高難度物質変換反応の開発を指向した 精密制御反応...

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高難度物質変換反応の開発を指向した 精密制御反応場の創出 文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(平成 27-31 年度) 領域略称名「精密制御反応場」 領域番号 2702 http://precisely-designed-catalyst.jp/ News Letter Vol. 4 April, 2016 Precisely Designed Catalysts 目次: (1) 研究紹介 高難度選択酸化反応のための高機能分子触媒の開発 東京大学大学院工学系研究科•教授 A01 班 水野 哲孝 多座配位子の創出に基づく金属錯体反応場の構築と新反応開発 東京工業大学理学院•教授 A02 班 岩澤 伸治 (2) トピックス 業績、報道、活動等の紹介

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Page 1: 高難度物質変換反応の開発を指向した 精密制御反応 …...「精密制御反応場」 News Letter Vol. 4 1 高難度選択酸化反応のための高機能分子触媒の開発

高難度物質変換反応の開発を指向した

精密制御反応場の創出

文部科学省科学研究費補助金

新学術領域研究(平成 27-31 年度)

領域略称名「精密制御反応場」

領域番号 2702 http://precisely-designed-catalyst.jp/

News Letter Vol. 4 April, 2016

Precisely Designed Catalysts

目次: (1) 研究紹介

• 高難度選択酸化反応のための高機能分子触媒の開発

東京大学大学院工学系研究科•教授

A01 班 水野 哲孝

• 多座配位子の創出に基づく金属錯体反応場の構築と新反応開発 東京工業大学理学院•教授

A02 班 岩澤 伸治

(2) トピックス

• 業績、報道、活動等の紹介

Page 2: 高難度物質変換反応の開発を指向した 精密制御反応 …...「精密制御反応場」 News Letter Vol. 4 1 高難度選択酸化反応のための高機能分子触媒の開発

「精密制御反応場」

News Letter Vol. 4

1

高難度選択酸化反応のための高機能分子触媒の開発

東京大学大学院工学系研究科・教授

A01 班 水野 哲孝

E-mail: [email protected]

1.はじめに

種々の有機基質の含酸素有機化合物への変換と脱水素反応に代表される酸化的官能基変換

は、あらゆる場面で利用される非常に重要な反応である。基礎化成品製造においてはいくつ

もの酸素酸化プロセスが稼働しているものの、実験室レベルでの液相有機合成や医農薬品・

ファインケミカルズ合成プロセスにおいては、いまだに量論量以上のクロム、マンガン、鉛

などを含む重金属塩、次亜塩素塩、硝酸などの量論酸化試薬が用いられているケースが少な

くはなく、毒性重金属塩の処理などの深刻な問題を抱えているのが現状である。我々のグル

ープは、金属酸化物クラスター、結晶性ナノ酸化物、金属ナノ粒子を基盤とした高機能触媒

の設計を行い、分子状酸素(空気)を用いた脱水素反応、酸素化反応、酸化クロスカップリ

ングといった高難度酸化反応の実現を目指して研究を行っている。本稿では、金属ナノ粒子

触媒によるタンデム型酸化的脱水素反応の開発に関する我々の最近の成果について述べる。

2.脱水素芳香環形成反応

タンデム型反応は one-potで複数の反応を連続で進行させるため、効率的な環境調和型有機

合成手法として注目を集めている。本研究では,担持 Au–Pd合金ナノ粒子触媒を用いて、空

気中酸素を酸化剤としたいくつかのタンデム型芳香環形成反応の開発に成功した。Al2O3に担

持した Au‒Pd合金ナノ粒子触媒(Au‒Pd/Al2O3)を用いると、種々のシクロヘキシルアミンか

ら対応する N-シクロヘキシルアニリンを効率よく合成できることを見出した(Figure 1)1。

反応途中でろ過により

触媒を除去すると直ち

に反応が停止した。ま

た、ICP-AES により、

反応の溶液のろ液にAu

および Pdの溶出がない

ことを確認した。した

がって、触媒は真に不

均一系触媒として機能

していることが明らか

Figure 1 Au-Pd/Al2O3-catalyzed aniline synthesis from cyclohexylamines.

NH2R + 3/2O22

HN

R RAu Pd/Al2O3 + NH3 + 3H2O

Products

Conditions:Amine (1 mmol), cat. (Au: 1.15 mol%, Pd: 0.35 mol%), mesitylene (2 mL), 130oC, air (1 atm), 2 5 h.

HN

HN

HN

HN

HN

HN

HN

73%  yield 81%  yield 40%  yield88%  yield  (5th reuse:  75%  yield)

73%  yield 81%  yield 81%  yield

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「精密制御反応場」

News Letter Vol. 4

2

となった。さらに、触媒は上記反応に対して繰り返し使用が可能であった。本反応はシクロ

ヘキシルアミンの脱水素によるシクロヘキシルイミンの生成、基質とイミン中間体の脱アン

モニア縮合による N-シクロヘキシリデンシクロヘキシルアミンの生成、続く脱水素芳香環形

成反応により N-シクロヘキシルアニリンが得られる。Au/Al2O3を用いた場合、N-シクロヘキ

シリデンシクロヘキシルアミン中間体は生成するものの、その後の脱水素芳香環形成反応は

進行しなかった。Pd/Al2O3では、中間体もアニリン生成物も観測できなかった。また、Au/Al2O3

と Pd/Al2O3の物理的混合物を用いても、対応するアニリンがほとんど生成しなかったことか

ら、Au と Pd が合金ナノ粒子を形成することが、本反応に対して重要であることが明らかと

なった。詳細な反応機構の検討より、Au がアミンの酸化反応に、Pd が不均化による芳香環

形成反応の主な活性点であることを明らかにし、合金化することでそれぞれの活性が向上し

ていることも明らかとなった。さらに、Au‒Pd 合金ナノ粒子触媒は、対称・非対称ジアリー

ルアミンや種々の N-アルキルアニリン合成にも適用可能であった 1,2。

3.フラボン合成反応

我々は、Auナノ粒子触媒が飽和 C‒C結合の脱水素能を有することを見出している 3。この

Auの脱水素能を利用して、2’-ヒドロキシアセトフェノンとベンズアルデヒド(ベンジルアル

コールからも可能)からの one-pot フラボン合成反応の開発に成功した(Figure 2)4。塩基性

担体である Mg‒Al LDH(Mg‒Al副水酸化物)に担持した Au触媒(Au/LDH)を用いること

で、2’-ヒドロキシアセトフェノンとベンズアルデヒドの Claisen‒Schmidt 縮合反応、

oxa-Michael 反応によ

りフラバノンが効率

よく生成する。最後の

Au による酸化的脱水

素反応ステップにお

いても LDH の塩基性

が重要な役割を担う

ことも明らかにして

いる。Au/LDH は不均

一系触媒であり、再使

用も可能であった。

4.参考文献

(1) Taniguchi, K.; Jin, X.; Yamaguchi, K.; Mizuno, N. Chem. Commun. 2015, 51, 14969. (2) Taniguchi, K.; Jin, X.; Yamaguchi, K.; Mizuno, N. Catal. Sci. Technol. 2016, DOI: 10.1039/C5CY01908G. (3) Jin, X.; Yamaguchi, K.; Mizuno, N. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 455. (4) Yatabe, T.; Jin, X.; Yamaguchi, K.; Mizuno, N. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 13302.

Figure 2 Au/LDH-catalyzed flavone synthesis.

R

O

OH

ArR

O

OH

Ar OH

+ R

O

O Ar

Mg-­‐Al  Layered  Double  Hydroxide  (LHD)

Ar O R

O

O Ar

Au Au

O

O

Conditions:Ketone (0.3 mmol), aldehyde (0.6 mmol), Au/LDH (4 mol%), mesitylene (2 mL), 130oC, air (5 atm), 24 48 h.

O

O

Cl

O

OCl

O

OBr

O

O

O

O

O

O

OO

O

OCl

68%  yield 76%  yield 63%  yield

65%  yield 74%  yield 64%  yield 65%  yield

Products

90%  yield(2nd reuse:  79%  yield)

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「精密制御反応場」

News Letter Vol. 4

3

多座配位子の創出に基づく

金属錯体反応場の構築と新反応開発

東京工業大学理学院・教授

A02 班 岩澤 伸治

E-mail: [email protected]

1.はじめに

我々は最近、中心元素にケイ素を持つ PSiP-ピンサー型錯体を新たに合成し、これを錯体

反応場として利用することによりさまざまな触媒反応の開発に成功している。このような背

景を踏まえ本研究では、多様な元素を導入した多座配位子を持つ遷移金属錯体を自在に合成

する方法論を確立すると同時に、これを金属錯体反応場として利用して、既知の触媒を超え

る選択性、さらには新たな触媒機能の発現など、さまざまな高難度反応を実現することを目

指して研究を行っている。現在中心元素としてケイ素やゲルマニウムなどの14族元素を含

むピンサー型配位子を持つ各種の遷移金属錯体を合成し、これを用いて多様な触媒機能の発

現を目指して研究を行っている。ここでは、関連する最近の成果を紹介する。

2.PSiP-ピンサー型パラジウム錯体を触媒とする非対称ジボロン合成

すでに我々は PSiP-ピンサー型パラジウ

ムトリフラート錯体を触媒とする、アルケ

ンの脱水素ボリル化反応を報告している 1a。

この反応の反応機構に関する研究を行っ

ている際、ボリルパラジウム錯体1と Figure 1. Equilibrium between borylPd and η2-(Si-H)Pd

η2- (Si-H)Pd(0)錯体2との間に、ジボロン及びボランの介在する速やかな平衡反応が存在す

ることを見出した 1b。

そこでこの知見をもとに、ジボロンと Table 1. Preparation of unsymmetrical diborons

ボラン間でのホウ素交換反応により、2

つのホウ素上に異なる置換基を持つ非

対称ジボロンが合成できるものと考え

検討を行った。その結果、ビス(ピナコラ

ート)ジボロン(B2pin2)と 1,8-ジアミノ

ナフタレンを有するボラン(HBdan)と

の反応において、P(Oi-Pr)3の配位したシ

ラン配位錯体3を 2.5 mol%用い、トルエ

ン中 80 ℃で反応を行うことにより、目

的の非対称ジボロン(BpinBdan)が良好

HBpin B2pin2

HBpin B2pin2

MeSiPh3P

PP

PdH

P = PPh22trans-BorylPd 1

Pd SiMe

P P

PPh3

pinB

P = PPh2

98 (67)d

75 (60)b

85 (76)d

76 (65)d

OB

O

OB

OH

Bdan

a NMR yield (Isolated yield). b Diboron 1 equiv. c Diboron 3 equiv. d Diboron 1.5 equiv.

90 (75)d

NB

NOB

OH

HBdan

toluene, 80 ˚C

2.5 mol% 3diboron + borane unsymmetrical

diboron0.05 M

OB

OBdan

85 (64)b 80 (72)c

OB

OBdan

OB

OBdan

MeSi(i-PrO)3P

PP

PdH

P = PPh23

product / yielda

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「精密制御反応場」

News Letter Vol. 4

4

な収率で得られることを見出した。本反応の基質一般性について検討を行った結果、HBdan

に対し、ジボロンとしてピナコールエステル以外にも、さまざまなボロン酸エステルを用い

ることが可能であり、またボランとして HBdan以外に、o-フェニレンジアミンを有するボラ

ンが適用可能であることも明らかとした(Table 1)。本反応は、ジボロンとボラン間のホウ素

交換反応を利用することで様々な非対称ジボロンの触媒的合成を可能にした初めての例であ

り、また生成物は位置選択的なカップリング反応にも利用可能な合成化学的に有用なもので

ある。

3.PSiN-ピンサー型配位子をもつ白金錯体を触媒とする芳香族炭素-水素結合のボリル化反

応の開発

次に、炭素-水素結合活性化に必要な配位座が比較的容易に生成することを期待して、上述

のピンサー配位子のリン原子を一つ窒素原子とした、非対称型ピンサー配位子をもつ白金触

媒を合成し、それを用いた芳香族炭素-水素結合のボリル化反応の開発を目指し研究を行った。

種々検討を行った結果、過剰量の 1,3- Table 2. Direct borylation of fluoroarenes

ジフルオロベンゼンとビスピナコラートジ

ボロン(B2pin2)に対し、触媒量の PSiN 白金錯

体4と nBuLi を加熱条件下で作用させると、

sp2 炭素-水素結合のボリル化反応が進行し、

フッ素置換芳香族ボロン酸エステル誘導体

が位置異性体混合物として高収率で得られ

ることを見出した。この際、ボリル化反応は

最も込み合った 2 位の炭素-水素結合で優先

して進行した。また、基質適用範囲について

検討した結果、アレーン上のフルオロ基が、

①反応性の向上、②位置選択性の制御の2点

で重要な役割を果たしていることが明らか

となった。例えば、アニソールやクロロベン

ゼンなどは先の反応条件下ではボリル化が

全く進行しないのに対し、これらにフッ素を

導入した 4-フルオロアニソールや 1-クロロ-4-フルオロベンゼンなどを基質とすると、ボリ

ル化反応が円滑に進行し、対応するボロン酸エステル誘導体が良好な収率で得られた。また

いずれの場合もボリル化反応はフルオロ基のオルト位で優先的に進行した。本反応は、従来

のイリジウム触媒を用いた炭素-水素結合ボリル化反応とは異なる反応性、位置選択性を示す

ことから、新しいボロン酸エステル誘導体の効率的合成法として有用性の高いものである 2。

4.参考文献

(1) (a) Takaya, J.; Kirai, N.; Iwasawa, N. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 12980. (b) Kirai, N.; Takaya, J.; Iwasawa, N. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 2493. (2) Takaya, J.; Ito, S.; Nomoto, H.; Saito, N.; Kirai, N.; Iwasawa, N. Chem. Commun., 2015, 51, 17662.

2

4

F

R

Bpin2

3

F

F

F

F

F

Bpin

N

F

Bpin

3

4

56

N

F

Bpin

3

4

F

Entry Product x Yield (raito of regioisomers)

1 1.5 86% (2-:4-:5- = 74:22:4)

2 1.5 69%R = -F3 5.0 84% (2-:3- = 96:4)-Me4 5.0 92% (2-:3- = 87:13)-OMe5 5.0 78% (2- only)-COOMe6 5.0 91% (2-:3- = 83:17)-Cl

7 1.5 66%

8 3.0 86% (3-:4-:5-:6- = 50:38:12:–)

9 1.5 72% (3-:4- = 65:35)

x mol% 4x mol% n-BuLi

mesitylene, 150 ˚C, 4 hB2pin2+

10 equiv.

Rn Rn

BpinCy2P NPt

Si

Cl

Me

MeMe

4

FFBpin

5

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「精密制御反応場」

News Letter Vol. 4

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◆トピックス

【業績、報道、活動等の紹介】

論文表紙掲載:

• 水野哲孝氏(A01 班、東大院工•教授)らの論文(ChemNanoMat, 2016, 2, Early View [DOI:

10.1002/cnma.201600034])が Front Cover に選ばれました(左下図)。

• 林 高史氏(A03 班、阪大院工・教授)らの論文(Chem.Asian J., 2016, 11, 1036-1042)

が Inside Front Cover に選ばれました(右下図)。

学会案内:

•「精密制御反応場」領域が協賛する ISHCXX (The International Symposium on Homogeneous

Catalysis, XX) が 2016 年 7月 10 日 -15 日 に京都テルサにて開催されます。

(http://www.ishc20.com/index.html)

発表要旨提出〆切が 4 月 30 日、早期参加登録〆切が 5 月 15 日です。ふるってご参加くだ

さい。なお、ホテル不足が懸念されていますので、お早目にお申込みいただきますようお願

いいたします。

発行・企画編集 新学術領域研究「精密制御反応場」http://precisely-designed-catalyst.jp/

連 絡 先 領域代表 真島 和志 ([email protected]

広報担当 松永 茂樹([email protected]