水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3...

43
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所 平成 23 年度革新的農業技術習得研修 水稲の高温障害対策技術 平成23年10月 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所

Upload: others

Post on 11-Feb-2020

5 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構

作物研究所

平成 23年度革新的農業技術習得研修

水稲の高温障害対策技術

平成23年10月

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構

作物研究所

Page 2: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

資料の取扱いについて

本資料掲載の研究成果等については未公開のものもある

ので、複製、転載および引用にあたっては、かならず原

著者の了承を得た上で利用されたい。

Page 3: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

目 次

温暖化によるイネの品質・収量への影響と生理メカニズム・・・・・・・・・・・1

温暖化による気候変動予測と早期警戒システムの開発・・・・・・・・・・・・10

体内炭素動態解析手法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18

高温による品質低下軽減のための栽培対策・・・・・・・・・・・・・・・・・30

北陸における高温障害の特徴と適応性品種の開発・・・・・・・・・・・・・・36

Page 4: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

1

温暖化によるイネの品質・収量への影響と生理メカニズム

(独)農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所 稲研究領域 近藤始彦

地球温暖化と水稲作 2010 年夏季の高温により全国の広い地域で1等米比率が大きく低下

し問題となった(図1)。例年品質の良い北陸、関東、東北地域においても外観品質の低下がみ

られている。近年、こうした高温による水稲への影響、特に玄米の外観品質の低下が問題とな

っており、その対策が求められている。台湾、韓国など東アジア各国でも外観品質の低下が問

題となってきている。さらに開花期高温による不稔など高温による収量低下への影響の懸念も

高まっている。

日本においては、1898~2004 年の夏季(6~8 月)の気温が+0.87℃/100 年上昇している(気象

庁 2005)。温度の上昇と地球温暖化との関係についてはなお検証の余地はあるが、IPCC の

第4次評価報告書は、最近 100年間(1906~2005年)で世界の平均気温が 0.74℃上昇してお

り、その原因が人為的な温室効果ガスの放出である可能性を指摘した(IPCC 2007)。水田にお

ける水稲生産など農業生産は大気、土壌、水といった環境との相互作用の上に成り立っている。

地球温暖化の問題は改めてこの関係の重要性を認識させた。水田からのCO2、CH4、N2Oなど

の温室効果ガスの放出は大気の環境を変化させるとともに一方で温暖化を通して水稲への生育

へも影響する可能性が高いことが明らかになりつつある。

このため水稲作からの温室効果ガスの発生削減などの緩和策と、高温化や気象変動、高CO2

条件下での収量・品質安定化のための栽培管理法や適応品種の開発といった適応策の確立はイ

ネ研究の重要な長期的課題と考えられる。適応策においては高温による収量、品質へのマイナ

スの影響の軽減および日射など気象変動への対応、さらには CO2の増加による生育促進の活用

が大きな戦略の柱となろう。現在最も顕在化している問題である白未熟粒や胴割れ粒などの発

生には、夏季の高温が関与する一方で、良食味志向の低窒素施肥など現在の栽培体系も関与し

ている。このため発生要因の総合的な理解に基づいた今後の稲作技術の方向性の再考も必要と

思われる。

本稿では主に高温や日射条件の変動、高CO2によるイネの生育、収量への影響を概観すると

ともに特に登熟障害に関わる生理要因についての研究の現状と今後の課題を紹介する。

Page 5: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

2

温度環境がイネ生育・収量に及ぼす影響

高温はイネの様々なステージの発育に影響し最終的な収量や品質に変化を及ぼす。一般に日

本の水田条件では、収量にとっての最適気温は登熟期で生育前半より低いと考えられる。初期

の高温は、分けつの促進や養分吸収の増加により、収量の増加に結びつきやすい。ただし、生

育初期の過剰な生育は、有効茎歩合や籾生産効率(籾数/乾物重、籾数/N 吸収量)の低下をも

たらし、収量の低下につながる側面もある。フィリピンの国際稲研究所(IRRI)での解析では、

夜温度の上昇が主に穂数の減少を通して収量を漸減させている可能性が示唆されている(Peng

et al 2001)。高温は土壌を介しても生育に影響する。地温が高くなると一般に地上部に対する

根の発達は小さくなるため根圏域が小さくなり(Arai-Sanoh et al 2010)、土壌下層からの水吸

収や養分吸収が抑制されやすくなると考えられる。また土壌窒素の無機化が早くなり、逆に生

育後半の土壌窒素供給が減少しやすいなど窒素吸収パターンに影響を及ぼす。

収量に最も大きな影響を及ぼすのは開花期の高温による不稔である。チャンバー実験では開

花期頃および出穂前の気温が 34〜35℃以上になると不稔籾の割合が増加することが示されて

いる(Sateke and Yoshida 1978、 金ら 1996)。開花時の高温によって、葯が裂開しにくくなっ

たり、葯が裂開しても花粉が落ちにくくなったりすることで、受粉が不安定になることが知られている

(Matsui ら 2001)。2007 年夏季に異常高温であった関東・東海地域の調査結果からは、出穂・開

花期の極度の高温が不稔率を高めていた可能性が示された(石丸ら 2008、長谷川ら 2008)。

しかし、気温と不稔率の関係はチャンバー実験の結果と必ずしも一致しないことも示唆された。その

原因としては前歴温度、穂温の違い、イネの生理状態の違いなどが考えられる。開花期以前の温度

北海道

88.3

87.2

+1.1

東北

74.4

90.0

-15.6

関東

74.8

89.8

-15.0

北陸

43.1

82.9

-39.8

近畿

37.1

67.6

-30.5中国四国

37.1

54.4

-17.3

九州

36.5

35.7

+0.8

沖縄

44.0

20.2

+23.8

全国

61.6

79.6

-18.0

東海

24.0

57.9

-33.9

図 1. 地域別の1等米比率(%)

上段;2010年(2011年 2月 28日現在)、 中段;2004-2009

年平均、下段;2010年と 2004-2009 年平均の差

(農林水産省)

Page 6: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

3

感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿度、弱風条件は不稔を助長

する(Tian et al. ,2010)。また品種間の耐性の差異や耐性に寄与する形質についても解明が望まれ

る。早朝開花性の導入により開花時の高温を回避することで不稔を軽減できる可能性も示され

ている(Ishimaru et al. ,2010)

登熟期間中の高温は粒重の低下や外観品質の低下を引き起こす。その要因としては高温によ

る登熟期間の短縮による積算有効日射量の低下、および高温によるデンプン合成代謝への影響

が考えられる。実験的な検証では日本のジャポニカ品種の収量にとっての登熟期の最適平均気

温は約 21~24℃とされた(松島・角田 1957)。また、全国の圃場のデータからは日射あたりの

最大収量は平均気温 21~22℃で最大とする経験式が得られている(村田 1964)。

高温による玄米外観品質の変化

現在顕在化している問題のひとつは外観品質である。特に胚乳部に白濁を生じる未熟粒(以

下総称として白未熟粒とする)や胴割れ米、カメムシによる被害粒などの発生が増加する傾向

にあり、これらに高温化が関与することが明らかになっている。一般に玄米の外観品質は農産

物検査法に基づいて整粒、被害粒、死米、未熟粒に区分されている。近年問題となっている乳

白粒、腹白未熟粒、背白粒、基部未熟粒(基白粒)などの白未熟粒は未熟粒に含まれる(図2)。

白未熟粒の白濁部位ではデンプン蓄積の低下や異常によりデンプン粒の形成が未熟で隙間を

生じるために乱反射が生じ白濁して見えると考えられている(Tashiro and Wardlaw 1991 な

ど)。正常な胚乳中ではデンプン粒がアミロプラスト中に隙間なくつまっているため透明性があ

る。白未熟粒は白濁部の部位や形態でみると多様である。胚乳内のデンプンはおおまかには中

央部から蓄積が始まり、周辺部、腹部、背部、基部へと蓄積が進むことから推定すると、デン

プン蓄積の低下・異常の時期の違いが白濁部位の違い、白未熟粒のタイプの違いに現れている

と考えられる。

図2. 玄米のタイプ(左から:整粒、背白粒、乳白粒、胴割れ粒)下段は断面

Page 7: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

4

白未熟粒の発生環境要因

水稲作況標本地点における玄米の外観品質データによると全国の広い地域で発生がみられる

(図3)。気象・栽培条件との関係を解析した結果(近藤ら 2007)、乳白粒と基白粒では出

穂前後の期間別気象要因との相関に違いが見られ、乳白粒は出穂前および出穂後の平均・最低

気温との相関が比較的高かった。

一方、基白粒、背白粒の発生率は出穂後の気温との相関が高かったことより登熟期の高温の影

響が強いことが示唆された。乳白粒発生は出穂後 20日間の気温が高まると増加する傾向にある

が、ばらつきも大きく気温以外の要因も強く影響していると推察される。その要因のひとつと

しては、低日射や高籾数による発生の助長が考えられた。地域別にみると特に九州地域におい

ては、乳白粒の発生が高いが、必ずしも登熟期間の温度域は高くないことより(図4)、低日

図3.白未熟粒発生率(山形県以南 2001~2005年

平均)

5%>

5-10%

10-15%

15-20%

20%<

5%>

5-10%

10-15%

15-20%

20%<

0

2

4

6

8

10

12

14

16 18 20 22 24 26

出穂後20日間の最低気温

乳白粒(%)

東北

関東

北陸

甲信

東海

近畿

中国

四国

九州0

2

4

6

16 18 20 22 24 26

出穂後20日間の最低気温

背・基白粒(%)

東北

関東

北陸

甲信

東海

近畿

中国

四国

九州

図4 乳白粒(上)、背白粒・基部未熟粒(下)発生と出穂後 20 日間の最低気

温との関係(2001~2005 年地域ごとの平均値、東北地域は山形県のみ)

Page 8: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

5

射や台風の影響がかなり大きいといえる。一方、基白粒・背白粒発生の地域間差異は登熟期間

の気温で比較的よく説明でき、東海地域では高気温によって発生が高まっていると推察される。

こうした発生環境から背白・基白粒の発生登熟後期のデンプン合成能の低下に関係すると推

察される。また乳白粒についてはデンプン合成基質の競合の増加とデンプン合成能の低下の双

方が関与することが想定される。胚乳の断面をみると乳白粒では白濁部がリング状になってい

る場合が多く(図2下)特に低日射下では多い。一方で中心部が白濁するタイプの乳白粒もみ

られ主に高温下で発生が多い。このように白未熟粒には多様なタイプがあり、その発生環境が

異なることより対策開発やメカニズム解明においてもそれぞれのタイプを考慮して検討が進め

られる必要がある。特に乳白粒における高温型と低日射型によるタイプ間での発生メカニズム

の相違は興味ある点である。温暖化は高温化に加えて降雨や日照の変動を拡大させることも予

測されており、低日射への対応は今後の重要な課題と思われる。

高温によるシンク、ソース機能の変化

イネの登熟は穎果への基質の供給(ソース)能と穎果における基質の受け入れ(シンク)能

の大きく2つの機能によって成り立っている。高温条件下では一般に登熟初期においては強勢

穎果、弱勢穎果ともに乾物集積が速まり両者の基質への競合が激しくなる。また後期に乾物増

加速度は低下し、最終粒重は低下する。一方、主要なソース能である光合成能は比較的広い温

度域で安定である。またもうひとつのソースである茎葉部のデンプン蓄積量は高温条件下にお

いて登熟初期には減少するが後期において再蓄積量は増加する。これらより高温下では、登熟

初期にはシンクによる基質要求が高まり穎果間での基質への競合が激しくなる一方で、後期に

はシンク能の早期低下が起きていると考えられる。高温処理の影響は穂部で茎葉部より大きい

(佐藤・稲葉 1973)ことからも穂部のシンク能の変化が登熟に大きく影響していると考えられ

る。

高温によるシンク能の変化は、デンプン合成に関連する酵素活性、遺伝子発現および組織発

達に現れる。高温下では胚乳細胞の分裂・肥大が加速する一方、登熟関連酵素活性のピークや

組織の老化が早まることが以前より認められていた(佐藤・稲葉 1976、相見ら 1959)が、近年、

より詳細な代謝への影響が明らかになってきている。

イネ穎果へ茎葉部から供給される炭素基質はスクロースである。また穎果でのデンプン合成

の直接の主要な基質はADP-グルコースであり、ADP-グルコースはデンプン合成酵素によって

デンプンに変換されると考えられている。イネ科作物において穎果中でスクロースから ADP-

グルコースの生成、また ADP-グルコースからのデンプン合成過程を担う酵素の活性や遺伝子

Page 9: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

6

発現が高温により低下したとする報告は多い。イネにおける網羅的発現解析の結果(Yamakawa

et al 2007)では、高温によって発現が変動する遺伝子はデンプン代謝関連、貯蔵タンパク質関

連、熱ショックタンパク質(HSP)に大別され、デンプン代謝関連のデンプン粒結合型デンプ

ン合成酵素遺伝子、デンプン分枝酵素遺伝子、細胞質型ピルビン酸リン酸ジキナーゼ遺伝子の

発現低下およびアミラーゼ遺伝子の発現誘導がみられた。また高温下ではデンプン粒が分解し

た跡とも思われる形状があること(Zakaria et al. 2002) 、アミラーゼ活性とともにADP-グル

コースの加水分解酵素が高温下で上昇しやすいことも報告されている(三ツ井・福山 2005)。代

謝産物レベルでの解析も進められており、高温によるヘキソースや有機酸の低下などが認めら

れている(Yamakawa and Hakata 2010)。これらの知見を基礎に、今後デンプン合成と分解過

程における炭素の流れをより詳細に解析することにより、白濁形成に関わる具体的な代謝ステ

ップの同定が期待される。

栽培的対策

白未熟粒の発生軽減栽培対策としてはイネが高温にさらされる程度を軽減する方向とイネの

耐性を改善し同一温度域でも発生を抑制する方向がある(表1)。前者では作期の移動や直播に

よる登熟期間の移動やかけ流しによる圃場温度の抑制などが含まれる。移植時期を遅らせるこ

とは、過剰な初期生育や籾数の制御を通して高温への耐性を高める効果もあると考えられる。

しかし、登熟期の気温の低下させるために移植を移動させた場合、日射量も低下しやすく、ま

た倒伏や秋雨への遭遇が増大するケースも想定されるため、最適な作期の策定には、気温と日

射の相互作用や出穂期前の気象条件についての考慮が不可欠である。このためには発生予測モ

デルの開発が有効であろう。

イネの耐性を向上させるためには出穂期までの栽培管理が重要となる。籾数が高くなると乳

白粒発生が増加しやすいことから籾数の制御は有効である。深水栽培は無効茎数を制限すると

ともに、登熟期のNSC含量や葉色を高めることで白未熟粒を軽減できることが示されている

(千葉ら 2009)。登熟期の低窒素状態は、白未熟粒、特に背白粒、基白粒発生を助長する。近

年、コシヒカリに代表される良食味品種栽培ではタンパク含量低減を重視するあまり、過度に

生育後半の窒素供給が制限されむしろ外観品質の低下を招いている可能性は高い。窒素施肥改

善の方向としては、背白・基白粒を対象とした登熟期の適正な窒素レベルの維持と主に乳白粒

を対象とした籾数の制御との2つからなる(近藤 2007)。低窒素状態による白未熟粒特に基白

粒、背白粒の増加の生理メカニズムは必ずしも明確でないが、玄米窒素含有率が低い場合に基

白粒の発生が増加していた(近藤ら 2006)ことより、ソース能よりもシンク能への影響が大き

Page 10: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

7

いと推定される。

高温耐性品種の開発

栽培的対策に加えて高温耐性品種の開発は重要な適応策となる。高温下で登熟や品質の低下

を受けにくい適応性品種の育成が進んでおり各地域で実用品種が開発されてきている。また品

種差異を生じる生理的・遺伝的要因についても研究が進められている。特に基白粒や背白粒に

は比較的環境間で安定した品種差異があることより遺伝解析が進んでいる。背白粒、基白粒に

ついては耐性の異なる「チヨニシキ」と「越路早生」、「ハナエチゼン」と「新潟早生」の後代

集団を用いた遺伝解析がなされ候補QTLの同定も進められている(Tabata et al. 2007,

Kobayashi et al. 2007)。今後、インディカ品種を含めて高温や低日射への適応性に優れる有用

な遺伝資源の探索と関与する生理・遺伝要因の解明が期待される。

高 CO2の影響

大気高 CO2条件は光合成を促進することによりイネの生育を促進するとともに、気孔開度を

低下させ水利用効率を高める。圃場条件下での高 CO2 環境実験(FACE)の結果では、現在の大

気CO2分圧に比べて20Pa高い高CO2環境下で収量は7-15%高まった(Kobayashi et al. 2006)。

特に生育前半の生育促進効果が大きく、地上部乾物重は成熟期で 11-12%増加したのに対し幼

穂形成期で 21-34%増加した。収量構成要素では籾数の増加が主に収量の増加に寄与していた。

背白粒、基白粒、乳白粒(高温型)

乳白粒

登熟初中期の気温(穂温)窒素状態

登熟初中期の気温(穂温)シンク・ソースバランス

窒素管理登熟期窒素状態の維持(追肥の制御、肥効調節型肥料の利用):食味との両立

籾数安定化(主に基肥)、光合成能の維持:収量性との両立

栽培対策生育後半の土壌窒素供給能の向上(有機物施用)

深水管理(分けつ・籾数安定化、ソース能向上)栽植密度(分けつ・籾数安定化)

その他

作期移動・分散、かけ流しなどによる地温、穂温低下品種による群落温度の低下

発生要因

白未熟粒タイプ

養分・水吸収など根の機能の向上(根圏環境の改善)長期・短期気象予測による対策の精密化

生理機能の向上による耐性の改善

対策の方向

温度環境の改善

表1 白未熟粒のタイプ別にみた発生要因と対策の方向(近藤 2011)

Page 11: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

8

高温と高 CO2は相互に関係しながらイネ生育に影響を及ぼす。高 CO2 下では気孔開度の低下

により群落温度は上昇し、高温の影響が増幅される可能性がある。一般にインディカ品種はジ

ャポニカ品種より気孔コンダクタンスが高く群落温度が低い傾向にある。ジャポニカ、インデ

ィカ品種間の高 CO2への気孔反応性の違いを含めて、高 CO2条件による収量促進を最大限に

生かすことができる品種特性や栽培法が明らかにされることが期待される。

おわりに

世界の水田からの1年間のメタン発生は 25.6Tg と推定されているが、間断灌漑の導入や稲

わらすきこみ時期の改善により 7.6Tgの削減も可能と推定されている(Yan et al. 2009)。また

水田に施肥された窒素の 0.31%が N2Oとして放出されると推定されているが(Akiyama et al.

2005)、肥効調節型肥料の利用など施肥法の改善により発生を軽減し得る。こうした温暖化ガ

ス発生抑制効果と生産性を両立させる水稲栽培技術開発が求められている。世界的にみれば温

暖化による農業生産への影響では水不足による収量の減少が最も懸念されている。こうした状

況の中で水供給が比較的安定的な日本の水田を最大限に活用し、食糧生産に貢献していくこと

は日本の稲作の重要な役割と思われる。

参考文献

Akiyama, H., K. Yagi, and X. Yan (2005), Global Biogeochem. Cycles, 19, GB1005,

doi:10.1029/2004GB002378

相見霊三・沢村浩・昆野昭辰(1959) 日作紀 27 405-407

千葉雅大・松村修・寺尾富夫・高橋能彦・渡邊肇 (2009)日作紀 78:455-464

長谷川利拡・石丸努・近藤始彦・桑形恒男・内海美砂子・福岡峰彦・吉本真由美 (2008)

日作紀. 225(別 1), 368-369.

IPCC (2007) Working group I. 4th Assessment report.

http://www.ipcc.ch/ipccreports/ar4-wg1.htm

石丸努・長谷川利紘・近藤始彦 (2008) 日作紀 77別1:366-367

Jiang H, Dian W and Wu P (2003) Phytochem. 63 53-59

金漢龍・堀江武・中川博視・和田晋征 (1996)日作紀. 65,644-651.

気象庁(2005)異常気象レポート 2005

http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/climate_change/2005/2.1.2.html

Ishimaru T, Hirabayashi H, Ida M, Takai T, San-oh Y, Yoshinaga S, Ando I, Ogata T,

Kondo M. (2010) Ann. Bot. 106:515-520.

Kobayashi A, Genliang B, Shenghai Y, Tomita K (2007) Breed. Sci. 57:107-116

Kobayashi K, Okada M, Kim HY, Lieffering M, Miura S, Hasegawa T. (2006) Managed

-ecosystems and CO2 case studies, Processes, and perspectives. Springer-Verlag

Berlin.Heidelbarg, p87-104.

Page 12: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

9

近藤始彦・森田敏・長田健二・小山豊・上野直也・細井淳・石田義樹・山川智大・中山幸

則・吉岡ゆう・大橋善之・岩井正志・大平陽一・中津紗弥香・勝場善之助・羽嶋正恭・森

芳史・木村浩・坂田雅正(2006) 日作紀 75別2:14-15

近藤始彦・桑形恒男・石郷岡康史・鳥谷均・長谷川利拡・笹原香奈子・石丸 努・三王裕見

子 (2007)日作紀 76別1:210-211

近藤始彦(2007)農業及び園芸 32:31-34

近藤始彦(2011)米の外観品質・食味研究の最前線(9)養分・気象環境と米の食味・品質

農園 86:652-658

Liang J, Zhang J and Cao X (2001) Physiol. Plant. 112 470-477

Matsui T, Omasa, K, Horie T. (2001) Plant Prod. Sci. 4, 90-93.

松島省三・角田公正(1957) 日作紀 25 203-206

三ツ井敏明・福山利範(2005)農業技術 60 447-452

村田吉男 (1964)日作紀 33 59-63

長戸一雄・江幡守衛(1960) 日作紀 28 275-278

Peng S, Huang J, Sheehy JE, Laza RC, Visparas RM, Zhong X, Centeno GS, Khush GS,

Cassman KG (2004) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 9971-9975.

Arai-sanoh Y, Ishimaru T, Ohsumi A, Kondo M (2010) Plant Prod. Sci. 13:235-242

Satake T, Yoshida S. (1978) Japan. Jour. Crop Sci. 47: 6-10.

佐藤庚・稲葉健五(1976)日作紀 45 156-161

Tabata M, Hirabayashi H, Takeuchi Y, Ando I, Iida Y, Ohsawa R (2007) Breed. Sci.

57:47-52

Tashiro T, Wardlaw IF (1991). Aust. J. Agric. Res.42 485-496

Tian X,Matsui T, Li S, Yoshimoto M, Kobayashi K, Hasegawa T.(2010)Plant Prod. Sci.

13:243-251

Yamakawa, H., T. Hirose, et al. (2007) Plant Physiol. 144: 258-277.

Yamakawa and Hakata (2010) Plant Cell Physiol (2010) 51(9): 795-809.

Yan, X., H. Akiyama, K. Yagi, and H. Akimoto (2009) Glob. Biogeochem. Cycles,

doi:10.1029/2008GB003299

Zakaria S, Matsuda T, Tajima S, Nitta Y. (2002) Plant Prod. Sci. 5:160-168.

Page 13: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

10

温暖化による気候変動予測と早期警戒システムの開発

中央農業総合研究センター 情報利用研究領域 大野宏之

地球温暖化のメカニズム

地球表面の温度は、大気を介した宇宙との熱のやりとりの結果として決定されています。宇

宙から入ってくるエネルギーとは、すなわち太陽からの日射です。日射は、その一部が地表面

や雲で一部が反射され、残りが地球に吸収されます。降り注ぐエネルギーのうち地球に吸収さ

れる割合はおよそ 69%と見積もられています。一方、地球から宇宙に放出されるエネルギーは、

赤外放射の形をとっています。赤外放射は、あらゆる物質から放出されている電磁波で、放射

量は温度が高いほど多く(4乗に比例)なります。放射温度計はこの原理を利用して物体の温度を

求めます。赤外放射も太陽の日射も、物理学的には同じ電磁波ですが、波長が大きく異なるた

め物質への吸収や反射の様子が大きく異なっています。

今、仮に地球に入ってくる日射エネルギーに比べて地球から出て行く赤外放射エネルギーが

小さかったと仮定しましょう。そうすると、地球はその差に相当するエネルギーで加熱され続

けることになり、その結果、地球全体の温度は上昇することになります。しかし、人工衛星に

よる放射観測の結果からは地球に出入りするエネルギーがほぼ釣り合っていることが明らかに

なっており、現在問題となっている地球温暖化は出入りするエネルギーの不均衡とは別のメカ

ニズムによって引き起こされていると考えられています。

地表面付近から宇宙空間に向けて射出された赤外放射は、日射のように大気中をすんなりと

は通過できずに、一部が温暖化ガスに一旦吸収されそこらから改めて放射されます。この際、

大気の温度が地表面よりもずっと低いために、射出される赤外放射の強度はずっと弱くなりま

図 1. 地球表面と大気・宇宙との熱の輸送過程の模式図(Kiehl, J., and K. Trenberth, 1997)

Page 14: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

11

す。同時に、温暖化ガスは赤外放射を宇宙空間だけでなく地表面に向けても同じ強さで射出し

ます。これら二つの理由から、温暖化ガスが存在する条件では、赤外放射を同じ強度で宇宙に

放出するために地表面付近はより高い温度となる必要があります。これを大気の温室効果と呼

びます。現在の温暖化は、人為起源の二酸化炭素等が大気中に増加したことによりこの温室効

果が強化された結果として引き起こされていると考えられています。つまり、現在の温暖化は、

エネルギーの釣り合いが変化しているのではなく、より強くなりつつある温室効果のもとでエ

ネルギーが釣り合うために、地上温度がより高い状態になりつつある現象と考えられています。

ところで、大気に温室効果が全くなかった場合、地上気温はいったい何度くらいになるでし

ょうか。現在の地球全体の平均値は約 15C ですが、温室効果が全くないと仮定して地表面温度

を計算するとその値はおよそ-18C となります。温室効果は、温暖化を引き起こす現象ですが、

一方で、地球が生命に満ちた星である重要な条件の一つでもあるのです。なお、大気の温室効

果については、この効果の 93%は水蒸気によってもたらされており、CO2を初めとするいわゆ

る「温暖化ガス」の寄与は残りの 7%にすぎません(Barrett 2005)。地球温暖化の予測は、大気の

温室効果のほんの数%の変化を追う作業です。

気候変動の予測

将来の気候を予測するには、まず、大気に排出される温暖化ガスの将来予測が必要です。つ

ぎに、排出された温暖化ガスが大気中のどのあたりにどのような濃度で分布するかを推定する

事が必要です。そして、これらの予測の上で、大気圏と地表、海洋海洋での様々な熱エネルギ

ーのやりとりをシミュレーションし、気温や降水の変動を予測します。

(1) 温暖化ガス排出の予測

気候変化に関する政府間パネル(IPCC)に設置された特別プロジェクトが、2000 年に将来の温

暖化ガスの排出量予測を行いました。これは一般に「SRES シナリオ」と呼ばれ、IPCC の第三

次報告書と第四次報告書はこれを基礎として温暖化を予測しています。

特別プロジェクトは、まず、これまでになされた将来の温暖化ガス排出についての様々な研

究を評価して将来社会の発展方向を大きく 4 つ設定し、それぞれについて人口などの基礎的な

数値を推定しました。設定された発展方向には A1、A2、B1、B2 等の名がつけられています。

表 1 に、それぞれの基調を文章で示します。次に、設定した基礎条件を用いて、プロジェクト

を構成する世界の 6つの研究グループが予測を行い、総計 40種類の排出量シナリオを作成しま

した。そして、それらを持ち寄って検討し基準とするシナリオを発展方向ごとに選び、これら

をマーカーシナリオと呼んで将来予測としました。気温の将来予測のグラフの凡例でよく見か

ける A2 などの記号はこの将来予測に基づいていることを示しています。

なお、A1 シナリオについては発展する技術分野の違いにより A1T、A1B、A1FI に細分され

ていますが、A1とだけ表記される場合は A1Bを指すことになっています。図 1に SRES が作成

した 40個の二酸化炭素の排出予測シナリオを示します。これからわかるように、同じ前提や基

礎数値にもかかわらず排出予測は互いに大きく異なっています。

Page 15: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

12

(2) 大気海洋大循環モデル

大気の運動やそれに伴う熱のやりとりを計算機によって再現しようとする研究は1970年題から

盛んになってきました。この分野の発展はめざましく、取り扱われているプロセスも計算機の

発達と共に増加し、今日では、高低気圧に代表される大気の大規模な運動やそれに基づく降水

のみならず、海流による熱の移動や河川による水の移動、大気中の微粒子(エアロゾル)による各

種効果、雪氷体や植生などの影響も組み込まれた大気海洋大循環モデル(AOGCM)が世界各国で

開発されています。 IPCC の第四次報告書では、世界から 20 以上の AOGCM モデルによる結

果が用いられました。モデルが地球を包み込む細かさも時代を追って増し、第四次報告書で用

いられているもっとも細かいモデル(MIROC3.2(hires))では、およそ 100 km (T106)でです。この

ほか、モデルに与える初期値をわずかに変化させては繰り返し将来予測を行い、それを統計処

表 1. SRESで定義された四種類の温暖化ガス排出シナリオの基調。

発展方向 基 調

A1:「高成長社会

シナリオ」

経済圏の拡大や技術移転により、文化および社会の相互作用が拡大し、地域間格

差が減少する。これにより一人当たり国民所得が増大する。

A2:「多元化社会

シナリオ」

地域主義および地域の独自性の保持(地域経済圏の強化:資源の域内依存、国際

的相互依存が進展しない)。

B1:「持続発展型社会

シナリオ」

経済、社会、環境持続性に対しては地球的解決に重点がおかれ、これには公平性

の改善は含まれるが、追加的な温暖化対策は含まれない。

B2:「地域共存型社会

シナリオ」

シナリオ・経済、社会、環境持続性に対しては地域的解決に重点がおかれる。本

シナリオも環境保全や社会的公平性の実現を指向するものであるが、地域レベル

での解決に重点がおかれる。

図 2. SRESの二酸化炭素排出シナリオ

IPCC の特別プロジェクトが作成した 2100 年までの二酸化炭素排出量の将来予測。太線で

示されているものがマーカーシナリオである(IPCC 2000)。

Page 16: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

13

理するなど運用面での高度化も進んでいます。

(3) 気候変動の予測結果

IPCC 第四次報告書には、このようにして予測された将来の気候変動の様子が示されています。

図 2 には、報告書の代表的な図を示します。これは、SRES シナリオ別に示した全球平均気温の

将来予測で、不確かさの指標としてモデルや初期値の違いによる結果の違いの標準偏差が併せ

て示されています。報道等による「温暖化により 100 年後には気温が 2 から 4 度上昇する」と

いう表現はこの図が元になっていると思われますが、この不確かさ指標には排出量予測の不確

かさは含まれていません。これも考慮するならば、「温暖化により 100 年後には気温が上がら

ないかもしれないし、5度程度上昇するかもしれない」程度のことしか言えないのが温暖化予測

の現状です。ただし、暖化ガスの排出を抑えれば、それだけ温度上昇が抑えられることは確か

です。AOGCM の進歩により、変化幅はともかく、降水量が増えるのか減るのかといった振れ

の方向はかなりの信頼性を持って予測できるようになってきました。報告書では、東アジアに

おける降水量の増加、寒冷な日の減少、強い降水事象の増加、台風の増加(ただし、世界的には

減少)などが予測されています。

より身近な日本域については、温暖化はどのように予測されているでしょうか。IPCC 第四次

報告書に繰り返し引用されている AOGCM には、日本の研究グループによるものが二つ含まれ

ているので、これらを見てみましょう。モデルの一つは気象庁気象研究所のMRI-CGCM2.3.2で、

もう一つは東京大学気候システム研究センター他の MIROC3.2(hires)です。Okada et al. (2009)は、

両者を含む 7種類の AOGCMの結果を日本域について比較しました(表 2)。これによれば、いず

れのモデルにおいても、気温については次第に上昇し高緯度ほど上昇幅が大きいことが予測さ

れています。降水量については次第に増加することが予測されています。ただし、気温の上昇

や降水量の増加の程度や分布については、排出シナリオに基づいた者同士であってもかなりの

開きが見られます。

今日、国内外の AOGCM による予測結果は IPCC のホームページから自由にダウンロードす

ることが可能となっています。また、幾

つかの予測結果については、日本域につ

いて国土数値情報三次メッシュに展開

されたデータセットとして入手するこ

とも可能です。このように温暖化予測デ

ータは以前と比べて格段に身近にはな

りましたが、先にも述べたとおり、大き

な不確実姓を持っていることをよく理

解したうえで利用する必要があります。

このほか、AOGCMは、現在、最も解

像度が高いものであっても100 km 以上

であることから、地域スケールの気候シ

ステムのすべてを再現しているわけで

はないことにも注意を払う必要があり

ます。山岳の影響や台風発生など100 km

図 3. AOGCMで計算された全球平均気温の変化

様々なSRESシナリオに対してAOGCMが予測した将来

の全球平均気温の変化。1980–1999 年平均からの差で表

示されている。折れ線は異なる AOGCM 間の平均値で、

上下の色づけ部分は標準偏差を示す(IPCC 2007)。

Page 17: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

14

より明らかに小さい空間スケールの大気現象にもとづくものばかりでなく、梅雨のような大き

な空間スケールの気候システムであっても、空間分解が大きなモデルでは活動が過小評価され

る傾向があるといわれています。農業分野に限らず、影響評価の立場からは、より小さい空間

スケールの予測や平均値ではない気候(異常気象の発生頻度の予測など)が強く求められており、

このような需要に応えるため、AOGCMの結果を初期値として、特定の領域だけを解像度数 km

で再現する気象モデル(領域気象モデル)を稼働させたり、ウエザージェネレータを利用してより

自然な将来の日別気象値データセットを作成するなどの取り組みが現在盛んに行われています。

ところで、温暖化はどのようにやってくるのでしょう。図 2 などは、線が年とともに徐々に

上昇しているので、何となく、毎年少しずつ気温が上がるような印象を持ってしまいがちです

が、図 2 は全球平均の話であり、日本周辺でこのようになる保証は全くありません。図 3 は、

2009年と2010年の 8月 1日における日本付近の気温分布を示したものです。夏、日本周辺では、

暑い小笠原高気圧と冷涼な大陸性高気圧、低

温のオホーツク高気圧がせめぎ合っています。

冷夏と言われた 2009 年も記録的な猛暑とな

った 2010 年も、この基本的な状況は同じで、

ただ、日本が冷たい気団の勢力下に入ったか

暑い気団の勢力下に入ったかが違っている様

に見えます。つまり、日本周辺では、気温が

一定のペースで上昇するのではなく、むしろ

異常高温年となる頻度が徐々に増加する形で

温暖化が進行すると考えた方がよい可能性が

あります。

早期警戒システムの開発

ここまで、数十年先の気候の予測について概観してきましたが、数日先の天気や気象の予測

にも数値気象モデルは広く利用されています。農業分野では、もっぱらアメダス観測データが

用いられてきましたが、数値気象モデルが作成する気象データはアメダスにはない利点を持ち

表 2. AOGCMが予測した日本域の気温変化

日本の研究グループによる 2 つの AOGCM で A1B シナリオに基づいて予測された日本域の暖候期(5~10

月)の最高気温、平均気温、日平均気温、降水量、日射量の変化。変化の基準は、それぞれ同じモデルで計

算した 1980-2000年の平均値である。変化量は、気温については差で、降水量と日射量については比で示

されている。(Okada, et al. 2009 より抜粋)

最高気温

C

平均気温

C

最低気温

C

降水量

%

日射量

%

MRI-CGCM2.3.2 2055年頃*

1.6 1.7 1.8 106 101

2090年頃** 2.5 2.6 2.7 112 101

MIROC3.2(hires) 2055年頃*

3.1 3.1 3.1 115 102

2090年頃** 4.4 4.4 4.4 125 101

*2046-2064の平均 **2081-2010の平均

2010年 2009年

10 30 [C]20

図 4. 2010年と 2009年の8月1日における日本

付近の地上気温の分布(大野 2011)。

Page 18: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

15

ます。最も大きな利点は、言うまでもなく将来が予測できることです。防除や収穫などの予定

を立てる上で週間天気予報は欠かせない情報ですが、天気だけでなく将来の気温や日射量、風

速などが知れれば、病虫害の発生予察なども可能になりより効率的な防除につなげる事ができ

ます。第二の利点は、提供される気象要素がアメダスよりも多様であることです。気象庁が配

信する短期数値予報モデル(MSM)の格子点データセット(GPV)には、気温、風速、降水量、相対

湿度、雲量、気圧が含まれています。また、気象業務会社が運用する気象モデルのデータセッ

トには、日射が含まれるものも存在します。これら多様な気象要素を組み合わせることで、デ

ータが入手できないという理由から実現できなかった様々な推定や評価が可能となります。

第三の利点は、データが面的であることです。アメダスは全国を網羅する優れた観測システム

ですが、その配置間隔はおよそ 20kmと農業利用には必ずしも十分ではないほか、測定値が局所

的な設置環境の影響を受けている面があり、広域的な分布や推定に必ずしも向かない点があり

ました。気象モデルのデータは、計算による推定値ではありますが、5km 程度の空間解像度で

提供され、局所的な影響の問題がありません。

このように、気象モデルによる予測気象データは、アメダスデータを補完する様々な利点が

あるので、近年、農業分野に積極的に利用する動きが見られるようになりました。九州農業研

究センターでは、高精度な気象シミュレーションを用いてイネの重要害虫であるウンカの飛来

をリアルタイムに予測するシステムを開発しました。また、同東北農業研究センターでは、ア

メダス観測値に加え予測値データも用いていもち病の発生を予察するシステムを開発し運用し

ています(菅野 2010)。そして、今年度から開始された、農業・食品産業技術総合研究機構の第

三期中期計画では、「土地利用型作物の気候変動対策技術と栽培管理支援システムの開発」を

課題として掲げ、地球温暖化に対応した農業技術の開発に取り組んでいます。ここでは、機構

傘下の 5つの農業研究センターが連携し、(1)栽培技術開発、(2)作物モデル開発、(3)気象予測デ

ータの加工・翻訳・適用技術開発を通じて、作物・病害モデルの気象予測データによる計算シ

ステムを構築し、全国や地域別の農業気象・作物病虫害警戒情報や、栽培支援コンテンツ をイ

ンターネットで配信しようとするものです。水稲の高温障害等の予測と被害軽減のコンテンツ

も含まれる予定です。

中央農業総合研究センターでは、作物モデルの開発と共に、各種コンテンツを運用する際

に欠かせない気象データ作成システム構築にも取り組んでいます。これは、気象庁の数値予報

GPV と、アメダス観測網、日別平年値を結合して、全国の気温や降水量を 1kmの空間分解能で

通年にわたって推定し、毎日更新するものです。図 4に、メッシュ気象システムが 2010 年 8月

2 日に作成した日平均気温から、茨城県つくばみらい市谷和原における値を取り出したものを示

しました。システムは、空間補間した観測値、補正した数値予報値、空間補間した日別平年値

を組み合わせて一年分の気象要素の分布を求めます。この図で、7日より先の期間において平年

値と現地観測値とが大きく異なっているのは、この年の夏の異常高温を反映しています。

また、図にはシステムが 2011 年 8 月 26 日に計算した、同 24 日の日平均気温と日平均湿度、

日降水量の分布図を示します。

現在、気象庁は、最も長いレンジのGPV として、一ヶ月先までの予報を作成しています。気

温について筆者が評価した結果では、利用できそうな 2 週間先ぐらいまでが限界のようです。

正確な予測期間が長ければ長いほど利用価値は高まるので、この方面での進歩も期待したいも

Page 19: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

16

のです。

気象測器について

(1) 温度の計測

気温や群落温度など、温度は気象要素の内で最も農業と関わりが深いものです。電子技術や

IT の進歩により精度 0.3 度程度の温度計測が無人で行える安価な測定器も数多く市販され、気

軽に計測できる気象要素ですが、圃場や温室内での気温測定例を見ると、日射の影響の除去が

正しく行われていない例が意外と多いことに気づきます。日射の影響は、強制通風型の放射よ

けを用いない限り除去できません。自然通風型の放射よけを使用していても、温室等ではセン

サーの温度は日中に気温よりも 3 度も高くなります。屋外の利用でも 1 度程度の温度差が生じ

ることは頻繁に起こります(岡田ら 2010)。

農業現場で、0.3度以上の精度が要求される場面はそれほど多くはありませんが、異なる場所

間での温度差を計測する必要が生じることはしばしばあり、このようなケースでは、比較検定

を行わない限り、市販の温度測定器は使えません。このような場合には、センサーに熱電対を

図 6. 気象データシステムが作成した、2011年 8月 24日の全国の気象

左上、日平均気温。右上、同図の一部を拡大したもの。左下、日平均湿度。左右下、日降水量。

20

22

24

26

28

30

32

7/01 7/11 7/21 7/31 8/10 8/20 8/30

日平均気温

[C]

2010年 現地観測値(つくばみらい市谷和原) システム出力値(8月2日時点)

補間した観測値 補正した予報値 補間した平年値

8月2日

図 5. 2010年 8月 2日に作成した茨城県つくばみらい市谷和原における日平均気温

赤線:気象データシステムの計算値。青線:システムとは独立に観測された同地点・同期

間の気温の推移。(大野ら 2011)

Page 20: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

17

利用すると良い結果が得られます。

(2) 湿度の計測

湿度は、気温に次いで身近な気象要素です。最近は性能の良い高分子湿度センサーが作られ

るようになり、気温と同時に相対湿度も計測できるものも販売されています。湿度計測で注意

しなければならないのは、気温と同様、日射の影響を除くこととですが、高分子湿度センサー

は劣化が避けられ無いことにも注意が必要です。ほこりが少ない場所でも寿命は 1 年ほどであ

り、ほこりが多い環境下ではさらに短くなります。

(3) 風速の計測

一般に、風速計はプロペラや風杯などの可動部があり、取り扱いにくい測器でしたが、最近

は、可動部のない超音波風速計が 10万円程度で入手できるようになりました。超音波風速計は

取り扱いが容易で手入れの必要もほとんど無いので便利な風速計です。

(4) 降水量と日射の計測

農業に縁が深い気象要素としては上述の他に降水と日射が挙げられます。これらは、共に正

しく水平に設置することが重要です。水平から 1度外れると約 3%の誤差が生じると言われてい

ます。計測中は、日射計についてはガラスドームに鳥の糞などの汚れが付いたままにならない

ように注意し、降水量計については落ち葉等が受水部をふさいだり計量部の動作を妨げていな

いか定期的な点検が大切です。

引用文献

Barrett, T. (2005) Greenhouse molecules, their spectra and function in the atmosphere. Energy and

Environment, 16, 1037-1045.

IPCC (2000) Special Report on Emissions Scenarios: A Special Report of Working Group III of the IPCC.

612p. Cambridge University Press.

IPCC (2007) Climate Change 2007 - The Physical Science Basis. Working Group I Contribution to the

Fourth Assessment Report of the IPCC. 1009 p. Cambridge University Press.

菅野洋光(2010) 2008年度秋季大会シンポジウム「地域の詳細な気象と気候の再現を目指して-

ダイナミックダウンスケール技術の高度利-」の報告 6.農業への利用-イネいもち苗発生

予察への適用. 天気 57, 566-570.

大野宏之 (2011) 地球温暖化予測の現状と天気予報データの農業利用. 土作りとエコ農業 43,

503, 10-16.

大野宏之, 大原源二, 吉田ひろえ, 中園江, 中川博視 (2011) 週間予報とアメダス観測値を組み

合わせた全国メッシュ気象データシステム. 中央農業総合研究センター成果情報.

岡田益己・中村浩史 (2010) 温度の正しい測り方 (1)通風式放射よけの作り方. 生物と気象 10,

A-2, 1-5.

Kiehl, J., and K. Trenberth (1997) Earth’s annual global mean energy budget. Bull. Am. Meteorol. Soc.,

78, 197–206.

Okada, M., T. Iizumi M. Nishimori and M. Yokozawa (2009) Mesh Climate Change Data of Japan Ver. 2

for Climate Change Inpact Assessments Under IPCC SRES A1B nad A2. J. Agric. Meteorol. 65,

97-109.

Page 21: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

18

2011年 10 月 19日~20 日

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構

作物研究所

研修課題名;水稲の高温障害対策技術

―高温による登熟低下に関与する炭素代謝過程の解析手法の習得

<はじめに>

日本で栽培されるイネにとって、夏季の最適平均気温は、約 21~24℃ですが、温暖化の影響

で暑い夏になる年が増えています(図 1,次ページ)。夏季の高温の影響により、日本各地で玄

米の胚乳部が白濁し米の品質が低下する事例が頻繁に発生し、農家の収入が減ってしまうなど

問題になっています。

イネの玄米は、その 90%がデンプンや糖

(炭水化物)で構成されていますが、この

炭水化物は、出穂前に生産され茎に蓄積さ

れた炭水化物と出穂後に作られた炭水化物

が使われます(図 2及び 3、写真 1)。出穂

までに蓄積された炭水化物は、出穂後の炭

水化物生産の不足分を補うために使われま

す。

では夏季に高温になった場合、高温によ

って白濁したお米のデンプンの詰まり方や、

茎に蓄積された炭水化物量はどのように変

化するのでしょうか。

<稲の茎葉部の炭水化物の分析>

夏季に高温になった場合、茎に蓄積された炭水化物量はどのように変化するのでしょうか。

今回の研修では、気温条件や品種が登熟期の茎の炭水化物量に及ぼす影響について調査します。

(図1)つくば市における 8月の日

平均気温の平年値と 2007年値 20

25

30

8/1 8/6 8/11 8/16 8/21 8/26 8/31

日平均気温(℃)

平年

2007

Page 22: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

19

出穂後の光合成による生産量

出穂までの蓄積量

玄米中炭水化物

約15~30%

(図2)玄米中炭水化物の由来 (写真1)茎内のデンプン

100

200

300

400

0 10 20 30 40 50

NS

C (g/

m2)

出穂後日数

100

200

300

400

0 10 20 30 40 50出穂後日数

(図3)稈・葉鞘中の非構造性炭水化物(NSC)の動態(左:日本型品種、右:インド型品種)

ここでは、以下の 3種類の測定法について紹介します。

1)比色法による可溶性糖とデンプンの測定

2)高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による可溶性糖の測定

3)重量法によるNSCの測定

比色法による可溶性糖とデンプンの測定

<実験方法>

A)試料の秤量

A1 試料番号をふた付きのチューブにマジックで記入する。

A2 20 mgの粉砕試料(20 + 2mg)を 2ml チューブに計り取り、試料

の種類、試料番号、重量をノートに記録する。

試料の種類 試料番号 重さ(mg)

Page 23: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

20

B)可溶性糖の抽出

試薬;

・80%エタノール

B1 試料に 0.5 ml の 80% エタノールを加え、

振とう機で 5分間攪拌する。

B2 遠心分離(15000gx5 min、 室

温)を行い、上清のエタノール

を 1000μl用のピペットマンで

2mlのエッペンチューブに回収

する。

B3 B1~B2 を 2回繰り返し、合計で約 1.5mlの上清を回収する。

B4 エタノール画分 0.2 ml を,200μl用のピペット

マンを用いて 2ml のエッペンチューブに移し

とり,遠心濃縮器で 2時間ほど乾燥させる。

B5 乾燥したエタノール画分に蒸留水を 1ml 加えた後,振とう機で 5分攪拌して溶解させる.

⇒フェノール硫酸法(C12~13)と高速液体クロマトグラフィー(5 ページ)による可溶

性糖の測定へ

B6 B1~B3 で得られたペレットは、70℃の

乾燥機のなかで 4時間ほど(一晩)乾燥

させる。

⇒アミラーゼ反応(次ページ)へ

ノート

Page 24: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

21

C)デンプンの加水分解

試薬;

・リン酸緩衝液

・アミラーゼ溶液

・5%フェノール

・硫酸

(アミラーゼ溶液 10 ml の調製)

C1 ファルコンチューブに10ml用のピペットを使って9.75ml のMilli Q

水を入れる。

C2 0.5 M K-リン酸緩衝液(pH 7.0)を 1000μl用のピペットを使って

250μl 加える。

C3 Pancreatic α-アミラーゼ酵素懸濁液を 100μl 用のピペットを使っ

て約 6l を加え転倒混和し、結晶が溶解したことを確認する。

C4 10%アジ化ナトリウム溶液を 20μl用のピペットを使って 10l加える。

(アミラーゼ反応)

C5 10 mM リン酸緩衝液(pH 7.0)を,1000μl用のピペットを用いてB6 で乾燥させた試料

に 0.6 ml 加え、十分に膨潤(5分間)させる。

C6 フタを閉め、予め 90℃に加熱しておいたアルミブロックヒーターに載

せる.20 分間加熱したのち、ボルテックスで軽く攪拌し、しばらく室

温に放置する。

C7 1 ml のアミラーゼ溶液を,壁面に付着した試料を洗い落とすように加

え、ボルテックスで軽く攪拌する。

Page 25: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

22

C8 37℃の恒温槽内で 2時間半反応させる。

C9 遠心分離(15000gx5 min、室温)した後,上清およそ 1.6ml

を新しい 5ml チューブに回収する。

C10 ペレットに 1.6 ml の蒸留水を加え、良く攪拌する。

C11 3 分間静置したのち室温で遠心し、上清をチューブに回収する。

C12 回収したサンプルを希釈したのち、フェノール硫酸法用の試験管

に移す。

C13 0.2ml の試料,0.2ml の 5%フェノール、1mlの濃硫酸を順に

加えて、分光光度計で吸光度を測定する。

標準

物質

標準物質濃度(%)

(グルコース)

標準

(490nm)

試料

番号

試料

(490nm)

サンプルの濃度(%)

1-1 0.003125

1-2 0.003125

2-1 0.00625

2-2 0.00625

3-1 0.0125

3-2 0.0125

4-1 0.025

4-2 0.025

ノート

Page 26: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

23

高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による可溶性糖の測定

(装置について)

-HPLC の各機器の役割-

①全体のコントローラー

②溶離液の脱気装置

③溶離液を吸い上げるポンプ

④オートサンプラー

⑤カラムオーブン

⑥屈折率により溶離液内の濃度を測定

(装置の設定)

カラム;SUGER SP0810 (SHODEX)

カラム温度;80℃

移動相;水

流量;1.0ml/min

(HPLC の原理)

高速液体クロマトグラフは下図に示すように幾つかの部品で構成されている。送液ポンプより

送られる溶離液に試料溶液を注入し、分離カラムで試料中の溶質成分が分離される。分離され

た溶質成分の情報は、検出器で電気信号に変換される。

図: 高速液体クロマトグラフの構成

分離カラム内には充填剤と呼ばれる微粒子が詰められている。溶質成分は溶離液とともにそ

の微粒子の隙間を流れ、分離カラムを通過する間に成分分離する。充填剤(表面)を固定相、溶

離液を移動相といい、固定相と移動相と溶質成分との三つ巴の相性が分離の原理と考えられる。

Page 27: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

24

カラムについて+++

糖の分離に使うカラム ・・・・・SUGER SP0810 (SHODEX)

(サイズ分離+配位子交換を組み合わせたカラムにより成分を分離する)

○サイズ分離カラムは、サンプルのいろいろな成分の分子量(大きさ)の違いを利用して分離

ができます。分子量の大きい成分ほど早く出てきます。

○配位子交換カラムは、イオン性の官能基の先端に金属イオン(Pb2+)が付いています。+の

電気を帯びた金属イオンと、-の電気を帯びた試料中の OHイオンが引き合うことで分離がで

きます。これはサンプル中のOHイオンの数や、OHイオンの位置関係がいろいろな成分で異

なることを利用しています。

0

20

40

60

80

100

120

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15

min

μRIU

Sucroseglucose Fructose

カラム

色々な成分

流れる方向

保持時間が短い

保持時間が長い

ノート

Page 28: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

25

分析チャート

黒線;標準 青線;サンプル

ノート

0

20

40

60

80

100

120

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15

min

μRIU

Sucroseglucose Fructose

スクロースグルコース フルクトース

茎に含まれる可溶性の糖を分離することができる

分析時間

ピーク面積から濃度を計算

Page 29: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

26

<実験の流れ> 試料 20mg

80%エタノール 500μl加える

5分間加攪拌

常温 15,000rpm で 5 分間遠心(注 1)

80℃で 2時間以上乾燥

10mM K-リン酸緩衝液(pH7.0)0.6ml 加える

90℃ 15 分間加熱(注 2)

室温に冷めるまで放置

アミラーゼ溶液を 1ml 加える

37℃ 2時間半インキュベート(注 3)

常温 15,000rpm で 5 分間遠心

ファルコンチューブに回収

蒸留水で希釈

試料 0.2ml+5%エタノール 0.2ml+濃硫酸 1ml を混合

吸光度の測定(注 4)

図 1.可溶性糖とデンプンの測定手順

(沈澱) (上清)

エバポレーターで

乾燥

0.2ml をエッペン

に移す

1ml の蒸留水を加

えて溶かす

(上清) (沈澱)

*沈澱の洗い

1.6ml の蒸留水を

加え,遠心後に上清

を回収

1日目

2日目

HPLC 分析へ

(※デモンストレーション)

Page 30: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

27

注 1:可溶性糖の分離

○可溶性糖は上清のエタノールに溶解する。デンプンは沈殿する。

注 2:デンプンの糊化(こか)

○デンプンは分子式(C6H10O5)nの炭水化物(多糖類)で、多数のα-グルコース分子がグリコ

シド結合によって重合した天然高分子です。

○デンプンを水中に懸濁し加熱すると、デンプン粒は吸水して次第に膨張し、デンプン粒が崩

壊してゲル状に変化します。これを糊化といいます。

注 3:酵素(アミラーゼ)による加水分解

○糊化したデンプンに酵素(アミラーゼ)を反応させると、糖鎖の非還元末端の 1、4-α結合

が分解(加水分解)してグルコースを産出します。

注 4:比色法(フェノール硫酸法)による糖濃度の定量

○糖類が強酸(硫酸)の試薬と反応すると、フルフラール誘導体ができます。これをフェノー

ルと反応させて呈色物質を作り発色させるものです。溶液の吸光度※1を測定し、グルコース濃

度を定量します。デンプン量は溶液のグルコース濃度から算出します※2。

※1 吸光度(きゅうこうど、absorbance)は特定の波長の光に対して物質の吸収強度を示す

尺度です。吸光度はSample Cellの光路長と Sample 濃度(C)に比例し、A=αLCで表され、

これをランベルト・ベール(ランバート・ベール)の法則(Lambert-Beer law)と呼びます。

このランベルト・ベールの法則を使い、検量線から物質濃度(本実験ではグルコース)を定量

することができます。

※2 デンプン(g/100g)=ブドウ糖(g/100g)×0.9

ノート

Page 31: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

28

重量法による NSC の測定

1.NSC測定法の比較

比色法

○:測定器官を選ばない,糖とデンプンの分画が可能

×:手順が複雑,乾燥や貯蔵の影響を受けやすい

重量法

○:手順が単純,乾燥や貯蔵の影響が小さい,高価な機械を要しない

×:測定器官が限定(デンプン含量の高い部位),糖とデンプンの分画は不可

2.NSC重量法測定法手順

(参考文献:大西政夫・堀江武 (1999) 重量法による水稲各器官中の非構造性炭水化物の簡易

定量法.日作紀 68:126-136.)

1)秤量

サンプル粉砕物 0.5mm以下,約 0.5g(500mg)を正確に秤量(小数点以下4桁目安)

2)糊化

上記に蒸留水 30ml加え,ホットプレート上で煮沸

(100℃20~30分後,180℃20分程度で耐熱ビン内が煮沸状態になる)

(途中でビンを振りサンプルをかき混ぜる)

3)分解

放冷後,アミラーゼ,アミログルコシダーゼを加えたバッファー20ml を加え,恒温水槽内

で 40℃,24時間振とう.(バッファーへの酵素添加は使用直前)

4)濾過

秤量缶+濾紙を 135℃2時間乾燥後秤量し,秤量した濾紙を用いてサンプル液を濾過.ビンに

残った残渣も濾過し,蒸留水で数回洗浄

(乾燥機から出してデシケータ内で放冷後に秤量:W0)

5)乾燥・秤量

濾紙と残渣をもとの秤量缶に入れ,80℃乾燥後秤量

(乾燥機から出してデシケータ内で放冷後に秤量:W1)

6)計算法

重量法 NSC% = 100 ×(試料乾物重-(W1-W0)-B)/ 試料乾物重

B;ブランクの濾紙重の濾過前後での増減(省略可)

3.試薬

・バッファー組成

KH2PO4 12.08g/L

Na2HPO4・12H2O 3.98g/L

NaN3 0.025g/L

Page 32: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

29

・酵素添加量(使用直前に添加)

α-アミラーゼ 45mg/600ml

アミログルコシダーゼ 15mg/600ml

アミログルコシダーゼをナガセ;グルコチーム利用の場合 2.3倍量(23000U/g:10000U/g)

4.利用器具等(作物研での使用例)

・濾紙:Advantec Toyo No.5A

・耐熱瓶:ねじ口瓶(duran)赤キャップ付 SIBATA 1720-501A (耐熱 250℃) 50ml

・ホットプレート:家庭用

・デシケータ

・インキュベータ

・乾燥器

・漏斗,フラスコ,分注器

ノート

Page 33: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

30

農林水産省委託革新的農業技術習得研修

高温による品質低下軽減のための対策技術

中央農業総合研究センター 作物開発研究領域

千葉雅大

はじめに

水稲作にとって品質の向上は多収と並ぶ重要な課題であるが、近年、西日本と東日本の一部

で一等米比率が低下し、大きな問題となっている。この品質低下の主要な要因は登熟期の高温

である (農林水産省水稲高温対策連絡会議対策推進チーム2006)。夏期の高温が顕著であった平

成22年度産うるち米の一等米比率は、全国平均で62.0% (平成23年8月31日現在) となり、平成

元年以降で最も低くなった。水稲の最適登熟気温は日平均気温で21~24℃とされる (松島・角

田1957、松島・和田1959、伊藤1979、若松ら2007)。登熟期の気温がこれを大幅に越えて上昇

すると、粒重が低下し、白未熟粒および胴割れ粒が発生する (長戸・江幡1960,長田ら2004、

近藤ら2006)。日本の気温は、1898~2008年に、平均気温が1.11℃/100 年上昇し、夏期 (6 月

~8 月) の気温が0.98℃/100 年上昇しており、今後も、温暖化が進むことが予測されている (文

部科学省ら2009)。そのため、現在を上回る登熟期の高温でも品質低下しない品種や栽培技術が

求められている。

高温登熟耐性品種と高温登熟対策技術

高温登熟による品質低下に対応するため、県や独法等の研究機関で高温登熟耐性品種の育成

が行われている。夏期高温年の平成 22 年度でも、これらの品種は、従来の品種と比べて、概

ね一等米比率が高かった (第 1表)。作付面積の 2割程度が高温登熟耐性品種に切り替わった県

もあるが、主要品種であるコシヒカリやヒノヒカリ等を上回るまでにはいたっていない (農林

水産省大臣官房統計部 2011)。高温登熟耐性品種が普及するまでの間は、栽培技術での対策が

重要となる。

高温登熟に対する栽培的対策技術は、登熟期の高温を回避する技術と水稲の生育を制御する

技術に分けられる。高温回避技術として代表的なのは移植時期の移動である。移植時期を遅く

することで出穂期が遅れ、登熟期の気温が低下する。北陸地域では、従来労力的な問題からゴ

ールデンウィーク中の田植えが行われてきたが、現在では田植えのピークは 5月中旬となって

いる。また、十分に用水が確保できる地域では、登熟期に用水を掛け流すことにより水田の地

温を低下させることが行われている。水稲の生育を制御する技術としては、疎植、深水栽培、

施肥管理等があり、今回はこのうち施肥管理と深水栽培を中心に解説する。

第 1表 高温登熟耐性品種とその平成 22年度産米の一等米比率 (平成 23年 8月 31日現在).

品種 育成高温登熟耐性品種の一等米比率 (%)

つや姫 山形県 98.3 75.3 (はえぬき)てんたかく 富山県 90.6 61.3 (コシヒカリ)ゆめみづほ 石川県 81.9 69.5 (コシヒカリ)あきさかり 福井県 80.6 84.0 (コシヒカリ)にこまる 九州沖縄農業研究センター 36.8 2.3 (ヒノヒカリ)元気つくし 福岡県 91.8 11.2 (ヒノヒカリ)さがびより 佐賀県 79.4 11.7 (ヒノヒカリ)くまさんの力 熊本県 69.6 17.4 (ヒノヒカリ)

主要品種の一等米比率 (%)

にこまるは長崎県、その他の品種は育成県の一等米比率を示す.

Page 34: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

31

施肥管理

1. 地力管理と基肥による籾数制御

近年の気候温暖化の影響で、登熟期だけでなく栄養成長期の気温も高くなっている。そのた

め、分げつの発生が促進され、穂数が増加して籾数過多になりやすい。また、近年の降雪量の

減少が積雪地での消雪時期の早期化につながり、乾土効果によって、土壌中の窒素無機化量が

増加して、籾数過多の傾向に拍車をかけることが指摘されている(松村 2005)。水稲では、面

積当たりの籾数が増加すると乳白粒の発生が促進される。したがって、収量と品質を両立する

ためには、適性籾数に生育を制御するための施肥管理が重要となる。適性籾数は、品種は地域

で異なるが、北陸地域のコシヒカリでは 28000 粒/㎡程度である。各県で、適正な籾数に生育

を制御するための基肥基準が定められている。

白未熟粒の発生には、水田の地力低下が関係していることが指摘されている(松村 2005、近

藤 2007)。水田への堆きゅう肥の施用量は減少傾向にある。また、コメの生産調整のために、

ダイズやムギ類等とのブロックローテーションが定着しているが、田畑輪換を繰り返すと土壌

の可給態窒素が減少し、特に稲わらを持ち出すとこの傾向が助長される (住田 2005)。地力が

低下した圃場では、登熟期の栄養凋落を起こしやすく、栄養凋落した水稲では、光合成機能や

転流機能が低下するために、品質が低下しやすい。1997~2000 年の福井県の調査では、1974

年以前の調査と比べて、水田の作土深が浅くなったことが報告されている (伊藤ら 2001)。松

村 (2008) は、水田の作土深が浅くなると穂揃期の葉色が低下し、整粒歩合が低下したことを

報告している。また、田中・狩野 (2007) は、根圏域を制限した試験を行い、根圏域が浅くな

るほど、乳白粒と背白粒の発生が増加したとしている。これらのことから、作土深の減少によ

る浅根化が水稲の窒素栄養状態の低下につながり、品質の低下を引き起こしたと考えられる。

以上から、登熟期の栄養凋落を防ぐためには、圃場に適量の有機物施用を施用して地力を維持

して、深耕で根圏域を拡大することが重要であると考えられる。

2.高品質と両食味を両立する穂肥

玄米タンパク含有率の増加は、食味を低下させることが知られており、食味向上のため、窒

素施用量は削減されてきた。しかし、低タンパク化による食味向上には限界があり、極端にタ

ンパク質含有率を低下させても食味は向上しないことが指摘されている (林・金 2006、近藤

2007)。多くの県では、玄米タンパク質含有率の上限となる目標値として 6.5%程度が採用され

ている。一方、穂揃期の葉色の低下は、高温登熟条件化での背基白粒の発生を助長する (高橋

2006) 。したがって、高品質良食味を実現するためには、高温でも背基白粒の発生を抑制する

葉色の確保と、玄米タンパク含有率の目標値以下への抑制を両立する穂肥の施用を求められる。

しかし、その施用量と施用時期の許容範囲は極めて狭い。特に、コシヒカリでは、穂肥の時期

や施用量を誤ると、倒伏の可能性が高まるため、より緻密な穂肥施用が求められる。必要な穂

肥の量は、水稲の生育によって変わるため、葉色や生育量をもとにした基準が決められている。

3.その他の施肥管理

上記以外の施肥管理で高品質良食味に取り組んでいる例がある。尾崎 (2003) は、コシヒカ

リの 1回目穂肥を半減させることにより 2次枝梗着生籾の割合を減少させて乳白粒等の未熟粒

を減少させて、さらに 2回目穂肥の半減させることで玄米タンパク含有率を目標以下に低下さ

せることが可能であることを報告している。森田ら (2009) は、穂肥を 10~15 回に分けて少

量継続追肥すると穂揃期の茎部 NSC が増加し、慣行の 2 回穂肥に比べて、収量の減少と玄米

タンパク質含量の増加がなく、整粒歩合が高くなったことを報告している。また、登熟期の栄

養凋落を防ぐために、肥効調節型肥料の利用が進んでいる。

Page 35: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

32

深水栽培による高品質米生産

1.水稲の深水処理について

東北や北海道の寒冷地において、障害型冷害の回避を目的として、穂ばらみ期の深水処理が

行われてきた。水稲は、穂ばらみ期に低温に遭遇すると、花粉の形成不良により不受精となり

収量が大きく減少する。冷害年の夏では、気温より水温が高いので、障害型冷害の危険期 (小

胞子初期~四分子期) およびその前歴期間 (穎花分化期~小胞子初期) に深水にすることで幼

穂を低温から守り、不受精による収量減少を防ぐことができる (Satake et al. 1988)。

もう一つは、生育制御を目的とした栄養成長期の深水栽培である。分げつ期に深水処理を行

うと、弱小分げつの発生が抑制されて、有効茎歩合が高まる。また、適切な時期に処理すれば、

耐倒伏性が高まる (大江ら 1996)。

深水栽培は、過剰分げつを抑制することにより籾数を制御する技術であり、白未熟粒の発

生が抑制できる可能性がある。加えて、深水栽培では、慣行水管理に比べて窒素の発現時期が

遅れる (錦ら 1988) ため、生育初中期の過剰窒素発現による籾数過多と、登熟期の栄養凋落の

回避も期待できる。反面、深水栽培では弱勢な 2次枝梗着生穎花が多くなるため、品質が低下

する懸念がある。

以降では、2004 年から 2008年に行った、分げつ盛期から最高分げつ期にかけての水深 18cm

の深水栽培の試験結果をもとに、深水栽培による白未熟粒発生抑制効果について述べる。

2.深水栽培が水稲の生育・収量・品質に及ぼす影響

深水栽培では、深水処理期間は分げつの発生が抑制された(第 1 図)。また、処理後も無効

化する分げつはほとんどなく、有効茎歩合は慣行に比べて高くなった。その結果、2 次分げつ

や上位の 1次分げつの穂が少なく、強勢な下位の 1次分げつの穂を中心とした分げつ構成とな

った (第 2図)。深水栽培した水稲の収量構成要素をみると、穂数が減少し、一穂籾数が増加す

る穂重型の生育を示した (第 2表)。また、登熟歩合と玄米千粒重は、深水栽培により増加する

する傾向が認められた。収量は年次を平均すると慣行と同等であったが、2007 年の初星では、

大きく減収した (第 3表)。この年は、初期生育が悪く、茎数不足が減収の原因であった。水深

18cm の深水処理では、深水処理開始後の茎数の増減がほとんどないため、収量の確保には、

十分な茎数を得てから深水処理をすることが重要であると考えられる。深水栽培では、高温処

理の有無に関わらず、白未熟粒の発生が抑制された (第 3図)。白未熟粒の中でも、特に、乳白

粒への発生抑制効果が大きかった。

以上から、深水栽培は収量を減少させることなく、白未熟粒と抑制する技術として有望であ

ると考えられる。

初星慣行区 ササニシキ慣行区 コシヒカリ慣行区

初星深水区 ササニシキ深水区 コシヒカリ深水区

0

100

200

300

400

500

600

700

0 20 40 60 80 100 120 140

茎数

(本/㎡

)

移植後日数 (日)

深水処理

第1図 深水栽培が茎数の推移に及ぼす影響.

初星 (2005-2006年)

0

1

2

3

4

5

主茎 2 3 4 5 6 7 8 2 3 4 5 6

1次分げつ 2次分げつ

穂数

(本

/株

)

慣行区 深水区

第 2図 深水栽培が穂の分げつ構成に及ぼす影響.

Page 36: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

33

深水栽培の白未熟粒抑制要因の解析

白未熟粒発生の直接的な要因は、胚乳のデンプン粒の充実不足である。水稲では、籾への炭

水化物供給源は大きく2つに分けられる。1つは、出穂前に茎葉に蓄積される炭水化物である。

もう 1つは、出穂後の光合成産物である。そこで、前者の指標として、穂揃期における葉鞘・

稈の NSC 量、後者の指標として穂揃期の葉身窒素含有量と登熟期の葉面積を用いて、深水栽

培で白未熟粒の発生が抑制される要因の解析を行った。

深水栽培により、葉鞘・稈のNSC割合は高くなる傾向が認められ、籾あたりのNSC量は増

加した (第 4図)。また、深水処理よる葉身窒素含有率への影響は年次により異なったが、籾あ

たり葉身窒素量は深水栽培により増加した (第 5図)。穂揃期における深水区の籾あたり葉面積

は、慣行区より大きく、登熟が進むにつれて深水区/慣行区比が増加したことから、深水栽培で

は栄養凋落することなく、登熟期間中も光合成機能は高く保たれると考えられる。

以上より、深水栽培では、出穂前の茎葉への炭水化物蓄積量が多く、登熟期間中も栄養凋落

せず光合成機能が高く保たれることにより、籾への炭水化物の供給量が増加し、白未熟粒の発

生が抑制されると考えられる。

.第 2表 深水栽培が収量構成要素に及ぼす影響.

穂数 一穂籾数 玄米千粒重 登熟歩合単位面積あたり籾数

(本/㎡) (粒) (g) (%) (100粒/㎡)初星 慣行区 381 68.8 23.0 89.4 248

深水区 307 74.3 23.8 91.9 214

深水区/慣行区 (%) 80.6 108.1 103.5 102.8 86.2

ササニシキ 慣行区 414 83.4 21.1 82.4 322

深水区 348 97.1 22.1 87.3 313

深水区/慣行区 (%) 84.0 116.4 104.7 106.0 97.2

コシヒカリ 慣行区 346 86.1 20.8 90.6 282

深水区 308 96.5 21.3 89.3 282

深水区/慣行区 (%) 89.1 112.0 102.4 98.5 99.9

平均 慣行区 380 79.4 21.7 87.5 284

深水区 321 89.3 22.4 89.5 269

深水区/慣行区 (%) 84.4 112.4 103.5 102.3 94.9

有意差 処 理 * ** * ns ns

品 種 *** *** *** ns ***

処理×品種 ns ns ns ns ns

品種 試験区

*,**,***はそれぞれ 5%,1%、0.1%水準で有意差あり.

nsは有意差なし.

第 3表 深水栽培が精玄米収量に及ぼす影響.

2004 2005 2006 2007

初星 慣行区 450 555 422 515 485

深水区 483 520 437 412 463

ササニシキ 慣行区 447 566 499 504

深水区 442 646 483 524

コシヒカリ 慣行区 431 558 489 511 497

深水区 434 619 474 490 504

精玄米収量 (kg/10a)品種 試験区

ns

平均

ns

ns

nsは有意差なし.

0

5

10

15

20

25

2004 2005 2006 2007

白未

熟粒

割合

(%

年次

初星

0

5

10

15

20

25

2004 2005 2006年次

ササニシキ

0

5

10

15

20

25

2004 2005 2006 2007年次

コシヒカリ

第 3図 深水栽培が白未熟粒の発生に及ぼす影響

Page 37: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

34

0

3

6

9

12

15

25

30

35

40

慣行区 深水区 慣行区 深水区 慣行区 深水区

初星 ササニシキ コシヒカリ

2006年

**

***

**

***

****

0

3

6

9

12

15

25

30

35

40

慣行区 深水区 標準区 深水区

初星 コシヒカリ

NSC量

(mg/籾

)

NSC割

合(%)

2007年

*

**

**

***

0

3

6

9

12

15

25

30

35

40

慣行区 深水区 標準区 深水区

初星 コシヒカリ

NSC割合

NSC量

2008年

*

***

ns

ns

第 4図 深水栽培が穂揃い期における葉鞘・稈のNSC

割合と籾あたりの NSC量に及ぼす影響.

*,**,***はそれぞれ 5%,1%,0.1%水準で有意差あり.

nsは有意差なし.

0

0.1

0.2

0.3

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

慣行区 深水区 慣行区 深水区 慣行区 深水区

初星 ササニシキ コシヒカリ

2006年

*

*

ns

*

ns

ns

0

0.1

0.2

0.3

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

慣行区 深水区 標準区 深水区

初星 コシヒカリ

窒素濃度

窒素含有量

2008年

***

*

**

0

0.1

0.2

0.3

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

慣行区 深水区 標準区 深水区

初星 コシヒカリ

窒素含有

量(mg/

籾)

窒素濃度

(%)

2007年

*

***

***

***

第 5図 深水栽培が穂揃い期における窒素濃度と籾

あたりの葉身窒素含有量に及ぼす影響.

*, ***はそれぞれ 5%,0.1%水準で有意差あり.

nsは有意差なし.

0

0.5

1

1.5

2

穂揃期

登熟中期

成熟期

穂揃期

登熟中期

成熟期

穂揃期

登熟中期

成熟期

初星 ササニシキ コシヒカリ

葉面積

(cm2/籾

) 慣行区 深水区

0

50

100

150

200

深水区

/慣行

区(%

)

2006年 2007年 2008年

第 6図 深水栽培が登熟期の葉面積に及ぼす影響

Page 38: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

35

引用文献

林雅史・金和裕 2006.日作東北支部報 49:15-16.

伊藤博志ら 2001.北陸農業研究成果情報 17:27-28.

近藤始彦 2007.農及園 82:31-34.

近藤始彦ら 2006 日作紀 75 (別 2):14-15.

松村修 2005.農場技術 60:437-441.

松村修 2008.日作紀 77 (別 2):14-15.

松島省三・角田公正 1957. 日作紀 25:203-206.

松島省三・和田源七 1959. 日作紀 28:44-45.

文部科学省・気象庁・環境省 2009. 温暖化の観測・予測及び影響評価統合レポート「日

本の気候変動とその影響」.

森田敏ら 2009.日作紀 78(別 1):36-37.

長田健二ら 2004.日作紀 73:336-342.

長戸一雄・江幡守衛 1960. 日作紀 28:275-278.

錦斗美夫ら 1988.農及園 63:723-731.

農林水産省大臣官房統計部 2011. 都道府県別の平成 23 年産水稲の生産事情.

農林水産省水稲高温対策連絡会議対策推進チーム 2006. 水稲の高温障害の克服に向け

て (高温障害対策レポート).

錦斗美夫ら 1988.農及園 63:723-731.

大江真道ら 1996.日作紀 65:238-244.

尾崎耕二 2003.平成 15年度近畿中国四国農業研究成果情報.

住田弘一 2005.農業技術 60:391-396.

高橋渉 2006.農及園 81:1012-1018.

田中研一・狩野幹夫 2007.平成 19年度関東東海北陸農業研究成果.

T. Satake et al. 1988.Proc. Crop Sci. Soc. Japan. 57:234-241.

若松謙一ら 2007. 日作紀 76:71-78.

Page 39: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

36

北陸における高温障害の特徴と適応性品種の開発

中央農業総合研究センター 北陸研究センター

作物開発研究領域 上席研究員 三浦清之

近年、水稲の生育期間中の高温による白未熟粒の発生が問題となっており、特に、2010年の

北陸農政局管内における一等米比率をみると 2009年の 70.1%に対し 42.6%と急落し、新潟県

では「コシヒカリ」の一等米比率が 21.1%と前年より 70 ポイント近く大幅に低下して壊滅的

打撃を受けた。今後の温暖化等の気象変動に対応して、高温下でも玄米品質の維持が図られる

高温耐性品種の育成を着実に進めていく必要がある。

Ⅰ.2010年の登熟期における気温

2000年から2009年までの過去10年間と、それ以前1971年から2000年までの平均気温の推移を比

較してみると、過去10年間において、8月1~15日の間の約半月間が高く推移していることが分

かる。この期間は、基幹品種の「コシヒカリ」において、高温が玄米の外観品質に影響すると

される出穂後4~ 20 日頃(乳白粒),16~ 24 日頃(背白粒)(Tashiro and Wardlaw 1991)

の時期とほぼ一致する。そのため、上越地域では、「コシヒカリ」を従前より10日程度遅く植え

て、8月15日以降に出穂を誘導し、登熟初期を高温から回避する対策がとられてきた。しかしな

がら、2010年は、平均気温が29℃という非常な高温が9月初旬まで継続したため、この遅植え

は全く効を奏さず、さらに、8月中旬に出穂する晩生品種の「みずほの輝き」でも「コシヒカリ」

と同程度の一等米比率となった。このように、2010年のような非常な高温年には、遅植え、あ

るいは、晩生品種の導入といった熟期を遅らせることによる登熟初期の高温回避は難しく、今

後、同様の高温年が来襲する可能性が高いことを考慮した場合、熟期に関わらず、極めて高度

な高温耐性を有する品種育成は不可欠である。

17

20

23

26

29

32

35

38

1971-2000

2000-2009

2010 平均

年 月 日

図 1上越市における水稲登熟期間の平均気温の推移

Page 40: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

37

Ⅱ.基準品種の策定

高温耐性品種の育成に関する検定は、人為的に高温条件を作り出すビニールハウス、人工気

象室、温水掛け流し等それぞれの育成地の条件に即した方法で行われるため、適正な評価には、

ものさしとしての基準品種の選定は必要である。北陸 4県と中央農業総合研究センターの連携

の元に 2004年に北陸地域を対象とした水稲の高温耐性検定基準品種の選定を行った。それぞれ

の場所の検定の方法や処理温度は表1に示した。また、選定された品種の高温条件下における

整粒歩合を表 2に示した。各場所ごとに検定の条件が異なっても品種の強弱についての順位は

変わらないため、選定された基準品種は、検定法の種類や処理温度の違いにかかわらず、広く

高温耐性の検定に用いることができるものと思われる。茨城県、埼玉県、三重県、鹿児島県等

の登熟期の高温による品質低下が問題となる地域でもそれぞれ基準品種が選定されている(表

3)。以上、基準品種の選定によって、より再現性の高い高温耐性に関する検定、選抜が可能と

なった。

表 1 各場所の高温処理法、玄米品質判定法および登熟期間中の平均気温

表 2 供試品種の高温下における整粒歩合

新潟 富山 福井 北陸セ 石川

温水

かけ流し

人工

気象室

温水

プール

ビニール

ハウス

ビニール

ハウス

(%) (%) (%) (%) (%)

てんたかく 極早生~早生 73.1 74.3 76.2 74.5 64.8 81.9 73.3 74.0 83.4 強

ハナエチゼン 極早生 61.0 56.7 68.5 62.1 52.2 81.9 67.0 64.0 80.3 やや強

あきたこまち 極早生~早生 55.6 48.7 66.5 56.9 54.9 62.4 58.7 57.6 73.8 中

ひとめぼれ 早生 62.7 51.5 46.6 53.6 51.9 60.4 56.1 54.6 74.1 中

新潟早生 極早生~早生 54.3 8.7 13.1 25.4 62.6 72.9 67.7 42.3 67.0 弱

コシヒカリ 中生 71.9 27.0 51.2 50.0 47.7 54.0 50.8 50.3 73.9 (やや弱)

判定

注) 各場所の値は2002年と2004年の平均値である(富山、福井は2004年のみ)。   熟期は北陸研究センター(新潟県上越市)での分類。

北陸セ石川

平均値熟期品種

新潟富山福井

平均値

高温区全場所平均値

対照区全場所平均値

場所 新潟 富山 福井 北陸研究セ 石川

2002年温水かけ流し静岡精機RS-2000

ビニールハウス静岡精機RS-2000

ビニールハウスケットRN-500

2004年温水かけ流し静岡精機RS-2000

人工気象室達観による整粒歩合

温水プール静岡精機RS-2000

ビニールハウス静岡精機RS-2000

ビニールハウス静岡精機RS-2000X

高温区 26.7℃ 26.8℃ 27.8℃ 31.8℃ 28.2℃対照区 25.6℃ 24.5℃ 25.8℃ 28.9℃ 26.3℃

差 1.1℃ 2.3℃ 2.0℃ 2.9℃ 1.9℃注) 平均気温は2004年のデータ、2002年は欠測値があるため除外した。   静岡精機RS-2000、RS-2000X、ケットRN-500は品質判定機の機種名で、判定には整粒(良質粒)歩合を用いた。

注) 温水かけ流し :35℃の温水を水深15cmに保ち水量80L/min.でかけ流す。

   人工気象室 :夜間(20-6時)の気温を25℃一定とした。

    ビニールハウス :出穂後、ハウス用ビニールを穂首付近までかぶせる。

   静岡精機RS-2000、RS-2000X、ケットRN-500は品質判定機の機種名で、判定には整粒(良質粒)歩合を用いた。

温水プール   :水道水かけ流しで栽培したイネを出穂1週間後、水深45cm、36℃の温水プールに              1週間浸ける。処理後は水道水のかけ流しに戻す。

Page 41: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

38

Ⅲ.品種育成

最近 10年間の高温傾向に対応して、北陸地域では高温耐性に関する選抜を行い、高温耐性に

優れた品種が育成されてきた。新潟県では「こしいぶき」(2001年)、「ゆきんこ舞」(2004年)、

富山県では「てんたかく」(2003年)、「てんこもり」(2007年)、石川県では「石川 43号(ゆめ

みずほ)」(2003 年)、福井県では「あきさかり」(2008 年)が育成された。2010 年産の検査等

級における一等米比率は、「ゆきんこ舞」が、新潟県の「コシヒカリ」が 21.1%であったのに

比較し、52.3%、「てんたかく」が 90.4%、「てんこもり」が 91.0%、「石川 43号(ゆめみずほ)」

が 79.4%、「あきさかり」が 79.6%と、北陸 4県の一等米比率が 42.6%であった状況下で、そ

の実力を実証している(農林水産省 2011)。

Ⅳ.中央農業総合研究センター北陸研究センターにおける高温耐性品種の育成

中央農業総合研究センター北陸研究センターでは、単独系統選抜(F5)の段階において、圃

場でのビニールハウスでの選抜、生産力検定(F6~F10)の段階で温水プールでの検定、選抜を

行っている。ビニールハウス内の登熟期における温度は、系統の熟期や年次によって異なるが、

外気温に比べて約+1℃程度である。温水プールの水温は 32℃一定に設定されており、ポット

栽培した水稲を地際まで水没させて主に根の部分の高温処理を行う。高温耐性に優れる品種と

して、2011 年に、寿司米に向く「笑みの絆」を育成した。「笑みの絆」は、粘りの少ない良食

味品種「ハツシモ」から育成された「岐系 120号」と良食味系統「収 6602」の交配後代から育

成された品種で、出穂・成熟期は「コシヒカリ」よりやや遅く、育成地では“中生の晩”の熟

期である。飯粒がしっかりしていて、酢の入りがよく酢飯に向く品種であるが、登熟期の高温

耐性が極めて強いことが大きな長所となっている。表 4に「笑みの絆」の高温耐性に関する検

定結果を示した。特に、平均気温が 28℃以上を示した埼玉県農林総合研究センターの成績では、

白未熟粒比が 2.4%と極めて低く、鹿児島県農業開発総合センターの成績では、熟期は異なる

が「ふさおとめ」とほぼ同等の“強”と判定されている。

表 3 高温耐性検定基準品種(小林 2011 より)

地域北陸4県+中央農研

新潟県 茨城県 三重県 鹿児島

試験年次 2002-2004 2003-2005 1997-1998 2001-2002 2002-2004判定基準 整粒歩合 整粒歩合 背白+基白 整粒歩合 背白+基白

検定方法

ビニールハウス、人工気象室、温水掛け流し

ビニールハウス、温水掛け

流し温室 ハウスポット栽培 圃場

熟期 早生 早生 早生 中生 早生 早生 中生 早生 早生~中生強 てんたかく ふさおとめ ハナエチゼン 越路早生 ふさおとめ 越南222号 山形70号 ふさおとめ

てんたかく ふさおとめやや強 ハナエチゼン てんたかく あきさかり こころまち 越路早生 朝の光 ひとめぼれ まなむすめ

越路早生 ひとめぼれ みえのえみ どんとこいはなひかり

中 あきたこまち ひとめぼれ あきたこまち コシヒカリ あきたこまち ひとめぼれ コシヒカリ アキヒカリ コシヒカリひとめぼれ はえぬき ひとめぼれ コシヒカリ ひとめぼれ

ホウネンワセやや弱 コシヒカリ 味こだま キヌヒカリ 初星 キヌヒカリ

加賀ひかり扇早生

弱 新潟早生 トドロキワセ 初星 どんとこい 初星 あかね空 初星 初星

越の華 新潟早生 ふ系188号 ミネアサヒ

埼玉県

白未熟粒

圃場

福井県

2002-2008整粒歩合

圃場・ビニールハウス

Page 42: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

39

現在育成中の系統で特に高温耐性が優れるものには、北陸 221号(北陸 190号/収 6374)(強

~やや強)、北陸 246号(北陸 200号/北陸 182号)(やや強)がある。

Ⅴ.高温耐性に関する遺伝解析

全国的に強の基準品種として挙げられている「ふさおとめ」、および、北陸地域で強の基準品

種とされる「てんたかく」は、ともに「ハナエチゼン」と「ひとめぼれ」の交配後代より育成

された品種である。「ハナエチゼン」自体、強~やや強と評価され、高温耐性品種育成について、

極めて有用な母本と言える。Kobayashi ら(2007)は、この高温耐性に強い「ハナエチゼン」

と弱い「新潟早生」との交配後代を用いて、高温による背白粒と基白粒に関する QTL解析を行

い、「ハナエチゼン」の対立遺伝子が背白粒発生率を減少させる作用力の大きい QTLを第 6染色

体の短腕に検出した。他にも、材料として用いた組合せは異なるが、第 1、2、8染色体(Tabata

et al.2007)、第 1、6、10、11染色体(白澤ら 2006)、第 2、12染色体(寺尾ら 2004)、第 2、

9、11、12染色体(蝦谷ら 2008)等多数の高温耐性に関する QTLの報告があり、高温耐性に影

響する多数の遺伝的要因があることがわかる。施肥条件や年次、植え付け時期などの栽倍条件

等の環境要因との相互作用もこの多数の QTLの検出に関わることが推測されるが、複数の高温

耐性に関わる QTLをひとつの品種に集積させることによる、より高度な高温耐性品種育成の可

能性を示唆するものともいえる。

Ⅵ.今後の展望

前述のように、高温耐性に優れる品種が多数育成されていること、また、その高温耐性に関

わる遺伝的要因を集積させることによって、より高度な高温耐性品種が育成される可能性は十

分にある。ただし、炭水化物の転流と蓄積が強く関わる多収性と高温耐性との両立が困難であ

ることが推測され、粘り強い品種改良の継続が必要と思われる。

Ⅶ.参考文献

蛯谷武志・山本良孝・矢野昌裕・舟根政治(2008)染色体断片置換系統群を利用したイネの玄

米外観品質に関するQTLの検出 育種学研究 10:91-99.

Kobayashi,A.,G.Bao,S.Ye and K.Tomita(2007) Detection of quantitative trait loci for

white-back and basal-white kernels under high temperature stress in japonica rice

varieties. Breeding Science 57:107-116.

小林麻子(2011)高温登熟耐性に関する遺伝的要因と品種育成 北陸作物学会 第 47号 (別)

57-62.

農林水産省(2011) 平成 22年産米の検査結果(速報値) (平成 23年 1月 31日現在)

白澤健太・佐々木都彦・永野邦明・岸谷幸枝・西尾剛(2006)玄米外観品質に基づく登熟期高

温ストレス耐性の QTL解析 育種学研究 8(別1):155.

表 4 「笑みの絆」の登熟期の高温耐性(2010年度)

出穂日白未熟粒比(%)

判定 出穂日白未熟粒比(%)

判定 出穂日 指数 判定

笑みの絆 8.10 18.9 強 7.24 2.4 強 7.30 1.0 強ふさおとめ - - - - - - 7.19 0.9 強ひとめぼれ 8.01 29.1 やや強 - - - - - -コシヒカリ 8.05 32.9 中 7.22 23.8 中 7.23 5.7 中日本晴 8.20 39.6 やや弱 8.05 28.3 やや弱 - - -

彩のかがやき - - - 8.04 62.7 弱 - - -注)1.いずれの場所も出穂後20日間の平均気温は28℃以上。育成地の温水プールの水温は32℃に設定した。

  2.白未熟粒比の測定はサタケ穀粒判別器RGQI20Aを用いた。白未熟粒比=乳白粒比+基部未熟粒比+腹白未熟粒比。

  3.鹿児島の指数は達観で0(無)~9(甚)の10段階で評価した背白と基白の発生程度の合計値。

鹿児島(5月植え)育成地(温水プール) 埼玉(早播区)品種名

Page 43: 水稲の高温障害対策技術 - affrc.go.jp...3 感受性や栽培方法の影響についてはさらに検討が必要である。高湿 Ø、弱風条件は不稔を 長 する(Tian

40

寺尾富雄・千葉雅大・廣瀬竜郎・松村修(2004)高温条件下の玄米品質に関与する遺伝子座と環

境要因との相互作用 日作紀 73(別1):96-97.

Tabata,M.,H.Hirabayashi,Y.Takeuchi,I.Ando,Y.Iida (2007) Mapping of quantitative trait

loci for the occurrence of white-bach kernels associated with high temperatures during

the ripening period of rice (Oryza sativa L.) Breeding Science 57:47-52.

Tashiro, T. and Wardlaw, I. F.(1991)The effect of high temperature on kernel dimensions

and the type and occurrence of kernel damage in rice. Aust. J. Agric. Res. 42:485

-496.