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高難度物質変換反応の開発を指向した 精密制御反応場の創出 文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(平成 27−31 年度) 領域略称名「精密制御反応場」 領域番号 2702 http://precisely-designed-catalyst.jp/ News Letter Vol. 43 July, 2019 Precisely Designed Catalysts 目次: (1) 研究紹介 固相担持法による高活性遷移金属錯体触媒の創製 北海道大学化学反応創製研究拠点/大学院理学研究院・教授 A02 班 澤村 正也 モノクローナル抗体に遷移金属錯体を導入した新規ハイブリッド触媒の創製 大阪大学大学院理学研究科・教授 A03 班 山口 浩靖 (2) トピックス • 論文表紙掲載 • 記事掲載 • アウトリーチ活動

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Page 1: 高難度物質変換反応の開発を指向した > 精密制御反 …...「精密制御反応場」 NewsLetterVol.43 2 PS-DPPBz配位子の適用拡大を進める中で、塩化アリールとアルキルリチウムとのNi触媒

高難度物質変換反応の開発を指向した  

精密制御反応場の創出  

文部科学省科学研究費補助金

新学術領域研究(平成 27−31 年度)

領域略称名「精密制御反応場」

領域番号 2702 http://precisely-designed-catalyst.jp/

News Letter Vol. 43 July, 2019

Precisely Designed Catalysts

目次:

(1) 研究紹介

• 固相担持法による高活性遷移金属錯体触媒の創製

北海道大学化学反応創製研究拠点/大学院理学研究院・教授 A02 班 澤村 正也

• モノクローナル抗体に遷移金属錯体を導入した新規ハイブリッド触媒の創製 大阪大学大学院理学研究科・教授

A03 班 山口 浩靖

(2) トピックス • 論文表紙掲載 • 記事掲載 • アウトリーチ活動

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「精密制御反応場」

News Letter Vol. 43

1

固相担持法による高活性遷移金属錯体触媒の創製

北海道大学化学反応創製研究拠点/大学院理学研究院・教授

A02 班 澤村 正也

E-mail: [email protected]

1.これまでの経緯

高分子固定化金属錯体触媒は分離・再利用が容易なことから、合成プロセスの効率化に有

効である。しかし、柔軟な高分子鎖のもつれに起因して、触媒活性の低下がしばしば問題と

なる。我々は第3級ホスフィンと固体表面を明確に構造化して機能融合する戦略のもとに、

金属配位点の空間的孤立化を誘起して高活性な配位不飽和化学種を形成するポリスチレン

(PS)3点架橋モノホスフィン配位子 PS-TPPを開発した 1)。また、2座キレートホスフィンで

ある 1,2-ビス(ジフェニルホスフィノ)ベンゼン(DPPBz)を4点架橋点とする PS-ホスフィ

ンハイブリッド PS-DPPBzも合成し、Cu, Ni, Co などの第一列遷移金属触媒反応系における顕

著な高分子効果について報告している 2)。本稿では、ホスフィン架橋法を基盤とした新規 PS-

ホスフィンハイブリッドの合成、および PS-DPPBz触媒の適用拡大について紹介する。

2.今回の成果

配位子の立体的および電子的性質による触媒性能のチューニングは、望みの化学反応の実

現に不可欠である。ホスフィン架橋法は配位子構造改変の自由度も高く、立体的に嵩高いオ

ルト置換トリアリールホスフィンや高電子供与能を特徴とするトリアルキルホスフィンを母

骨格とする PS-ホスフィンハイブリッドからも顕著なポリマー効果が発現した 3,4)。後者は、

塩化アリールの Pd触媒クロスカップリングで PS-TPPよりも優れた配位子性能を示した。

P

tBu

tBu

tBu

PS-TPP

(PS)

(PS)

(PS)

(PS)

(PS)

(PS)

PS-DPPBz

PP

tButBu

tBu

(PS)

tBu(PS)

(PS)(PS)

(PS)

(PS)

(PS) (PS)

tBu

PtBu

tBu

(PS)

(PS)

(PS)

(PS)

(PS)

(PS)

P

tBu

tBu

tBu

Me

Me Me

(PS)

(PS)

(PS)

(PS)

(PS)

(PS)

PS-oMe3-TPP PS-TCP

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「精密制御反応場」

News Letter Vol. 43

2

PS-DPPBz配位子の適用拡大を進める中で、塩化アリールとアルキルリチウムとの Ni触媒

クロスカップリングが高効率に進行することを見出した 5)。空気中安定な[NiCl2(PS-DPPBz)]

を触媒前駆体に用いることができ、反応後には触媒の回収再利用が可能である。既存触媒で

要求される有機リチウムの事前希釈や slow addition法を用いずとも、反応が円滑に進行する。

フェノール誘導体の C–O結合活性化を経る分子変換は、ハロゲン化アリールを求電子剤と

する既存法に代わる新しい合成手法として注目されている。この種の反応には嵩高く電子豊

富な配位子からなる Ni触媒が有効なことが知られている。我々は P-アリールビスホスフィン

を配位中心に有する PS-DPPBzが、1,3-アゾールとフェノールエステルとの Ni触媒 C–H/C–O

カップリングの優れた配位子となることを見出し、触媒設計の常識を覆した 2)。この知見の

もとに、本領域内メンバーである鳶巣 教授および茶谷 教授との共同研究を進め、Ni触媒に

よる芳香族カルバメートの脱炭酸を経る新規アニリン合成法を開発した 6)。反応中でフリー

アミンが存在しないことから、ホルミル基を含む様々な官能基を許容する点が特筆される。

さらに最近、ある種のビスホスフィンと[IrCl(cod)]2 から系中調製される錯体は、1,4-ジオ

キサンを水素源とするアルケン選択的水素移動型還元反応に効果的であることを見出した 7)。

PS-DPPBzを配位子とした固定化 Ir触媒は、反応後に回収再利用できる。

3.参考文献

(1) Iwai, T.; Harada, T.; Hara, K.; Sawamura, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 12322–12326. (2) Iwai, T.; Harada, T.; Shimada, H.; Asano, K.; Sawamura, M. ACS Catal. 2017, 7, 1681–1692. (3) Iwai, T.; Asano, K.; Harada, T.; Sawamura, M. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2017, 90, 943–949. (4) Arashima, J.; Iwai, T.; Sawamura, M. Chem. Asian J. 2019, 14, 411–415. (5) Yamazaki, Y.; Arima, N.; Iwai, T.; Sawamura, M. Adv. Synth. Catal. 2019, 361, 2250–2254. (6) Nishizawa, A.; Takahira, T.; Yasui, K.; Fujimoto, H.; Iwai, T.; Sawamura, M.; Chatani, N.; Tobisu, M. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 7261–7265. (7) Zhang, D.; Iwai, T.; Sawamura, M. Org. Lett. 2019, 21, in press. DOI: 10.1021/acs.orglett.9b01989.

PP

tButBu

tBu

(PS)

tBu(PS)

(PS)(PS)

(PS)

(PS)

(PS) (PS)

[NiCl2(PS-DPPBz)]

NiCl Cl

Cl

+20 mmol

(2.6 M in hexane)

[NiCl2(PS-DPPBz)](0.05 mol%) nBu

94%nBuLi 1.5 eqno added solvent40 °C, 24 h

TON 1880

O

O

N

H

OO OEt

Ni(cod)2 (10 mol%)PS-DPPBz (12 mol%)

toluene160 °C, 14 h

H

O

N

O OEt

68%

+ CO2

O[Ir-(PS-DPPBz)](1 mol% Ir, Ir/L 1:1)

1,4-dioxane (0.33 M)145 °C (bath temp.)

Me

O

Me

H H

1st (4 h)

98%

2nd (4 h)

92%

3rd (5 h)

96%

4th (5 h)

64%

5th (9 h)

45%

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モノクローナル抗体に遷移金属錯体を導入した

新規ハイブリッド触媒の創製

大阪大学大学院理学研究科・教授

A03 班 山口 浩靖

E-mail: [email protected]

1.緒言

これまでに生体系において優れた分子認識能を有するモノクローナル抗体1, 2 と触媒機能を

有する遷移金属錯体をハイブリッド化させることにより機能性超分子触媒の創製を行ってき

た。抗体は多様性があり、種々の遷移金属錯体(触媒)に対してテーラーメイドの「分子フ

ラスコ」を用意することができる3。ま

た、ターゲットとなる触媒ユニットに

対して抗体を作製することにより、既

存のタンパク質に触媒ユニットを導

入する間接固定法よりも直接的で、極

めて精密な不斉反応場を創製できる

可能性がある。本研究では、軸不斉を

有するビナフチル誘導体の光学異性

体を識別4できるモノクローナル抗体

を作製した(図1)。この抗体と、ビナフ

チル基と類似の構造を有する配位子

からなる金属錯体との複合体(図2)を

得た。その超分子錯体を用いてフリー

デル・クラフツ アルキル化反応を行っ

た。本超分子触媒の炭素-炭素結合反

応における触媒活性と立体選択性を

調べた結果、従来の有機金属錯体では

実現できなかった立体選択性を付与

することに成功した。

2.軸不斉認識抗体を用いた立体選択的フリーデル・クラフツアルキル化反応

これまでにビナフチル化合物 (BN) の R体 (BN (R)), S体 (BN (S)) または両者のラセミ体を

マウスに免疫することで、BN (R)に特異的に結合するモノクローナル抗体と、BN (S) に特異

Figure 1. Atroposelective monoclonal antibodies (mAbs) which can recognize enantiomers of a binaphthyl derivative (BN).

Figure 2. Design strategy for artificial metalloenzymes based on atroposelective antibodies. The mAbs are used to accommodate various bisisoquinoline-based metal catalysts.

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News Letter Vol. 43

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的なモノクローナル抗体をそれぞれ単離することに成功している 5, 6。これらの抗BN抗体は、

ビナフチル骨格を有するリン酸系有機分子触媒や 1,1-ビ-イソキノリン(BIQ) を配位子とする

種々の金属錯体にも結合した。 抗 BN抗体と BIQを配位子

とする銅錯体 (BIQ-Cu) の存

在下、フリーデル・クラフツ

アルキル化反応を行った。

BIQ-Cu 単独ではラセミ体の

生成物が得られたのに対し、

抗体 R44E1 存在下では 88% のエナンチオ過剰率で反応

が進行した(表 1)。抗体と

BIQ-Cu との解離定数に基づ

いて系中に存在する遊離の

BIQ-Cu の寄与を除外すると、

本抗体-金属錯体複合体は

99%以上の極めて高いエナン

チオ選択性で反応を触媒し

ていることがわかった 7。ビ

ナフチル化合物に結合しな

い他のモノクローナル抗体

やアルブミンタンパク質

(BSA)存在下ではこのような

選択性は見られなかった。モ

ノクローナル抗体が形成す

る特異なタンパク質空間に金属錯体を取り込むことにより、不斉が誘起されたと考えられる。

抗体を用いた人工金属酵素では初めての C-C 結合形成反応であり、抗 BN 抗体との超分子形

成により BIQ-Cuを不斉触媒として利用した初めての例でもある。軸不斉認識抗体を第二配位

圏として利用することにより、金属錯体のみの系よりも収率が向上し、不斉を誘起可能な触

媒システムが実現できた。 3.参考文献

(1) 山口浩靖, 原田明 高分子 2018, 67, 398. (2) 山口浩靖 日本素材物性学会誌 2018, 29, 1. (3) 山口浩靖 「機能性抗体の創製」生命機能に迫る分子化学 日本化学会編, 化学同人 2018, 122. (4) Zheng, Y.; Kobayashi, Y.; Sekine, T.; Takashima, Y.; Hashidzume, A.; Yamaguchi, H.; Harada, A. Commun.

Chem. 2018, 1, 4. (5) Adachi, T.; Odaka, T.; Harada, A.; Yamaguchi, H. ChemistrySelect 2017, 2, 2622 (with Cover Picture). (6) Adachi, T.; Harada, A.; Yamaguchi, H. Bull. Chem. Soc. Jpn 2019, in press. (7) Adachi, T.; Harada, A.; Yamaguchi, H. submitted.

Table 1. Friedel-Crafts alkylation reactions catalyzed by artificial

metalloenzymes based on atroposelective antibodies.

Entry Catalyst Yield / %a ee / %b

1 BIQ-Cu 6 0

2 R44E1 + BIQ-Cu 10 88

R44E1⊃BIQ-Cu (85%c) 9 99

BIQ-Cu (15%c) 1 0

3 BSA + BIQ-Cu 8 3

Typical reaction condition: 1.0 mM of substrates 1 and 2, 50 µM of mAb

R44E1 (5.0%), 50 µM of BIQ-Cu (5.0%) in 20 mM MOPS buffer (pH

6.5), 150 mM NaCl at 4 °C for 72h. aYields were determined by HPLC

using 2-phenylquinoline as an internal standard. bee of (+) isomer. (−) and

(+) isomers of 3 are defined based on the HPLC analysis with UV and CD

detector. c85% of BIQ-Cu is bound by mAb R44E1 under the reaction

condition.

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◆トピックス

【業績、報道、活動等の紹介】

論文表紙掲載:

• 久枝良雄氏(A03 班、九大院工・教授)らの研究論文(Green Energy & Environment, 2019,

4, 116-120)が Back Cover に採用されました。(左上図)

• 久枝良雄氏(A03 班、九大院工・教授)らの研究論文(Adv. Synth. Catal., 2019, 361,

2877-2884)が Front Cover に採用されました。(右上図)

• 藤田健一氏(A01 班、京大院人間環境・教授)らの論文(Catalysts 2019, 9, 503)が

Issue Cover に選ばれました。(下図)

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記事掲載:

• 西林仁昭氏(A01班、東大院工・教授)らの研究成果(Nature, 2019, 568, 536)が、「現

代化学」2019年7月号(東京化学同人)(2019年6月)インタビュー記事「水と窒素ガスから

アンモニアをつくる 西林仁昭博士に聞く」、「科学雑誌ニュートン」2019年8月号(ニュー

トンプレス)(2019年6月)Focus plus「アンモニアが次世代のエネルギー源に!?」、日本科

学未来館 科学コミュニケーター鈴木毅氏により「The PAGE」(2019年6月24日)「水と空気

からパンと電気を作る? アンモニアの新合成法は時代を変えるか」、「Natureダイジェスト」

2019年7月号(ネイチャー・ジャパン)(2019年7月)NEWS&VIEWS欄「アンモニア合成の新た

な道」、としてそれぞれ紹介されました。

http://www.tkd-pbl.com/book/b457812.html

https://www.newtonpress.co.jp/newton.html

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190624-00010001-wordleaf-sctch

https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v16/n7/アンモニア合成の新たな道/99256

「科学雑誌ニュートン」2019 年 8 月

Nature ダイジェスト NEWS&VIEWS

「現代化学」2019 年 7 月号

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アウトリーチ活動:

•藤田健一氏(A01班、京大院人間環境・教授)がアウトリーチ活動の一環として、高校生に

よる見学会ならびに本領域に関連する研究説明(6月7日および7月22日)を行いました。

イベント名: 京都大学研修会(大阪府立天王寺高等学校)

開催日:2019年6月7日(金)

場所: 京都大学吉田南キャンパス

参加人数: 天王寺高校 生徒22名および引率教員1名

イベント名: 京大研修会(大阪府立大手前高校)

開催日:2019年7月22日(月)

場所: 京都大学吉田南キャンパス

参加人数: 大阪府立大手前高校 生徒7名および引率教員1名

発行・企画編集 新学術領域研究「精密制御反応場」http://precisely-designed-catalyst.jp/

連 絡 先 領域代表 真島 和志 ([email protected]

広報担当 松永 茂樹([email protected]