動脈硬化危険因子保有者に対する頸動脈超音波検査...

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27 52 回千葉県公衆衛生学会優秀演題 実践報告 動脈硬化危険因子保有者に対する頸動脈超音波検査の有用性 木村友子 1 、藤本恭子 1 、大輪孝子 1 、石川伸子 1 、山地治子 1 杉山園美 1 、角南祐子 1 、鈴木公典 1 Usefulness of the Carotid Sonography for the Persons with Risk Factors for Arteriosclerosis Tomoko Kimura 1 , Kyoko Fujimoto 1 , Takako Ohwa 1 , Nobuko Ishikawa 1 , Haruko Yamaji 1 , Sonomi Sugiyama 1 , Yuko Sunami 1 , Kiminori Suzuki 1 要旨 当財団では、人間ドックや脳ドック、労災二次健診や動脈硬化管理検診等で頸動脈超音波検査を 実施している。生活習慣を改善する上で保健指導等と連携して実施していくのが理想であるが、任 意検査のため、実態の把握が充分にできず保健指導に活かされていないのが現状である。今後、保 健指導や栄養相談等と連携した管理検診を提案するにあたり、頸動脈超音波検査の現状を把握する 目的で、当財団総合健診センターにおける頸動脈超音波検査結果を集計した。頸動脈内に内中膜肥 厚(以下、IMT肥厚)を認めた者は、全体の61.1 %、隆起性病変(以下、プラーク)は、全体の 43.3%に認められた。動脈硬化危険因子別にプラーク出現頻度を比較すると、脂質異常及び高血圧 の両方を指摘された者の89.9%にプラークが認められ、さらに、高血糖を併せ持つと、プラーク出 現頻度は、96.1%に上昇する結果となった。また、動脈狭窄率50%以上のものが9人(1.9%)に認 められたが、危険因子が肥満(BMI28.5)及び脂質異常(HDLコレステロール38/dl )だけの比 較的軽度な症例でも高度狭窄例があった。 自覚症状がなく、生活習慣の改善に消極的な動脈硬化危険因子保有者に対しては、頸動脈超音波 検査を積極的に実施し、健康診断後の保健指導部門と連携して、経過観察・管理指導に活かしてい くことを提言したい。 (調査研究ジャーナル2015;4(1):27-33キーワード:頸動脈超音波検査、動脈硬化危険因子、マルチプルリスクファクター症候群、内中 膜複合体厚(intima-media thicknessIMT)、プラーク はじめに 動脈硬化が原因となる病気には、心臓病の中 で多くを占める心筋梗塞や狭心症などの虚血性 心疾患、脳血管疾患の半数以上を占める脳梗塞、 大動脈瘤、下腿の壊疽を引き起こす閉塞性動脈 硬化症などがある。いずれも死亡原因、または 重篤な後遺症を引き起こす重大な疾患である。 これらの疾患を予防し、健康で質の高い生活を おくるためには、動脈硬化の状態を早期に把握 連絡先:木村友子 261-0002 千葉市美浜区新港32-14 1 公益財団法人ちば県民保健予防財団 E-mail:[email protected]Received 19 Dec 2014 / Accepted 20 Feb 2015し、適切な治療を受けることが重要であると考 える。生活習慣病に起因した動脈硬化性疾患、 脳心血管疾患は増加を続け、4074歳までの日 本人は、男性の2人に1人、女性の5人に1人がメ タボリックシンドロームであると言われている 1。こうした背景の中、頸動脈超音波検査は、 動脈硬化性血管病変を非侵襲的にリアルタイム で評価できることから普及してきた。ちば県民 保健予防財団では、2001年の厚生労働省通達に よる、いわゆる労災二次検診の動脈硬化判定に、 頸動脈超音波検査が採用されたことをスタート とし、人間ドック・脳ドック・循環器管理検 診・動脈硬化危険因子が重複する、いわゆる 「マルチプルリスクファクター症候群」のスク リーニング・虚血性脳血管障害の原因検索・心

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Page 1: 動脈硬化危険因子保有者に対する頸動脈超音波検査 …木村ほか:動脈硬化と頸動脈超音波検査の有用性 27 第52回千葉県公衆衛生学会優秀演題

木村ほか:動脈硬化と頸動脈超音波検査の有用性

27

第 52 回千葉県公衆衛生学会優秀演題

実践報告

動脈硬化危険因子保有者に対する頸動脈超音波検査の有用性

木村友子 1、藤本恭子 1、大輪孝子 1、石川伸子 1、山地治子 1、

杉山園美 1、角南祐子 1、鈴木公典 1

Usefulness of the Carotid Sonography for the Persons with Risk Factors

for Arteriosclerosis

Tomoko Kimura1, Kyoko Fujimoto1, Takako Ohwa1, Nobuko Ishikawa1, Haruko Yamaji1,

Sonomi Sugiyama1, Yuko Sunami1, Kiminori Suzuki1

要旨

当財団では、人間ドックや脳ドック、労災二次健診や動脈硬化管理検診等で頸動脈超音波検査を

実施している。生活習慣を改善する上で保健指導等と連携して実施していくのが理想であるが、任

意検査のため、実態の把握が充分にできず保健指導に活かされていないのが現状である。今後、保

健指導や栄養相談等と連携した管理検診を提案するにあたり、頸動脈超音波検査の現状を把握する

目的で、当財団総合健診センターにおける頸動脈超音波検査結果を集計した。頸動脈内に内中膜肥

厚(以下、IMT肥厚)を認めた者は、全体の61.1%、隆起性病変(以下、プラーク)は、全体の

43.3%に認められた。動脈硬化危険因子別にプラーク出現頻度を比較すると、脂質異常及び高血圧

の両方を指摘された者の89.9%にプラークが認められ、さらに、高血糖を併せ持つと、プラーク出

現頻度は、96.1%に上昇する結果となった。また、動脈狭窄率50%以上のものが9人(1.9%)に認

められたが、危険因子が肥満(BMI=28.5)及び脂質異常(HDLコレステロール38㎎/dl)だけの比

較的軽度な症例でも高度狭窄例があった。

自覚症状がなく、生活習慣の改善に消極的な動脈硬化危険因子保有者に対しては、頸動脈超音波

検査を積極的に実施し、健康診断後の保健指導部門と連携して、経過観察・管理指導に活かしてい

くことを提言したい。

(調査研究ジャーナル2015;4(1):27-33)

キーワード:頸動脈超音波検査、動脈硬化危険因子、マルチプルリスクファクター症候群、内中

膜複合体厚(intima-media thickness;IMT)、プラーク

はじめに

動脈硬化が原因となる病気には、心臓病の中

で多くを占める心筋梗塞や狭心症などの虚血性

心疾患、脳血管疾患の半数以上を占める脳梗塞、

大動脈瘤、下腿の壊疽を引き起こす閉塞性動脈

硬化症などがある。いずれも死亡原因、または

重篤な後遺症を引き起こす重大な疾患である。

これらの疾患を予防し、健康で質の高い生活を

おくるためには、動脈硬化の状態を早期に把握

連絡先:木村友子

〒261-0002 千葉市美浜区新港32-14 1 公益財団法人ちば県民保健予防財団

(E-mail:[email protected]

(Received 19 Dec 2014 / Accepted 20 Feb 2015)

し、適切な治療を受けることが重要であると考

える。生活習慣病に起因した動脈硬化性疾患、

脳心血管疾患は増加を続け、40~74歳までの日

本人は、男性の2人に1人、女性の5人に1人がメ

タボリックシンドロームであると言われている1)。こうした背景の中、頸動脈超音波検査は、

動脈硬化性血管病変を非侵襲的にリアルタイム

で評価できることから普及してきた。ちば県民

保健予防財団では、2001年の厚生労働省通達に

よる、いわゆる労災二次検診の動脈硬化判定に、

頸動脈超音波検査が採用されたことをスタート

とし、人間ドック・脳ドック・循環器管理検

診・動脈硬化危険因子が重複する、いわゆる

「マルチプルリスクファクター症候群」のスク

リーニング・虚血性脳血管障害の原因検索・心

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調査研究ジャーナル 2015 Vol.4 No.1

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血管系合併症のリスク判断等においても頸動脈

超音波検査を積極的に導入し、動脈硬化の早期

診断、早期治療及び治療効果の判定に利用して

いる。また、生活習慣の改善をすすめる上でエ

ビデンスとして活用している。

頸動脈超音波検査結果を保健指導に活用する

ことの利点を明確にするために、二次健診で実

施した頸動脈超音波検査の実態と動脈硬化危険

因子、高血糖・高血圧・脂質異常・肥満・喫煙

との関連について検討するとともに、頸動脈狭

窄がみられた症例についての検討も行なった。

対象と方法

1.対象

対象は2012年4月~2013年3月までの1年間に、

当財団総合健診センターで健康診断を受診した

結果、動脈硬化危険因子(高血糖・高血圧・脂

質異常・肥満・喫煙)を複数指摘され、頸動脈

超音波検査を受けた471人(男性384人、女性87

人)で、平均年齢は、52.8歳である。

2.方法

1)検査方法

頸動脈超音波検査の方法は、日本脳神経超音

波学会と「動脈硬化性疾患のスクリーニング法

に関する研究班」により示された「頸動脈エコ

ーによる動脈硬化性病変評価のガイドライン」2)に準拠し、日本超音波医学会、早期動脈硬化

研究会、千葉頸動脈エコー研究会の推奨する走

査法3)をもとに、財団が独自に作成した標準作

業書に基づいて実施した。

2)観察領域

まず短軸で総頸動脈(common carotid artery;

CCA)起始部から頭側に向かって走査、血管

走行・内中膜肥厚(以下、 IMT)・内頸動脈

( internal carotid artery; ICA ) と外 頸動 脈

(external carotid artery; ECA)の分岐の状態・

病変の位置関係などを観察し、次に短軸での観

察を参考に長軸で総頸動脈の球部~内頸動脈・

外頸動脈を観察した。短軸像も参考にしながら

遠位壁、近位壁のそれぞれのIMTを計測後、最

大 IMTを決定している。 IMT及び隆起性病変

(以下、プラーク)の有る場合、必ず短軸像で

計測し、長軸・短軸像での計測値に差がないこ

とを確認している。左右ともに、総頸動脈

(common carotid artery; CCA)、頸動脈球部

( bulbus; Bul or bifurcation; Bif)、内頸動脈

(internal carotid artery; ICA)を必須観察領域

とし、観察可能な場合は必要に応じて外頸動脈

( external carotid artery; ECA )、 椎 骨動 脈

( vertebral artery ; VA )、 鎖 骨 下 動 脈

(subclavian artery; SCA)を追加した。狭窄病

変が認められた場合には、狭窄率の評価には

ECST法(European Carotid Surgery Trial)を用

いた。

3)使用装置等

東芝社製AplioSSA-790A、 SSA-780A、 SSA-

770A、プローブは、中心周波数7.5MHzの高周

波リニア型を用いた。頸部が太く深部が不鮮明

な場合は、中心周波数3.5 MHz 前後のセクタ

型プローブも併用した。

4)集計

危険因子の判定基準値は次のとおりとした。

① 高 血 圧 : 収 縮 期 血 圧 ( 最 高 血 圧 )

130mmHg 以 上 ・ 拡 張 期 血 圧 ( 最 低 血 圧 )

85mmHg 以上いずれか、または両方、または

治療中、②脂質異常:中性脂肪150mg/dl 以上、

HDLコレステロール40㎎/dl未満いずれか、ま

たは両方、または治療中、③高血糖:空腹時血

糖110mg/dl以上またはHbA1c 5.6%以上、④肥

満:BMI(Body Mass Index)25.0以上、⑤喫

煙:現在タバコを吸っている。

最大内膜中膜厚(以下、Max IMT)1.1㎜以

上を、「 IMT肥厚あり」、頸動脈内の1.1㎜以上

のプラークを「プラークあり」とした。動脈狭

窄については、50%以上の狭窄を認めた場合に、

「狭窄あり」とした。病変の有無及び動脈硬化

危険因子との関連について、危険因子別・保有

個数別に比較検討した。

5)統計

各有所見者数のクロス集計は、カイ2乗検定

により検討し、p<0.05を有意とした。平均値

の比較はt検定により検討した。

3.倫理的配慮

本研究は、当財団の疫学・臨床倫理審査委員

会の承認を得て実施した。

結果

1.性別・年齢階級別受診者数

性別・年齢階級別の受診者数と割合を図1に

示す。動脈硬化危険因子が重複する、いわゆる

多重危険因子保有者(以下、マルチプルリスク

ファクター保有者)で、頸動脈超音波検査受診

者471人の年齢分布は、男性では50代が274人

( 71.4%)と最も多く、次いで 40代の 64人

(16.6%)、女性では、50代が70人(80.5%)、

40代8人(9.2%)であった。男女とも50代に該

当者が最も多かった。全体では、男性が384人

(81.5%)女性が87人(18.5%)であった。

2. 受診者が保有する動脈硬化危険因子

動脈硬化危険因子保有数が2個の該当者は、

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木村ほか:動脈硬化と頸動脈超音波検査の有用性

29

23

64

274

1944 8

70

3 20

50

100

150

200

250

300

40歳未満 40~49歳 50~59歳 60~69歳 70歳以上

男性 N=384

女性 N=87

男性が185人(48.2%)、女性が51人(58.6%)

であった。男性では、「高血圧及び高血糖」が

59人(15.4%)で最も多く、女性では、「高血

圧及び脂質異常」が14人(16.1%)と最多であ

った。保有数が3個の該当者は、男性が134人

(34.9%)、女性が24人(27.6%)で「高血圧、

脂質異常、高血糖」のいわゆる3大危険因子保

有者が、男性で 46人( 12.0%)、女性で 9人

(10.3%)と最も多い結果であった。保有数が

4個以上の該当者は、男性が65人(16.9%)、女

性が12人(27.6%)であった(表1)。

3.性別・年齢階級別IMT肥厚及びプラーク出

現率

頸動脈内に IMT 肥厚を認めた者は 288 人

(61.1%)、男性では240人(62.5%)で、40歳

未満で52.2%、40代で82.8%、50代で56.6%、

60代で84.2%、70歳以上で100.0%と、すべて

の年齢階級で半数以上にIMT肥厚が認められた。

女性では48人(55.2%)で、40代で62.5%、50

代で54.3%、40歳未満で50.0%と半数以上であ

ったが、60代では33. 3%であった。

プラークは、男性166人(43.2%)、女性38人

(43.7%)、合計204人(43.3%)に認められた。

年代別のプラーク出現頻度は、70歳以上では全

員にプラークが認められ、男性では、 40代

65.6%、50代で36.1%に、女性では、40代で

50.0%、50代で41.4%にプラークが出現してい

た。最も該当数が多い50代では、男性に比較し

女性に高頻度でプラークが認められた(表2)。

4.動脈硬化危険因子別の有所見数と有所見率

図1で示したとおり、対象者が性別(男性

81.5%)、年齢階級(50代73.0%)で大きく偏

りが生じたため、危険因子別のIMT肥厚及びプ

ラーク出現率については、全体での集計とした。

IMT肥厚を認めた288人のうち最も多い273人

(94.8%)は高血圧保有者で、次いで212人

(73.6%)の高血糖保有者であった。プラーク

が認められた204人のうち195人(95.6%)が脂

質異常で、194人(95.1%)は高血圧であった

(表3)。

5.マルチプルリスクファクター症候群のプラ

ーク出現率

マルチプルリスクファクター症候群の中では、

脂質異常及び高血圧の両方を指摘された者の

89.9%にプラークが認められ、さらに高血糖を

併せ持つと、プラーク出現頻度は、96.1%に上

昇する結果となった(図2)。

6.頸動脈狭窄例

さらに、頸動脈狭窄率50%以上のものが9人

(1.9%)に認められ、頸動脈狭窄該当者には

「高血糖」「肥満」「高血圧」「高年齢」という

特徴があった。そのなかには、危険因子は肥満

表 1 マルチプルリスクファクター保有者数と割合

図 1 性別・年齢階級別受診者数

実数 % 実数 % 実数 %高血圧+高血糖 59 15.4 6 6.9 65 13.8脂質異常+高血糖 55 14.3 10 11.5 65 13.8高血圧+脂質異常 30 7.8 14 16.1 44 9.3肥満+高血糖 24 6.3 8 9.2 32 6.8その他 17 4.4 13 14.9 30 6.4

計 185 48.2 51 58.6 236 50.1高血圧+脂質異常+高血糖 46 12.0 9 10.3 55 11.7肥満+高血圧+脂質異常 24 6.3 4 4.6 28 5.9肥満+高血圧+高血糖 20 5.2 4 4.6 24 5.1肥満+脂質異常+高血糖 24 6.3 2 2.3 26 5.5その他 20 5.2 5 5.7 25 5.3

計 134 34.9 24 27.6 158 33.565 16.9 12 13.8 77 16.3  保有数4個以上

動脈硬化危険因子男性n=384 女性n=87 全体n=471

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調査研究ジャーナル 2015 Vol.4 No.1

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と脂質異常だけで、年齢が40代と若く、自覚症

状がないという症例もみられた(図3)。症例は、

40代男性。30代より脂質異常を指摘されていた

が、仕事が忙しく食事が不規則なこともあり、

食生活や運動習慣に関しては無関心であった。

年々体重が増加し、特にこの1年間では6kgの体

重増加がみられ、BMI=28.5と危険因子が複数

となった。動脈内には、石灰化を伴う可動性の

不安定プラークを認め、さらに、閉塞を示唆す

る血流速の低下が認められた。即日、脳外科へ

紹介となり内頸動脈狭窄症と診断され、抗血小

板薬投与の治療を開始したと報告を受けた。

考察

健常者を対象とした頸動脈超音波検査結果に

ついては、加齢とともにIMT肥厚が増高する傾

向にあることが多く報告されている3—9)。寺島

ら10)は、若年から高齢者までは、加齢ととも

にIMTが増高し、70代でもその平均値は1.0mm

を超えないと報告している。この結果は、半田

ら 11)の報告でも異論のないところである。

我々が既に報告した結果5)でも、同様であった。

また、健常者の頸動脈プラークの有無での検討

では、本間ら12)は、人間ドック受診者のうち

高血圧、糖尿病の病歴がない集団において、60

代以下では頸動脈プラークを認めなかったとし、

また木暮ら13)は、健常者においてプラークは

50歳未満ではみられず、50代で5%、60代で

7%の出現頻度に対し、70代で24%、80代で

27%に出現し、70歳を境に急激に増加したと報

告している。

今回のマルチプルリスファクター症候群と

我々の健常者の結果5)でプラーク出現率を比較

すると、図4に示すとおり、健常者においては

表 3 動脈硬化危険因子別IMT肥厚及びプラーク出現率

表 2 性別・年齢階級別IMT肥厚及びプラーク出現率

実数 % 実数 % 実数 % 実数 % 実数 % 実数 %

40歳未満 12 52.2 11 47.8 2 50.0 2 50.0 14 55.6 13 48.1

40~49歳 53 82.8 42 65.6 5 62.5 4 50.0 58 80.6 46 63.9

50~59歳 155 56.6 99 36.1 38 54.3 29 41.1 193 56.1 128 37.2

60~69歳 16 84.2 10 52.6 1 33.3 1 33.3 17 77.3 11 50.0

70歳以上 4 100.0 4 100.0 2 100.0 2 100.0 6 100.0 6 100.0

合計 240 62.5 166 43.2 48 55.2 38 43.7 288 61.1 204 43.3

年齢

男性 n=384 女性 n=87 全体 n=471

IMT肥厚あり プラークあり IMT肥厚あり プラークあり IMT肥厚あり プラークあり

狭窄率

肥厚なし 肥厚あり p値 なし あり p値 50%以上

471(100) 183(38.9) 288(61.1) 267(56.7) 204(43.3) 9(1.9)

384(81.5) 144(78.7) 240(83.3) ns 218(81.6) 166(81.4) ns 6(66.7)

87(18.5) 39(21.3) 44(16.7) 49(18.4) 38(18.6) 3(33.3)

年齢(平均±標準偏差) 52.8±7.0 52.5±6.7 53.0±7.1 ns 52.7±6.2 52.9±7.9 ns 58.1±10.5

肥満 218(46.2) 82(44.8) 136(47.2) ns 119(44.6) 99(48.5) ns 6(66.7)

高血糖 360(76.4) 148(80.9) 212(73.6) ns 220(82.4) 140(68.6) *** 7(77.8)

高血圧 319(67.7) 47(25.1) 273(94.8) *** 125(46.8) 194(95.1) *** 8(88.9)

脂質異常 316(67.1) 112(61.2) 204(70.8) * 121(45.3) 195(95.6) *** 8(88.9)

喫煙 55(11.7) 18 (9.8) 37(12.8) ns 31(11.6) 24(11.8) ns 5(55.6)

2個 236(50.1) 143(78.1) 93(32.3) 191(71.5) 45(22.1) 2(22.2)

3個以上 235(49.9) 40(21.9) 195(67.7) 76(28.5) 159(77.9) 7(77.8)

2.7±0.82 2.2±0.41 3.0±0.86 *** 2.3±0.51 3.2±0.86 *** 3.8±1.30

ns:p>0.05 *:p<0.05 **:p<0.01 ***:p<0.001

動脈硬化危険因子の保有数(平均±標準偏差)

頸動脈超音波検査項目 計IMT (Max) プラーク

実数(%)

男性(全体に占める%)

女性(全体に占める%)

動脈硬化危険因子の保有数(%)

保有数(%) *** ***

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木村ほか:動脈硬化と頸動脈超音波検査の有用性

31

40歳未満では男女ともプラークがみられず、加

齢とともにゆるやかに増加を示した。マルチプ

ルリスクファクター症候群では、加齢により頸

動脈プラークの出現率は増すものの、健常者に

比べ、いずれの年齢階級においても、マルチプ

ルリスクファクター症候群の方がプラーク出現

率が高かった。このことからも、動脈硬化危険

因子によりプラーク出現頻度が上がることが確

認できた。今回のマルチプルリスクファクター

症候群は、年齢分布が極端に50代に偏っている

(全体の73.0%)ため、若年者と高齢者に関し

ては充分な検討ができなかったが、最も対象数

が多い50代では、男性に比し女性に高頻度でプ

ラークが認められ、健常者では見られなかった

40歳未満でも半数近くにプラークが出現してい

た。危険因子保有数で比較すると、保有数が2

個では、 IMT肥厚が32.3%、保有数3個以上で

は約2倍の67.7%であった。またプラーク出現

率は、保有数2個が22.1%であるのに比し、保

有数3個以上では77.9%と3倍以上の頻度であっ

た。宇野ら14)は、動脈硬化危険因子保有数が

多いほどIMT肥厚、プラーク出現率ともに高い

傾向にあると報告しているが、我々の結果では、

危険因子保有数が2個にくらべ、保有数3個で

IMT肥厚、プラーク出現率ともに高いものの、

保有数4個以上の集団は、実施例数が少なく、

充分な比較はできなかった。

表3に示すように単因子でみると、高血圧、

脂質異常はプラーク出現と有意に正の相関があ

り、脂質異常及び高血圧保有者で89.9%とプラ

ーク出現率が高かった。危険因子を2個保有す

る者236人中プラーク出現者45人(19.1%)で

あったことに比べても、「脂質異常及び高血圧」

保有がプラーク出現に関与することが明らかに

図 3 内頸動脈に狭窄がみられた症例 図 2 おもなマルチプルリスクファクター症候群の

プラーク出現率(%)

図 4 健常者とマルチプルリスクファクター症候群のプラーク出現率の比較

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

40歳未満 40~49歳 50~59歳 60~69歳 70歳以上

0

12.8

28.8

42

64.5

47.8

65.6

36.1

52.6

100

0 0.1

19.2

27.4

5050 50

41.1

33.3

100

男性 健常者 男性 マルチプルリスク保有者 女性 健常者 女性 マルチプルリスク保有者

高血圧+高血糖

脂質異常+高血糖

脂質異常+高血圧

脂質異常+高血圧+高血糖

57.7

59.3

89.9

96.1

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調査研究ジャーナル 2015 Vol.4 No.1

32

なった。

高血糖については、単因子では、高血圧・脂

質異常の単因子に比べプラーク出現率が低いと

いう結果がみられたが、脂質異常、高血圧、高

血糖の3個を保有する場合のプラーク出現率は

96.1%と、脂質異常と高血圧の2個を保有する

場合(89.9%)より高く、また、危険因子を3

個以上保有する者235人中プラーク出現者159人

の66.7%より高いことから、高血糖が高血圧や

脂質異常と重なることによりプラーク出現率を

高めることが示唆された。動脈硬化学会ガイド

ラインでは、糖尿病保有者にプラークが多く、

厳重な管理が必要であるとされており、菊池15)

の報告でも、糖尿病がIMT肥厚・プラーク出現

率の上昇につながっていると報告している。こ

のことから、高血糖から糖尿病という病態に進

展することで、単独の危険因子としてプラーク

出現のリスクが高くなることも考えられ、「高

血糖」を保有する場合には「糖尿病」という病

態に進展する前に改善することが、プラーク出

現のリスク管理の点からも重要であると考える。

また、今回の対象者には、喫煙者が少数で、

喫煙とプラークとの関連性については明らかな

知見は得られなかった。

多くの報告4—15)で、頸動脈超音波検査対象者

の条件が、「動脈硬化危険因子を持たない集団」

「危険因子保有数2個未満の集団」「健診で頸動

脈検査を受診した集団」等々、受診者の背景が

必ずしも一致していないため、他施設との充分

な比較ができなかったが、宇野ら14)の報告と

同様に、「動脈硬化性疾患予防ガイドライン・

2012年版」16)で公表された高リスク群、高血

圧、脂質異常、高血糖、肥満といった動脈硬化

危険因子を多く有する人ほど頸動脈硬化が進ん

でいることが確認できた。一方で、提示した症

例のように、自覚症状がない症例で、高度の狭

窄を生じている場合があった。症例は若年で肥

満と脂質異常という危険因子の保有であるが、

特定健診の基準でいえば「動機づけ支援」に該

当し、積極的な保健指導の対象外である。危険

因子の保有数が2個以内の若年者(特に男性)

において、頸動脈超音波検査を実施することが

自覚のない動脈硬化の発見につながると考える。

動脈硬化は自覚症状に現れることなく進行し、

自覚症状が現れた時は、心血管イベントが発生

した時であることが多い。生活習慣の改善、治

療継続・強化の重要性を保健指導の場面で勧奨

していくには、動脈硬化の実態を目の当たりに

することが最もインパクトを与える。その方法

として、頸動脈超音波検査は、非常に有力な手

段と考える。頸動脈内の状態を画像とともに受

診者に報告することで、動脈硬化の進展度を本

人が確認することは、生活習慣改善の動機づけ

の一助として有効であると言える。

今後の課題として、各年代で症例数を増やし、

特に、若年層・高齢者での頸動脈超音波検査の

有用性、生活習慣改善の保健指導における改善

状況と頸動脈超音波検査結果との関連、さらに、

動脈硬化疾患予防のためのリスク管理における

頸動脈超音波検査の活用等について検討してい

きたい。

おわりに

自覚症状がなく、生活習慣の改善に消極的な

動脈硬化危険因子保有者に対しては、頸動脈超

音波検査を積極的に実施し、健康診断後の保健

指導部門と連携して、経過観察・管理指導に役

立てていきたいと考える。

本論文の要旨は第52回千葉県公衆衛生学会

(平成26年2月)において発表した。

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