光ネットワークの高機能化を実現する plc光スイッ...

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光スイッチと光通信システム 広義では,光スイッチには2つの種 類があります.1つは入力1ポートと 出力1ポートを持ち,光信号を必要に 応じてON/OFF動作させるもので, 一般に時間スイッチ(あるいはゲート スイッチ)と呼ばれます.特にデータ の“ 0 ”,“ 1 ” に合 わせて高 速 に ON/OFFするものは変調器とも呼ば れます.もう1つは,入力と出力の数 が複数あり,光信号の行き先を切り替 えるのもので,空間スイッチと呼ばれ ます.通常入力ポート数をN,出力数 をM としN×M スイッチと呼ばれます. 本稿ではこの空間スイッチ(以下,ス イッチ)を取り上げます.もっとも小 規模なものは1×2スイッチで,伝送 装置の現用系と予備系の切り替え等に 使用され,従来機械式(ファイバ,プ リズム,ミラーなどが移動することで 光路を切り替えるタイプ)が使われて いました. 近年,インターネットの普及に伴い 波長分割多重(WDM: Wavelength Division Multiplexing)伝送方式 が導入され1本の光ファイバで複数の 波長チャネルを多重伝送することで伝 送容量が飛躍的に拡大されました.今 後,FTTH(Fiber To The Home) とともに「ひかり電話」等のIP電話 サービスが普及すると,基幹系だけで なく下位のネットワークもW D M化さ れると予想されます.その際,ノードが 処理すべきトラヒック量が大幅に増加 します. このような背景のもと,近年,波長 多重された光信号がノードを通過する 際にそのノードを素通りする光信号は 電気信号に変換せず(ルータを介さず) 光のまま通過させる方式が検討されて います.ROADM(Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexing) あ る い は , OXC( Optical Cross C o n n e c t )と呼ばれているネットワー クのノード形態です.そこでは,光信 号の行き先を切り替えるための多数の 光スイッチが必要となりますので,機 械式では困難な小型化・集積化を可 能とする新しい光スイッチの技術が求 められています. PLCスイッチの原理と基本特性 プレーナ光波回路(PLC: Planar Lightwave Circuit)とはミクロン オーダーの断面寸法を持つ光導波路か らなる光回路の総称で,電気のI Cと同 様に基板表面上に薄膜形成,フォト リソグラフィ,ドライエッチング等の技 術を用いて形成されます.我々は基板 にはシリコン,導波路には光ファイバ と同じ材料である石英ガラスを採用し, 低損失で信頼性に優れた種々のPLC デバイスの研究を進めています (1),(2) スイッチはその中の重要な研究項目の 1つです. 後述する2つのスイッチを含め種々 のスイッチを開発していますが,いず れも図1に示すマッハツェンダ(M Z : Mach-Zehnder)干渉計を基本素子 として採用しています.同干渉計では, 入力光を前段の結合器で2分岐し (比率50:50),後段の結合器で再度 合流させ2つの光を干渉させます.非 駆動時には50%の結合器が2段なの で100%の光が右下の出力ポートから 出力されます.途中にある薄膜ヒータ を駆動し一方の導波路を加熱すると光 の伝搬速度が低下し後段の結合器で の合流の際,2つの光の位相がずれ, 右上の出力ポートから出力されます. これがM Z 干渉計型スイッチ素子の動 作原理です. このように可動部分が一切ない構造 なので,外部からの振動や衝撃により 出力特性が変動することもなく,また ヒータへの供給電力と光出力の関係が 光ネットワークを支えるPLCデバイス技術 NTT技術ジャーナル 2005.5 12 光ネットワークの高機能化を実現する PLC光スイッチ 光スイッチを光通信網に取り入れると,光信号を電気信号に変換すること なく特定の信号だけ分岐したり行き先を変えることができ,ノードの装置コ スト低減やフレキシブルなシステム運用が可能となります.本稿では,NTT フォトニクス研究所で開発されたプレーナ光波回路(PLC)技術を用いて作 製した光スイッチの特性を紹介します. たかはし ひろし †1 わたなべ としお †1 高橋 /渡辺 俊夫 ごう たかし †1 そうま しゅんいち †1 隆司 /相馬 俊一 たかはし てつお †2 高橋 哲夫 †1 NTTフォトニクス研究所 †2 NTT未来ねっと研究所 プレーナ光波回路 光スイッチ ROADM

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Page 1: 光ネットワークの高機能化を実現する PLC光スイッ …調べたところ,図4に示すように,15 ~80 において挿入損失と消光比の 変動はわずかです.これはMZ干渉計

光スイッチと光通信システム

広義では,光スイッチには2つの種

類があります.1つは入力1ポートと

出力1ポートを持ち,光信号を必要に

応じてON/OFF動作させるもので,

一般に時間スイッチ(あるいはゲート

スイッチ)と呼ばれます.特にデータ

の“0”,“1”に合わせて高速に

ON/OFFするものは変調器とも呼ば

れます.もう1つは,入力と出力の数

が複数あり,光信号の行き先を切り替

えるのもので,空間スイッチと呼ばれ

ます.通常入力ポート数をN,出力数

をMとしN×Mスイッチと呼ばれます.

本稿ではこの空間スイッチ(以下,ス

イッチ)を取り上げます.もっとも小

規模なものは1×2スイッチで,伝送

装置の現用系と予備系の切り替え等に

使用され,従来機械式(ファイバ,プ

リズム,ミラーなどが移動することで

光路を切り替えるタイプ)が使われて

いました.

近年,インターネットの普及に伴い

波長分割多重(WDM: Wavelength

Division Multiplexing)伝送方式

が導入され1本の光ファイバで複数の

波長チャネルを多重伝送することで伝

送容量が飛躍的に拡大されました.今

後,FTTH(Fiber To The Home)

とともに「ひかり電話」等のIP電話

サービスが普及すると,基幹系だけで

なく下位のネットワークもWDM化さ

れると予想されます.その際,ノードが

処理すべきトラヒック量が大幅に増加

します.

このような背景のもと,近年,波長

多重された光信号がノードを通過する

際にそのノードを素通りする光信号は

電気信号に変換せず(ルータを介さず)

光のまま通過させる方式が検討されて

います.ROADM(Reconfigurable

Optical Add/Drop Multiplexing)

あるいは, OXC( Optical Cross

Connect)と呼ばれているネットワー

クのノード形態です.そこでは,光信

号の行き先を切り替えるための多数の

光スイッチが必要となりますので,機

械式では困難な小型化・集積化を可

能とする新しい光スイッチの技術が求

められています.

PLCスイッチの原理と基本特性

プレーナ光波回路(PLC: Planar

Lightwave Circuit)とはミクロン

オーダーの断面寸法を持つ光導波路か

らなる光回路の総称で,電気のICと同

様に基板表面上に薄膜形成,フォト

リソグラフィ,ドライエッチング等の技

術を用いて形成されます.我々は基板

にはシリコン,導波路には光ファイバ

と同じ材料である石英ガラスを採用し,

低損失で信頼性に優れた種々のPLC

デバイスの研究を進めています(1),(2).

スイッチはその中の重要な研究項目の

1つです.

後述する2つのスイッチを含め種々

のスイッチを開発していますが,いず

れも図1に示すマッハツェンダ(MZ:

Mach-Zehnder)干渉計を基本素子

として採用しています.同干渉計では,

入力光を前段の結合器で2分岐し

(比率50:50),後段の結合器で再度

合流させ2つの光を干渉させます.非

駆動時には50%の結合器が2段なの

で100%の光が右下の出力ポートから

出力されます.途中にある薄膜ヒータ

を駆動し一方の導波路を加熱すると光

の伝搬速度が低下し後段の結合器で

の合流の際,2つの光の位相がずれ,

右上の出力ポートから出力されます.

これがMZ干渉計型スイッチ素子の動

作原理です.

このように可動部分が一切ない構造

なので,外部からの振動や衝撃により

出力特性が変動することもなく,また

ヒータへの供給電力と光出力の関係が

光ネットワークを支えるPLCデバイス技術

NTT技術ジャーナル 2005.512

光ネットワークの高機能化を実現するPLC光スイッチ

光スイッチを光通信網に取り入れると,光信号を電気信号に変換することなく特定の信号だけ分岐したり行き先を変えることができ,ノードの装置コスト低減やフレキシブルなシステム運用が可能となります.本稿では,NTTフォトニクス研究所で開発されたプレーナ光波回路(PLC)技術を用いて作製した光スイッチの特性を紹介します.

たかはし    ひろし†1 わたなべ と し お †1

高橋 浩 /渡辺 俊夫ごう た か し †1 そ う ま しゅんいち†1

郷  隆司 /相馬 俊一たかはし て つ お †2

高橋 哲夫

†1NTTフォトニクス研究所†2NTT未来ねっと研究所

プレーナ光波回路 光スイッチ ROADM

Page 2: 光ネットワークの高機能化を実現する PLC光スイッ …調べたところ,図4に示すように,15 ~80 において挿入損失と消光比の 変動はわずかです.これはMZ干渉計

特集

NTT技術ジャーナル 2005.5 13

安定しているためフィードバック制御

等も不要で,簡単な電流駆動回路で

安定動作が得られます.図1中の導波

路断面図に示すように,薄膜ヒータ近

傍に断熱溝を形成し水平方向への熱

の流出を防止することで消費電力の低

減を図っています,設計にもよります

が通常1素子当りの電力は0 . 1~

0.2,W,研究レベルですと0.045,Wと

非常に少なくなっています(3).また

ヒータに電力を供給開始してから出力

が切り替わるまでの時間はわずか数ミ

リ秒です.

ROADM用光スイッチ

ROADMシステムにおいては,各

ノードは任意の波長の信号光をスルー

(素通り)させるか分岐挿入してトラ

ンスポンダ*に接続させるかを切り替え

る機能を持ちます.ノードの構成法に

は何種類かありますが,図2に示すよ

うに波長分波器-スイッチ-波長合波

器の組合せが基本構成として知られて

います.各スイッチはスルー状態と分

岐挿入状態の2つの状態を持ち,波長

ごとにスルーさせるかどうかを選ぶこと

ができます.今回開発したものは,32

波長のROADM用であり,32個の上

記スイッチが24,mm×56,mmのチッ

プに集積されたもので,図3右に示す

ように非常にコンパクトになってい

ます(4).

平均損失はIN -OUTポート間で

0.76,dB,ADD-OUTおよびIN-DROP

ポート間ではそれぞれ,0.69 , dB,

0.61,dBです.また平均消光比は,IN-

OUTポート間で72 . 2 , dB,ADD -

OUTポート間56.5,dBでROADM用

として十分な特性です.さらに,環境

温度変化が光学特性に及ぼす影響を

図1 MZ干渉計型PLC光スイッチ素子�

ヒータOFF時�

光導波路�

断熱溝�

薄膜ヒータ�

ヒータON時�

導波路コア�

石英ガラス層��

シリコン基板�

(a) 上面図�

(b) 断面図�

方向性結合器�

図2 ROADMの構成概略とスイッチ動作状態�

ユーザインタフェース�

トランスポンダ� ・・・�

・・・�

λ1λ2 ・・・ λ32 λ1λ2 ・・・ λ32

AWG

AWG

分波器�合波器�

分岐挿入状態�IN OUT

ADDDROP

スルー状態�IN OUT

ADDDROP

λ1 λ3 λ31

スイッチ�

PLCスイッチチップ�32波長ROADMモジュール�

図3 32波長ROADMモジュール外観とPLCスイッチチップ�*トランスポンダ:光信号と電気信号を相互交換する装置.

Page 3: 光ネットワークの高機能化を実現する PLC光スイッ …調べたところ,図4に示すように,15 ~80 において挿入損失と消光比の 変動はわずかです.これはMZ干渉計

調べたところ,図4に示すように,15

~80℃において挿入損失と消光比の

変動はわずかです.これはMZ干渉計

が2本の導波路の温度差を動作原理

とし,チップそのものの温度には影響

を受けないことを示しています.

分波器と合波器もPLC技術を用

い た AWG( Arrayed Waveguide

Grating)波長合分波器であり,図3

左に示すようにスイッチと2つのAWG

合わせて合計3つのPLCチップを内蔵

したモジュールの開発にも成功してい

ます.ROADMの動作に必要な光学

部品がすべてまとめられたことにより,

通常の電子部品と同様に簡単にプリン

ト基板上に搭載することが可能となり

ました.これは単なる小型化の域を超

え,実用レベルに達したことを意味し

ます.実際に,このモジュールは信頼

性試験等をクリアして商用化されてい

ます.

マトリクススイッチ

マトリクススイッチはN個の入力と

M個の出力を任意の組合せで接続する

スイッチで,OXCやROADMネット

ワークにおいて,複数の光路を切り替

えたり,可変波長光源と組み合わせて

波長割当をフレキシブルに行うために

必要とされるスイッチです.図5に示

すように(N=M=4の場合),N×

M個の2×2スイッチを網目状に接続

した構成が一般的です.通常,我々

のMZ干渉計は消光比は20~30,dB

程度ですので,40,dB以上の消光比を

得るために2つのMZ干渉計を接続し

て1つの2×2スイッチとするダブル

ゲート構成を採用しています.現在マ

トリクススイッチの最大ポート数は

16×16で,この場合,512個のMZ干

渉計を1つのPLCチップに集積する必

要があります.そのため,我々が通常

用いている石英系導波路は最小半径

5mmまで曲げられるものですが,今

回は,半径2mmが可能となる導波路

を採用しました.導波路コアと周囲の

屈折率差(Δ)を従来の0.75%から

1.5%に倍増し光の閉じ込め効果を強

めることによりこれを実現しています.

図6に従来および今回実現した

16×16マトリクススイッチのチップ図

を示します(6).32個のMZを1群とし,

4群4列の配置が可能となり,デッド

スペースを大きく減少させることがで

きたため,チップ面積が約3分の1と

なっています(従来:100 ,mm×

107,mm,今回:85,mm×45,mm).

今回,Δの高い導波路を用いたため,

ファイバ-導波路結合損失,伝搬損

失ともに従来に比べてやや増加し平均

挿入損失は6.5,dBとなっていますが,

今後の改良により低減が可能です.消

光比は平均55,dBで,OXC等にも十

光ネットワークを支えるPLCデバイス技術

NTT技術ジャーナル 2005.514

図4 ROADM用スイッチの温度特性�

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

0 20 40 60 80 100環境温度�

挿入損失�

0

10

20

30

40

50

60

70

80

消光比�

(dB)� (dB)�

(℃)�

IN-OUT�ADD-OUT�IN-DROP

図5 マトリクススイッチの全体構成(例:4×4)と2×2スイッチ内部構成�

2×2スイッチ�

MZ干渉計#1� MZ干渉計#2�

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特集

NTT技術ジャーナル 2005.5 15

分な値となっています.MZ干渉計1

つ当りの消費電力は0.15,Wです.同

時駆動するヒータの数は32個ですので,

最大消費電力はわずか4.8,Wです.薄

膜ヒータが512個もあるため消費電力

が非常に高いと思われがちですが,実

際にはPCのCPUの消費電力より小さ

くなっています.またマトリクススイッ

チ本体のほか,薄膜ヒータの駆動・制

御回路や外部との通信インタフェース

回路を1つのボード上に実装すること

ができるので,システムへの導入が容

易です.

今後の展開

光スイッチは,ROADMあるいは

OXCなど,光-電気-光変換を介さ

ずWDM伝送系の波長パスをフレキシ

ブルに設定・変更ができるネットワー

クを実現するために必須のデバイスで

す.PLC型のスイッチは,小型で高い

安定性・信頼性を持っていることから,

今後多くの上記商用システムに導入さ

れることが期待されています.その際

には,AWG波長合分波器との複合集

積実装さらにはモノリシック集積によ

りさらなる小型化・低コスト化が必要

となると予想されています.またトラ

ヒック増大,WDMの波長数やノード

に接続される伝送路数の増加に合わせ

て,スイッチの大規模化も要求されま

す.今後これらのニーズにこたえるた

め,引き続きPLCスイッチの研究開発

を積極的に推進します.

■参考文献(1) A. Himeno, K. Kato, and T. Miya:“Silica-basedplanar lightwave circuits,”IEEE J. SelectedTopics in Quantum Electronics, Vol. 4, No. 6,pp. 913-924, 1998.

(2) H. Takahashi:“Planar lightwave circuitdevices for optical communication: present andfuture,”ITCOM, 8-11, Proceedings Vol. 5246,pp.520-531, Sept. 2003.

(3) S. Sohma, T. Goh, H. Okazaki, M. Okuno, andA. Sugita:“Low switching power silica-basedsuper high delta thermo-optic switch with heatinsulating grooves,”Electronics. Letters, Vol.38, No. 3, pp. 127-128, 2002.

(4) 渡辺・橋詰・高橋・相馬・柴田・奥野:“石英系PLCを用いた32連集積化アド/ドロップ光スイッチ,”2003信学ソ大,C-3-27,2003.

(5) T. Goh, A. Himeno, M. Okuno, H. Takahashi,and K. Hattori:“High-extinction ratio and low-loss silica-based 8×8 strictly nonblockingthermooptic matrix switch,”J. LightwaveTechnol., Vol. 17, No. 7, pp. 1192-1199, 1999.

(6) S. Sohma, T. Watanabe, T. Shibata, and H.Takahashi:“ Compact and low powerconsumption 16×16 Optical Matrix Switchwith Silica-Based PLC Technology,”OFC2005, OThV4.

(上段左から)渡辺 俊夫/ 高橋  浩/

郷 隆司

(下段左から)相馬 俊一/ 高橋 哲夫

導波路は単なる光の伝搬媒体で,現在のPLCは電気回路に例えればコイルとコンデンサでつくった簡単なラジオです.50年後にどんな発展をしているのか楽しみにしながら,PLCの研究開発を一歩一歩着実に進めていきます.

◆問い合わせ先NTTフォトニクス研究所複合光デバイス研究部TEL 046-240-4045FAX 046-240-4528E-mail [email protected]

IN

OUT

85 mm

45 mm

(a) 従来の回路図� (b) 試作品の回路図� (c) 試作品�

出力ポート�

入力/出力ポート�

入力�ポート�

MZ干渉計群�

MZ干渉計群�

図6 16×16マトリクススイッチチップ�