昭和61年1月20日 15

高 ア ジモ ニ ァ血 症 を伴 った肝 性脳 症 にお け る

糞便 内Bacteroidesの 意 義

川崎協同病院内科

多 羅 尾 和 郎

(昭和60年4月30旦 受付)

(昭和60年7月15日 受理)

Key words: anaerobic gram-negative bacteria, Bacteroides,

ammonia, hePatic encePhaloPathy

要 旨

最 近で は肝 性脳症 の成 因 として ア ミノ酸比 の変動 が挙 げ られて い るが,血 中 ア ジモ ニアの上 昇が脳 症

発 現の一 大原 因で あ る事 には変 りは ない.そ の血 中 ア ジモ ニア上昇 に は大腸 内urease産 生 菌 に よるア ジ

モニ ア産 生 が重要 で あ りurease産 生菌 として はProtezts,Klebsiella等 の好 気 性 グ ラ ム陰 性桿 菌 が 主で

ある と従 来信 じ られて きた が,最 近,糞 便 中 の最 優勢 菌 であ る嫌気 性 グ ラム陰性桿 菌 のBacteroidesに も

好 気性菌 に勝 るurease活 性 が存 在す る事 が判 明 し,肝 生脳 症 で は嫌気 性菌 が アジ モニ ア産 生 の主体 を な

す 事が考 え られ る.わ れわ れ は この点を,好 気 性 グ ラム陰性桿 菌 は抑 え ないが 嫌気性 グ ラム陰 性桿 菌 を

抑 える非 吸収 性抗 生剤vancomycin hydrochlorideを 用 い て検討 した.方 法 としては肝硬 変 の肝 性脳症

出現例 で血 中 ア ジモ ニア値 上昇 を伴 った5症 例 に,vancomycinを7～33日 間繰 り返 し経 口投与 し脳症

の症状,血 中 ア ジモ ニア値,脳 波所 見,糞 便19中 の菌種,細 菌 数 の変動 を検 索 した.結 果 は5例 全 例 で

繰 り返 し脳 症 の改善,血 中 アジ モニ ア値 の下 降,脳 波 の改 善を認 め,そ れ と共 に糞 便 中の嫌 気性 グ ラム

陰性桿 菌 のBacteroidesの 著減 を認 めた.又,投 与 中 止 に よ りBacteroidesの 増 加 と共 に脳症 が再 出現 し

た.肝 性 脳症 の 出現 には嫌気 性 グ ラ ム陰性 桿菌 のBacteroidesが 重 要 であ り,こ れ を抑 え る非 吸収 性抗 生

剤vancomycin hydrochlorideが 脳 症 の治療 に有 効 であ った.

緒 言

肝 性 脳 症 の 成 因 と して,最 近 血 漿 ア ミノ酸 比 の

変 化(分 枝 鎖 ア ミノ酸/芳 香 族 ア ミノ酸 比,Fischer

比 の減 少)が 挙 げ られ て い る が,血 中 ア ジ モ ニ ア

の 上 昇 が 脳 症 発 現 の 重 要 な一 因 子 で あ る こ とに は

変 りは な い.そ して,こ の血 中 ア ジ モ ニ ア 上 昇 に

は 大 腸 内 のurease産 生 菌 に よ る 尿 素 か らの ア ジ

モ ニ ア産 生 が重 要 で あ る.従 来 このurease産 生 菌

と し て は,Proteus,Klebsiella,Reudomonas等 の

好 気 性 グ ラ ム陰 性 桿 菌 が 主 で あ る と考 え られ て い

た.し か し,最 近,糞 便 中 の 最 優 勢 菌 で あ る1)2)嫌

気 性 グ ラ ム陰 性 桿 菌 のBacteroidesに も,好 気 性

グラム陰性桿菌を凌駕す るurease活 性が存在す

ること3)4)が判明した.こ の事を考慮すると,高 ア

ジモニア血症を伴 う肝性脳症の際 には,Bacter-

oidesを 主とする嫌気性 グラム陰性桿菌がアジモ

ニア産生の主体をなす可能性が考えられる.

われわれはこの問題を解明する目的で,好 気性

グラム陰性桿菌の発育は抑 えないが,嫌 気性グラ

ム陰性桿菌の発育を抑える非吸収性抗生物質であ

るvancomycin hydrochloride5)(以 下VCMと 略

す)を,高 アジモニァ血症を有す る肝性脳症患者

に繰 り返 し投与 して,そ の前後での肝性脳症の症

状,血 中アジモニア値,脳 波所見の変化,お よび

糞便1g中 よ り検出される細菌数,細 菌の菌種の変

動を検索 したので若干の考察 と共にここに報告す

別刷請求先:(〒210)川 崎市川 崎区桜本2-1-5

川崎協同病院内科 多羅尾和郎

16 感染症学雑誌 第60巻 第1号

る.

研究対象および方法

研究対象

研究対象は昭和59年4月 より昭和60年2月 迄の

11ヵ月間に川崎協同病院に入院した肝性脳症患者

の うち,便 秘,消 化管出血,利 尿剤の過剰投与等

の何 らの誘因がなく発症し,高 アジモニア血症を

伴った肝性脳症の5例,す なわち,Eck痩 を有す

る肝硬変症例1例(症 例1),肝 硬変症非代償期の

症例3例(症 例2,4,5)お よび門脈形成不全症

の1例(症 例3)を 研究対象 とした.な お,こ れ

ら対象症例の入院時血液生化学検査成績はTable

1に ま とめ て示 した が,こ れ らの対 象症 例 は

choline esteraseが 著 るしく低 く,ICG15分 値が

著明に高 く,可 成進行 した肝硬変症である事がわ

かる.

研究方法

既述の症例の肝性脳症出現時に,VCM(塩 之義

製薬株式会社)を 朝 ・夕1,000mgず つ(計1日

2,000mg)を 少量の蒸溜水に溶解 して連 旦内服さ

せ,そ の前後における意識の状態,計 算力,指 南

力等の臨床症状,血 中アジモニア値,脳 波所見等

の変動を経時的に観察 した.な お,脳 症の程度の

記 載 はParsons-Smith法6)のConnの 変 法7)に

よった。VCMの 投与は,症 例1で は投与,中 断を

3回 繰 り返 し,第1回 目の投与期間は10日,中 断

期間は19日,第2回 目の投与期間は16日,中 断期

間は5日,第3回 目の投与期間は33日 間であった.

症例2で は,投 与,中 断を2回 繰 り返 し,第1回

目投与期間31日 間,中 断期間13日,第2回 目投与

期間60日 間であった.症 例3で は17日 間投与 し,

9日 間中断し,そ の後再投与 した.症 例4で は15

日間投与 した.症 例5で は20日 間投与 した.糞 便

の細菌学的検索法は,上 記症例についてVCM投

与前後の糞便19当 た りの好気性菌 および嫌気性下菌

の菌数および下菌種を細菌学的に検索 した.す な

わち,研 究対象症例 より糞便を採取し,可 及的速

やかに(1時 間以内)に その1gを 生理食塩水で101

より1011倍迄階段希釈 した.各 奇数乗階段希釈液

の一標準 白金耳をFig.1に 示す ような好気性菌

Table 1 Laboratory Data on Admission

昭和61年1月20旦 17

Fig. 1 Bacteriological investigation of faecal flora

および嫌気性菌の選択培地に接種し,好 気性菌は

2～4日 間培養し,嫌 気性菌はガスパ ック法にて

4～7日 間培養した.検 出した好気性菌および嫌

気性―菌はBergeyの 第8版8)に よって同定 した.

尚∫血中アジモニアは奥 田 ・藤井変法9)で測定 し

た.

研究結果

最初 に各症例について肝性脳症の経過および,

VCM抗 与後における糞便内細菌数の変動を図に

示し,そ の次に,嫌 気性菌の多数を占め,好 気性

グラム陰性桿菌 に優 るurease活 性を持つBacte-

roidesの 菌数の変動 と血中アジモニア値の変動

との関係を図示する.

症例1の 結果をFig.2に 示す.

この症例はEck痩 造設術,脾 摘術を施行 された

後脳症を くり返 していた51歳 の男性で,肝 性脳症

の為,昭 和59年3月19日 本院に入院 してきた.そ

の後,食 事蛋白の制限で脳症は一時軽快 したが,

4月8旦 の夜から,便 秘,消 化管出血等の何 らの

誘因なく脳症が再び出現 し,つ いに3度 に達 した

ので,9日 早朝の便を細菌培養した後,4月11旦

より10日間,VCMを 朝夕各1gず つ,少 量の留水

に溶解 して投与 した ところ脳症が3度 か ら0度

に改善 し,血 中アシモニア値が212μ9/d1よ り114

μ9/d1に 低下し,脳 波でもtriphasic waveの 消失

をみた.こ れ と共に糞便の細菌培養では,糞 便19

Fig. 2 Clinical course of Case 1:a 51-yr-old male diagnosed as having liver

cirrhosis with Eck's fistula and encephalopathy.

18 感染症学雑誌 第60巻 第1号

中の嫌気性 グラム陰性桿菌 の菌数が1010個 か ら

107個に激減 したが(黒 塗 りの棒 グラフ)好 気性グ

ラム陰性桿菌の数は107個 より108個へ とやや増加

した(斜線の棒 グラフ).4月21旦 よりVCMを 中

止 した ところ,5月7日 から再 び脳症が出現した

ため,5月9日 よりVCMを16日 間再投与した と

ころ再び脳症は著明に改善 した.脳 症改善 と共に

糞便中の嫌気性グラム陰性桿菌 も109個 より107個

に減少したが,好 気性 グラム陰性桿菌の数は108個

と不変であった.そ の後,VCMを 再び中止した と

ころ,2度 の軽い脳症が再び出現したので,今 度

は5月29日 より1ヵ 月間以上VCMを 投与した と

ころ脳症の消失 と共に糞便中嫌気性グラム陰性桿

菌が108個 より103個に激減 した.な お,検 出した嫌

気性グラム陰性桿菌を同定 したところ,ほ とん ど

の菌株がBacteroides属 であった.症 例2の 結果

をFig.3に 示す.症 例2は 肝硬変症非代償期の76

歳の男性で黄疸を主訴 として入院 していたが,昭

和59年6月25日 朝 より脳症が出現 し,次 第に3度

の脳症 となった.6月26日 の血中アジモニア値が

206μg/dlと 高かったので27日 朝,便 の細菌培養を

行 った後VCMの 朝夕各1gず つを投与開始 した

ところ脳症は消失し,血 中アジモニア値 は69ま で

低下した.投 与前のEEGで は4～6Herzの 徐波が

出ていたが,そ れもVCM投 与後8～10Herzに 回

復した.VCM投 与後2週 間 目に採i便し,再度細菌

培養を行 った ところ,嫌 気性 グラム陰性桿菌 は

1010個より102個まで激減 していた.一 方,好 気性

グラム陰性桿菌 は108よ り107個へ とわずかに減少

していたにすぎなかった.そ の後 この症例では約

1ヵ 月間VCMを 投与 し続 けたが,そ の間常に意

識は清明で血中アジモニアも56μ9/dlと 低 く,7

月25日 に行った糞便の細菌培養でも,嫌 気性グラ

ム陰性桿菌数は102個 と減少 したままであ り,好気

性 グラム陰性桿菌は107個 と不変であった.7月27

日よりVCMを 中止 したところ,8月6日 に再び

脳症が出現 したので,7日 に採便 し細菌学的検索

を行い,8旦 よりVCMの 再投与を開始 した とこ

ろ脳症は消失 し,血 中アジモニア値 も186μg/dlよ

り60μg/dlま で低下 した.ま た,糞 便の細菌培養で

は,脳 症発現時の8月7日 には嫌気性 グラム陰性

桿菌が109個 と増加 していたがVCM13日 間投与

後の20日 には102個 に減少していた.一 ・方,好 気性

グラム陰性桿菌は,投 与前の108個 に比べ,投 与後

は107個 とわずかに減少したにすぎなかった。この

症例の嫌気性グラム陰性桿菌の同定では大多数の

株がBacteroides属 に属 し,VCM投 与 により減

少した菌種 はBacteroidesで あった.症 例3の 結

Fig.3 Clinical course of Case 2:a 76-yr-old male with decompensated liver

cirrhosis and chronic hepatic encephalopathy

昭和61年1月20日 19

Fig. 4 Clinical course of Case 3 : a 60-yr-old male with hypoplasia of portal

venous system and arterio-venous shunts.

果をFig.4に 示す.こ の症例 は門脈形成不全症

の60歳 の男性で,昭 和59年4月3日 食道静脈瘤破

裂のため,食 道離断,胃 上部切除,摘 脾術を施行

されたが,そ の際,大 網 と壁側腹膜 との間の癒着

が強 く,毛 細血管網 が多 く,い わゆ るspontan

Talmaの 状態 となっていた.患 者は術後順調で

あったが,9月5日 に3度 の肝生脳症が出現した

ため,6日 朝糞便の細菌培養をした後,VCM2.0

gを 連 日投与 したところ,脳 症は改善 し,血 中アン

モニアは投与前140μg/dlで あったが,9月20日 に

は84μg/dlに 低 下 し,脳 波 所 見 で もtriphasic

waveが 消失し正常化 した.こ の症例における細

菌培養の結果では,9月6日 の脳症出現時には嫌

気性 グラム陰 性桿菌 が1g中109個 と多数検 出 さ

れ,大 多数がBacteroidesで あった.VCM投 与2

週間後の脳症が改善 した9月20日 には嫌気性グラ

ム陰性桿菌は102個 に激減 していた.一 方,従 来ア

ンモニア産生菌の主役 と思われていた好気性グラ

ム陰性桿菌は,VCM投 与前,投 与後 とも108個 と

変動はなかった.そ の後VCM投 与を中止 した と

ころ,9月28日 にな り再び脳症が出現し,10月1

日の血中アンモニア値は152μ9/dlに 上昇した.こ

の時の糞便中の細菌叢は嫌気性グラム陰性桿菌の

Bacteroidesが109個,好 気性グラム陰性桿菌は107

個であった.10月2日 よりVCMを 投与 したとこ

ろ,血 中アンモニア値の下降に伴って脳症は改善

し糞便中嫌気性Bacteroidesも 減少 し,10月15日

には103個 になった.次 に症例4(Fig.5)の 結果

について述べる.症 例は非代償性肝硬変症の48歳

の女性で,1月10日 に2度 の肝性脳症が出現 し,

11日朝糞便培養後,VCMを 経 口投与 した.投 与

前の糞便培養では,好 気性及び嫌気性グラム陰性

桿菌は共に1010個存在 したが,投 与6日 後には嫌

気性グラム陰性桿菌が103個 に減少 し血中アンモ

4 値は101μgに 低下 し脳症 は消失 し,そ の後 も

この傾向は持続 した.更 にFig.6に 症例5の 結果

を示す.こ の症例は腹水を有する非代償性肝硬変

の51歳 の男性で昭和60年3月4日 に2度 の肝性脳

症が出現し,こ の時の血中アンモニア値は180μ9/

dlで あった.VCM投 与前の糞便の細菌叢では,好

気性グラム陰性桿菌が109個 と嫌気性 グラム陰性

桿菌の108個 を凌駕していた.VCM投 与により,

好気性グラム陰性桿菌は108個 に,嫌 気性グラム陰

性桿菌は103個 に減少 し,血 中アンモニア値は低下

20 感染症学雑誌 第60巻 第1号

Fig.5 Clinical course of Case 4:a 48-yr-old female with decompensated liver

cirrhcsis and hepatic encephalopathy

Fig.6 Clinical course of Case 5;a 51-yr old male with decompensated liver

cirrhosis and hepatic encephalopathy

し,脳 症は消失 した.

以上の結果を分析すると,症 例1～4で は脳症

が出現 し,VCM投 与によってそれが消失す るに

際 して,血 中アジモニア値の変動 と,糞 便中の嫌

気性グラム陰性桿菌の菌数の変動 との間には可成

密 接 な 関 係 が あ る様 に 思 え,し か も検 出 した 嫌 気

性 グ ラ ム 陰 性 桿 菌 の 菌 株 の ほ と ん ど 大 多 数 は

Bacteroidesで あ った こ とか ら,血 中 ア ジ モ ニ ア値

と糞 便 中 のBacteroidesの 菌 数 との 関 係 が 問 題 に

な る.そ こで,以 下 に こ の関 係 を グ ラ フに示 して

昭和61年1月20旦 21

Fig.7

Correlation between Bacteroides counts per gram of stool and blood

ammonia levels in Case 1.

Correlation between Bacteroides counts per gram of stool

and blood ammonia levels in Case 2.

Fig.8

Correlation between Bacteroides counts per gram

of stooi and blood ammonia levels in Case 3.

Correlation between Bacteroides counts per gram of

stool and ammonia levels in Case 4.

説 明す る.

Fig.7は 症 例(1)に お け る血 中 ア ジモ ニ ア値 と

糞 便1g中 よ り検 出 され たBacteroidesの 菌』数 との

関 係 を 経 時 的 に 示 し た も の で,棒 グ ラ フ は

Bacteroidesの 菌 数 の 変 動 を,破 線 は血 中 ア ジ モ ニ

ア 値 の 変 動 を 示 す が,Bacteroidesが 増 加 す れ ぽ

血 中 ア ジ モ ニ ア値 が 上 昇 し,Bacteroidesが 減 少

す れ ば,ア ジ モ ニ ア値 が 低 下 す る傾 向 を認 め た.

同 じ くFig.7に 症 例(2)に お け るBacteroides

とア ジモ ニ ア値 の 関 係 を 示 す が,や は り糞 便 中 の

Bacteroidesの 菌 数 が 増 加 す る と血 中 ア ジ モ ニ ア

値 が 高 く,Bacteroidesの 菌 数 が減 少 す る と ア ジ モ

ニ ア 値 が 低 下 す る こ とが 示 され て い る.Fig.8に

は 症 例3に お け るBacteroidesと ア ジモ ニ ア値 の

関 係 を 示 す が,や は りBacteroidesと 血 中 ア ジ モ

ニ ア 値の増減が一致す る傾 向にあった.同 じく

Fig.8に は症例4に おける同様 の関係を示すが

傾向は同様であった.尚,症 例5に おいては,元

来好気性菌が優勢であったのでアジモニア値の減

少は,好 気性グラム陰性桿菌の減少によるものと

22 感染症学雑誌 第60巻 第1号

思われた.

考 案

肝性脳症の成因に関して,現 在では分枝鎖ア ミ

ノ酸 と芳香族 アミノ酸比の変化が注目されてきて

いるが,Eck瘻 犬におけるNH4Clの 投与による

脳症の出現,消 化管出血後の脳症出現等10)によっ

て立証されているごとく,血 中アジモニア値の上

昇が脳症発現の一大誘因であることは事実 であ

る.さ らに,血 中アジモニア値上昇の原因として

は腸内細菌によるアジモニア産生が重要 と考 えら

れ て お り,ア ジモ ニ ア を産 生 す るurease産 生 菌 と

して は,従 来Pnteus,Klebsiella,Pseudomonas等

の好 気 性 グ ラ ム陰 性桿 菌 が 重 要 で あ る とい わ れ て

きた.し か し,Brownら3)は1971年 に 正 常 人 の糞 便

よ り分 離 した 種 々 の菌 種 につ い て,そ のurease産

生 能 を検 索 した 結 果,好 気 性 菌 のKlebsiella属 で

は220株 中4株(2%)に の みUrease活 性 を 認 め

た に す ぎな か っ た の に 対 し,嫌 気 性 菌 で は,Clos-

tridiaで100株 中5株(5%),Non-sporinganaer-

obes(Bactenides等)で は161株 中11株(7%)に

urease産 生 菌 を 検 出 し,嫌 気 性 菌 の 重 要 性 をin

vitroで 示 し た.さ ら に1980年 に な りVinceら4)

は,腸 内細 菌 の 種 々 の菌 種 につ い て,peptidesや

aminoacideを 含 ん だ 培 地 で の ア ジ モ ニ ア産 生 能

をinvitroで 検 索 し,15g/lと 同 じ重 量 の 菌 を接

種 した場 合 に は,最 も多 量 に ア ジモ ニ ア を産 生 し

た の は,Clostridiaの34.0±2.6m mole/1で あ り,

こ れ に 続 い て は 嫌 気 性 グ ラ ム陰 性 桿 菌 で31.4±

1.5m mole/1で あ った の に対 し,好 気 性 のE.coli

等 は,21.6±1.2mmole/lで あ った と述 べ て い

る.

一 方, 糞便内における好気性菌 と嫌気性菌の

比 率 に関 して は,健 常 者 に つ い て は,Bhatら11),

Drasarら12),Gorbachら13)の 研 究 が あ り,三 者 と

も,嫌 気 性 菌 が圧 倒 的 に好 気 性 菌 を しの ぐ と し,

主要 菌 種 の菌 数 は,嫌 気 性 菌 のBactenidesが1010

個 前 後 で あ り,好 気 性 菌 のColzformsが106～8個 で

あ った と し て い る.ま た,以 前 に 行 った わ れ わ れ

の成 績4)で も健 常 者 で は嫌 気 性 菌 の 検 出 菌 数 の 平

均 は109.7個 で あ った の に 対 し,好 気 性 菌 は108・3個

と少 な か った.ま た 肝 硬 変 患 者 の 糞 便 内 の好 気 性

菌 と嫌 気 性 菌 の 菌 数 を 比 較 し た 研 究 に はFloch

ら15)の もの が あ り,彼 らは 菌 種 に 関 し て,好 気 性

菌,嫌 気 性菌 を 合 わ せ た な か で,最 も多 数 検 出 さ

れ た 菌 種 は 健 常 群 ・肝 硬 変 群 と も にBacteroides

で あ り,そ の 菌 数 は 糞 便1g当 り健 常 群 で は

10&9±024個,肝 硬 変 群 で は109.3±0.23個と,肝 硬 変 患

者 に よ り多 数 検 出 され た と して い る.

一 方,好 気 性 菌 に対 して は,健 常 群,肝 硬 変 群

と も に,グ ラ ム陰 性 桿 菌 が 最 も高 頻 度 に 検 出 さ

れ,そ の 菌 数 は 健 常 群 で106.8±鼠2個,肝 硬 変 群 で

106.8±0.41個で あ った と述 べ て い る.ま た,わ れ わ れ

旦本 人 の 肝 硬 変 患 者 の 糞 便 内細 菌 叢 に 関 す る研 究

成 績14)も,こ れ に 一 致 した もの で あ った.

以上述べた ような成績を考 えると,1)嫌 気性グ

ラム陰性桿菌,特 にそのなかの主たる菌種である

Bacteroidesは,好 気性菌の1,000倍 も多 く肝硬変

患者の糞便中に存在す ること,2)Bacteroidesの

菌種のなかには,urease活 性を持つ菌が好気性菌

より高率 に存在す ること3),お よび,3)Bacter-

oidesはureaseの 活性値 において も好 気性菌 を

上廻 ること4),などを総合すると,肝 性脳症時のア

ジモニァ産生菌 としては従来考え られてきたE

coli,Klebsie磁 等の好気性菌 よりも,嫌 気性グラ

ム陰性桿菌であるBacteroidesの 方がはるかに重

要であると考えられ るが,こ の考え方をinvivo

で肝硬変の肝性脳症患者において実際に証明した

研究は従来なかった.

われわれは,非 吸収性抗生剤 であ るVCMに

Bactmides等 の嫌気性グラム陰性桿菌の発育は

抑えるが,好 気性グラム陰性桿菌の発育は抑えな

い とい う性質があること5)に着 目して,VCMを 便

秘によって誘発されたのではない肝性脳症患者に

投与 したところ,肝 性脳症の著明な改善 と糞便中

嫌気性グラム陰性桿菌(主 としてBacteroides)の

著 しい減少を認め,こ れ とともに血中アジモニア

値 も低下 した。一方従来肝性脳症の原因菌 と考え

られていた好気性グラム陰性菌の菌数はほぼ不変

であった。以上の事実 より嫌気性グラム陰性桿菌

であるBacteroidesは 肝性脳症の原因菌 として最

も重要な菌種であり,こ れを抑える非吸収性抗生

剤であるVCMは 肝性脳症の治療に有効であると

昭和61年1月20日 23

考 え られ た.

結 論

便秘,消 化管出血,利 尿剤の過剰投与等の誘因

のない高アジモニァ血症を伴 う肝性脳症患者5症

例にVCMを 反復投与 して,脳 症の臨床症状,血

中アジモニア値,糞 便中の細菌叢の変動を観察 し

た.そ の結果,1)5例 全例においてVCM投 与に

より肝性脳症の著明な改善がみ られそれ ととも

に,糞 便 中 の嫌 気 性 グ ラ ム陰 性 桿菌 で あ る

Bacteroidesの 著るしい減少と,血 中アジモニア値

の低下が認め られた.一 方,好 気性グラム陰性桿

菌の菌数はおおむね不変であった.2)投 与,中 断

を繰 り返 した3例 では,VCM投 与を中止す ると

再び脳症が出現 し糞便中のBacteroidesの 菌数が

著明に増加 し,血 中アジモニア値も増加 した.

以上 より嫌気性グラム陰性桿菌であるBacter-

oidesは,肝 性脳症時のアジモニア産生菌 として,

臨 床 的 に最 も重 要 な 菌 種 で あ り,VCMは 肝 性 脳

症 の治 療 に 著 明 な効 果 の あ る こ とが判 明 した.

稿 を終 るにあた り,御 校閲の労を賜 った恩師,横 浜市立

大学名誉教授,鶴 見総合病院院長,福 島孝吉先生に深甚 な

る謝意を表 し,ま た嫌気性細菌の同定 に際 し,御 教示 をい

ただいた岐阜大嫌気性菌実験施設,上 野一恵教授に深謝 い

た します.

尚,こ の論文の要 旨の一部 は,第82回,日 本 内科学会総

会 および第59回,旦 本感染症学会総会 において発表 した.

文 献

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24 感染症学雑誌 第60巻 第1号

Significance of Faecal Bacteroides in Hepatic

Encephalopathy with Hyperammonemia

Kazuo TARAO

Department of Internal Medicine,Kawasaki Kyodo Hospital,Kawasaki,Japan

To elucidate whether the gram-negative anaerobes in stool make a major contribution to the

generation of ammonia in hepatic encephalopathy,vancomycin hydrochloride,which is effective againstanaerobic but ineffective against aerobic gram negative rods,was administered to five patients with

chronic hepatic encephalopathy,and the changes in clinical symptoms,blood ammonia,electro-

encephalogram(EEG)and in faecal flora were studied.With the administration of vancomycin

hydrochloride clinical symptoms of encephalopathy were improved,blood ammonia was decreased,and

EEG was improved.These improvements were accompanied by a decrease in the number of anaerobic

gram-negative rods,especially Bacteroides.In addition,major change was not observed in the number ofaerobic gram negative rods.Changes in blood ammonia level corresponded very well with changes in thenumber of anaerobic Bacteroides.In conclusion,Bacteroides species may make a major contribution toammonia production in hepatic encephalopathy.