染色の違いによる繊維の識別法 · 2010-03-18 ·...

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目的 「染料」に関する課題研究の展開例として、各種繊維の染色の違いを利用した繊維の識別法を試みる。 1856 年のパーキンによる合成染料モーブの発明、そして 1935 年のカロザースによる合成繊維ナイロン 6.6 の発明をきっかけに合成繊維・合成染料が多く発明され、私たちの生活は豊かになり、合成繊維や合成染 料は生活に欠かせないものになってきた。 今回は、繊維による染色の違いを利用して識別するが、繊維や染料を身近に知ってもらう。生徒は、染 料はどの繊維にも染まると思っているが、染料と繊維には相性があるといったことを実際に染色してみて 知ることを目的とする。 染色性の違いによる識別法 (1) 繊維と染料の相性について 繊維には綿、麻、絹、羊毛、レーヨン、アセテート、ナイロン、ビニロン、アクリル、ポリエステル など多くの種類がある。また、染料も直接染料、酸性染料、分散染料、カチオン染料、建染染料、硫化 染料、反応染料、ナフトール染料など数多くの種類がある。このような繊維と染料にはお互い相性があ り、同じ染料を使っても染まる繊維もあれば染まらない繊維もある。この染色性の違いをうまく利用す れば、染色によって繊維を識別することができるはずである。下記の表1に各種繊維の主な染料に対す る染色性を示す。 【表1】各種繊維の染色性(染料便覧) ◎印よく染まる ○やや染まる ×染まらない (2) 各種染料の特徴と染色の模式図 【表2】各種染料の特徴 染料の種類 分子構造の特徴 適応繊維 繊維分子との 結合様式 直接染料 全体が大きな平面板状で共役二重結合 が分子全体に広がる。陰イオン部位(ス ルホン酸ナトリウム基)を持つ。2また は3個のアゾ基を持つものが多い。 綿、麻、レー ヨン、羊毛、 分子間力、水素結合 (中性塩が結合を促進 する。) 繊維 直接染 酸性染 分散染 カチオン染 建染染 硫化染 反応染 ナフトール染 綿 × × × × × × × × × レーヨン × × × アセテート × × × × × ナイロン × ビニロン × アクリル × × × × ポリエステル × × × × × × 染色の違いによる繊維の識別法

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Page 1: 染色の違いによる繊維の識別法 · 2010-03-18 · 染色の違いによる繊維の識別法 1 目的 「染料」に関する課題研究の展開例として、各種繊維の染色の違いを利用した繊維の識別法を試みる。

1 目的

「染料」に関する課題研究の展開例として、各種繊維の染色の違いを利用した繊維の識別法を試みる。

1856 年のパーキンによる合成染料モーブの発明、そして 1935 年のカロザースによる合成繊維ナイロン 6.6

の発明をきっかけに合成繊維・合成染料が多く発明され、私たちの生活は豊かになり、合成繊維や合成染

料は生活に欠かせないものになってきた。

今回は、繊維による染色の違いを利用して識別するが、繊維や染料を身近に知ってもらう。生徒は、染

料はどの繊維にも染まると思っているが、染料と繊維には相性があるといったことを実際に染色してみて

知ることを目的とする。

2 染色性の違いによる識別法

(1) 繊維と染料の相性について

繊維には綿、麻、絹、羊毛、レーヨン、アセテート、ナイロン、ビニロン、アクリル、ポリエステル

など多くの種類がある。また、染料も直接染料、酸性染料、分散染料、カチオン染料、建染染料、硫化

染料、反応染料、ナフトール染料など数多くの種類がある。このような繊維と染料にはお互い相性があ

り、同じ染料を使っても染まる繊維もあれば染まらない繊維もある。この染色性の違いをうまく利用す

れば、染色によって繊維を識別することができるはずである。下記の表1に各種繊維の主な染料に対す

る染色性を示す。

【表1】各種繊維の染色性(染料便覧)

◎印よく染まる ○やや染まる ×染まらない

(2) 各種染料の特徴と染色の模式図

【表2】各種染料の特徴

染料の種類 分子構造の特徴 適応繊維 繊維分子との

結合様式

直接染料

全体が大きな平面板状で共役二重結合

が分子全体に広がる。陰イオン部位(ス

ルホン酸ナトリウム基)を持つ。2また

は3個のアゾ基を持つものが多い。

綿、麻、レー

ヨン、羊毛、

分子間力、水素結合

(中性塩が結合を促進

する。)

繊維 直接染

酸性染

分散染

カチオン染

建染染

硫化染

反応染

ナフトール染

綿 ◎ × × × ◎ ◎ ◎ ◎

絹 ○ ◎ × ○ ○ × ◎ ×

羊 毛 ○ ◎ × ○ ○ × ◎ ×

レーヨン ◎ × × × ◎ ◎ ◎ ◎

アセテート × × ◎ × ○ × × ◎

ナイロン ○ ◎ ◎ × ○ ○ ○ ○

ビニロン ○ × ◎ ○ ○ ◎ ○ ◎

アクリル × ◎ ○ ◎ ○ × × ×

ポリエステル × × ◎ × × × × ○

染色の違いによる繊維の識別法

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酸性染料

ヒドロキシル基、アミノ基のある場合

が多い。分子は直接染料ほど大きくない。

必ずしも平面板状ではない。陰イオン部

位(スルホン酸ナトリウム基)を持つ。

アゾ基を持つものが多いが、アントラキ

ノン系の構造もある。

羊毛、絹、ナ

イロン

イオン結合(染料の陰イ

オンと繊維の陽イオン

間)、水素結合、分子間

(酸が結合を促進す

る。)

分散染料

分子量は比較的小さい。アゾまたは、

アントラキノン系の構造が多い。イオン

部位を持たない。分子中に親水基がある。

ポリエステ

ル、アセテー

分子間力、水素結合

カチオン染料

染料分子に陽イオン部を持つ。第3級

アミンの構造を持つものが多い。アゾ基

は持たない。分子量は比較的小さい。

アクリル

イオン結合(染料の陽イ

オンと繊維の陰イオン

間)、分子間力

【図1】 各種染料による染色の模式図

直接染料はセルロース繊維と水素結合を形成しやすく、また染料分子が大きいので

分子間力によっても結合している。今回の実験の途中で加えるNaClは、Na+が

セルロース表面の負の電位を減少させ、陰イオン染料の接近を補助するためである。

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酸性染料は陰イオンがつくられ、タンパク質またはポリアミド繊維の陽イオン部位とイオン結合

する。今回の実験の途中で加える塩酸はこの陽イオンの生成を促進する。

分散染料はイオン部位を持たず、ポリエステル繊維等の隙間に浸透して結合する。

カチオン染料は陽イオンの染料で、アクリル繊維中の陰イオン部位とイオン結合をつくる。

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(3) 染色による繊維の見分け方の原理について

例えば、綿とアセテートを見分けるには、赤色の直接染料と青色の分散染料を混ぜた紫色の溶液中で綿

とアセテートを一緒に染色するとわかる。それは、表1のように綿は直接染料には染まるが分散染料には

染まらないため赤く染まる。また、アセテートは分散染料には染まるが直接染料には染まらないので青く

染まる。このように繊維と染料には相性があるので識別することができる。

表1から考えて、今回は直接染料、酸性染料、分散染料、カチオン染料の4種類の染料を用いて繊維識

別用の混合染料を試作し、繊維の識別を行うことにした。

(4) 染色による識別に用いる交織布について

(マルチファイバーテストクロス)

図2のように、たて糸には9種類の繊維を使い、よ

こ糸にはポリエステルを使い、織り上げた物で、主に

繊維の識別に用いられる。(中尾フィルター工業(大

阪)TEL06-6372-2043 などで1m 550 円から入手で

きる。)

(5) 4種混合染料による繊維の識別

直接染料、酸性染料、分散染料、カチオン染料(各

種染料は今治の村上産業で入手できる)の4種類の染料を混合して繊維識別染料の自作を試みた。そこで

カチオン染料の色は桃色に固定して、残りの直接・酸性・分散染料の色を色の三原色である赤・青・黄を

用いることにした。そこで、表3のような6種類の混合染料をつくり、実際染色してみて、どの組み合わ

せが、最も識別しやすいか実験してみた。

【表3】4種混合染料の組合せ

3 実験方法

ア 表3の組合せで、直接染料(青)、酸性染料(赤)、分散染料(黄)をそれぞれ0.05gとる。カチオ

ン染料(桃)は0.04gをとり、小さいビーカー内でスパチュラでかき混ぜてよく混合する。

イ アでつくった4種混合染料を電子天秤で0.03gはかる。100mlビーカーに50mlの純水と混合染料を入

れ、バーナーで穏やかに加熱しながら、ガラス棒でよくかき混ぜ全体を均一な状態にする。

ウ 温度が約 60℃になったら水で濡らしたマルチファイバーテストクロスと種類不明の繊維の布(3cm

角)を数枚入れ、ガラス棒で穏やかにかき混ぜる。

エ その約2分後に塩化ナトリウム 0.3g入れる。さらに1分後に5%塩酸 0.5ml 加える。

オ その後2~3分間かけて、火加減を調節しながら沸騰させる。

カ 沸騰後、約 5 分経過したら、ピンセットでビーカー内の繊維を取り出し、300ml ビーカーに入れた

水道水で2~3回すすぐ。最後は、食器用洗剤数滴を入れ、ガラス棒でよくかき混ぜながらよく洗う。

直接染料 酸性染料 分散染料 カチオン染料

混合染料① 赤 色 青 色 黄 色 桃 色

混合染料② 赤 色 黄 色 青 色 桃 色

混合染料③ 青 色 赤 色 黄 色 桃 色

混合染料④ 青 色 黄 色 赤 色 桃 色

混合染料⑤ 黄 色 赤 色 青 色 桃 色

混合染料⑥ 黄 色 青 色 赤 色 桃 色

綿

【図2】交織布のたて糸の構成

(よこ糸はポリエステル)

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この操作をソーピングといって、繊維に結合していない余分の染料を取り除くために行う。

キ 染色された繊維をよく絞った後、アイロンをかける。マルチファイバーテストクロスの繊維の染色

の色と比較して、未知繊維の種類を推定する。

ク 実験後の染料溶液は弱酸性であるので、少量のアルカリで中和してから実験廃液として処理する。

4 実験の考察

4種混合染料で染色すると、セルロース系繊維である綿とレーヨンやタンパク繊維である絹や羊毛はそ

れぞれ同色系に染まる。しかし、よく見ると染まり方に若干の違いがあり、また、繊維の手触り、色つや、

繊維の太さなどの特徴を合わせて考慮すると、繊維の種類を識別することができる。生徒実験では、染色

に使う布に小さくA、B、C・・・などの記号を書いておくと後でレポートの整理がしやすい。

また、今回、繊維識別染料を6種類試作してみたが、組み合わせとして一番わかりやすかったのは、直

接染料(青色)、酸性染料(赤色)、分散染料(黄色)、カチオン染料(桃色)の組み合わせであった。

写真3 交織布を染色している様子 写真4 交織布を洗っている様子

写真1 同じ赤系の異なる種類の染料による染色の違い

直接染料による染色結果 酸性染料による染色結果 分散染料による染色結果

写真2 同じ青系の異なる種類の染料による染色の違い

直接染料による染色結果 酸性染料による染色結果 分散染料による染色結果

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写真5 4種混合染料①による繊維の識別結果

直接染料 赤 酸性染料 青

分散染料 黄 カチオン染料 桃

写真6 4種混合染料②による繊維の識別結果

直接染料 赤 酸性染料 黄

分散染料 青 カチオン染料 桃

写真7 4種混合染料③による繊維の識別結果

(今回一番わかりやすかった組合せ)

直接染料 青 酸性染料 赤

分散染料 黄 カチオン染料 桃

写真8 4種混合染料④による繊維の識別結果

直接染料 青 酸性染料 黄

分散染料 赤 カチオン染料 桃

写真9 4種混合染料⑤による繊維の識別結果

直接染料 黄 酸性染料 赤

分散染料 青 カチオン染料 桃

写真 10 4種混合染料⑥による繊維の識別結果

直接染料 黄 酸性染料 青

分散染料 赤 カチオン染料 桃

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写真 11 4種混合染料③を用いた繊維の識別結果