<研究・調査> · 2015-10-17 · -42-...

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- 40 - <研究・調査> 1.はじめに 平成24年度から、タンデムマスによる新生児マス・スクリーニングが公費により全国的に実施されること になった。これまでの新生児マス・スクリーニングで早期発見されていた6疾患の中のフェニルケトン尿症、 メープルシロップ尿症、ホモシスチン尿症の3疾患に加えて、新たにアミノ酸代謝異常症2疾患、有機酸代 謝異常症7疾患、脂肪酸代謝異常症4疾患がタンデムマスを使用することによって早期発見され、適切に治 療されて突然死や発達障害が予防されることは、母子保健の大きな向上である。これまでの新生児スクリー ニングで多く発見されてきた先天性甲状腺機能低下症やフェニルケトン尿症では、発見が多少遅れても、直 ちに重篤な症状を呈することは殆どなかったが、有機酸や脂肪酸の代謝異常症の中には、スクリーニングで 異常が発見された後の対応が遅れただけでも後遺症を残したり突然死する場合もあるので、発見から診断ま でを円滑に行い、診断された例には速やかに適切な治療を行うことが大切である。このように、スクリーニ ングで発見してから診断と治療を行う上で本稿は大変参考になると思っており、大いに役立てて頂くように お願いする。

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<研究・調査>

1.はじめに

平成24年度から、タンデムマスによる新生児マス・スクリーニングが公費により全国的に実施されること

になった。これまでの新生児マス・スクリーニングで早期発見されていた6疾患の中のフェニルケトン尿症、

メープルシロップ尿症、ホモシスチン尿症の3疾患に加えて、新たにアミノ酸代謝異常症2疾患、有機酸代

謝異常症7疾患、脂肪酸代謝異常症4疾患がタンデムマスを使用することによって早期発見され、適切に治

療されて突然死や発達障害が予防されることは、母子保健の大きな向上である。これまでの新生児スクリー

ニングで多く発見されてきた先天性甲状腺機能低下症やフェニルケトン尿症では、発見が多少遅れても、直

ちに重篤な症状を呈することは殆どなかったが、有機酸や脂肪酸の代謝異常症の中には、スクリーニングで

異常が発見された後の対応が遅れただけでも後遺症を残したり突然死する場合もあるので、発見から診断ま

でを円滑に行い、診断された例には速やかに適切な治療を行うことが大切である。このように、スクリーニ

ングで発見してから診断と治療を行う上で本稿は大変参考になると思っており、大いに役立てて頂くように

お願いする。

2.タンデムマス・スクリーニングの概略

A.対象疾患と頻度

厚生労働科学研究補助金、成育疾患克服等次世

代育成基盤事業において、「タンデムマス等の新技

術を導入した新しい新生児マス・スクリーニング

体制の確立」(研究代表者山口清次島根大学医学部

教授)の報告書によるとタンデムマスによる新生

児マス・スクリーニング検査によって、アミノ酸、

有機酸・脂肪酸代謝異常症の早期発見が可能であ

り、そのうちの表1の一次検査対象の16疾患につい

ては見逃しが少なく、早期治療によって心身障害

の予防または軽減が期待できると報告されている

ので、厚生労働省は平成23年3月31日にこの検査の

導入を検討し、適切に対応することを期待すると

各都道府県に通知した。そこで、特殊ミルク改良

開発部会第一部会も、この研究班の報告書および

厚生労働省母子保健課長の通知の指示に従って、

スクリーニングで異常が発見されたときの対応を

検討した。

B.重症度の多様性

何れの対象疾患にも重症度の多様性がみられ、

「最重症例」では、新生児期早期に代謝性アシドー

シス、低血糖、高アンモニア血症などを伴って急

性発症するため、本スクリーニングが診断のため

の検査としての役割を担うことになる。また、新

生児期に症状を認めない例では、この検査が契機

となって疾患の存在が明らかにされ、早期から適

切な管理がなされるため、乳児期以後の症状出現

や、発達障害の予防が可能となる。一方、スク

リーニング発見例の中には、発熱、下痢、嘔吐な

ど、異化作用が亢進した場合のみに症状を呈し、

平常時には無症状の著しく軽症な例もあり、この

ような場合には過度にならない適切な扱いが必要

である。

3.異常が発見されてから診断までの対応

重症型でスクリーニング施行前に症状を認める

場合と、要精密検査と判定されて検査結果がカッ

トオフ値を著しく超えている場合には、入院が必

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表1タンデムマス・スクリーニングの対象疾患とカットオフ値 (nmol/ml)

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要となるが、カットオフ値に近い異常の場合には、

先ず外来で採血し、通院しながら検査結果を再確

認することが多い。以下に、対象疾患が疑われた

場合の対応を要約する。なお、各疾患の病因を含

めた臨床像については、教科書を参照されたい。

A.アミノ酸代謝異常症

(1)高フェニルアラニン血症

①血漿アミノ酸分析によるフェニルアラニン

(Phe)濃度の再確認を行う。

②血中、尿中プテリン化合物の分析:フェニル

ケトン尿症(PKU)とテトラヒドロビオプテ

リン(BH4)欠乏症の鑑別を行う。

③BH4負荷試験:同上(BH4反応性高Phe血症の

判定も行える)。

(2)メープルシロップ尿症

重症型では呼吸障害、意識障害、痙攣などが新

生児期早期に出現し、緊急治療が必要である。

①血漿アミノ酸分析による分枝鎖アミノ酸(ロ

イシン、イソロイシン、バリン)の測定を行

う。

②血漿或いは濾紙血のアロイソロイシンのピー

クをアミノ酸分析で確認する。

③尿有機酸分析によって、α-ケト酸の検出を確認する。

(3)ホモシスチン尿症

①血漿アミノ酸分析によるメチオニン、及び血

漿総ホモシステイン測定を行う。

②尿中ホモシスチンのピークをアミノ酸分析で

確認する。

③高メチオニン血症を認める他疾患(肝障害、

胆汁鬱帯、メチオニンアデノシルトランス

フェラーゼ(MAT)欠損症など)との鑑別が

必要である。

(4)シトルリン血症1型

重症新生児型では、高アンモニア血症のために

哺乳不良、多呼吸、意識障害、痙攣などの症状を

呈する。

①血漿アミノ酸分析によりシトルリンのピーク

を確認する。

②尿中シトルリンの上昇をアミノ酸分析で確認

する。

③高アンモニア血症を確認する。

④尿有機酸分析で、オロット酸およびウラシル

を確認する。

(5)アルギニノコハク酸尿症

重症新生児型では、高アンモニア血症のために

哺乳不良、多呼吸、意識障害、痙攣などの症状を

呈する。

①血漿アミノ酸分析によりシトルリン上昇を確

認する。

②尿アミノ酸分析によるアルギニノコハク酸の

存在を確認する。

③高アンモニア血症の確認を行う。

④尿有機酸分析で、オロット酸およびウラシル

を確認する。

B.有機酸代謝異常症

本スクリーニングの対象となっている有機酸代

謝異常症の多くに、重症の新生児型が存在する。

その場合には、代謝性アシドーシス、高アンモニ

ア血症などのためにスクリーニング以前に呼吸障

害、意識障害などの症状を呈しており、スクリー

ニングが臨床検査の役目を担うことになる。上記

の症状を認める場合には、血液ガス分析、血中乳

酸、アンモニア、血糖の測定は必須である。

(1)メチルマロン酸血症・プロピオン酸血症

①血液ガス分析、血中乳酸、アンモニア、血糖

の測定を行う。

②タンデムマス・スクリーニングではC3値と

C3/C2比を併せて判定する。

③重症度の判定には濾紙血液中のC3値は不正確

なので血清C3値を再確認する。

④GC/MSによる尿中有機酸分析を行って診断す

る。

(2)イソ吉草酸血症

①血中アンモニア測定、血液ガス分析

②タンデムマスデータ確認事項:C5の上昇はピ

ボキシル基を持った抗生剤(トミロン、メイ

アクトなど)の服用でも見られるので、病歴

を確認する。

③GC/MSによる尿中有機酸分析によって診断す

る。

(3)メチルクロトニルグリシン尿症・ヒドロキシメ

チルグルタル酸血症(HMG血症)・マルチプル

カルボキシラーゼ欠損症

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①C5-OH(3-ヒドロキシイソバレリルカルニチン)

の上昇(βケトチオラーゼ欠損症でもC5-OH

(2-メチル-3-ヒドロキシブチリルカルニチン)

が高値を示すので、鑑別対象となる。

②追加指標として C5-OH/C0、C5-OH/C8 を検討

する。

③メチルクロトニルグリシン尿症以外の2疾患で

は臨床的緊急性が高い。

④3疾患ともにGC/MSによる尿中有機酸分析を

行って診断する。

(4)グルタル酸血症1型

①スクリーニングではC5-DC(グルタリルカル

ニチン)の異常があれば精査の対象になる。

②追加指標としてC5-DC/C5-OH を検討する。

治療開始が早いほど予後が良い傾向があり、

臨床的緊急性は高いとされている。

③確定診断は、GC/MSによる尿中有機酸分析を

行って診断する。

C.脂肪酸代謝異常症

(1)中鎖アシルCoA脱水素酵素(MCAD)欠損症

新生児期に感染などを機に急性脳症、突然死を

起こすことがあるので、スクリーニングの臨床的

意義が高い疾患である。

①スクリーニングではC8(オクテノイルカルニ

チン)の異常で精査になる。

②追加指標としてC8/C2、C8/C10を検討し、C6、

C10:1、C10も検討する。

③GC/MSによる尿中有機酸分析では、ヘキサノ

イルグリシン、スベリルグリシンが検出され

る。

(2)極長鎖アシルCoA脱水素酵素(VLCAD)欠損症

新生児期に低血糖発作、心筋症を起こす病型も

あるので、スクリーニングの臨床的緊急性は高い。

①スクリーニングではC14:1(テトラデセノイル

カルニチン)の異常で精査になる。

②この時追加指標としてC14:1/C2、C14:1/C16を

検討する。

③尿中有機酸分析では確定診断に至らないので、

血清C14:1の測定や酵素活性の測定を行う。

(3)三頭酵素(TFP)/長鎖3-ヒドロキシアシルCoA脱

水素酵素(LCHAD)欠損症

①スクリーニングではC16-OH(ヒドロキシパル

ミトイルカルニチン)の異常で精査対象にな

る。

②追加指標としてC16-OH/C16を検討する。

③尿中有機酸分析では、3-ヒドロキシジカルボン

酸尿症を示すことが多い。

(4)カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ-1

(CPT1)欠損症

①スクリーニングではC0(遊離カルニチン)の

上昇とC0/(C16+C18)比の上昇とを併せて精査

する。

②有機酸分析では確定診断に至らないので、酵

素活性の測定や遺伝子解析が必要である。

4.確定診断の方法と検査機関

タンデムマス・スクリーニングで異常が検出さ

れ、それが基準値からかけ離れた異常値であり、

他の臨床化学検査等でもそれを支持するような結

果が示された場合には、その時点で敢えて侵襲的

な確定診断を行わずに、直ちに治療を開始する。

しかし、症状もなく臨床所見に全く異常がみられ

ないにもかかわらず、タンデムマス検査での異常

値が境界線上にあるような場合には、確定診断の

ための検査が不可欠である。確定診断には表2に示

すようなオプションがある。平成23年の時点でこ

れらの検査ができる機関の例を表3に挙げているの

で、このネットワークを利用することが可能であ

る。

A.アミノ酸代謝異常症

アミノ酸代謝異常の臨床的な確定診断は、通常、

欠損酵素の測定を行うのではなく、通常のアミノ

酸分析によって行われるが、各疾患の診断には、

以下のような点に注意することが必要である。

(1)フェニルアラニン高値の場合:フェニルケトン

尿症(PKU)とBH4欠乏症との鑑別、BH4反応性

高Phe血症の確認を要する。

(2)ロイシン高値の場合:アロイソロイシンや分枝

鎖α-ケト酸の分析が診断上有用である。(3)メチオニン高値の場合:尿中ホモシスチン、血

中総ホモシステインの証明が他の原因による高

メチオニン血症(肝機能障害、MAT欠損症など)

との鑑別に必要である。

(4)アルギニノコハク酸尿症の場合:アルギニノコ

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ハク酸は他のアミノ酸とピークが重なることが

あるため、分析系を工夫する。

(5)尿素サイクル異常症の場合:有機酸分析による

ウラシル、オロット酸分析が補助診断に有用で

ある。

B.有機酸代謝異常症

有機酸代謝異常が疑われたら、ただちに尿中有

機酸分析を依頼する。多くの場合有機酸分析所見

のみで確定診断が可能である。一部の疾患では安

定期には異常が目立たないことがあり、別の時期

の検体で再検して初めて診断のつく場合もある。

C.脂肪酸代謝異常症

タンデムマスによるアシルカルニチン所見が最

も有力な情報である。正常からかけ離れた異常で、

一般生化学検査で肝機能、クレアチニンキナーゼ、

アンモニアなどに異常が見られたら、ほぼ確定診

断される。さらに尿中有機酸分析で、非ケトン性

ジカルボン酸尿症の所見がみられることが多いの

で参考になる。一方アシルカルニチン値が境界線

上にあったり、異常の程度が軽度でありながら、

一般生化学検査に異常なく、症状もない場合、血

液濾紙のみでなく血清で再検査を行う。経過観察

の途中で、生化学検査の異常などが見られたら、

酵素活性測定、遺伝子検査による確定診断が必要

である。

5.対象疾患の治療方針

A.治療の原則

(1)アミノ酸・有機酸代謝異常症

生体内のアミノ酸、或いは有機酸の代謝に関る

酵素の遺伝的な障害であるアミノ酸代謝異常症お

よび有機酸代謝異常症の治療法としては、酵素障

害のために体内に蓄積する物質(各酵素の基質)

の摂取を制限する「食事療法」が広く行われてい

る。治療の基本は、アミノ酸・有機酸の元になっ

ているたんぱく質の摂取制限、即ち、低蛋白食治

療、並びに制限すべきアミノ酸を除いて作成した

特殊乳の併用である。また、新しくスクリーニン

グの対象となった2種類の尿素サイクル代謝異常症

では、高アンモニア血症を予防するために、特定

のアミノ酸を制限するのではなく、たんぱく質そ

のものの制限が必要になる。

これらの疾患の治療の注意点は過度な蛋白摂取

制限による必須アミノ酸欠乏を引き起こさないこ

と、異化亢進のために生じる重篤な代謝不全を引

き起さないようにするため、十分なエネルギーを

投与することである。

(2)脂肪酸代謝異常症

脂肪酸代謝異常症とは脂肪からエネルギーを作

り出すβ酸化経路に障害があるため、空腹時に低

ケトン性低血糖や臓器障害を生じる。治療の原則

は長時間の絶食を避け、経口摂取が十分できない

時はブドウ糖液によるエネルギー補給を行うこと

である。

表2.確定診断のために必要な検査

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表3.特殊検査を行っている機関の例(平成23年時点)

B.急性期の治療

新生児期早期に哺乳不良、けいれん、昏睡など

の重篤な症状で発症する可能性がある疾患として、

メープルシロップ尿症、尿素サイクル異常症、有

機酸代謝異常症が挙げられる。

(1)メープルシロップ尿症・有機酸代謝異常症・尿

素サイクル異常症の急性期治療

①高張糖液による補液

治療開始時は確定診断がついていないことが

多いが、代謝性アシドーシス、高アンモニア

血症の患児に遭遇したら、まず異化作用を抑

えるため適切な電解質を加えた10%ブドウ糖液

を用いて初期輸液を開始する。150ml/kg/日の

投与でエネルギー量は60kcal/kg/日となる。し

かし、メープルシロップ尿症、有機酸代謝異

常症や尿素サイクル異常症では異化作用を抑

え、同化を進めるために高カロリー輸液(80-

120kcal/kg/日)が必要となる場合が多いので、

治療開始時に中心静脈ラインを確保しておく

ことが望ましい。血糖が200mg/dl以上に上昇す

る場合はインスリンの持続点滴(0 . 0 5 -

0.1U/kg/hrから開始)も併用する。必要に応じ

アルカリ療法を行う。

②ビタミンの大量投与

有機酸代謝異常症の一部はビタミン反応性で

あるので、診断がつくまで経静脈的に大量投

与(分3)する。投与量の目安は以下の通り。

B1(チアミン)100-200mg/日;B2(フラビン)

100-300mg/日; B12(シアノもしくはヒドロキ

ソコバラミン)1-2mg/日;ビオチン5-20mg/日。

③カルニチン投与

有機酸代謝異常症では静注(100-200mg/kg/日)

が有効との報告があるが、市販されていない

ので各施設で製造する必要がある。

④アルギニン、安息香酸ナトリウム投与

シトルリン血症1型、アルギニノコハク酸尿症

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に対してはアルギU注®が有効である。アルギ

U注®は初期量(600mg/kg/2hr)を投与後、同

量を24時間で持続点滴する。アンモニアの低

下が悪い場合は安息香酸ナトリウム(初期量

250mg/kg/2hr、その後同量を24時間で持続点滴、

各施設で製造)も併用する。

⑤血液浄化療法

上記治療で改善しない場合や来院時アンモニ

ア値が400μmol/l(=680μg/dl)以上の場合は、

速やかに血液透析などの血液浄化療法に移行

する。

(2)脂肪酸代謝異常症の急性期治療

脂肪酸代謝異常では飢餓や運動を契機に低血糖

や横紋筋融解が生じることがある。その場合は適

切な電解質を加えたブドウ糖液を用いて、十分な

補液、カロリー補給を行う。急性脳症様症状や痙

攣重積が生じた場合は集中治療が必要である。新

生児期、乳児期早期より心筋障害が急速に進行す

る最重症例では治療効果が十分でない場合がある。

C.慢性期の特殊ミルクを用いた食事療法

表4に慢性期の治療で使用される特殊ミルク(品

名記号)と薬剤についてまとめた。以下の文章中

特殊ミルクは品名記号で表示する。

(1)アミノ酸代謝異常症の慢性期治療

アミノ酸代謝異常症の基本は低蛋白食である。

すなわち最小限必要な自然蛋白を母乳、一般調乳、

食事などから摂取し、不足する栄養素、エネル

ギーを特殊ミルクで補う。一部のフェニルケトン

尿症はビオプテン顆粒®(5-20mg/kg/日)の併用で

蛋白制限を緩和することが可能である。メープル

シロップ尿症とホモシスチン尿症にはビタミン反

応性の亜型が存在する。メープルシロップ尿症で

はチアミン(10mg/kg/日)、ホモシスチン尿症では

生後6ヶ月頃にピリドキシン(250mg/日)をそれぞ

れ投与し、症状の軽減の有無を確かめる。コント

ロール不良なホモシスチン尿症ではベタイン(国

内未承認)を100-200mg/kg/日併用する。

シトルリン血症1型、アルギニノコハク酸尿症は

低蛋白食、雪印S-23に加えてアルギニン、安息香

酸ナトリウム(試薬)が有効である。

(2)有機酸代謝異常症の慢性期治療

①有機酸代謝異常症では前駆アミノ酸の制限と

ともに異化亢進を防ぐため十分なエネルギー

を与えるのがポイントである。また二次性低

カルニチン血症を予防し、毒性を持つ有機酸

の体外排泄を促進することを目的として、エ

ルカルチン®(30-150mg/kg/日)を併用する。

②メチルマロン酸血症、プロピオン酸血症では、

最小必要量の自然蛋白に雪印S-22(もしくは

雪印S-10)を併用することで年齢相当の蛋白

を与え、不足分のエネルギーは雪印S-23で補

給する。メトロニダゾールは腸内細菌叢由来

のプロピオン酸を減少させるのに有効である。

ビタミンB12反応性メチルマロン酸血症ではコ

バマミド(10-20mg/日)の投与で症状が軽減し、

食事療法が不要となる例もある。

③イソ吉草酸血症ではエルカルチン®に加えグリ

シン(150-300mg/kg/日、試薬)の併用も有効

である。

④メチルクロトニルグリシン尿症ではエルカル

チン®の投与のみで食事療法は不要な場合が多

い。

⑤ヒドロキシメチルグルタル酸血症ではロイシ

ン制限食に加え、低脂肪食(総エネルギーの

20-25%以下)の併用が望ましい。

⑥複合カルボキシラーゼ欠損症(マルチプルカ

ルボキシラーゼ欠損症)では、ビオチンの大

量投与(20-40mg/日)のみで、通常食事療法は

不要である。

⑦グルタル酸血症1型の治療は低蛋白・高エネル

ギー食と雪印S-30の併用が基本であるが、過

剰治療によるトリプトファン欠乏に注意する。

神経症状に対しては、バクロフェン、ジアゼ

パムが有効との報告がある。

⑧βケトチオラーゼ欠損症に対しては低蛋白食

が行われる。

(3)脂肪酸代謝異常症の慢性期の治療、生活指導

脂肪酸代謝異常症の治療で最も重要なのは長時

間飢餓の防止であり、頻回食、生コーンスターチ

などが用いられる。血中カルニチン濃度をモニ

ターし、二次性カルニチン欠乏症(遊離カルニチ

ンが15μmol/l以下)が認められればエルカルチン®

を投与する。

①長鎖脂肪酸のβ酸化が障害されている脂肪酸

代謝異常症(表4のVLCAD欠損症、TFP/LCHAD

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表4.慢性期の治療に用いられる特殊ミルクと薬剤

欠損症、CPT1欠損症、CPT2欠損症、TRANS

欠損症)では、低脂肪食事療法を行い、エネ

ルギー源として中鎖脂肪酸(MCT)を加える。

総エネルギー中、長鎖脂肪酸由来は10%以下と

し、必須脂肪酸強化MCTを10-15%になるよう

に与える。必須脂肪酸欠乏を防ぐために必須

脂肪酸強化MCTフォーミュラ(明治721)を用

いると良い。早朝の低血糖防止には就寝前に

生コーンスターチ投与を行う。

②中鎖アシルCoA脱水素酵素(MCAD)欠損症

では低血糖予防として頻回食、経管栄養、生

コーンスターチ投与を行う。

③グルタル酸血症2型(GA2)では、蛋白制限に

加え、脂肪制限(総エネルギーの20-25%以下)

が望ましい。リボフラビン反応性も存在する

ので全例にリボフラビン(100-300mg/日)を投

与する。

上記②、③の疾患(中鎖アシルCoA脱水素酵素(MCAD)欠損症、グルタル酸血症2型

(GA2))に対してはMCTを投与してはならない。

④全身性カルニチン欠損症はエルカルチン®の大

量投与(100-200mg/kg/日)のみで、食事療法

は不要である。

D.Sick dayの対応

タンデムマスで発見される重症型のメープルシ

ロップ尿症、尿素サイクル異常症、あるいは有機

酸・脂肪酸代謝異常症では、カゼ気味の時や激し

い運動をした翌日などに元気のない日が見られる

ことがある。これをシックデー(sick day)といい、

これが急性発作の前駆症状である場合もあるので

注意を要する。

尿素サイクル異常症や有機酸代謝異常症の患者

では、異化作用の亢進が生じると急速に高アンモ

ニア血症や代謝性アシドーシスが引き起こされ、

致命的な代謝不全に陥る。その為、発熱時や嘔

吐・下痢などで食事が摂れない時は経管栄養やブ

ドウ糖液を含んだ補液を行う。それでも数日間以

上エネルギーが十分確保できなければ迷わず中心

静脈ラインをとり、高カロリー輸液を実施すべき

である。経口摂取が回復すれば速やかに高カロ

リー輸液は中止する。

脂肪酸代謝異常症患者でも感染罹患時にしばし

ば食思不振になり、重篤な低血糖、横紋筋融解が

引き起こされる。その為、経口摂取が不十分な時

は早めにブドウ糖液で補液を行う。また筋肉運動

後に筋痛、横紋筋融解が生じる患児では、長時間

の運動は避けるようにし、運動前に十分な糖質を

補給しておくことが重要である。

6.むすび

特殊ミルク安全開発委員会第一部会の本年度の

総括として、来年度から開始されるタンデムマス

を用いた新しい新生児マス・スクリーニングの対

応について概説した。これまでの新生児マス・ス

クリーニングに比べて対象疾患が増加したため、

本部会では、スクリーニングの現場での適切な対

応を行うための基礎知識が必要と考えて、本年の

情報誌に本稿の掲載を企画した。次年度からのス

クリーニングでは、対象疾患が増加し、しかも、

多くの稀少疾患が含まれるが、そのうちの一部の

疾患については既刊の特殊ミルク情報誌に特集が

組まれている。即ち、有機酸・脂肪酸代謝異常症

は第39号(2003年)、グルタル酸血症は第44号

(2006年)、中鎖アシルCoA脱水素酵素(MCAD)欠

損症は第45号(2009年)およびイソ吉草酸血症は

第46号(2010年)に掲載されているため、それら

も参考にして頂きたい。その他特殊ミルク共同安

全開発委員会で編集した資料として「タンデムマ

ス導入にともなう新しいスクリーニング対象疾患

の治療指針」(2007年4月)(http://www.boshiaiikukai.

jp/img/milk/tandemumasu_houkoku.pdfで公開していま

す)と、食事療法ガイドブック(改訂2008年)も

参考にして頂きたい。

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