11]

ここに,i:空間位置を表す添字, k:時間ステップを表す添字,Δt:時間差分間隔,

Δs:空間差分間隔である.

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4. 上越市三和区錦川流域のモデル化 4.1 モデルの全体構成

本モデルは,各土地利用属性からの流出量を計算する①流出入量算定モジュール,河川・

排水路の流れを計算する②1 次元不定流モジュール,河川・排水路からの氾濫流の挙動を計

算する③氾濫流モジュールの 3 モジュールのほか,錦川下流部に接続された布目池の水位

変動を計算する④池モジュールから構成される.以下に,各モジュールの妥当性検証の結

果を示す.

4.2 流出入量算定モジュール 4.2.1 水田

平成 22 年度は 1 年を通して大きな雨が観測されなかったため,水田流出量算定モデル

の再現性検証は湛水排除試験の結果を用いた.対象地区の 1ha 水田区画における水位実測

データと水田流出量算定モデルの計算結果を比較する(図 4.1,図 4.2).田んぼダム実施

の有無にかかわらず,全ての試験水田(計 5 筆)において,水口と水尻の高低差以下にな

ると,実測データが急激な水位低下を示し,計算値との間に乖離が発生した.

0

0.01

0.02

0.03

0.04

0.05

0.06

0.07

0.08

0.09

0.1

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18

経過時間(hour)

田面水深(

m)

実測値

計算値

図 4.1 田んぼダム実施水田の実測値と計算値の比較

0

0.02

0.04

0.06

0.08

0.1

0.12

0 2 4 6 8 10

経過時間(hour)

田面水深(

m)

実測値

計算値

図 4.2 通常管理水田の実測値と計算値の比較

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この原因として,稲付近や人間の足跡等によってできた窪地に水が保持される窪地貯留

現象であると考えた.そこで,田面水深が水口と水尻の高低差以下の場合に,窪地貯留の

損失高を水深の関数として与え,モデル内に組み込んだ.以下に,窪地貯留による損失高

の導入手順を示す. i)湛水排除試験の実測データとモデルの計算値との差の把握 ii) これを表現する関数の決定(式[4.1],式[4.2])

○ 0<H<0.025 のとき (図 4.3 の領域①) 損失高 loss = H [4.1] ○ 0.025<H<0.065 のとき (図 4.3 の領域②)

損失高 loss = (-tanh(150*H-7.5))*0.0134 [4.2]

この損失高をモデル内で逐次差し引くことで窪地貯留現象を考慮した結果,計算値が実

測値を良好に再現した(図 4.4).

0

0.005

0.01

0.015

0.02

0.025

0.03

0 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05 0.06 0.07 0.08

田面水深H(m)

損失高

loss(

m)

実測値と計算値との差近似式

図 4.3 窪地貯留による損失高の近似

0

0.02

0.04

0.06

0.08

0.1

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18

経過時間(hour)

田面水深(

m)

実測値

計算値_窪地貯留なし

計算値_窪地貯留あり

図 4.4 補正後の田んぼダム実施水田の実測値と計算値の比較

領域① 領域②

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4.2.2 畑地 (1)モデルの概要

畑地の流出量算定方法は,水田流出量算定モデルと同様に行った.ただし,畑地は湛

水状態にある水田とは異なり,初期降雨は不飽和透水層へと浸透するため,排水路に直接

流出しない.そこで,入力降雨に損失雨量を考慮した有効雨量を与えた.また,畑地は田

面に溝が切られており,降った降雨はその溝にすばやく集まり排水されるため,ピーク流

出量は水田より大きくなる.モデル内では田面の傾斜を大きくすることで考慮した.

(2) モデルの妥当性検証

畑地の流出量の実測値は,水位センサーで観測した水位から三角堰の公式により算出し

た.実測値と計算値を比較した結果,計算値は実測値を概ね再現した(図 4.5).

4.2.3 山地(Kinematic Wave モデル) (1) Kinematic Wave モデルの概要

Kinematic Wave モデルでは,流域を図 4.6 のような仮想の斜面と河道を想定し,両斜面

に降った降雨が斜面を流下し,その後,下流部の河道から流出するという物理モデルを考

える.斜面を流れる雨水を斜面流,斜面から流れ込み,河道を流れる雨水を河道流とする.

0

0.0000005

0.000001

0.0000015

0.000002

0.0000025

0.000003

15:0

0

17:0

0

19:0

0

21:0

0

23:0

0

1:00

3:00

5:00

7/9  7/10

単位

面積

あた

り流

出量

(m

/s) 実測値

計算値

図 4.5 畑地の流出量の実測値と計算値の比較

降雨

斜面流

河道流

降雨

斜面流

河道流

図 4.6 モデルの概念

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(2) モデルの妥当性検証

水位流量曲線(図 4.7)から求めた山地からの流出量の実測値と Kinematic Wave 法で求め

た計算値を図 4.8 に示す.両者を比較すると,実測値のピーク位置が早い.これは錦川の

最上流部のゲートにたまっていた水がゲートを開けた瞬間に大量に流入してきたためだと

考えられる.そのため,2 つ目のピーク流量はグラフでも計算値が実測値を良好に再現し

ており,モデルの妥当性を確認できた.

4.3 1 次元不定流モジュール

4.3.1 水路網の作成

現地踏査および地元の土地改良区提供の排水系統図により水路網を作成した.この水路

網を,水路長 200mの計算メッシュに分割した結果,メッシュ数は 78 となった(図 4.9).

4.3.2 水路標高データの作成

現地測量調査および新潟県農地部提供の錦川の設計縦断図面,国土交通省提供の LP デ

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

0.9

1

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2

水位 (m)

流量

 (m

3/s)

実測値

計算値

2)2415.0(6046.0 += xyy=0.6046*(x+0.2415)2

図 4.7 錦川最上流部の水位流量曲線

0

0.0000005

0.000001

0.0000015

0.000002

0.0000025

0.000003

0.0000035

15:0

0

17:0

0

19:0

0

21:0

0

23:0

0

1:00

3:00

5:00

7:00

9:00

11:0

0

13:0

0

7/9  7/10

単位面積流出量(

m/s)

実測値計算値

図 4.8 山地流出量の実測値と計算値の比較

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ータを使用して,水路標高データを取得した.

4.3.3 水路断面データの作成

錦川の断面寸法は新潟県農地部提供の資料,支線排水路の断面は測量調査によって取得

した.また,測量時に水路の合流部の落差も計測し,モデル内のダミーメッシュの水路底

標高を設定した.粗度係数は,実測値に適合するように調整した.

4.3.4 各メッシュへの排水流入区域の設定

現地調査および排水系統図により,各水路メッシュに排水が流入する区域を決定した

(図 4.9).この排水流入区域内の土地利用からの流出量を横流入量として,各水路メッシュに入力した.

4.3.5 流域の土地利用判別

各土地利用からの流出入量を水路メッシュに入力するため,排水流入区域内の各土地利

用面積を把握する必要がある.新潟県土地改良事業団体連合会から提供された錦川流域の

水田・転作田分布 GIS データおよび現地調査により流域内の土地利用状況を把握した(図

4.10).

4.3.6 横流入量の算出

横流入量(Qtlc)は,流出入量算定モジュールによって算定された排水路メッシュ m に

対応する排水区域内の全セルからの流出入量の合計である.この横流入量を水路に入力し,

河川・排水路および布目池の不定流計算を行った.

∑∑∑∑====

+++=s

i

mmti

r

i

mPi

p

i

mCi

n

i

mFi

mtlc qqqqQ

1111

[4.3]

ここで,n,p,r,s:排水路メッシュ m に含まれる畑地,市街地,水田,山地セル数,qFi,qCi,

qPi,qmti:排水路メッシュ m に含まれる畑地,市街地,水田,山地セル―末端排水路間の

流出入量である.

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図 4.10 流域内の土地利用分布

図 4.9 水路メッシュと排水流入区域

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4.4 池モジュール 4.4.1 布目池の排水構造と流出量の計算

布目池には,3 つの流出口があり,ここから池の水が排水される(図 4.11).このうち,

中央の出口は開閉式のゲートで,通常はゲートが閉鎖されているが,大雨時には地元の管

理者が手動でゲートの開閉操作を行う.

両側の流出口は直径が 1mの円管オリフィスゲートと幅 2.25m,高さ 1mの長方形オリフ

ィスゲートであり,池の水位が上昇した時のみ機能する.越流水深が高い場合はオリフィ

ス状態,低水位の場合はセキ状態となる(写真 4.1).流出量の計算においては,一般的な

オリフィスの公式やセキの公式を用いた計算では状態の転換点において連続的な計算が行

えないため,以下の式を用いて,連続的に計算した(図 4.12).

dyyHgbCQ ∫ −= )(2 [4.4]

ここで, θsin2rb = , θcosrry −= , θθdrdy sin= である.

4.4.2 布目池の水位の計算手順

布目池の水位の計算手順を図 4.13 に示す. 1) 現在の時間ステップでの池の 3 つの出口からの流出量の合計値(Qout J)を算出する.

2) 新潟県農地部提供の資料により,水深と貯水量の関係式(図 4.14)を作成し,1 ステッ

プ前の時間の水深 hJ-1から,貯水量 V J-1を計算する.

3) 1 ステップ前の時間の貯水量 V J-1に,現在の池の流出入量に計算時間間隔を乗じたもの

((Qin J- Qout J)×DT)を加算し,現在の時間ステップの貯水量を更新する. 4) 水深と貯水量との関係式から水深を求める.この関係式は,2 次式となるため,ニュー

トン・ラフソン法より数値的に解いた.

基準面 elv = 11.8m

天端高(県道) elv = 15.8m

4m

1.8m

1m

2.1m

2.25m

1.15m

0.97m

0.97m手動ゲート

基準面 elv = 11.8m

天端高(県道) elv = 15.8m

4m

1.8m

1m

2.1m

2.25m

1.15m

0.97m

0.97m手動ゲート

図 4.11 布目池出口の断面

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1)池からの流出量Qoutを計算

作業行程

2) 1つ前の時間ステップの水位hから貯水量vlを計算

3) 1つ前の時間ステップの貯水量と現在の

池の流出入量の差から貯水量を更新

4) ニュートンラフソン法で3)の貯水量から

水深を更新

5)布目池の水深の算出

vlJ-1=585.27hJ-12+16724hJ-1

vlJ=vlJ-1+1{(QinJ-QoutJ)}xDT

585.27hj2+16274hJ-vlJ=0

図 4.13 布目池の計算の手順

写真 4.1 布目池の左と右の流出口

rθcosrry −=

θsin2rb =

y

θθdrdy sin=

rθcosrry −=

θsin2rb =

y

θθdrdy sin=

図 4.12 円管の流出断面積の算定

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4.4.3 1 次元不定流モジュールおよび池モジュールの再現性検証

2010 年 7 月 9-10 日の降雨を対象に,1 次元不定流モデルによる解析を行い,錦川中流の

水位と布目池の水位の実測値と 1次元不定流モデルによる計算値を比較した(図 4.15,4.16).

ただし,解析対象日は,布目池の中央部ゲートが閉じた状態だったので,池からの流出量

は 2 つの出口のみとして計算した.両地点ともに計算値は実測値を概ね再現した.

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

15:0

0

17:0

0

19:0

0

21:0

0

23:0

0

1:00

3:00

5:00

7:00

9:00

11:0

0

13:0

0

7/9  7/10

水深(m)

実測値

計算値

図 4.15 錦川中流における実測値と計算値の比較

1

1.5

2

2.5

3

15:0

0

17:0

0

19:0

0

21:0

0

23:0

0

1:00

3:00

5:00

7:00

9:00

11:0

0

13:0

0

7/9                         7/10

水深(m)

実測値計算値

図 4.16 布目池における実測値と計算値の比較

y = 585.27x2 + 16724x

0

10000

20000

30000

40000

50000

60000

70000

80000

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4

水深(m)

貯水量(m

3)水深と貯水量の関係

近似式

図 4.14 布目池の水深と貯水量の関係式

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4.5 氾濫流モジュール 氾濫流モジュールでは,各モジュールで計算した流出量および越流量から,セル間の氾

濫水の伝播の計算を行った.

4.5.1 解析範囲

錦川流域において,氾濫流の解析を行う領域は,浸水被害が予測される下流部(324ha)

のみとした(図 4.17).上流部からの流入は,流量境界条件として氾濫解析範囲の最上流部に与えた.

4.5.2 地形適合セルの作成 排水流入区域を基準として,セルを作成した.まず,道路や河川などの線状構造物に沿

ってセルを作成し,次に,標高データおよび調査済みの土地利用図から現況地形に合わせ

て再分割した.その結果,集落では相対的に小さいセル,農地では耕区単位の大きいセル

となり,総セル数は 693 個となった(図 4.18).この地区を 25m メッシュの矩形セルで表

現すると総セル数は約 5,200 個になる.地形適合セルを用いることによって,セル数を約

1/7 に減少させることが可能となり,計算効率性が向上した.

4.5.3 氾濫流モデルの再現性検証

2003 年 8 月 31 日の夜から 9 月 1 日にかけて発生した大雨を対象に構築したモデルに基

づく浸水域の再現性の検証を行った.適用降雨は,日雨量 119mm,時間最大雨量 16.5mm

である.(図 4.19).この降雨は,三和地区に浸水被害をもたらした(写真 4.2,写真 4.3).

図 4.20 に示す浸水域の記録は,土地改良区職員の聞き取りによるものである.浸水域における浸水深は 30~70cm 程度であった. モデルによる最大浸水域(9 月 1 日 5 時)と実際の浸水域を比較した(図 4.21).計算結

果は,実際の浸水域よりも広範囲に広がった.これは,解析対象の 2003 年では圃場整備が

半分程度しか完了していなかったため,水田からのピーク流出が現在よりも小さかったこ

とが原因であると考えられる.ただし,計算値は当時の浸水範囲を網羅したため,このモ

デルを用いて今後発生しうる大雨を想定した被害想定シミュレーションを行った.

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図 4.17 氾濫解析の範囲

図 4.18 作成した地形適合セル

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写真 4.2 洪水時の布目池 写真 4.3 床下浸水被害を受けた家屋

0

5

10

15

20

9 11 13 15 17 19 21 23 1 3 5 7

8/31                          9/1

降水

量(m

m)

図 4.19 2003 年 8 月 31 日―9 月 1 日の降雨

図 4. 20 2003 年 9 月 1 日の浸水履歴

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当時の浸水被害範囲

0.3-0.7m

計算値

0.1-0.2m

0.2-0.4m

0.4-0.6m

0.6-0.8m

0.8-1.0m

1m以上

Ü

0 150 300 m

図 4.21 当時の浸水被害範囲と計算値の比較

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5. 被害想定シミュレーション 5.1 シミュレーションの概要

本章では,対象地区内の全水田で田んぼダム非実施(実施率 0%),実施(実施率 100%)条件を想定し,確率降雨を適用してシミュレーションを実施し,これらの結果得られた浸

水規模を比較し,最大浸水時での被害の軽減効果を評価した.検証対象地の溢水箇所は,

流域下流部の布目池およびその近辺の排水路であることが聞き取り調査により確認されて

いるため,田んぼダムの実施を想定したのは,布目池より上流の水田である. 適用した降雨は三和地区から最も近い上越市高田測候所の降雨強度式から算出した再現

期間毎のモデルハイエトグラフである.なお,降雨パターンは,被害が拡大しやすい後方

ピーク型(ピーク位置 0.8)とした.降雨の開始時間は午前 0 時とした.これらのハイエトグラフを図 5.1 に示す.ここでは,30 年確率(日雨量 217mm,最大 10 分間雨量 21.17mm)の降雨を適用した場合の結果を示す.

5.2 30 年確率降雨による被害想定シミュレーション結果

布目池は,田んぼダム非実施条件で天端を超えて溢水した.溢水開始後,約 5.5 時間に

わたって越流し続けた.最大水深は池の天端を基準として 14cm であった.一方,田んぼ

ダム実施率 100%の場合は、越流は発生せず,池の最大水深は天端下 8cmであった(図 5.2).

この降雨イベントによる最大浸水深を図 5.3,図 5.4,田んぼダム実施条件と非実施条件の最大浸水深の差を図 5.5 に示す.周辺集落の浸水面積を表 5.1 に示す.全浸水面積は実施

率 0%で 30,700m2,実施率 100%で 5,100m2であった.床上浸水の軽減率は 90%であった. 畑地の全湛水面積は非実施条件で 568,600m2,実施条件で 495,000m2であった.畑地の

冠水被害の軽減率は 58%であった(表 5.2).

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05

1015202530

0

0.08

0.17

0.25

0.33

0.42 0.5

0.58

0.67

0.75

0.83

0.92

時刻

降水量(

mm

/10m

in )

図 5.1 30 年確率降雨

表 5.1 最大浸水時における集落の浸水状況

田んぼダム 実施率 0%

田んぼダム 実施率 100% 被害軽減面積 被害の軽減率

(m2) (m2) (m2) (%)

全浸水面積 30,700 5,100 25,600 83

内訳 床下浸水 9,600 3,000

床上浸水 21,100 2,100 19,000 90

表 5.2 最大浸水時における畑地の浸水状況

田んぼダム 実施率 0%

田んぼダム 実施率 100% 被害軽減面積 被害の軽減率

(m2) (m2) (m2) (%)

全湛水面積 568,600 495,000 73,600 13

内訳 湛水被害 367,800 410,300

冠水被害 200,800 84,700 116,100 58

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

10:00 14:00 18:00 22:00 2:00 6:00 10:00

田んぼダム不実施条件

田んぼダム実施条件

天端高 4.0m越流時間:5.5時間越流水深:14cm

池水深(

m)

時刻

図 5.2 布目池の水深変化と越流

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33

Ü

0 500250 m

図 5.3 30 年確率降雨における田んぼダム 0%実施時の最大浸水深

0.1-0.2m

0.2-0.4m

0.4-0.6m

0.6-0.8m

0.8-1.0m

1m以上

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34

Ü

0 500250 m

図 5.4 30 年確率降雨における田んぼダム 100%実施時の最大浸水深

0.1-0.2m

0.2-0.4m

0.4-0.6m

0.6-0.8m

0.8-1.0m

1m以上

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35

0.1 - 0.2m

0.2 - 0.4m

0.4 - 0.6m

0.6 - 0.8m

0.8 - 1.0m

1.0m以上

Ü

0 500250 m

図 5.5 30 年確率降雨_田んぼダム実施による被害減少高

0 .1 - 0 .2m

0 .2 - 0 .4m

0 .4 - 0 .6m

0 .6 - 0 .8m

0 .8 - 1 .0m

1 .0m 以上

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6. まとめ 近年の短期集中型降雨による洪水対策として,降雨を一時的に水田に貯留し,水田からの落

水量を人為的に抑制する,「田んぼダム」の取組が新潟県を中心に実践されている.田んぼダ

ムは,地形条件や水田の排水構造によって効果が異なるため,普及に向けて多様な研究ケース

が必要である.本研究で対象とする大規模水田区画では,田面の窪地貯留や水田内の流下距離

によって排水遅延をもたらす可能性があり,これが田んぼダムの機能発現にも影響を与えるこ

とが予想されていた.新潟県上越市三和区錦川流域(7.6km2)を解析対象として,こうした特

徴をもつ大区画整備地区における田んぼダムの洪水緩和効果を定量化することを本研究の目

的とした. 効果算定に先立ち,新たなシミュレーションモデルを構築した.(1)農地および集落と排水

路との流出入量を計算する流出入量算定モジュール,(2)山地の流出量を算定する Kinematic

Wave モジュール,(3)排水路の流れを計算する 1 次元不定流モジュール,(4)排水路溢水後

の氾濫計算を行う氾濫流モジュールの 4 つのモジュールから構成される複合モデルである.氾

濫流の計算格子には,土地利用や微小な地形起伏も忠実に再現できる「地形適合セル」を用いた.

水田からの流出特性を把握する水田湛水排除試験を実施した結果,田んぼダムを実施した場

合に,低田面水位時に窪地貯留が原因と考えられる急激な水深低下が見られたため,流出入量

算定モジュールには,大区画整備地区特有の窪地貯留現象を表現するアルゴリズムを組み込ん

だ.

2010 年 7 月 9 日の降雨(日雨量 44mm)を対象に 1 次元不定流モデルによる排水路の流況解析

を行った.錦川下流部の布目池において,モデルの計算値は,水位センサーで観測した実測値

を良好に再現した. 30 年確率降雨イベントを想定して田んぼダム実施率別のシミュレーションを行った結果,

30 年確率の場合,田んぼダム実施によって,90%の集落の床上浸水,58%の畑地の冠水面積が軽減されるという結果を得た.

本研究によって,大区画整備地区での田んぼダムの洪水緩和効果を評価した.田んぼダムは,

対象地区の上流部の圃場整備および排水路網の整備によって増加した洪水危険度を緩和する

有効な手段であることが明らかになった.

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参考文献 1)気象庁(2005):異常気象レポート2005,

http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/climate_change/2005/pdf/2005_all.pdf

2)国土交通省河川局(2009):今後の治水に関する有識者会議 , 今後の治水対策について

−中間とりまとめ

3)吉川夏樹,長尾直樹,三沢眞一(2009a):水田耕区における落水量調整板のピーク流

出抑制機能の評価,農業土木学会論文集,vol. 77(3),pp. 263-271

4)吉川夏樹,長尾直樹,三沢眞一(2009b):田んぼダム実施流域における洪水緩和機能

の評価,農業土木学会論文集,vol. 77(3),pp. 273-280

5)吉川夏樹,宮津進,安田浩保,三沢眞一(2010c):未圃場整備地区における「田んぼ

ダム」の洪水緩和機能の評価,土木学会河川技術論文集,第16 巻,pp.507-512

6)新潟県(2009):2009 年新潟県農業農村整備長期計画(案)

http://www.pref.niigata.lg.jp/HTML_Article/4siryou2-2,0.pdf

7)岩佐義朗,井上和也,水鳥雅文(1980):氾濫水の水理の数値解析法,京都大学防災研

究所年報,第23 号B-2,pp.305-317

8)福岡捷二,川島幹雄,松永宣夫,前内永敏(1994):密集市街地の氾濫流に関する研究,

土木学会論文集,No.491/II-27,pp.51-60

9)福岡捷二,川島幹雄,横山洋,水口雅教(1998):密集市街地の氾濫シミュレーション

モデルの開発と洪水被害軽減対策の研究,土木学会論文集,No.600/II-44,pp.23-36

10)川池健司,井上和也,林秀樹,戸田圭一(2002):都市域の洪水氾濫解析モデルの開

発,土木学会論文集,No.698/II-58,pp.1-10

11)秋山壽一郎,重枝未玲,浦勝(2002):非構造格子を用いた有限体積法に基づく1 次

および2 次精度平面2 次元洪水流数値モデル,土木学会論文集,No.705/II-59,pp.31-43

12)安田浩保,白土正美,後藤智明,山田正(2003):水防活動の支援を目的とした高速

演算が可能な浸水域予測モデルの開発,土木学会論文集,No.740/II-64,pp.1-17