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1 メタボリックシンドロームにおける血管老化の分子メカニズム 南野 はじめに 通常ヒト正常体細胞の分裂回数は有限であり、ある一定期間増殖後、細胞老 化とよばれる分裂停止状態となる。細胞老化は、その形態変化のみならず、様々 な遺伝子発現や機能の変化を伴うことが知られている(図 1)。その寿命は培養 細胞のドナーの年齢に相関すること、また早老症候群患者より得られた細胞の 寿命は有意に短いことが報告されており、「細胞レベルの老化が個体老化の病態 生理に関与する」という仮説が提唱されていた。これまで心血管系における細 胞老化の意義については明らかでなかったが、 最近、我々を含めたいくつかのグル ープよって、「老化した血管細胞が老化関連疾患の病因となる」といういわゆる細胞 老化仮説が、分子レベルで検討されている 1) 。本稿では、血管における細胞老化仮 説を支持する最近のエビデンスを紹介し、さらに抗老化療法の可能性について述べ る。 1. 生体内における血管細胞老化 これまでヒト動脈硬化巣の病理学的検討は広く行われ、その検討から老化し た培養血管細胞に似た形態を示す細胞が、動脈硬化巣に存在することが示唆さ れていたが、その存在は細胞化学的な手法により証明された。その方法は senescence-associated β galactosidaseSA β galassay と呼ばれ、細胞老化をおこ した細胞では pH 6 におけるβ gal 活性が増加していることを利用するものであ る。その方法を用いてヒト動脈硬化巣において SA β gal 活性を検討した結果、 冠動脈プラーク表面に老化した(SA β gal 陽性)血管内皮細胞が認められるのに 対し内胸動脈など非動脈硬化巣では認められないことが明らかとなった 2) (図 2)。 また、進行した動脈硬化病変部位では老化平滑筋細胞を内膜に認めたが中膜で は認めなかった。これらの老化血管細胞では、内皮型 NO 合成酵素(eNOS)の

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Page 1: SA2 発現低下、炎症性分子の発現亢進など様々な血管機能障害の形質を示していた。糖尿病モデルラットにおいても、老化した(SA β gal陽性)血管細胞が認められ

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メタボリックシンドロームにおける血管老化の分子メカニズム

南野 徹

はじめに

通常ヒト正常体細胞の分裂回数は有限であり、ある一定期間増殖後、細胞老

化とよばれる分裂停止状態となる。細胞老化は、その形態変化のみならず、様々

な遺伝子発現や機能の変化を伴うことが知られている(図 1)。その寿命は培養

細胞のドナーの年齢に相関すること、また早老症候群患者より得られた細胞の

寿命は有意に短いことが報告されており、「細胞レベルの老化が個体老化の病態

生理に関与する」という仮説が提唱されていた。これまで心血管系における細

胞老化の意義については明らかでなかったが、最近、我々を含めたいくつかのグル

ープよって、「老化した血管細胞が老化関連疾患の病因となる」といういわゆる細胞

老化仮説が、分子レベルで検討されている 1)。本稿では、血管における細胞老化仮

説を支持する最近のエビデンスを紹介し、さらに抗老化療法の可能性について述べ

る。

1. 生体内における血管細胞老化

これまでヒト動脈硬化巣の病理学的検討は広く行われ、その検討から老化し

た培養血管細胞に似た形態を示す細胞が、動脈硬化巣に存在することが示唆さ

れていたが、その存在は細胞化学的な手法により証明された。その方法は

senescence-associated β galactosidase(SA β gal)assayと呼ばれ、細胞老化をおこ

した細胞では pH 6におけるβ gal 活性が増加していることを利用するものであ

る。その方法を用いてヒト動脈硬化巣において SA β gal活性を検討した結果、

冠動脈プラーク表面に老化した(SA β gal陽性)血管内皮細胞が認められるのに

対し内胸動脈など非動脈硬化巣では認められないことが明らかとなった 2)(図 2)。

また、進行した動脈硬化病変部位では老化平滑筋細胞を内膜に認めたが中膜で

は認めなかった。これらの老化血管細胞では、内皮型 NO合成酵素(eNOS)の

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発現低下、炎症性分子の発現亢進など様々な血管機能障害の形質を示していた。

糖尿病モデルラットにおいても、老化した(SA β gal陽性)血管細胞が認められ

ること、それらの細胞では p53、p21や p16などの老化分子の発現が亢進してい

ること、NO産生の低下による内皮依存性血管拡張作用の低下や血管新生能の低

下などの機能障害を認めることなども報告されており、細胞レベルの老化が、

糖尿病やメタボリックシンドロームに伴う動脈硬化の病態生理に関与している

ことが示唆される。

2. 細胞老化と血管機能

糖尿病やメタボリックシンドロームなど代謝異常を伴った患者の血管では、

コンプライアンスは低下し、炎症性の亢進を伴っている。また血管新生能や内

皮における抗血栓作用も低下する。このような血管機能低下が、動脈硬化性の

心血管疾患のリスクを増加させている 3)。同様な血管機能障害を示す形質変化が、

老化した培養血管細胞においても認められる。例えば、老化した血管内皮細胞

では、NO産生及び eNOS活性が低下する。老化細胞では、活性酸素の産生増加

から、NOの利用が阻害され、過酸化亜硝酸が増加する。また老化した血管内皮

細胞では、プラスミノーゲンアクチベーターインヒビターの発現が亢進してい

ることも知られている。これらの形質変化は、代謝異常を伴った患者の血管に

おける血管内皮依存性の血管拡張作用の阻害や、血栓形成亢進などに関与する

可能性がある。

骨髄由来血管前駆細胞(EPC)は、血管新生及び内皮修復に関与することが知

られているが、冠動脈疾患患者にて EPCの増殖能及び機能は低下し、細胞老化

が亢進している。その機能は、加齢、糖脂質代謝異常を含めた冠危険因子と逆

相関を示し、血管新生・修復能の低下に関与する。血管平滑筋細胞においても

老化に伴う機能の変化を認め、血管の炎症性亢進やプラークの不安定化などに

関与する可能性が示されている。老化した線維芽細胞はアポトーシスに対して

抵抗性を示すが、老化した血管内皮細胞では、アポトーシスが誘導されやすく

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なっており、動脈硬化巣におけるプラークのびらんや血栓形成に関与すること

が示唆されている。

3. メタボリックシンドロームにおける血管老化シグナル

1)テロメアと血管老化

細胞老化のメカニズムを説明する仮説として最も重要なのがテロメア仮説で

ある。テロメアは染色体の両端に存在する TTAGGGリピートであり様々なテロ

メア結合タンパクとともに染色体の安定性に寄与する。DNAポリメレースの不

完全な DNA 複製のためテロメアは細胞分裂に伴い短縮していくと考えられて

いる。テロメアがある一定の長さまで短縮すると細胞は分裂を停止し細胞老化

の状態となる。テロメレースはその RNAコンポーネントをテンプレートとしテ

ロメアを付加する逆転写酵素である。ヒト培養血管細胞にテロメレースを導入

することによって分裂に伴うテロメアの短縮は抑制され、その結果細胞老化を

免れることが可能であったことから、血管細胞老化におけるテロメアの重要性

が示唆される 4)。

さまざまな刺激により細胞老化が誘導されるが、最終的には 2 つの経路へ収

束する(図3)5)。これらの経路は、癌抑制蛋白 p53と pRbにより調節されるも

のである。ともに転写調節因子であり、細胞周期調節、DNA修復や細胞死のシ

グナル経路において中心的役割を果たす。p53は DNA損傷に対する細胞応答の

メディエーターであり、サイクリン依存性キナーゼ抑制因子 p21 を誘導する。

テロメア機能不全は DNA 損傷とみなされ、p53 依存性応答を促す。p16/pRb 経

路は、染色体の再構成を促し、細胞周期調節因子の発現などに影響する。

テロメアはその末端において t-loop と呼ばれるループを形成することによっ

て染色体末端を DNA breakとして認識されないように機能している。そのルー

プ構造維持に重要なテロメア結合タンパクが Telomeric repeat binding factor 2

(TRF2)である。TRF2 の機能を抑制することによって細胞のテロメア構造は

破壊されテロメア短縮と同様の状態となり細胞老化あるいは細胞死が誘導され

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る。抑制型 TRF2の導入によってヒト培養血管細胞も直ちに細胞老化をおこし、

その結果 eNOS の発現、活性の低下やサイトカイン、 intercellular adhesion

molecule-1の発現亢進などの内皮機能不全が誘導された。これに対して、テロメ

レースを導入した血管細胞では細胞老化に伴うこれらの血管機能不全が抑制さ

れることから、テロメア機能不全が細胞老化に伴う血管機能障害に重要である

ことが示唆された 2)。

テロメアの短縮は培養血管細胞のみならずヒト血管組織においても観察され

ており、個体の老化、あるいは糖脂質代謝異常・動脈硬化との関連性が示され

ている。ヒト腹部大動脈や大腿動脈の内膜では加齢とともにテロメアの短縮が

みられるが、その短縮率は内胸動脈と比較して増加していることから、血流に

よるストレスが内膜の cell turnoverを増強し、テロメアの短縮を促進している可

能性があると考えられていた。最近、虚血性心疾患患者の冠動脈内皮やプラー

ク被膜を形成する平滑筋細胞のテロメアは、有意に短縮していることが報告さ

れた。また、末梢血から得られる白血球の検討でも、そのテロメア長が虚血性

心疾患患者において有意に短縮しており、スタチンによる治療によってその短

縮を抑制することができることが示された。さらに、肥満、インスリン抵抗性、

2型糖尿病、1型糖尿病においても、テロメアの短縮が亢進していることが知ら

れている 6)。一方、酸化ストレスの増大は、テロメアの短縮を促進させることが

知られている。従って、糖尿病やメタボリックシンドロームに伴う酸化ストレ

スの増大は、テロメア依存性に血管細胞の老化の促進に関与している可能性が

ある。実際、糖尿病ラットに抗酸化薬を投与することによって血管細胞の老化

とそれに伴う血管機能障害を抑制することができることが示されている 7)。

Cawthon らは、143 名の 60 歳以上の成人のテロメア長を調べた結果、白血球の

テロメアが短いグループでは、心血管疾患による死亡率が 3.18 倍の増加を認め

ることを報告しており、テロメア依存性の細胞老化の意義を示唆した。

もともとマウスのテロメアが長いため、テロメラ-ゼ欠損マウスでは形質異

常を認めない。しかし、ホモ同士の交配を繰り返した後期の世代では、テロメ

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アが短縮し、寿命の短縮やストレスに対する応答の低下など、加齢と同様の変

化が認められるようになる。また後期世代マウスでは、テロメア短縮により血

管新生能も障害されるようになる。テロメラーゼ欠損マウスでは、線維性キャ

ップの薄い動脈硬化プラークが形成されることが観察されており、これらのこ

とから、血管細胞でのテロメアの短縮は、ヒト動脈硬化巣におけるプラーク破

綻に関与する可能性がある。また、同マウスモデルでは、血管収縮物質である

エンドセリン−1 の産生が亢進するため、高血圧の形質を示すことも報告されて

いる。

2)老化シグナルとしてのアンジオテンシン II

細胞老化を誘導するシグナルは全てテロメア依存性であるわけではなく、テ

ロメア非依存性のシグナルも関与する。その一つの例として、過剰な増殖刺激

による細胞老化の誘導が挙げられる。この場合細胞分裂を重ねることなく細胞

は老化することから prematureな老化と呼ばれており、癌形成などに対する内因

性の防御システムであると考えられている 8)。すなわち若年者においては癌形成

を抑制するために有用なシステムが、加齢とともに老化細胞の集積を増加させ

ることによって個体老化に伴う様々な機能障害を促進する可能性がある。動脈

硬化巣においても増殖因子による過剰な増殖刺激が存在することが知られてい

ることから、テロメア非依存性の細胞老化もその病態生理に関与していること

が予想される。

著者らは、動脈硬化形成に重要なシグナル分子である Ras が血管細胞の老化

を誘導することを報告した 9)。Rasを導入した血管細胞では、炎症性のサイトカ

インの発現が亢進していた。Rasによる細胞老化や炎症性の亢進には下流シグナ

ル分子である extracellular signal-regulated kinaseの活性化が重要であった。また

活性型 Ras をラットバルーン傷害モデルの血管に導入すると、血管細胞の老化

を誘導するだけでなく、マクロファージの集簇を促進していた。さらに、ヒト

動脈硬化巣において、老化血管細胞では Ras の活性化がみられた。以上より、

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動脈硬化巣における過剰な増殖刺激は局所の cell turnoverを亢進することによっ

てテロメア依存性に、あるいは Ras のシグナルを介してテロメア非依存性に細

胞老化を誘導し、炎症性の亢進などの血管機能障害を引き起こしているものと

考えられる。

Ras の上流シグナルとして重要なアンジオテンシン II は、メタボリックシン

ドローム患者においてその活性が増加していることが知られていることから、

その動脈硬化促進作用の一部は、Ras依存性の細胞老化が関与している可能性が

ある。実際、アンジオテンシン II(Ang II)をヒト培養平滑筋細胞に作用させる

と、細胞老化が誘導される。その誘導は、テロメアの短縮を伴わないことから、

テロメア非依存性の細胞老化であることがわかる。Ang IIによる細胞老化は、p53

や p21 の発現の亢進を伴っており、それらの分子を欠失した細胞では誘導がお

こらないことから、p53/p21シグナル経路依存性であると考えられた。

動脈硬化モデルマウスであるアポリポプロテイン E 欠損マウスに、Ang II を

長期投与すると、動脈硬化の形成が促進され、動脈瘤の形成、さらには破裂に

よる死亡が認められる。このモデルにおいて、Ang IIは、p53/p21シグナルの活

性化を介して、血管細胞の老化を促進する。その結果、炎症性サイトカイン、

マトリクス分解酵素、炎症性接着分子などの発現が亢進する。p21/アポリポプロ

テイン Eダブルノックアウトマウスは、アポリポプロテイン Eノックアウトマ

ウスと比較して、脂質代謝や血圧などのパラメターに関しては、有意な差異を

認めなかった。それに対して、血管壁における老化細胞数は、p21/アポリポプロ

テイン E ダブルノックアウトマウスにおいて、有意に減少していた。また、炎

症性サイトカイン、マトリクス分解酵素、炎症性接着分子など、様々な炎症性

分子の発現に関しても、ダブルノックアウトマウスでは、著明に減少していた。

これらの結果、ダブルノックアウトマウスでは、動脈プラークや動脈瘤の形成

が抑制され、破裂による死亡例もほとんどみられなかった(図 4)。p21 欠損に

よる動脈硬化抑制作用は、p21/アポリポプロテイン Eダブルノックアウトマウス

にアポリポプロテイン E ノックアウトマウスの骨髄を移植したキメラマウスに

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おいても認められたことから、骨髄由来細胞よりむしろ、血管細胞における p21

欠損が、その抑制効果に重要であることが示された。以上より、Ang IIは、生体

内においても血管細胞の老化を促進し、血管の炎症の亢進や動脈硬化の形成に

関与しているものと考えられた 10)。

3)インスリン/Akt・高血糖シグナルと血管老化

カロリー摂取制限は、酵母からマウスまで様々な種の寿命を延長させる。低

カロリー摂取は、癌の進展や動脈硬化、免疫力の低下、炎症性変化など加齢に

伴うさまざまな変化を予防する。カロリー制限により血漿中のグルコース、イ

ンスリンレベルは低下することから、これらに関するシグナル経路の変化は、

低カロリー摂取と関連して寿命を延長させる可能性がある。事実、この経路の

シグナルの低下は、酵母や線虫、ショウジョウバエ、マウスの寿命を延長する

ことが報告されている 11)(図 5)。Aktは Forkhead転写因子をリン酸化すること

によってその活性を抑制するが、インスリン/Akt シグナルの低下による寿命の

延長には、この転写因子の活性増加が必須であることも分かっている。

ヒトにおいてこのシグナル経路は、代謝の制御に重要であるばかりでなく、

細胞増殖を促進し、癌化にも関与することが示唆されていた。その一方で、老

化に対する作用については知られていなかったが、最近インスリン/Akt が、ヒ

ト血管内皮細胞の寿命の制御に重要な役割を果たしていることが明らかとなっ

た 12)。Akt の活性は、血管内皮細胞の老化に伴い増加したが、この増加を抑制型

Aktの導入により阻害すると細胞の寿命は延長した。逆に活性型Aktの導入により血

管内皮細胞の寿命は短縮し、p53 や p21 などの誘導が認められた。また、インスリン

/Akt による細胞老化には、Forkhead 転写因子活性低下により引き起こされる細胞内

活性酸素の増加と、それによって誘導される p53の活性化が重要であることが明らか

となった。従ってこれらの結果は、線虫においてみられる老化制御シグナル経路が、

ヒト血管内皮細胞にも保存されていることを示唆する(図 5)。Akt によって老化した

血管内皮細胞は様々な機能障害の形質、例えば血管新生能の低下、炎症性分子

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の発現亢進などを示した。糖尿病では EPCの老化も促進されるが、その機序と

して同様のシグナル経路が関与していることも報告された 13)。さらに、高イン

スリン血症を伴う 2 型糖尿病マウスの動脈やヒト冠動脈硬化巣においても Akt

の活性化を認めた。また、血管内皮細胞の老化は、高血糖によっても促進する

ことが報告されている 14)。以上より、インスリン/Akt や高血糖による細胞老化

の促進は、メタボリックシンドロームや糖尿病などに伴う動脈硬化に関与して

いる可能性がある。

おわりに

メタボリックシンドロームや糖尿病における動脈硬化の進展において、様々な

細胞老化シグナルが重要な役割を果たしている可能性を示した(図 6)。抗老化

療法は、動脈硬化に対する斬新な治療戦略であり、様々な分子が対象として考

えられている。そのひとつがテロメラーゼである。スタチン、チアゾリジン誘

導体、アスピリン、エストロゲンなどの心血管疾患に対して有用とされている

薬剤や液性因子により、テロメラーゼが活性化されるという報告が多くなされ

ている。AT1 受容体拮抗薬も AngII による老化を抑制することで血管老化治療

に有効であると考えられる。また、インスリン感受性を改善する薬剤は Akt 依

存性の細胞老化を抑制する可能性がある。今後、さらなる血管老化の分子メカ

ニズムの解明が、新たな動脈硬化の治療法としての抗老化療法を生み出すこと

が期待される。

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文献

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Figures

図 1血管細胞老化に伴う形態変化

およそ 50-80回の分裂後、ヒト血管細胞は老化し、分裂を停止する。老化した細

胞では、図のような形態変化が認められる。

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図 2血管組織における老化細胞

冠動脈疾患患者から得られた冠動脈と内胸動脈を用いて SA β gal 染色をおこな

った。写真は血管の内腔を示している。濃染している部分(青色)は老化した

細胞領域をあらわしている(文献 2より改変)。

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図 3細胞老化シグナル

様々な刺激によって細胞老化が誘導される。それらの刺激は主に、p53 か pRb

経路、あるいは両方を活性化することによって、細胞を老化させる。一旦細胞

老化のプログラムが onになると、形態、代謝、細胞機能、クロマチン構造など

の様々な変化が誘導される。

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図 4アンジオテシン IIによる動脈硬化形成の促進は p21欠損により抑制される

アンジオテシン IIをアポ Eノックアウトマウスに投与すると腎動脈分岐上部に

動脈瘤の形成(矢印)が認められるが、p21欠失によってその形成は抑制される。

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図 5インスリンシグナルと老化

線虫からマウスに至る様々な種において、インスリン/IGF-1 のシグナルの低下

は、寿命の延長に寄与する。その効果には、フォークヘッド転写因子の活性化

と、そのターゲットである抗酸化分子の発現が重要であると考えられている。

マウスにおけるフォークヘッド転写因子の活性化の意義は不明である。ヒト血

管内皮細胞においても、同様の老化シグナルが保存されている。

IGF-1:インスリン様成長因子、Daf-2:線虫におけるインスリン/IGF-1様レセプ

ター、Daf-16:フォークヘッド転写因子ホモログ。

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図 6細胞老化シグナルと血管老化

メタボリックシンドロームや糖尿病の病態では、酸化ストレス増大によるテロ

メア短縮の促進やアンジオテンシン II の産生亢進、高インスリン血症、高血糖

などにより誘導される p53/p21依存性の細胞老化が、動脈硬化・血管老化の病態

に関与している可能性がある。